ショートストーリィ(しりとり小説)

125「黄昏て」

 ←花物語2015/八月「ハイビスカスサマー」 →小説384(Sister Awake)
しりとり小説125

「黄昏て」

「もう三年になるでしょう? どう思ってるの?」
「どう、とは?」
「普通は三年もつきあっていたら、結婚を考えない? あなたは三十四、私は三十二、平均的初婚年齢もすぎちゃったよ」
「メイちゃん、結婚したいの?」

 びっくりしたような顔になって、到は芽衣子を凝視した。
 二十九歳と三十一歳でつきあいはじめた当初は、芽衣子は思っていた。まだ二十代だし……結婚はどっちでもいいかな。到といると心地よい。お喋りをしていても、ふたりともに黙って別々のなにかをしていても心地よい。それが一番だと。

 けれど、一年がすぎ、芽衣子が三十歳になると、友人たちからも次々に結婚、出産のニュースが届くようになる。職場でも誰それが結婚する、式に招待される、産休に入る、などの出来事が相次いだ。

 なのに、到はいっこうに結婚を口にしない。友達や同僚が結婚しただの、結婚式に呼ばれただのとの話題も出さない。彼は無口なほうだから、芽衣子といても聞き役でいるほうが多い。そのせいもあって自分からは話題を出さなくても不思議でもなかったのだが。

 今日はつきあいはじめてから三年目の記念日。到は忘れているだろうが、私たち、つきあってるんだよね、と芽衣子が言って、そうなんでしょ? と到が笑ったのは、三年前の今日だった。

「つきあってほしいって芽衣子が言ったの?」
「どっちも言わないから、私が確認したの」
「それで、プロポーズは?」
「そんなの全然ないよ」
「……いい、芽衣子? プロポーズは到さんからしてもらいなさい。でないと、俺はしたくもなかったのに結婚してやったって言われるわよ。男性にプロポーズされて結婚するのが幸せなんだからね」
「古っ」

 母にはそう言い返した。どっちがプロポーズしようとも大きな問題ではない。彼が言ってくれないから、私が言うだけだ。芽衣子はびっくり顔の到を見返した。

「私は到さんと結婚したいと思ってるの」
「……そうなのか」
「そうなのかって、いや?」
「いや……考えさせて」

 まるっきり逆よね、と母ならば嘆きそうだが、言うべきことは言ったのだから芽衣子としては満足だ。それから一週間後、到にメールで誘われていたので、芽衣子は彼のマンションを訪ねていった。

「とりあえず。食べようか」
「そうだね」

 適当に見繕ってデパ地下で買っていった、やや高級なお総菜やサラダで食事にする。いつになく気づまりな雰囲気になるのは、到が改まってなにかを言い出そうとしているから。芽衣子はそう信じて、言葉少なに食事をしていた。

「片づけはあとでいいから……メイちゃん」
「はい」
「きちんと言うべきだったよね。僕は結婚はしたくないんだ」

 進んで話してくれるのではなかったら、無口な到から家族の話を聞き出そうとは思わなかった。到は東北地方の出身で、大学生からは東京でひとり暮らしをしている。芽衣子とは同業他社という関係で、同業者が集まる新製品発表会で知り合った。

 三十歳近くなってから知り合ったのだから、本人の言わないことなどは知らない。芽衣子は郷里にいる家族の話も多少はしたが、到はそんなときでも聞き役だった。
 そんな到がはじめて、自らの家族について話した。

「両親は仲がよくなかったんだ。子どものころにも家族旅行なんかしたこともない。よそのうちを知らないころには、どこもそんなものだと思っていたよ。小学生になって友達と喋ってて、お父さんとお母さんがふたりきりで映画を見にいったから、昨夜はおばあちゃんちでごはんを食べたんだ、なんて話を聞いてショックを受けたりね」
「うちもふたりでデートなんかはしなかったけど……」
「デートをしない夫婦はよくいるのかもしれないけど、大きくなるにつれて知ったところでは、うちの両親は家庭内別居に近かったんだね」

 愛情なんかまったくない。日本の夫婦はそうだとしても子どものために別れない場合も多い。それでも表面上は取り繕い、子どもたちの父と母として生きていく。そんな夫婦はどこにでもいるのだろうが、到の両親はそれ以下だった。

「時々夜中に、喧嘩はしてるんだよ。親たちが親しく話すなんてことはなくて、食事中にでも話すことがあれば、子どもたち……僕か弟を通じて伝え合うって感じだった。そのくせ、喧嘩だけはするんだね。朝になってから母の腕に痣ができていたのを見つけたこともあるよ」
「それって……」
「父がやったんだろうね」

 淡々と語る到の口調は、静かで穏やかであるだけに傷の深さを感じられた。

「僕はあの父の血を引いてるんだ。今までは他人に暴力なんかふるったことはない。弟と取っ組み合いなんかしたら、母が寂しそうに、あのお父さんの子だからね、って言う。大きくなるとその意味がわかってきたから、弟とも喧嘩はしなくなったよ」
「……」
「だけど、メイちゃんと夫婦になって気安くなって、もしも喧嘩でもしたら……親父の血が出てくるかもしれない。怖いんだよ」
「そんなの……」
「自制心はあるつもりだよ。メイちゃんのことは好きだよ。だけど、僕は結婚なんかできる人間じゃない。あの父親の血を子どもに受け継がせたりしたくない」

 子どもなんか作らなかったらいいのよ、とまでは、芽衣子にも言えなかった。
 そんなつらい過去があった到に、私はノーテンキにプロポーズなんかして、恥かしい。うつむくと涙が出てくる。到もうつむいて、ちらっと見ると彼も泣いていた。

「そんなふうには考えてもみなかったけど……メイちゃんも三十歳をすぎたんだね。きみは結婚して幸せになりたいよね。こんな僕とは将来を考えられないんだから、他のひとを探してほしいんだ」
「別れるの?」
「そのほうがいいだろう? きみは僕と一生独身のままで、つきあっていても仕方ないんじゃないの? メイちゃんだったら優しいいいお母さんになれるだろうに、僕がきみの将来の夢をつぶすなんていたたまれないよ」
「……そのほうが……」

 そのほうがいいのかもしれない、考えさせて、と芽衣子がプロポーズした日の到と同じ台詞を口にし、その夜は芽衣子は自宅に帰った。

 仕事だけはきちっとしていたが、それからは時間があれば到のことばかり考えた。無理矢理にでも彼と結婚したいとはもう言えない。結婚はお互いの同意のもとにする行為だ。結婚すると想像すると子どものころを思い出し、つらくなる到の気持ちを慮れば、結婚したいとは二度と言えない。

 ならば、このまんまでつきあっていく? 
 あるいは、別れる?

 一週間ほどは、続ける、別れる、の間でゆらめいて、芽衣子は結論を出した。私はやっぱり近い将来には結婚したい。到は私とつきあっていても、妙な罪の意識を覚えるかもしれないのだから、別れたほうがいいのだと。

「そう、そうなんだね」
「そのほうがいいよね」
「……メイちゃん、別れたくないけど……いや、僕のわがままにこれ以上つきあわせるのは……メイちゃん」

 振り絞るように声を出し、芽衣子を抱きしめて到は泣いた。芽衣子も泣いた。

 あれから約二年、芽衣子はようやく到を吹っ切りつつある。同業企業なので会社同士の交流があり、到の動向もすこしは聞こえてくるが。元気そうにしていると聞いて安心していた。

 三十四歳、婚活では女の崖っぷちだとの説はある。到を忘れるためにもパートナー紹介所に登録して、お見合いをしてみたりしているが、しっくりする相手はいない。三十代の間に見つかればいいかな、見つからなかったら……ううん、見つかるよ、きっと、と自分に言い聞かせていた。

「あの、吉本芽衣子さんですよね」
「はい、そうですが」

 会社に訪ねてきて芽衣子の席にやってきた若い女が、名刺を差し出した。多村七恵、社名は到と同じだった。

「去年、こちらに配属されたんです。去年の新入社員ですが、大学院を出ていますので、そんなに若くはないんですけどね」
「そうなんですか。あの、私の部署となにかお仕事の面で……」
「いえ、そうではなくてプライベートで、吉本さんとお話がしてみたかったんです」

 ならば、昼休みも近いことだし、早めにランチをしましょうか、と誘うと、七恵はにっこりとうなずいた。
 昨年に大学院を卒業したという七恵は二十五歳くらいか。すらりと背の高い理知的な美人で、しゃれた形のグレイのスーツが似合っていた。

「実はね、橋田さんと結婚することになったんです。そのご報告もしたくて……」
「橋田さん?」

 橋田到? まさか、としか考えようがなくて、レストランに行こうとして歩いていた社外の道で、芽衣子は立ち止まって七恵を見上げた。

「橋田到さんですよ」
「……あの、でも……」
「吉本さんとつきあっていたんですってね。私は知らなかったし、彼も話してくれなかったんですけど、他のひとから聞いて問い詰めたら白状しました。過去の話だよ、すんだことだよ、なんて言ってましたけどね……」

 そこで言葉を切って、七恵はくっくっと笑った。

「過去の女のことなんか話したくないって彼は言うんで、社内で彼と親しくしてるひとからなんだかんだ聞き出したんですけど、ご本人には言えないことも言ってましたよ」
「……結婚、するんですか」
「そうです。それで一度は、吉本さんを見てみたかったんですよね」

 公私混同はなはだしい、と怒ってやりたかったのだが、芽衣子の頭の中は混乱していた。この女にだまされて、子どもでもできてしまったのでは? そうだとしても……そうだとしたら……?

「本人……私には言えないことって?」
「言ってもいいんですか。聞きたい?」

 聞きたくなんかないのに、首を縦に振ってしまった。

「私に言ったわけじゃなくて、男性同士の雑談らしいんですけど、本音じゃないのかな。だいぶ前に彼、つきあってる女にプロポーズされたんだって言ってたそうです。女のほうからプロポーズされるなんてもてるねって冷やかされていやな顔をして……」

 いい年したおばさんだぜ。おばさんったって年下だけど、三十すぎてる。俺には選ぶ権利があるんだよ。なんであんな三十過ぎのおばさんと結婚しなくちゃなんないんだ。面倒だから作り話をして、ついでに別れたよ。

 あの、無口なはずの到が? 芽衣子には到がそんな口調でものを言ったというだけでも信じがたかった。だが、七恵は薄笑いを浮かべたままで言った。

「それからしばらくして、私が到くんと関係のある部署に配属されたんです。ひとめ惚れしたって猛アタックで、つきあったらけっこうすぐに、七恵を俺ひとりのものにしたい、結婚してくれーっ!! ってしつこいほど。到さんって情熱的ですよね」
「そ、そう、あの……」
「いいですよ。言いたいことは言いましたから」

 勝ち誇ったように言い放つ七恵と、ランチなどをともにする気は消え失せていた。
 こちらから話すことはもうない、と、芽衣子も七恵とはこれ以上話したくないとわかっていたのだろう。七恵はにこやかに会釈して離れていった。

 大げさに言っていたのではないか。到と結婚するのは事実でも、芽衣子との過去を聞かされて嫉妬した七恵が、昔の恋人を打ちのめしてやろうと作り話をしていた。そうも考えられるのだが。

 本当なのかもしれない、嘘なのかもしれない。
 ようやく吹っ切ったつもりの到にまつわるあれこれで、また当分は揺らめいてしまいそうで、頭が痛くなってきた。

次は「て」です







スポンサーサイト



【花物語2015/八月「ハイビスカスサマー」】へ  【小説384(Sister Awake)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

私の姉の10年以上付き合って結婚しましたけどねえ。。。
まあ3年続けば結婚を考えるのは確かに本音ですね。
それは男としては・・・。
というのはありますけど、女性も同じなのかなあ。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
女性でも男性でも、本当に結婚願望のないひとはいますよね。
ないと言っていてもあると言っていても、他人には本音はわからないわけですが。

この男性、同性としてどう思われます?
気持ちわかるな、でしょうか?
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【花物語2015/八月「ハイビスカスサマー」】へ
  • 【小説384(Sister Awake)】へ