ショートストーリィ(しりとり小説)

127「早いもの勝ち」

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しりとり小説

127「早いもの勝ち」


 お使いで外出していて遅くなったのだが、社員食堂のお昼の定食はまだ残っていた。間宮笛子は窓口で豚のしょうが焼きランチを受け取り、テーブルにつく。昼休みはすぎてしまっているが、その時間には働いていたのだから、しっかり一時間は休憩するつもりだった。

「間宮さん、今ごろお昼ですか」
「……風早さんも?」
「ご一緒していいかしら」
「どうぞどうぞ」

 大会社の工場だから、従業員も数多い。笛子は事務所のほうで働いていて、風早蓬子は製造部門で働いている。笛子は人事にも関わっているので、蓬の子と書くホウコという名が珍しいのもあり、風早蓬子のフルネームも知っていた。

「職場で話し合いをしていたものだから、遅くなっちゃったんです」
「私は部長に頼まれて、支社に行ってて遅くなりました」
「他のひとたちは話し合いをしていた喫茶店で食べてしまうって言ってたけど、喫茶店のランチは高いでしょ。私だけ社食に戻ってきたんですよ」

 事務職員のほうが給料は高く、製造部門は安い。それにしてもたまなんだから、外で食べればいいのに、と笛子は蓬子をみみっちく感じたが、むろん口にはしなかった。

「間宮さんって独身ですよね」
「ええ」
「社内に好きな男性とか、います?」

 まともに話すのははじめてだが、ずいぶんとプライベートなことを尋ねたがる女性だ。そんなことを打ち明けるほどの仲ではないので、別に、と笛子は曖昧に微笑んだ。

「私、最近好きなひとができちゃって……」
「風早さんはご結婚なさってるんじゃ……」
「してますよ。夫はいますけど、片想いで好きってだけだったらいいじゃありませんか。なにが起きるわけでもなく、心の潤いっていうのかな。こんなおばさんに田家さんが……あ、いいんですけどね」
「田家さん? 田家さんって電算室の?」

 こっちは話さなくても、蓬子は喋りたかったのだろう。うっかりなのか故意なのか出した名前は、田家宏?
 古い体質の会社なので、いまだ電算室などと名乗っている。システムエンジニアたちを統括している部門で、笛子の会社ではもっともエリートの集まるところだった。

「電算室の田家さんですよ。私なんかは高卒のおばさんで、田家さんってアメリカに留学していたっていう秀才なんでしょ。彼が私なんかを相手にしてくれるはずもないけど、たまぁに顔を見るとにっこりしてくれたりするの。それだけで幸せなんです」
「田家さんとは顔見知りなんですか」
「いつだったか、支社でばったり会ったんですよ」

 支社とシンプルに呼ぶ場合は、この工場から近いK支社を示す。工場勤務の社員はめったと支社に行く機会もないはずだが、蓬子は職場の有志が入っている頒布会の世話係をしているので、その日はたまたま行ったのだそうだ。

 あれ? 工場のほうのひと? あら、あなたも……みたいな立ち話をして、すこしだけ親しみを覚えてくれたらしい、それだけで嬉しいと、蓬子は少女のように頬を染めていた。

 言っている通り、片想いでしかありえないだろう。蓬子は三十五歳くらいか。子どもはいないようだが、別の会社で働くブルーカラーの夫がいて、ふたりの収入を合わせても豊かな暮らしではないらしい。だからこそ、ランチを外で食べるのは禁止なのかもしれない。

 工員の制服にぽっちゃりした身体を包んだ、背の低い女性だ。貧しいのだろうから私服だって推して知るべし。顔だって美人でもない。薄化粧はしているようだが、誰が見ても笛子のほうが綺麗だと言うだろう。

 当たり前だ。笛子はまだ二十代で、この会社に就職が決まったときには、本社か、あるいはどこかの支社で営業職に就くつもりだったのだから。蓬子とはちがって一流大卒で、総合職の試験に受かったと思っていたのだから。

「え? 工場勤務?」
「工場だけど、事務ですよ」
「一般職……ですよね」
「総合職の合格点にはほんのちょっと足りなかったんだな」

 入社式も研修も終了して辞令をもらった、五年前の春、笛子は人事の人間とやりあった。

「とはいえ、間宮さんは優秀だと思う。最初は工場の一般事務職からスタートして、昇格試験を受けてもらいます。その試験に合格できたら、本社の総合職も夢ではありませんよ」
「わかりました」

 落胆はしたものの、このがっくり感をバネにして上昇しようと決めた。
 この私がこんな工場でだっさい事務服を着て働いてるなんて、なにをどうまちがえたのか。どうしてもそう嘆きたくなる気分がすこし浮き立つようになったのは、好きな男性ができたからだ。

 仕事が大切。私は数年後には本社勤務の総合職になる予定なのだから、恋愛なんかしている場合じゃない。笛子の気分はそっちに傾いているので、好きな男性に告白するつもりはない。けれど、もしも田家さんにつきあってほしいと告白されたら、考えてみてあげてもいいな。

 日本の大学を卒業してからアメリカへ留学し、そちらの大学を卒業して、我が社のニューヨーク支社の就職試験に受かったと聞く田家宏。秀才であるばかりか、爽やかな長身の好青年で、食堂のおばさんやパートのおばさんまでが、田家さんって素敵、と目をハートにしている。

 人気があるのは当然だけど、田家さんはここにいてくれてよかったかもね、と笛子は思う。
 工場にだって若い女はいるが、美人なんていない。それに、高卒ばかりだから田家とはつりあわない。唯一エリートの集まる電算室には、女性は四十代と五十代しかいなくて、田家とは別の意味で絶対につりあわない。

 けど、外で彼女ができちゃう可能性もあるなぁ。田家さんって彼女いるの? 無遠慮なおばさんに質問されて、いませんよ、と笑っていた田家さんの答えを本気にするのもどうなんだろ。

 彼は笛子よりも三つ年上で、三十歳になったばかりだとも知った。彼女がいないとは信じられないけど、いるような空気もない。だから、私がもうちょっとステップアップしたら告白しようか、それまでにむこうからデートに誘ってくれたらベストなんだけど。

 そんなふうに夢想はしても、笛子はまだ行動には移していない。電算室と事務室の合同飲み会はあるので、そんなときには熱い視線を送ってみるが、田家からの反応はなかった。

「こんな話、誰にもできないけど、ちょっと聞いてもらいたかったんです。間宮さん、ありがとう」
「いえいえ、内緒にしておきますからね」

 いい年した既婚のおばさんだって自覚があるくせに、田家さんを好きだって、それだけであつかましいのよ。あんたに好かれたら田家さんはきっと、キモっ!! って言うよっ!!
 内心の声を押し隠して、笛子は食事を終えて立っていく蓬子の、丸い背中を見送っていた。

 あんな女はライバルにもなりはしないが、やはり行動を起こさないとはじまらないのだろうか。それから一年余り、二度ばかり電算室と事務室の合同飲み会はあったものの、田家からは特になにも言われないままに時がすぎてしまった。

 今夜は忘年会だ。笛子は同じ職場のパート事務員のおばさんたちと飲んでいる。いつになくグラスを重ねていると、となりにすわったおばさんに言われた。

「間宮さんっていつもはお高くとまってる感じなのに、今夜はよく飲むから楽しいわね」
「そりゃあね、間宮さんは人種がちがうんだからって言ってたんだけど、そうやって気さくにもできるんじゃないの」
「間宮さんはそのほうが可愛いわよ」
「はぁ、どうも」

 おばさんに可愛いと言われても無意味だ。可愛いと思ってほしい相手は……笛子は田家に流し目を送る。古典的手段ではあるが、今夜はすこし酔って、田家に送ってもらうつもりだった。
 じりじりっと田家のほうに寄っていく。田家はにっこりして、間宮さん、ご機嫌ですね、などと言ってビールをついでくれた。

「間宮さんはひとり暮らしですか」
「ええ、そうです。私の実家は東京ですから」
「そうなんだ。じゃあ、送っていきますよ」

 思惑通りにことが進み、笛子と田家は連れ立って飲み会が行われている居酒屋から出た。本当はさして酔ってはいなかったのだが、ちょっとだけよろめいたふりをして田家の腕にすがった。

「田家さん、もう一軒行きません? 明日は休みだし」
「うーん。僕はあんまり強いほうじゃないんでね、もう限界ですよ」
「そしたらコーヒーは?」

 私のマンションで、とまで言うのははしたないだろうか。じれったくなってきて、笛子は田家の顔を見上げた。

「田家さん、彼女はいないんですよね」
「……んんっと……それを訊いて間宮さんはどうしようと……」
「いないんじゃないの?」
「いない、と言いたいところなんだけど……」
「いるんですか? はっきり言って下さい」

 きっと睨むと、田家は笛子の腕をはずした。

「もしかしたらもしかして……鈍感だしな、俺。自惚れなのかな。間宮さん、酔っぱらってるみたいだしな……どうしようかな」
「なにをぐだぐだ言ってるんですか。私の質問に答えて」
「実は……うーん、言いにくいな。来年中には結婚、できる予定なんですよ」
「……」

 がんっ!! という擬音語が耳元で聞こえた気がした。

「彼女が僕を好きになってくれて、さりげなく可愛く気配りを見せてくれて、それでいて僕のほうから寄っていくと、まさか、そんな、とか言って上手に身をかわすんです。つまり……えと……私は結婚してますからってね」
「不倫?」
「世間さまから見ればそうなんだろうけど、まだ不貞行為はしていません。彼女の離婚が成立するのを待って、離婚しても女性は半年は結婚できないから、それから正式に結婚します。その約束はできてるんです」
「…………」

 嘘をつかないでよ、と言いたい気もするが、作り話などする必要はない。笛子が嫌いならばストレートに断ればいいのだ。こんな作り話をするほどに嫌われているのならば、もはやどうしようもないのだし。
 
 そんなの、気の迷いよ。手に入らないからほしがってるだけで、結婚できるようになったら冷めるんじゃないの? と言いたい気持ちもあったのだが、不倫男だったなんて……そんな奴、嫌いになったらいいのよ、告白しなくてよかった、とも思っていた。

「その相手って、会社のひと?」
「うん、まあ、今はまだ彼女の正体は明らかにできないんです。ほんとはまだ誰にも言っちゃいけないんですよね。間宮さんだからこそ、間宮さんが僕にどうやら好意を持ってくれてるらしいからこそ、打ち明けました。内緒にしておいて下さいね。ああ、大丈夫だよね。間宮さんは……」

 彼女にも間宮さんは自ら、内緒にしておきますからね、と言ってくれたんだもんな、と田家が小声で呟いた内容は、なぜか笛子にはしっかり聞こえた。

「え……」

 再び、笛子の頭上にがががーんっ!! と音を立てて衝撃が降ってきた。比喩ではあるが、たしかにそんな衝撃だった。
 
「それって、田家さんを好きだって彼女が私に打ち明けたとき……」
「へ? なんのことですか。僕、なにも言ってませんよ」

 とぼけてはいるが、田家の目は泳いでいた。
 するとすると、私はあの女に負けたの? むこうのほうが早い者勝ちで、ってわけじゃないよね。ううん、そうとでも考えないとやりきれない。もうすこし早く田家に告白していたら、この私があの、風早蓬子に負けるなんて、絶対の絶対の無限大絶対ほど、あるはずがないのだから。

 そうと考えないとやっていられない。笛子が逃避する場所は、その考えしかなかった。

次は「ち」です。





 


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~ Comment ~

NoTitle

早い者勝ちというのはごもっともで。
大体、良いと思う女性は彼氏がいるわけで。
彼氏を作られる前に攻める・・・!!
・・・のが男性の心理なんだな。これが。
そこから打開するには、奪い取るしかないわけです。
( 一一)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

なんであっても「早いもの勝ち」ありますよね。
でも、結婚してしまってから気が付く。
え? あの彼女も俺のことが好きだったの?
知っていたらこの女とは結婚しなかったのにぃ。
くそぉ!! 早まった!! なんてのもありそうです。

だからこそ人生は面白い。
後悔先に立たず、なんてね。
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