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小説384(Sister Awake)

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フォレストシンガーズストーリィ384

「Sister Awake」


1・ミズキ

 早くに母が死に、父には邪魔にされて親戚に預けられた。育ててくれた祖父母は大嫌いで、高校生のときに家出をしたから、私は家族には縁が薄い。ロッカーなんだから、家族の情だなんていう濃くて生臭いものはいらないと本気で思っている。
 実際には祖父母ではなく、父の伯父である私の育ての親は、私を引き取る前にも男の子を育てていた。彼に祖父の会社を継がせようと英才教育をしたのだそうだが、その男の子も高校を卒業したら家出した。私は彼、中根悠介の二代目ってわけ。
 ついこの間まで、私は悠介さんに恋をしていた。悠介さんは私の実の兄なのだと思い込みたがったり、そうじゃないんだったら私を彼女にして、と思い詰めたり。
 今でも多少は、悠介さんの彼女になれるならキースなんか捨ててもいいと思ってはいるけれど、私の現実の彼氏はキースなのだから、いい年してるんだから現実を見なくちゃね、ってところである。
 現実では従兄にあたる中根悠介は、日本ではトップクラスのロックバンド、グラブダブドリブのギタリスト。私は日本でもそれほど有名ではないロックバンド、エターナルスノウのヴォーカリストだ。グラブダブドリブはハードロック、エターナルスノウはシンフォニックロックと呼ばれるジャンルの音楽をやっている。
 業界では私が中根悠介のいとこだということは内緒だ。エターナルスノウのメンバーにも知らない奴もいる。グラブダブドリブの七光りでデビューできたんだと、言われたくないからなのは言うまでもない。
 シンフォニックロックという音楽の定義にはさまざまあるのだろうが、エターナルスノウはクラシックのような楽器を多用している。私の声はフルートの音色のようだと言われ、キースが金管楽器を、トクは木管楽器を演奏する。
 トクやキースというのはむろん愛称であり、私は彼らの本名を知ってはいるが公表はしない。私も仕事ではミズキとだけ名乗っていた。
「シンフォニックロックの定義のひとつには、メロトロンを使うってのがあるんだ。キングクリムゾンやムーディブルースなんかも使ってたんだよ」
「メロトロンってなに?」
 バンドをはじめた初期のころにキースが教えてくれて、なるほど、とは思ったものの、私は楽器には興味がなかった。というよりも歌で手いっぱいだったのだが、最近になってちょっとは余裕ができてきたので、メロトロンにチャレンジしている。
 シンセサイザーよりも古めかしい感じがして、上手になってくると楽しい。今度のライヴでは正式に演奏しようと、今夜も私は貸しスタジオでメロトロンの練習をしていた。
「よぉ、ミズキ」
 大きな音楽スタジオなのだから、知り合いのミュージシャンも別室でなにやらしていた。そのうちのひとりがドアを開けて中に入ってきた。
「よ、ラン」
 相当に背が高くて怪しげな男。妖しげでもあるのは、彼がバイセクシャルだと言っているからか。単に性的な節操がないのだともいえるが。
「聴いてるからおまえたちのオリジナル、弾いてみてくれよ。メロトロンって「弾く」でいいんだよな」
「鍵盤もあるんだし、いいんじゃないの?」
「おまえはピアノとかエレクトーンとか、経験あるのか?」
「ばあさんがね……」
 子供のころから祖父は、私に勉強だけをさせたがった。家政婦さんがいたから家事は一切手伝わなくてもよくて、いい成績を取っていい大学に進学しろとばかり言われていた。が、祖母は言った。
「瑞樹は女の子なんだから、ピアノくらいはたしなみとして身につけたほうがよろしいかと思いますよ」
「そのほうが上流階級の娘らしいかな。しかし、わしは楽器は好かんのだ」
 なぜ祖父が楽器嫌いだったのかといえば、悠介さんがギターを愛したからだ。そうとは私はまだ知らなかったが、祖母の勧めでピアノは習った。
「ああ、そうなんだな」
「うん、うちもステージでピアノを使ったりするから、ロイの邪魔をしたりはしてたけどね」
 本名は知らないランとのお喋りを中断して、エターナルスノウのナンバー、「屋上の雪」を弾く。キースの作曲したインストゥルメンタルナンバーのオリジナルはピアノを使っていて、次のステージのためにキースがメロトロンバージョンの編曲もした。
 どこかすっとんきょうなくせにもの哀しい曲を弾いていると、ランがベースギターで伴奏してくれた。ラン、うちに入らない? ツインベースってのもよくない? そうも思いながらペースとメロトロンのセッションをしていると、再びドアが開いた。
「ミズキ、熱心に練習してるんだな。ランはなにやってんの?」
「見たらわかるだろ。おまえは彼女のお迎えか」
「ああ、まあな」
 はじめて寝たのはいつだったか忘れたけれど、けっこう長いことセフレのような仲だったキースだ。キースが私を決まった彼女にしたがって、悩んだ末にカップルになった。
「いい音が出てたよ。ミズキ、腕を上げたな」
「俺のベースのおかげだろ」
「俺も仲間に入ろう」
 今度はキースがショートコルネットを口に当て、三人のセッションになった。

「when the winter was over
 she returned there to find him
 and her memories filled her with light

 she remembered the beauty
 she remembered desires
 and her memories filled her with light

 I am the sun in the flame
 cold from the flame turns away
 and in these winds came a change
 she awakes... 」

 途中から女の声も加わって、臨時結成のバンドみたいになってくる。歌っているのはミルキーウェイだ。SISTERなんて歌詞の歌を私が選んだのは偶然だけど、先だっての出来事を思い出した。
 小娘の浅知恵もあって大嫌いだった、フォレストシンガーズの乾隆也。大人になった私は乾さんを嫌いではなくなったのだが、十代のころには毛嫌いしていた。乾さんと一応は和解したから、時にはお酒の場で同席したりもする。
 あの日、ミルキーとは先に私が会った。
「あたしは人を使って、上杉多香子って女の身の上を調べたんだよ」
「ったってね、あたしは上杉多香子なんて知らないよ」
「ミズキは悠介さんを兄さんみたいに……なんて言ってたじゃない? 多香子とあいつもそれに似てるってか、近い部分があるんだよ。興味ない?」
 興味はなくもないので見つめると、ミルキーはいやらしい笑みを浮かべた。
「上杉多香子はあいつの父親の隠し子らしいよ」
「あいつって……乾さんは金沢の和菓子屋と華道の先生のひとり息子だよね」
「知ってるんだね」
 うちの親戚の山荘で、そんな話もしていた記憶があった。
「多香子は和菓子屋のオヤジが浮気してできた子だよ。あいつはけっこう有名な歌手なんだから、このネタは使えるよね」
「強請る気?」
「スキャンダルになるじゃない。ミズキはあいつのケータイのメルアドは知らないの?」
「だいぶ前に聞いたから、変わってないんだとしたら……」
 それだったら乾さんには知らせてあげたほうがいいのだろうか。知らないままで急に週刊誌にでもすっぱ抜かれたら、乾さんが困るよね。あたしも甘いなぁ、嫌いだった奴なのに、そう思いながらも乾さんにメールした。

「ミルキーが重大な話をしたいんだって。多香子って人についてのなにかが発覚したらしいから、心の準備をしてから来てね。フライドバタフライで待ってるよ」

 メルアドは変わっていないようで、間もなく返信があった。すぐに行くよ……やがてやってきた乾さんはミルキーの話を冷静に聞き、途中でてのひらを広げて遮った。
「俺としては半信半疑なんだけど、それが事実だったとしたら俺はあなたになにをどうすればいいんですか」
「探偵に調べさせたんだから、事実だよ」
「探偵の調査がすべて正しいと決まったものではありません」
「あんたも調べたら?」
「俺は父の……あなたに言う必要もないな。俺はどう行動すればいいんですか」
「だからあたしはあんたが大嫌いなんだよっ」
 ミルキーのほうが逆上して、憎悪のこもった声で叫んだ。
「公表はしないでくれって、土下座しなよっ」
「公表したいのならばすればいい。週刊誌だか月刊誌だかが正式に調べてくれるのかな。そうもせずにガセでもいいから載せるんだろうか。俺の親父のそんなネタにニュースバリューがあるとも思えないけど、スキャンダル雑誌やワイドショーには格好の話題なのかもしれませんね」
「あんたっててめえをものすごく上等な人間だと思ってるだろ」
「だとしたら?」
「……大嫌いだ」
 がたんと音を立てて立ち上がり、ミルキーが店から出ていく。回りの客たちがこっちに注目している。今夜もミュージシャンが多いお客たちには、乾さんの知り合いもあたしの知り合いもいる。乾さんは彼らに軽く会釈した。
「悪かったね。吸ってもいい?」
「あたしも吸うから」
「ミルキーさんは嫌煙家だったよね」
 ふたりで煙草を吸って、今しがたの一件とは無関係な話をしたあの夜。
 その後にも乾さんには会っているが、多香子の話なんかはしない。ミルキーとだって会うものの、挨拶をかわし合う程度だ。
 だけども、どこかしらは似通ったところのある多香子という女は気になっていた。フォレストシンガーズの乾隆也の父に隠し子疑惑? そんなネタを記事にして人々の耳目を集めるのかどうか、そもそもミルキーが売ったのかどうかも知らないが、週刊誌にそんなスクープが出ていたこともない。
 ただ、乾さんにいやがらせをしただけ? 口先だけで歌っているようで、感情がこもっていないのが持ち味のミルキーウェイの歌は、今夜も淡々と、ただ淡々と空気の中に溶けていっていた。


2・多香子

 はじめて訪れたパリには好印象は持てなかった。パリの人間は底意地が悪そうだし、パリには山田佳代子さんがいるし。
 五年ほど前に母が言った、あなたには本当のお父さんと兄さんがいるの、との偽情報を真に受けて、私は東京まで乾隆也に会いにいった。親戚の岩男さんが美容師をしていて、フォレストシンガーズの三沢さんが彼のお客で、その関係で会わせてもらえたのは僥倖だった。
 言うつもりもなかった、あのころは信じていたその情報を口にして、乾さんがお父さんに確認して、岩男さんが知っていた事実を話してくれて、失望して金沢に帰った。
 それから二年。
 高校生の夏にパリへひとり旅をして、偶然にも乾さんに出会った。乾さんはフォレストシンガーズの一員で、私の心の兄さん? そうとしか言いようのない存在になってしまった。
 パリにひとり旅をしていた乾さんは、フォレストシンガーズのマネージャーの山田美江子さんの妹、佳代子さんがこちらにいると言った。私が佳代子さんの勤めるブティックを調べてあげて、乾さんは彼女とデートして。
 帰国してからも私が東京に行って、本橋さんに会ったり、乾さんを困らせたり。そうしているうちに私も成人になった。
 かねてから念願だった語学留学。パリは好きではないから、フランス語を学べる地方を探して、ちょうどよい場所が見つからなくて、結局はパリに留学した。乾さんに会ったときには、フランスの田園地方に留学していると言ったけれど。
 嘘つき多香子だって、乾さんは知ってるよね。嘘ばっかりつくんじゃない、って、何度も叱られたもの。ぼんやりしていると、乾さんのことばかり考えてしまう。
 休暇で金沢に帰省していると、暇だからますます、乾さんのことばかり考えてしまう、彼は私とは血縁関係はないはずだが、この町で生まれて育ったのは同じ。金沢には乾さんの生まれた家と、お父さんが営む和菓子屋さんもある。
「お母さんの店でアルバイトしてもいいんだよ」
「そんなこと、しなくていいの」
 小料理屋をやっている母は、私を店に出入りさせたがらない。母が午後から出かけていくと、私も町に出た。
 「翠月堂」。金沢の中心地からやや離れた立地にある、乾さんのお父さんのお店だ。店主の名前は乾隆之助。彼は上杉多香子を知っているのだろうか。顔と名前は知っているのだろうが、上杉かおりと彼には特別な関係があるのだろうか。なんとなく、確認はしていない。
 父親かもしれないと思っていたときでさえも、近くに住んでいる隆之助さんには当たらず、隆也さんに直接会いにいったのはなぜ? 自分でもわからないが、そうしたことを後悔はしていない。
 二十歳になるまでの間、男の子に交際を申し込まれたことだってある。でも、そんな気にはなれなくて断ったのは乾さんのせい。俺を忘れろ、と言われたって、私は彼が忘れられなくて、他の男性とはつきあえないのだってつらくもない。
 情熱的なパリの男性からも、二、三人、交際を申し込まれた。けれど、にやけたフランス人なんかに興味はない。私の好きなタイプは乾隆也。それだけは揺らがない。
「ここだ」
「ああ、ここ?」
 意味もなく「翠月堂」の前に立っていると、カップルが近くにやってきた。私よりはやや背の低いセンスのいい美人と、背の高いかっこいい男だ。ふたりとも芸術家タイプに見えた。
「乾さん、言ってたよ。五年間ものにならなかったら、この店で修業して親父さんの跡を継ぐって約束だったんだって」
「和菓子屋の旦那をやってる乾さんってのは、想像すると笑えるな」
「……そうだね」
 くすくす笑っているカップルは、乾さんの知り合いなのだろう。音楽をやっている男女か。店に入っていかずに歩き出したふたりに、私は距離を置いてついていった。
 カップルは賑やかな通りに歩いていく。お昼ごはんでも食べにいくのだろうか。ふたりは腕と腕をからませて歩き、時々立ち止まっては、あの食器、いいね、高っ!! などと会話をして歩き出す。私にとっては地元だから珍しくもないが、加賀友禅の店、輪島塗りの店、漆器の店、と、都会の人間には目新しいのだろう。ゆっくり歩いていた。
「お、これ、センスいいじゃん。ミズキに似合いそうだ。買ってやろうか」
「どれ? ださっ、いらねえよ」
 そっけなく言い捨てて、女性がブティックの前から離れてしまう。ミズキって名前なのか。
「なにも買ってなんかいらないよ。腹減った」
「おまえな、外を歩いてるときぐらいは女らしく喋れよ」
「やーだよ。気持ち悪いもん。キース、早くメシ食いにいこうぜ」
「わざと言ってるだろ」
 ふむ、男性はキースか。本名ではないのかな? と考えていると、むこうから見覚えのある男性が歩いてきた。
 彼も私を知っているのかどうかは知らない。彼は私の母が経営している小料理屋のお客であり、母とは知り合いなのはまちがいない。私も彼を見にいって、ああ、このひとか、と確認はしてあった。なのだから、彼も私の顔と名前は知っているかもしれない。
 曖昧に会釈すると、彼が立ち止まった。この女の子は誰かな? と考えているのか。軽くパニックになりそうで、私は口走った。
「乾さん、こんにちは」
「はい、こんにちは。えー……」
 やはり私が誰なのかまでは知らない様子で、乾隆之助さんは首をかしげている。すこし離れたところにいたミズキという女性が近寄ってきた。
「乾さんのお父さん?」
「はい、私には息子がいますが、どちらさまですかな」
「いや、失礼。えーと、俺たちは乾隆也さんとは知り合いですので、金沢にきて乾さんって名前を聞いてつい……おい、ミズキ」
 前に立ちふさがったキースという男性を押しのけて、ミズキさんは言った。
「おじさん、隠し子がいるの?」
「は?」
「失礼なことを言わないで下さい!!」
 関係なくはないのだから私もしゃしゃり出た。隆之助さんはびっくり顔、ミズキさんとキースさんは私を凝視し、隆之助さんが口を開いた。
「あの、あなたたちは?」
「だから、あたしたちは乾さんと知りあいなの」
「隆也さんとね」
「音楽やってんのよ。エターナルスノウってロックバンド、おじさんだから知らないかな」
「ミズキ、相手は年長の方なんだから、もうちょっと丁寧に喋れよ」
「うるさいな。だから、ちょっとは女らしく喋ってんじゃないかよ」
 もめているミズキさんとキースさんに、隆之助さんが言った。
「私の店は近いですので、いらっしゃいませんか。応接室でお話をしましょう」
「いいよ。でさ、あんた、誰?」
「その隠し子疑惑というのはもしかして私のことかと……」
「多香子?」
「ミズキさんに呼び捨てにされるいわれはありません」
 思わずきっとなってしまった私にも、隆之助さんが言う。店にどうぞ、と。こうして私は父親かもしれない男性に話を聞くことになったのだ。
 

 そもそもは母が悪い。私が高校生になる春に、あなたにはお父さんがいるの、と言い出したのだから。
 父は死んだと聞かされていたのか、私が勝手にそう思っていただけなのか、それまでの母はあやふやな言い方をしていた。
 それが突然、あなたには父親がいる、兄もいる、父親の名前は言えないが、兄はフォレストシンガーズのメンバーだと母は言った。
 当時は現在ほどには有名ではなかったフォレストシンガーズだが、調べるつもりになったら調べられる。金沢出身乾隆也。彼が私の兄なのだと決定して東京まで会いにいき、知り合いの美容師さんとのつながりから会わせてもらえた。
 言うつもりもなかったのに言ってしまって、乾さんはここにいる隆之助さんに電話で確認してくれた。
 結論は、乾龍之助は上杉多香子の父親ではないというもので、私としても納得するしかなかった。けれど、母からは否定の言葉は聞いていない。二十歳になった私は、乾さんが兄さんだったらいいな、ううん、兄さんとだったら恋愛はできないから、他人のほうがいいな、との感情の間でふりこになっていた。
 はじめて入った「翠月堂」の応接室には、黒いソファと大きなテーブルがある。翠月堂銘菓の水羊羹、「蝉しぐれ」とつめたいお茶が出され、ミズキさんは煙草を吸っていた。
「このお菓子、えーと、乾さんっていうと息子さんみたいだから……えーと、おじさまって呼んでいいですか」
「いいですよ」
「息子さんは隆也さんで? はい、そう呼ばせていただきます。このお菓子、隆也さんから命名の由来を聞きました。静けさや、岩にしみいる、セミの声」
「そうですよ。へっぽこ詩人の私がつけました」
「あのさ、そんなことはどうでもいいんだけど……」
 口をはさんだのはミズキさんで、キースさんも言った。
「俺たちは乾さんとは……隆也さんね。隆也さんとは友達ってんでもないし、そこまでお節介を焼ける仲ではないんですよ。隆也さんって怒るとおっかないってか、迫力あるってか、俺たちがこんなことしてるって知ったら、俺が殴られるんだけどな」
「なんでキースが殴られるの? あたしが殴られてあげるよ」
「乾さんは女は殴らないだろうけど、もしもそうなって俺が逃げたら、もっと殴られるだろ。ああ、もう、そんな話はしてねえんだよ」
 キースさんも煙草に火をつけて、言った。
「だけど、俺も知りたいかな。真相はどうなんです?」
「おじさんは一部始終を知ってるの?」
「あなたたちが知っておられる話を、主観をまじえずにしていただけますか」
「ミズキ、話せよ」
 きちんと話をするのははじめての隆之助さんは、理屈っぽいおじさんという感じがする。細身で背は高めで、性格も目鼻立ちも乾さんに似ている。
 顔は私とは似ていないけれど、性格は似ているかもしれない。煙草のけむりの中、ミズキさんが、彼女が知っている事実を話す。歌手のミルキーウェイが乾さんに強請りまがいの言動をしていたということ以外は、ほぼ私も知っていた。



3・ミズキ

 客観的に、と言われたのだから、怒らないようにして話し終えた。多香子は無言でうなずいていて、キースが時々補足する。隆之助おじさんも黙って聞いていた。
 美男子というのでもないけれど、いい雰囲気を持ったプロポーションのいいおじさんは、外見も乾隆也に似ている。彼と彼とが並んで立っていれば、誰もが親子だと思うだろう。多香子も美人ってほどでもないが、利口そうな顔をしている。おじさんと多香子を並べてみても、父と娘だと言われたらうなずけそうだ。
 多香子の母の上杉かおりは未婚の母。小料理屋を営むかおりと、和菓子屋の主人の隆之助は昔から知り合いで、彼が彼女の手助けをしてやったのはまちがいないはずだ、と隆也さんは言っていた。
 ミルキーは探偵に調べさせたと言っていた。どこの誰に調べさせたのかは不明だが、調べでは隆之助は多香子の父。隆之助さん自身は息子に、そんな事実はないと言ったのだそうだ。いずれが真実なのか。語り終えた私はおじさんの目を見た。
「そんな話になっていたんですね。隆也は私にはなにも言ってきませんよ。五年くらい前でしたか、そのときにはたしかに電話をかけてきて、お父さまには俺以外に子どもがいるんですか……みたいな質問をしてきましたが」
「そのときはいないって言ったんでしょ?」
「そうです」
「でも、探偵はいるって言ってるよ。DNA鑑定とかした?」
「してません」
「してみたら?」
「いや、そんなはずはないんだが……」
 眉間に皺を刻んで、おじさんが天井を睨む。あたしはおじさんを睨み、キースは多香子に尋ねた。
「多香子ちゃんのお母さんはちがうって言ったのか?」
「私は母には質問してないんです」
「どうして?」
「知りたくなかったから、かな」
「……わかんねえよ」
 ちょっとだけしか聞いてはいないが、あたしには多香子の気持ちはまるでわからないわけでもない。
 立場はちがっても、悠介さんに対するあたしの気持ちと似ているから。悠介さんだって隆也さんだってあたしたちよりはずっと年上で大人で、ミズキも多香子もまともに女扱いはしてもらえない。ならばせめて妹でいたいと。
 恋人ってのは特別だけど、妹だって特別だ。少女の年ごろにはあたしもそう思った。キースとマジになってから、ようやくほとんど吹っ切れた。ほとんど、であって、一部は気持ちが残っている。
 おそらくは多香子もそうなのだろうけど、隆之助おじさんのほうは話が別だ。あたしは浮気だって不倫だって悪いとは思わない。妻の座を死守しようと、不倫女を犯罪者みたいに言う女は大嫌い。自分は浮気するくせに、妻が不倫すると絶対離婚だと息巻く男も大嫌い。
 ましてあたしやキースみたいな独身は、多少は浮気したってどうってことはない。キースがちょこっと別の女と遊んだって、やっぱりミズキが一番、と言うんだったら許してやる。そっちの女と結婚でもすると言うのだったら、女にプレゼントしてやる。
 一番ではなくて二番でもいいと思う女もいて、かおりさんがそうなのだったら、人はそれぞれだと思う。世間の常識をふりかざして、あたしは正義の味方っ!! なんて叫ぶ女にはなりたくない。そんな女は反吐が出そうに嫌いだ。
 でも、なぜだろう。乾隆也さんがからんでるから? 多香子があたしと似た感情を持ってるから? 隆之助さんが多香子の父親だったらむかつく。小学生だったあたしを捨てて、それっきりかまいもしなかった実の父とかぶるからかもしれない。
「そのほうがましだよ。俺の親なんてガキのころにはほったらかしてたくせに、俺が稼ぐようになったら小遣いをたかりにくるんだから」
 そう言っていたロック仲間もいたが、それもまた別。今日だけは正義の味方になってやる。
 だけど、多香子がお母さんに確認していないってのは……だったら、あたしは正義の味方になったらいけないんだろうか。これは隆也さんの問題であって、他人のキースやあたしが首を突っ込むと、乾さんが怒るんだろうか。
 ほんとに乾さんは怒るとけっこう怖い。特にあのつめたい目が怖い。キースが殴られたり、あたしが悠介さんに叱られたりするよりも、乾さんに冷淡にあしらわれるのが怖い。
 大嫌いだった奴なのに、いつの間にかあたしも乾さんは嫌いじゃなくなっている。隆之助おじさんが考え込んでいるので、あたしは多香子に尋ねた。
「あんたは事実は知りたくないの?」
「知らないほうがいいかな」
「そんで、どうしたいの?」
「このまんまでいいんですよ。私は隆也さんのパリ妻で満足してますから」
「パリ妻?」
「へ? そんな関係?」
 年増女みたいな謎めいた微笑を浮かべている多香子に、隆之助さんも尋ねた。
「それ、本当なんですか」
「ああ、隆也さんと私が兄妹だったら、してはいけないことですね。でも、子どもは作りませんから」
「多香子さん……」
 困り顔の隆之助おじさんを見ていると、思い出した。
「多香子って嘘つき癖があるって、隆也さん、言ってたよ」
「そりゃあね、嘘つきなお父さんの娘なんですもの」
「もうすこし、考えをまとめさせて下さい」
 この態度は、かおりさんと隆之助さんは寝たことはあるのだろう。でないとこんなに考え込む必要はないのだから。他人のあたしたちや、かおりさんの娘の前ではそんな話はできなくて悩んでいるのだろうとしか思えなかった。


 覚悟を決めたのか、隆之助さんが語りはじめた。
「多香子さんも成人しているのだから、話します。私はかおりさんとはそんな関係ではない。しかし、絶対にかおりさんとそういうことをしていないのか? と問い詰められると、絶対にとは言えないかなぁ、と。そうも思うんですよ」
「どういう意味ですか」
「……いや、商店街の寄合や親睦会などで、一泊旅行に行ったこともあります。酒のはずみで……そんなふうになったことはないはずだが、絶対ではないかと……すみません、弁解になってしまいます。でも、私の記憶にはありません」
「ほんとに?」
「私の記憶の中にはありません」
 なーんだ、と多香子は呟き、信用してあげてもいいかな、とあたしは思い、キースは突っ込んだ。
「俺にはそんな質問をする権利もないんだろうけど、こうなりゃとことん訊きますよ。隆之助さんって酒には弱いんですか」
「人並ですが」
「酔って記憶をなくした経験は?」
「若いころには稀にはありました」
「商店街の旅行でも?」
「それがあるものですから、絶対になにもないとは言い切れないんですよ」
 だらしねえな、と言いたいところだが、若いころにはそんなこともあるものだ。酔っ払って前後不覚の隆之助さんを襲う美女の図が思い浮かび、笑いそうになったのをこらえたのは多香子の手前である。
「すると、かおりさんが妊娠する前から、知り合いではあったんですね」
「そうです」
「友達というか、そんなつきあい?」
「友達というか……」
「頼りにされてましたか」
「すこしは」
 刑事みたいにキースが尋問を続け、隆之助さんは冷や汗をかいている。DNA鑑定すればいいのに、と思いながらも、あたしは多香子に言った。
「あんたとしては、ことをはっきりさせたくもないんだね」
「そうかもしれません」
「あたしにも好きな男がいるから、あんたの気持ちはわからなくもないよ。会いたかったんだ」
「私に?」
「そうだよ」
「ミズキさんの好きなひとって、キースさんじゃなくて?」
「うん。今夜は三人で夕食にしない? 隆之助さんは適当に解放してあげて、あんたが金沢の案内をしてよ。今夜はホテルを取ってるから」
「……ええ、いいですよ」
 真偽をはっきりさせたい理由には、ミルキーに突き付けてやりたいからというのもあった。けれど、もしも本当に多香子が隆之助さんの隠し子だったらば、ミルキーはどうするのか。彼女にしても探偵に調べさせたと言っておいて、あれから行動を起こしてはいない。
 当事者たちの複雑な思惑がからまりあっているというのならば、あたしたちはここで手を引こう。多香子と知り合えただけでも、あたしにとっては金沢旅行の収穫はあった。なかなか手ごたえのありそうな彼女とだったら、口喧嘩もしてみたかった。


END
 
 





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