ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS天空物語「十六夜」

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フォレストシンガーズ

「十六夜」


 「いざよう」とはためらうことの意味で、十五夜よりしばらく遅れて昇ることから「いざよい」と呼ばれるようになったという、陰暦十六日の月。ほんのわずかに欠けた満月。

 なにかしらことあれば、こともなくてもやってきた犀川。俺の故郷を流れる川だ。故郷、金沢の地名を聞くたび、その文字を見るたびに、愛していたふたりの女が頭をよぎる。
 愛していたといってもまったく形がちがう。ひとりは祖母。俺を育ててくれた鬼ばばあだ。むろん、(笑)というマークを添えて語っているのだが。

 もうひとりはまゆり。初恋という定義はさまざまあるのだろうが、はじめてつきあったという意味では「初恋のひと」である。

 十六夜の月に見下ろされている犀川のほとりで、俺はまゆりを想う。

 亡くなってしまった鬼ばばあはいいとしても、まゆりは俺の心残りだ。故郷を離れて以来一度も会ってはいない。連絡すらもしていない。十八だった俺はまゆりに手紙を書いたりしたら、センチメンタルになりすぎるだろうからという理由で逃げていた。

 そのうちには俺に別の彼女ができ、まゆりにだってきっと彼氏ができただろうと都合よく考えて、帰省したときにさえ電話ひとつかけなかった。

 きっと彼女は俺を忘れて新しい恋をし、結婚して母になっているだろう。そうであってくれたら俺は嬉しいと、てめえの心の平安のためにそう決めつけている。そのくせ、折に触れては思い出す。俺の初期も初期の記憶にある犀川に来ればとりわけ、まゆりを想う。

 恋の記憶の中には雪が舞っている。金沢のぼたん雪。秋の今夜には雪は降ろうはずもないが、ホテルに帰るとユキがいて……って、あのユキは関係ないのだ。誤解なきように言っておくが、俺はフォレストシンガーズの仕事で金沢に来ていて、ユキとは三沢幸生。俺の仕事仲間の男である。

 この街に、まゆりは暮らしているのだろうか。東京に較べれば小さな金沢ではあるが、観光客が大勢行きかっているのもあって、偶然にまゆりと出会うには広すぎる。

 三十数年も生きてきて、女性とは何度も交際したから、何度もつきあったということは何度も別れたということだから、その後、彼女がどうしたのかを知る機会もあった。
 若き日に告白してくれた年上の女性と十年もして再会したときに、彼女の左手の薬指に光っていたプラチナのリングだの。
 香奈さん、結婚したんですって、という後輩からの情報やら。

 どうしたのかを知らない過去の彼女にしても、俺は俺の都合のよい現在の境遇を作ってしまっている。彼女が不幸せだったら俺がつらいから。俺の愛した女性は幸せでいてほしいから。

 だけど、幸せってなんだ? 
 幸せは気の持ちよう次第だと言う。今の俺は不幸ではないけれど、好きになった女性に振り向いてもらえなかったり、世界的スターになりたいとの願いはかないそうになかったり、だから、幸せでもない気もする。

 生涯最後の恋がしたい。心から愛し愛された女性と結ばれて、一生添い遂げたい。それにプラスして仕事で成功を収めたい。俺のふたつの悲願は身の程知らずなものなのだろうか。

 だんだんと風がつめたくなってきた、秋の川のほとり。十六夜の月の中でうさぎが餅をついている。隆也、ほら、お月さん、ほら、うさぎさんがいるよ、と空を指さした祖母の声が耳元によみがえる。小学生になった俺にも祖母はそう言うので、あれは月のクレーターだよ、と言い返したこともあったっけ。

「十六夜の 月を眺めし つれづれに
  昔のひとぞ 偲ばざりけり」

 こんな凡歌が浮かぶ。

「ためらいが 行きつ戻りつ 犀川の
  黄昏月に 浮かぶ面影」

 この十数年、起こりえなかった偶然が起きたらなんとする?
 十六夜の月に誘われて、犀川に散歩に出てきたまゆりと遭遇したら? 俺は彼女の手を握り締めて、まゆり、会いたかったよ、と囁くのだろうか。

 そうしたいのならば会いにいけばいい。まゆりが高校時代までと同じ家に住んでいれば会えるかもしれない。ご両親がいらして、まゆりは結婚しましたよ、と告げられれば諦めもつく。別の事情で家を出ているとすれば、追っていけばいい。

 行動も起こさずにこんなところで月を眺めて、凡庸な歌を詠んでいるのは、こうしているのが嫌いではないからなのかもしれない。ためらってたゆたっているのは、結局のところは心地よいからなのだろうか。

END




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~ Comment ~

NoTitle

ほほう、十六夜とはそういう意味があったのですね。
慎み深いですね。
勉強になります。
そうやって月を眺めると風流ですね。
=^_^=

LandMさんへ2

こちらもありがとうございます。

日本語の自然表現の言葉は風流なものが多いですよね。
うまく使いこなせてはいませんけど、そういうところにも目を止めていただけて嬉しいです。

月見れば千々にものこそ悲しけれ。

今年は早くももう秋ですね。
といいつつ、ほんとに残暑はないのか? と疑っています。
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