別小説

ガラスの靴50

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「ガラスの靴」

     50・姉弟

 なにもわざわざ持ってこなくてもいいものを、送ればいいものを、お義母さまからのお届けものだと、操子さんが包みをうやうやしく差し出した。

「いいんだよ、操子は東京に来るのが嬉しいんだから」
「そうなの?」
「ええ。お義姉さまのお宅にだったら行かせてもらえますから」

 東北の山奥、と僕には思える土地の豪農が、アンヌの生家だ。僕は結婚してからアンヌをつついて聞き出した。

 母を幼いころに亡くしたアンヌの父は、別の女性と再婚してアンヌの異腹の弟が誕生する。その後には父も亡くなったので、アンヌの生家には継母とその息子とその妻とその子どもたち、双生児の男の子が住んでいる。アンヌが田舎は捨てた、親なんかどうでもいい、弟は大嫌いだと言うのがわかる家族だとは、僕も一度だけ訪問して知った。

 だからといって婚家をあまりないがしろにするのもよくないとは思うのだが、アンヌがほっとけと言うのだからしようがない。アンヌは僕の妻で、我が家の主人なのだから、アンヌの意向が新垣家の総意なのである。

 二十三歳の僕と近い年頃のアンヌの異母弟、貞光は女性には嫌われそうな奴だ。あの若さで農家の主人を張っているのだから、僕はある意味尊敬しているが、アンヌが大嫌いだと言うのもわかる。

 貞光の妻、操子さんは僕よりもかなり年上なので、義兄さんと言いたがるのを止めて笙さんと呼んでもらっている。アンヌにはお義姉さまなんて呼んで、アンヌもいやがっているのだが、本当に姉なんだからしようがないらしい。

 義母と義弟はこの家には来たことがないのは、貞光も姉を嫌っているからか。あいつはアンヌのことを、美人だけどふしだらだとか、あんな女だとか言っていた。

 そのせいか、操子さんだけがたまに我が家にやってくる。今日は重たいのに果物を持ってきてくれて、田舎の双生児とおそろいだと言うぬいぐるみを息子の胡弓にくれた。ぬいぐるみも大きくて、胡弓が抱っこしているとどっちが抱かれているのやら、であった。

「お義姉さまのお宅に伺う用事がありましたから、弟にも会いにいけるんですよ」
「弟さんがいるの?」
「そうなんです。ひとつ年下だから三十代半ばなんですけど、若い女性とようやく結婚しまして、一度は新家庭を見てみたくて」

 そんな若いのと結婚したのか? 色ボケだな、と貞光は決めつけたらしい。ま、いやらしい、と義母も言ったらしい。
 操子さんの実の弟は健夫という名だそうで、三十四歳。彼自身も恥ずかしいからと操子さんにはまだ紹介もしてくれず、結婚式も挙げていないらしい。同棲からなし崩しに結婚へとなだれ込んだのだそうだ。

「健夫も東京で暮らしてるんで、こんな用事でもなかったら来られないんですよ」
「じゃあさ、今日は泊まって、明日、健夫んちに行ってくればいいじゃん」
「泊めていただけるんですか」
「いいよ」

 誰でも彼でも気軽に呼び捨てにするアンヌは、会ったこともない男も健夫と呼んだ。異母弟の妻の弟というのはどんな関係になるんだろう。

「姻戚関係っていうんだよ。それはいいとして、操子、健夫に連絡したのか?」
「連絡すると来るなって言いそうだから、突撃します」
「留守だったらどうすんだよ」
「奥さんのうららさんは専業主婦だから、いるはずです。いなかったら諦めます」
「うららさんってどんな字?」

 新聞に操子さんが綴った文字を見て、アンヌが笑った。

「春の宵はうららかだからか?」
「お義姉さま、よくおわかり。そうみたいですよ」
「これ、うららって読むの?」
「読むわけないけどなんでもありなんだよ」

 春宵、これでウララ。これに較べれば胡弓や来闇は読めるんだからまっとうな名前だ。
 翌日、胡弓は僕の母に預けて、僕も操子さんについていくことにした。操子さんは東京に慣れていないので、案内とボディガードも兼ねている。ボディガードだったら強いアンヌのほうが適役だろうが、アンヌは仕事なので僕がつとめると決めた。

 地下鉄を乗り継いでたどりついたのは、まあまあ高級そうなマンションだった。道々聞いたところによると、健夫くんは故郷の仙台の大学を卒業して就職し、東京で働いている。ウララさんとも仕事の関係で知り合ったのだそうだ。

「二十歳の大学生か。僕の知り合いにはそんな年の差カップルはけっこういるけどね」
「私と貞光も逆年の差夫婦ですし、女のほうが若いのは問題ないと思いますけどね」
「美人なのかな」
「写真を見ただけですけど、可愛いお嬢さんでしたよ」

 いくらお願いしても操子さんは敬語をやめてくれない。めんどくさいのでそれでもいいことにして、チャイムを押す操子さんのうしろに立っていた。

「はあい」
「あのぉ、突然すみません。健夫の姉の操子です。東京に来たものですから……」
「はぁ? ソーコさん? 聞いてないよ」
「急に来たから……すみません。ご迷惑でしょうか」

 盛大な舌打ちの音が聞こえ、仏頂面の女性がドアを開けた。

「その子は? ソーコさんの彼氏?」
「いえ、私の主人の姉のご主人です」
「……まあいいや。来ちまったもんはしようがねえ。上がって」

 お邪魔します、と僕も言って、中に通された。
 埃っぽいのはきちんと掃除をしていないからだろうが、学生ならば勉強が忙しいのかもしれない。子どもがいないのならば埃では死なないの主義でもいいだろう。

「なんか飲みたいんだったら、冷蔵庫から適当に出して」
「あ、僕がお茶、入れようか。勝手にやっていいかな」

 笙です、操子です、あ、あたし、ウララ、といった簡単な自己紹介がすむと、僕は台所に入っていった。流しには洗っていない食器が山積みで、レンジも汚れている。僕は主夫なのでついチェックしてしまい、ここでお茶を入れるのはやめにして冷蔵庫を開けた。

 冷蔵庫の中は滅茶苦茶で、賞味期限切れの食べ物が奥に埋もれていそうだ。お茶のペットボトルが入っていたので、それを三本、持っていった。

「あの、お土産を……」
「なに?」

 ありがとうとも言わずに操子さんから包みを受け取ったウララさんは、開けていい? とも訊かずに開けて言った。

「やだ、あたし、これ嫌い。でさ、ソーコさんってなんの用なの?」
「なんの用というか……ウララさんには会ったこともないし、弟の新家庭を一目見たくて……ご迷惑でした?」
「迷惑だよ」
 
 けろっと言われて絶句した操子さんは、ことさらに丁寧な口調になった。

「わかりました。もう十分ですわ。ただ、ひとつだけ。ウララさんは健夫を愛してらっしゃいますか」
「まあね」
「……だったらいいわ。ごめんなさい、笙さん、帰りましょうか」
「あ、あっ、はい」

 気を呑まれてほとんど口もきけなかった僕は、素直に操子さんに従った。
 帰りの電車では操子さんも無口になり、僕も黙って考えていた。すげぇなぁ、ウララさんって僕と三つくらいしかちがわないのに、宇宙人みたい。僕なんかは常識的な人間だよね。年齢のせいじゃないのかな。そしたらなんのせい?

 我が家に帰ってきてからも、操子さんは無口だった。疲れ果ててしまったのか。それでも、夕食は私が作ります、と言ってくれたのでおまかせして、僕は胡弓を実家に引き取りにいった。

 母にあのウララさんの話をすれば興味津々になりそうだが、面倒なので言わずに胡弓を連れて帰って家で遊ぶ。胡弓は操子さんにじきになつき、おばちゃん、おいしいものを作ってくれるって、と言うと嬉しそうだった。

「はい……ええ、行ったわよ」
「……なんで勝手にっ!!」
「ええ、ええ……二度と行きませんから」

 台所にいる操子さんがガラケーで話している相手は、健夫くんだろうか。怒鳴っている声だけは聞こえた。

「あんたがいいんだったらいいじゃない、いろいろ質問する気もなくなっちゃったわよ」
「……よけいなお世話だっ。姉ちゃんがよけいなことをして、ウララちゃんが怒って離婚するって言い出したら……責任取ってくれんのかよっ!!」

 喧嘩口調の弟としばらく話してから電話を切り、操子さんは深いため息をついた。

「お義姉さま、お世話になりました。明日、帰ります」
「ああ、そう。どうだったんだ?」
「笙さんから聞いて下さい」

 その夜はアンヌは遅くなってから帰ってきて、疲れた顔をしていたのでとにもかくにも寝てもらった。
 翌日は僕もまだ寝ている時間に操子さんは帰ってしまい、アンヌが起きてきてからウララさんと健夫くんについて話した。

「で、姉貴としては怒り心頭だったのかな」
「そうみたいだね。いやになっちゃって話す気も失せてたんじゃない?」
「気持ちはわかるけどさ……だけどさ……」
「ん?」
「発想の転換、してみなよ」

 にやにやしながらアンヌは言った。

「家事もまともにしない学生のヨメなんかって怒ってるんだろうけど、むこうの親だって、十四も年上の冴えない男と結婚させるために大学にやったんじゃないって言うぜ」
「健夫くんって冴えないのかな」
「あの操子の弟だもんな」
「……ひどっ」

 とは言うものの、姉に似ていれば健夫くんはイケメンではないだろう。

「健夫ってそのウララに惚れてんだろ」
「そうみたい。操子さんに電話をかけてきて、捨てられたらどうしてくれるんだっ!! とかって怒鳴ってたもんね」
「だったらいいじゃん、蓼食う虫も好き好き、似た者夫婦だろ」

 蓼は笙、虫はあたし、あたしらもそんなもんさ、とアンヌは笑う。それはアンヌが僕を好きってことだよね。うん、僕もアンヌが好き。今日はアンヌは夜まで仕事がないそうだから、もう一度胡弓を母に預けにいこうか。アンヌとデートして、ベッドにも行きたくなってきた。

つづく








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NoTitle

色ボケ結構。
愛は夢であり、恋は憧れである。
それがあるからこそ、人の世の中は享楽に包まれている。
・・・ということが分かっている小説ですね。
素晴らしいです。
(*´ω`)

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

あはは、色ボケ、いいですよね。

近ごろの若者は恋愛にもその先にあるものにも興味が薄れてきて、面倒だとか汚らしいとか言うような子が増えているそうですけど、いっぺん、笙みたいに誰かに恋してはまってみるべきかもしれませんね。

かといって道を踏み外すと、日本では特に非難ごうごうですから、むずかしい限りですが。
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