ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「い」part2

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いろは物語PART2

「色は匂えど」

 四人きょうだいの下から二番目で、父も母も外で働いていたのもあって、私は母よりも五つ年上の姉に面倒を見てもらっていた記憶のほうが濃い。

 小さいころは私の大好きなお人形の着せ替え遊びに、中学生になっていた姉をつきあわせていやがられたり。
 お人形の服を縫って、とねだって断られ、自分で縫ったら、私の服も作ってよ、と姉に言われたり。私はそうやってファッションへの興味をつのらせていったらしい。

 中学生になるころには、将来はデザイナーになると決めていた。なのだから、大学には行かずに服飾専門学校に進む。姉も兄も弟も大学に進学したのだから、両親は、佳代子も大学に行けばいいのに、と言っていたが、私は自らの意志を押し通した。

 栃木県宇都宮市から出て、東京の専門学校生になった私は、ひとり暮らしをはじめた。姉も兄も社会人になっていたので、あとは私と弟だけ。ゆとりはできたからお金のことは気にしなくていいと両親は言ったが、やはり気になっていた。

「お姉ちゃんのマンションに同居させてくれたら、私の分の家賃が浮くのにな」
「まだ言ってる。私は時間が不規則な仕事だから、あんたと一緒には暮らせないって言ったでしょ」
「妹がいたら男を連れ込めないからだったりして?」
「……」

 ちろっと私を睨んでから、姉の美江子は不敵に笑った。

「彼氏を連れてきたかったら、あんたがいたって連れてくるよ。そんなときにはあんたがよそに泊まればいいんだものね」
「……そう来るか。そんなことはしないって言うのかと思ったのに」
「するときはするよ」
「お姉ちゃん、もてるの?」
「まあね」

 二十四歳になった初秋に、姉はオフィス・ヤマザキという音楽事務所に就職した。大学新卒で勤めたイベント会社は一年で退職してしまい、父や母を心配させていたのだが、姉の望みの第一歩は実現したらしい。

「佳代子も会ったことはあるでしょ。話もしたでしょ。本橋くんと乾くんとシゲくんと幸生くんと、章くん。大学のときの仲間たちが結成したフォレストシンガーズがプロになるの。私は彼らのマネージャーとして運命をともにするの。私がフォレストシンガーズをスターにしてみせるの」

 なのだから、姉の仕事は時間が不規則なのだ。両親はあいかわらず、歌手のマネージャーなんてヤクザな仕事じゃないのか? と心配しているが、とはいえ、私がひとり暮らしをしている東京に、しっかりした姉も暮らしているというのは安心材料のようだった。

 最初のうちはフォレストシンガーズは売れなくて、私がわざと意地悪を言うと、姉は力んでいた。まだまだこれからよ、彼らは絶対にスターになるんだからっ!! と。

「金がほしいってのは誰でも同じだよ。俺たちだって金がない、金はほしい。俺たちは迂闊にバイトできる立場じゃないけど、カヨちゃんがバイトして金を貯めるってのはいい。だけど、風俗はやめろ」

 将来はパリに留学したいから、と相談した本橋真次郎さんは、躍起になって風俗バイトを止めようとしてくれた。本橋さんが大学生だったころから、私は彼とは何度か会っている。ぼーっとした実の兄よりも頼りがいのある、お兄ちゃんみたいに思っていた。

 意地を張って、本橋さんに止められる筋合いはないと言い放ち、ヒステリックに叫んだ私の口を、本橋さんが大きな手で押さえつけた。私はそのてのひらに噛みつき、本橋さんが歯を食いしばっていたのが昨日のことのようだ。

「おまえは生意気なんだよ。さすがにあの姉ちゃんの妹だけはあるよな」
「章くんは……」
「俺はおまえよりも年上なんだから、くんづけで呼ぶな」
「そしたら私をおまえと呼ぶな」

 幼稚な喧嘩をしたこともある、木村章さん。

「あ、美江子さんの妹さんですか。はじめまして、シゲです」
「お噂はかねがね……ねえねえ、シゲさんってそんなにもてないの?」
「は? いやぁ、そうなんですよ」

 露骨な質問をしたら姉が焦って、こらこらこらっ、と私の頭を叩いた。本庄繁之さんは、いやいや、ほんとのことですから、と笑っていた。

「はーい、ユキちゃんでーす。カヨちゃん、遊びましょっ」
「なにして遊ぶの? お医者さんごっこ?」
「俺が言おうと思ったのにぃ……あ、嘘ですよ。美江子さん、怒らないでね」

 いつもふざけてばっかりの三沢幸生さんは、そんな冗談を言って姉にため息をつかせていた。

「売れてきたよねぇ」
「うん、おかげさまで」
「姉の大願も成就しつつあるみたいね」
「まだそこまではいかないけど、美江子さんのおかげってのは多大だよ」

 フォレストシンガーズがデビューしてから十年。いつだって友達だと言い切っていたはずの、本橋さんと姉は結婚し、私の大願も成就してパリで暮らすようになった。
 フランスに住んでいるのだから、めったに日本には帰れない。姉の結婚式にも参列できなくて、この薄情者!! だなんて、当人ではなく兄や弟にジョークまじりで罵られ、肩をすくめていた、あのころからだって二年がすぎた。

「カヨちゃんには彼氏、いるんだろ」
「いたんだけど、ちょっと前に別れたの」
「そうだったんだ。だったら俺とどう?」
「三沢さん、背は伸びた?」
「前にカヨちゃんと会ったときからだったら、二ミリほどは伸びたかな。身長とカヨちゃんの彼氏になるって件には関係あるの?」
「あるよ」

 なんとなく人恋しくて、誰かとお喋りをしたい夜。時差があるから、日本は宵の口であるパリの深夜に国際電話をかけた。フォレストシンガーズの誰かがいいな、と思ったのにはわけがある。
 義兄になってしまった本橋さんは駄目。シゲさんって気分ではない。章さんだと喧嘩しそう。ならば三沢さんしかいない。三沢さんはケータイに出てくれて、電話料金は大丈夫? かけ直そうか? と気遣ってくれた。

「三沢さんは休暇はどうしていたの?」
「俺は家で掃除、洗濯をしてましたよ」
「うっそ」
「ほんとだよ。彼女もいないんだから」

 姉夫婦はイギリスへ、木村さんはアメリカへ、シゲさんは家族や友達と仙台へ旅行していたそうだが、三沢さんは本当にどこにも行かなかったのか。嘘でも本当でも、私には関係ないといえばいえるのだが。

「そういえば乾さんは、フランスに行ったんだったよな」
「ああ、そうなの?」
「……カヨちゃん?」
「なんでしょうか」
「乾さんはなんにも言ってなかったけど、会ったんじゃないの?」
「会ってないよ」

 慌てた調子が伝わってしまったのだろうか。三沢さんは一瞬無言になり、わざとらしくはない様子で話題を変えた。

 ほんとはね、乾さんと会ったのよ。
 休暇でパリに遊びにきていた乾さんが、私のことを思い出して会いにきてくれた。乾さんは偶然にも日本人の知り合いとも会っていて、その女の子が多少ひっかき回してくれたのだが、それはまた別の話だ。

 私が働くブティックを探して訪ねてきてくれた乾さんと、夜にはふたりきりで食事をした。乾さんの子どものころの話をたくさんたくさん聞かせてもらった。日本にいたころにも何度か会った乾さんは、昔と変わらず紳士的で饒舌で、話し上手な優しい男性だった。

 紳士的すぎて物足りなかったのにプラスして、恋人と別れて人恋しくなっていたのも手伝って、乾さんに迫ったの。迫っておいてすぐさま撤回したのは、乾さんの困惑顔が切なかったから。

 友達夫婦の妻のほうの妹、佳代子。佳代子がほんの子どもだったころから知っているから? それから、もしかしたら、私が姉に似ているから? おまえって姉貴に似てるよな、顔も性格もそっくりだよ、とは本橋さんや章さんにたびたび言われた。

 もしかして、乾さんは姉が好きだった? そんなこと、当人には訊けない。姉は意外と鈍感で、まるで気づいてもいないようだけれど、学生時代から男ふたり、女ひとりのトリオのうちの、男たちは両方が女を好きだった、にも関わらず、そのうちのどちらかと結ばれた、ってのはよくある話だ。

 だから、三沢さんにだって尋ねられない。パリで乾さんと会ったことも、迫って困らせたことも、だからこそフォレストシンガーズの誰かと話をしたくて、だからこそ乾さんでは駄目で、というようないきさつも口にはできない。

「まったく、罪な奴……」
「誰が、三沢さん?」
「いいえ、こっちの話。そうそう、カヨちゃん、俺たちもパリでライヴを……」
「えっ?! やるの?」
「仮定の話だよ。やれたらいいなって話。フォレストシンガーズがライヴをやるとしたら、パリだとどこのホールがいいのかな。俺はパリには行ったことないんだ」
「そうだなぁ……」

 いずれはフォレストシンガーズを世界的大スターにしてみせる!! 姉の野望がかなったら、パリでフォレストシンガーズに会える。そのときにはあんなことは忘れて、乾さんとも話ができるはずだ。あんなことって……夢一夜にもならない、私のひとり相撲にすぎなかったのだから。

 だけど、パリでデートするのは乾さんじゃなくて、三沢さんのほうがいいな。そのほうが罪も罰もなくてさっぱりしていていい。私のためにも、三沢さん、それまで独身でいてね。なにかしら察したようだけど、乾さんには言わないで。

 できることならば、そのときには乾さんは結婚していたらいいな。そのほうがきっと、私の心が平穏になるはずだから。

END







 
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~ Comment ~

NoTitle

時代。
月日の流れを感じるときですね。
変わらないものはない。だからこそ、今を大切にしないといけない。
私はまだ独身。これからも独身かもしれない。
けど、友達も女友達ももう結婚して子どももいる。
そういうことを感じる文節ですね。。。

LandMさんへ2

こちらも、いつもありがとうございます。

人間、結婚する人生と、結婚しない人生と、どちらか一方しか選べませんよねぇ。
離婚したとしても、結婚したことのある人だから、ずっと独身とはちょっとちがう。

そう考えると、両方経験してみたいかな、なんてことも想います。
結婚に限らず、どちらかしか選べない。
そうして時は流れていくばかりなのですよね。
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