ショートストーリィ(しりとり小説)

126「てにをは」

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しりとり小説126

「てにをは」

 抽選でPTAの役員に決まってしまい、やだやだやだと嘆きつつも引き受けざるを得なかった、苗美、三十六歳。息子の零門は小学校の三年生になっていた。

「零の門って、すごい名前ですね」
「オンリーワンの名前をつけたいって、どこの親でも考えることじゃありません? 喜市さんのお子さんはなんて名前?」

 結束力を高めるためだとか、子どもたち同様に仲良しになるためだとかで、小鳩第二小学校のPTA役員たちは、ファーストネームに「ちゃん」付けで呼び合うという伝統がある。三十代、四十代、五十代もいそうな母親たちのちゃん付けは苗美には薄気味悪かったのだが、慣れてしまえば悪くはない。

 役員は全員母親だが、ただひとり、会長だけは男性だ。本人が、僕もちゃん付けで呼んで下さいよ、と言ったのだが、「さん」付けで落ち着いた。

「いや、僕は父親じゃないんです」
「この小学校の児童の父親ではないってこと?」
「うちは小学校に文具を納入する問屋業でしてね、代々お世話になっていますんで、祖父の代からPTA会長をお引き受けしてるんです。僕には妻はいますけど、子どもはいません」
「そうなんだ」

 はじめての会合のあとで、家の方向が同じだからと連れ立って帰宅しながら、喜市と苗美はそんな話をした。
 公立小学校なのだから狭い地域に集まっているのだが、喜市と苗美の家は学校からやや離れている。その地域に住む小学生の母のうちで役員は、苗美ひとりだけだった。

 役員の中でも抽選をして、苗美は広報委員に選出された。PTA会報を作るのが主な仕事で、文章を書くのが好きだという喜市が広報委員長を兼任していた。

「……苗美ちゃん、この文章……自分で読み返してなんとも思わない?」
「どこか変?」
「あなた、理系?」
「どっちかっていえばそうかな。私は大学には行ってないけど、高校までは英語とか国語は嫌いで、化学や物理が好きだったわ」
「大学には行ってないなら、理系ってわけでもないかな」

 高卒だからって馬鹿にしてる? いささかむっとしている苗美に、喜市は原稿をよこした。
 会報に載せるための季節のエッセイのようなものだ。埋め草記事とでもいうのだろうか。次の会報の発行は梅雨どきなので、苗美が雨の中に咲く花について書いた。

「紫のアジサイがきれいに咲いていますけど、雨ばっかりでうっとうしいね。
 アジサイって漢字ではどう書くか知ってる?
 紫陽花って書くんだけど、私は知らなかった。
 むらさきのおひさまの花なんだろうけど、きれいな漢字ですね。
 
 むらさきのアジサイもきれいだけど、赤も白も青もあるけど、うすい緑もある。
 ガクアジサイっていうのもあるんだけど、どんな花だか知ってる?
 ちっちゃいアジサイの花がガクみたいになってるんだけど、真ん中のところを囲んでるんだけど、ガクアジサイもきれいだね。
 
 私のうちにもアジサイがあるんだけど、葉っぱが雨にぬれてたんだけど、アジサイの葉っぱに、カタツムリがとまっていたよ。
 カタツムリは雨が好きなんだけど、雨ってやっぱりうっとうしい。
 アジサイとカタツムリと雨って似合うんだけど、私はカタツムリよりも夏のほうが好きだな。

 カタツムリとエスカルゴって同じものなんだけど、あんなものを食べるの?
 気持ち悪いんだけど、フランス料理だったら食べたいかな」

 文章を書くなんて大の苦手だ。高校を卒業して文字を読まなくてもよくなり、書くこともなくなるのかと思っていたら、仕事をする上では読み書きがついてくる。
 OL時代に仕事でいちばん苦労したのはそれだ。苗美には文章力も読解力もそなわっていない。

 なのだから、結婚して主婦になってからは、極力、読み書きは避けていた。そんな苗美が広報委員だなんて、なんの罰ゲーム? エッセイを書けなどと言われて気が遠くなりそうになったので、とにもかくにも字数だけを守って、読み返しもしなかった。

「そもそも「てにをは」からしてなってないってか……けど、けど、けど。この「けど」って必要?」
「意味わかんない」
「わかんない?」

 呆れたように苗美を見てから、喜市は呟いた。

「大意はこの通りで、僕が書き直すよ」
「ほんと? ラッキー」

 お願いしまーす、とお気楽に言った苗美に、喜市は言った。

「苗美ちゃんは読書の習慣がないんでしょ」
「ないね。文章なんか書くのは大嫌いだし、読むのも好きじゃないわ」
「たまには本を読んだほうがいいですよ」
「……お説教ありがとう」

 皮肉っぽく応じると喜市は苦笑いしていた。それでも、PTA会合の帰りに書店に寄ったのは、喜市の言葉のせいだ。ああして馬鹿にされると悔しくて、参考になるエッセイでも読んでみようかと思った。

 町の本屋さんが減っているとニュースキャスターが嘆いていたが、本屋などよりドラッグストアやコンビニがたくさんあるほうがいいではないか。苗美の住まいの最寄り駅駅前には本屋があるが、レンタルCD・DVDショップを兼ねている。

 よって、書物の数は少ない。文庫本のエッセイコーナーの前に立ち、書棚をざっと眺める。知らない作家ばかりだったが、見覚えのある名前を発見した。

「小田まゆみ……そんな名前の同級生がいたっけね。偶然だろうけど」

 偶然であっても、まるで知らない名前よりは親しみを覚える。苗美は小田まゆみの「まゆみの四季」という本を手に取った。まゆみという作家が四季おりおりの日々を綴っているようで、読みやすそうだ。買ってみようかと思いつつ、本の奥付を見た。

「……全然変わってなーい。三十六でしょ? 十六で止まってないか? やっぱり頭の悪い女は老けないんだ。ん? 待てよ、頭が悪いのに作家になったの?」

 二十年以上前の中学校の同級生、小田真弓そのひとではないか。苗美の旧姓は小沢だから、小田真弓は出席番号が苗美のひとつ後で、漢字も記憶にあった。おだまゆみとおざわなえみは似ていなくもないので、まちがえられたりもした。

「先生、まちがえないでよね。小田さんと私じゃ成績が全然ちがうのに」
「ごめんごめん」

 たしなめもせずに笑っていた教師と、気弱にうつむいていたまゆみを思い出す。苗美は国語系は苦手だったが、理数系は得意だったから成績はいいほうだった。まゆみのほうは全教科が苦手だったはずで、かといって芸術系が秀でていたわけでもなく、出席番号が近くなかったとしたら苗美の記憶にも残っていないだろう。

 中学生にしても小柄で子どもっぽかったまゆみが、二十年以上たっても子どもっぽい童顔で、「著者近影」として文庫本の奥付におさまっている。つんと澄ました顔が気に入らなかった。

 本を買おうかと思ったのだが、まゆみの収入をアップさせてやるなんて悔しい。苗美はなにも買わずに家に帰り、その夜、息子が寝てからパソコンを起動した。夫は昨日から出張しているので、ゆっくりパソコンと向き合える。

「まゆみです。こんにちは。
 ひとりっていいなぁ。負け惜しみじゃなくてそう思うのよ。
 このあいだ、旅行してきたのね。

 だれかといっしょだと、彼女はどこに行きたいのかな、とか、彼はちょっと休憩したいかな、とかって気をつかうじゃない?

 おひとりさまだとまったく、じぶんの好きなように行動できる。
 それがいいなだなぁ。ひとりってさいこう!!」

 まゆみんワールド、というサイトは簡単に見つかった。

 たわごととしか言えないような、そんな文章がサイトにアップされていた。プロフィルを見てみると、まゆみは十年ほど前にエッセイストとしてデビューし、エッセイの賞ももらって小説も書くようになっているらしい。苗美はそのたぐいには興味がないので知らなかったのだが、喜市だったら知っているのかもしれない。

「この文章、うまいの? ひらがなばっかりじゃない」

 むしゃくしゃしてきたので、BBSに書き込んでみた。

「まゆみさん、こんにちは。あなたってそれでもプロの作家なんだろうから忠告してあげるけど、大人なんだから漢字を使えば? あいだとかつかうとかじぶんとかって、小学生でも知ってる漢字だよ。
 さすが元劣等生って感じ? 
 
 それにさ、いいなだなぁって何だよ? いいんだなぁだろ。かっこ悪っ!!
 あと、句読点も滅茶苦茶だね。句点が多すぎ。それでも作家かよ。うちの中学校の恥!!」

 中学校だの劣等生だのと書くと、ハンドルネーム「PTAママ」の正体を特定されてしまうだろうか? まゆみの中学校の同窓生など無数にいるのだからかまわないことにして、苗美は書き込みを送信した。それでいくぶん気持ちがすっきりして眠った翌日。

 息子が登校してから、今朝もまゆみんワールドを開いてみた。

「PTAママさん、句読点の句点と読点の区別はついてますか。
 漢字使いはまゆみ先生の主義があるんだから、読者に駄目出しする権利はありません。
 「いいなだなぁ」は単なるタイプミスですよ。ちっちゃなまちがいに大喜びで食いつくってかっこ悪いですよ。
 あなたはまゆみ先生の本を読んでないでしょ? 中学の同級生なの?
 あなたのほうが、その学校の恥だよ(笑)」

 そんな書き込みに頭がかっとなったのだが、別の書き込みもあった。

「賛成!! PTAママさん、よく言ってくれた。
 こんな文章力で作家だなんていばってる小田が、俺は気に食わないんだよね。
 他にもそんな人、いるでしょ?
 小田まゆみに駄目出しする会っての作らない? 賛同者はこの指とまれ」

 まゆみ本人は読んでいるのかいないのか、コメントはない。苗美の書き込みのあとには、正反対の意見がふたつ、書き込まれていた。

 面白いな、なんだかはまりそう。苗美は他人のブログにコメントをつけたこともなかったのだが、まったくの匿名でならば書けそうな気もする。
 つまらないエッセイを読むよりも、文章の勉強になるではないか。

 小田まゆみに駄目出しする会ができるのならば、私も入ろう。それも面白そうだ。ネットで文章修業とは、その手があったのだと苗美は初に知った。

次は「は」です。





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~ Comment ~

NoTitle

絵本作家というのはすごくて。
文章があれだけ限られていて。
そして、ひらがなばっかりでも。
名作になる。それが才能だと思いますね。
別段の話になりましたが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

絵本ですか~~。
たしかに、制約が多い分、大人向けの小説よりもむずかしいというか、絵本に合う人と、そんなのとうてい書けないという人とにくっきり分かれるジャンルかもしれませんね。

私はそれほど絵本は好きでもありませんが、なんの気なしに読んで感動してしまったりすることはあります。
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