ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/八月「ハイビスカスサマー」

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ハイビスカス

花物語2015

八月「ハイビスカスサマー」


 駅まで彼を送って家に戻ると、母と伯母が客間でお茶を飲んでいた。理沙が彼にアドバイスして、彼が買って持参したお土産の上品な和菓子をお茶請けにして、ふたりしてなんとなく深刻な顔をしていたから、理沙はすこしばかりどきっとした。

「うん、品のいい男性なんだけどね……」
「だけど、なんというのかしら。なんとなくこう……」
「目つきに険があるとでもいうんだろうか」
「これまでひどく苦労でもしてきたみたいな?」
「苦労したんだとしたら悪いことではないんだけどね……なんだかひっかかるんだよね」
「そうなのよ」

 胸の鼓動が激しくなる。母や永くともに暮らしてきた伯母は、理沙の婚約者の本質を見抜く目を持っているのだろうか。

 一年余り前、理沙はインターネットで、前科のある人間が懺悔をして真人間になろうという趣旨のサイトを発見した。そこに集う人々は、前科者はもちろん、そういった人間の支援をしてあげたいという、お節介な者、野次馬、好奇心人間などだと理沙には思えた。

 中には本当に善意に満ちた者もいたのかもしれないが、理沙には偽善者の群れだとしか思えなかった。
 こういったサイトには熱心に参加して書き込みをしたりオフ会にも出席したりする者の十倍、いや、百倍ほどもロムだけの人間がいるという、リードオンリーメンバーだったか。理沙もそっちの側だった。

 犯罪を犯して逮捕され、罪を償った人間とその支援者。サイトはそういった人種のために作られている真面目なものだったが、被害者側の人間も入り込む。前科者、支援者、被害者、三つ巴のバトルが繰り広げられたりもしていて、理沙は傍観者としてただ、見ていた。

「あのころの俺は未成年だった。中学二年の夏休みだったから、十四歳だったんだ。
 少年法改正以前だったから、俺はたいした罪にもならなかった。十四歳はほんのガキだから、人を殺しても矯正施設みたいなところで生活していただけさ。

 不自由ではあったけど、規則正しい生活をして勉強もし、読書もし、あんな親父のそばで暮らすよりもずっといいと思っていたよ。手に職も就いたよ。
 うん、被害者はもう死んだんだ。俺は親父を殺したんだから、母さんも死んだんだから、家族なんてものはもういないんだよ」

 短い手記がそのサイトに載っていたのが、志郎との出会いだった。
 父親を殺した? どんな理由で? 彼の心の中に横たわっているはずの闇を知りたいと、理沙は切望した。

「私も父を殺したいと思っていたの」
「……性的虐待でも受けた?」
「私にはなにもしなかったけど、父は祖母に暴力をふるっていたの」

 幼いころ、理沙は両親と父方の祖母との四人暮らしだった。時折祖母と父との喧嘩が勃発する。祖母は父を罵倒し、祖母の息子である父はしまいに逆上して祖母を殴る。祖母は金切声で絶叫する。阿鼻叫喚とはあのことだった。
 忙しくて理沙をあまりかまってくれない父だったから、理沙は父よりも祖母が好きだった。祖母のわめき声ではなく、あんな声を出させる父が嫌いになり、憎むようになった。

「おばあちゃんはどうして、お父さんと喧嘩ばっかりするの?」
「子どもは知らなくていいんだよ」

 質問しても祖母はそんな答えしか返してくれない。母は時々すすり泣いている。幼い理沙にはわけのわからない、重苦しい家庭だった。

「うちってどうしてあんなだったの?」
「そうねぇ。理沙には知られたくなかったんだけど、知らないと気持ち悪いよね」

 やがて両親は離婚し、理沙は母と、母の姉との三人で暮らすようになった。理沙が中学生になってようやく、母は父と祖母の不仲について話してくれた。

「お父さん、他に好きな女のひとがいたのよ。お母さんがなにを言っても、遊びなんだからどうってこともないだろ、みたいにあしらわれて、思い余っておばあちゃんに言いつけたの。そしたらおばあちゃんが怒ってくれてね……おばあちゃんはお父さんのお母さんなんだから、きついことも言う、なんでもはっきり言う。そうするとお父さんも怒って、喧嘩になったの」

 じゃあ、完全にお父さんが悪いんじゃないのよっ、と理沙も怒って、二度と父には会わないと決めた。
 が、理沙が高校生のときに、幼いころには大好きだった祖母が亡くなったとの知らせがあった。母は他人になったのだが、理沙にとっては実の祖母だ。お葬式に参列し、近所のひとたちの噂を耳にした。

「息子さんはおばあちゃんを恨んでたみたいね」
「お母さんのせいで離婚する羽目になったんだって?」
「そうらしいわよ。そのせいでおばあちゃんに当たり散らして……」
「おばあちゃんが出ていきたいって言ってたのは聞いたわ」
「出ていかれると世間体が悪いとかって怒って、また喧嘩ばっかり」
「おばあちゃんがかわいそうだったね」

 あくまでも噂ではあるが、祖母の寿命が縮まったのは息子のせい、すなわち、理沙の父のせいだとご近所さんたちは言っていた。過激な噂では、祖母は息子に殺されたのではないかと。

「ああ、理沙、来てくれたのか」
「……このたびは……」

 げっそり疲れた顔をして、涙ぐんでまでみせる父を、理沙は激しく憎んだ。涙ぐんでみせる、そう、その父の仕草は、理沙には芝居だとしか映らなかった。

「父と一緒に暮らしていたら、殺していたかもしれないな」
「娘が父親を殺すってのはむずかしいけど、だから、俺の気持ちがわかるって?」
「わかるとまでは言えないけど、深い事情を聞いてみたかったのよ」

 さまざまに手をつくして実際に会えた志郎とは、それからはいっぱいいっぱい話した。

「母は父と離婚して、母の姉と同居したのよ。伯母はずっと独身だったから、ある意味私の父親がわりだったかな。伯母が働いて大黒柱になって、母は仕事もしながら主婦もやっていたの。そうして私を専門学校まで出してくれた」

 コンピュータソフトを作っている会社に就職した理沙は、制作部門で働いている。専門学校しか卒業していないのでアシスタント的な扱いではあるが、人づきあいは苦手な理沙には居心地の良い、個人主義が通用する職場だった。

 最初のうちは理沙の話ばかりしていたのだが、次第に志郎も話してくれるようになった。

 中学生になったころから、志郎は父親と対立するようになった。いい大学を卒業して大企業に就職し、結婚して家庭を持って幸せになってほしい。父親としてはしごくまっとうな息子の将来像を語る父に、志郎はまっこうから反論した。

「僕は外国に行きたい。世界中に行きたいんだ」
「それだったら商社や銀行の大手に就職すれば、海外支店もあるよ。海外赴任できるようなポストに就ける、エリートを目指せばいい」
「そんなんじゃなくて、自由に海外に行きたいんだよ」

 子どもの夢だ、と決めつける父。たしかに、漠然とした夢ではあるが、その方向へ進みたい志郎。海外を放浪するフーテンになるつもりか、と気色ばむ父に、フーテンってなんだよ? 意味不明、と志郎は肩をすくめ、母が仲裁してくれる。そんな日々が続いたのだそうだ。

「パパはつまらない常識にとらわれていたんだ。だんだん腹が立ってきて、こんな奴がいたら俺は自由に生きられないと思った。殺すしかないだろ」
「……どうやって殺したの?」
「俺は中学生で、背も今よりは低くて子どもの体格だったよ。父のほうが圧倒的に力も強い。正面から行ったら勝てるわけがないから……」

 二十年近く昔のその時期、志郎は父親を殺す手段ばかりを考えて生きていた。人を殺すってどんなだろう……ためしに子どもでも殺してみようかとも想像したのだが、他人を巻き込むのはよくないと思い直したと言う。

「うちのパソコンはパパのものだった。俺も買ってほしいって頼んだんだけど、いい高校に進むためにしっかり勉強するんだったらな、なんて言われるんだ。俺は国際学科のある高校に行きたかったんだけど、そんなところはフーテン養成校だってパパは言うんだよ」

 自分のパソコンは買ってもらえないので、志郎は父親のパソコンをこっそり使い、大人の男を殺す方法を模索していた。中学二年生の夏休みのある日、志郎は帰宅した父親に呼ばれた。

「おまえだろ、インターネットで殺人のサイトばかり見てるのは? 勉強もせずになにやってるんだ。ゲームの攻略でも考えてるのか」

 履歴が残っていたことから父に知られ、口論になった。志郎の頭は意外と冴えていて、今だったら殺せる、と思ったのだそうだ。やはり息子が父を殺すという行為は、人間としてのタブーが働いてたやすくはできない。今、かっかと燃えたぎる感情のままに動けばできる。

 説教を浴びせていた相手が立ち上がり、タンスを開けてネクタイを取り出した。そんな息子を見た父親は、なにをやってるんだ、真面目に聞け、といっそう怒った。志郎はネクタイを手にして父親に近づき、首にそれを巻きつけた。ソファにかけていた父の背後に回り、手も足も全身も使って全力で締め上げた。

「ネクタイを使う方法ってのが頭にあったんだよ。これが俺にはやりやすいかと思ってたのもあった。パパがあばれたからママが見に来て悲鳴を上げて、ママに突き飛ばされたときにはパパはこときれてたみたいだ」

 母が救急車を呼び、駆けつけてきた救急隊員が警察に通報し、志郎はあっけなく逮捕……いや、十四歳だったのだから逮捕ではなく補導されたというべきか。警察に連れていかれた。

「パパは息を吹き返さなかった。ママは寝込んじまったらしいけど、俺はそれからずっとずっと、ママとは会ってないんだ。ママは施設に面接にも来てくれなかったんだもんな」
「具合がよくなかったからでしょ」
「そうなんだろうね。施設に入れられたひとり息子に一度も会わないままに、ママは一年ほどあとに死んでしまったよ。息子に夫を殺された女なんだから、早く死ねて幸せだったかもしれないな」
「すると志郎くんは……」
「もはや、被害者はいないのさ」

 加害者は更生を終え、ここで生きている。当時は現在ほどにインターネット社会でもなかったので、おおっぴらには志郎の実名や顔は世間に出回らなかった。むろん志郎の周囲の人間は知っていたが、二十年近くも経過したら記憶も薄れているのかもしれない。

 施設を出た志郎は民生委員やそのたぐいの人間たちの尽力で、在宅でコンピュータ関係の仕事をしているのだそうだ。在宅なのだから最小限の人間にしか会うこともない。理沙以上に人づきあいの少ない毎日なのだそうだから、ふとあのサイトに書き込みたくなったのだと言った。

「そのおかげで理沙に会えて嬉しかったけど、どこから聞きつけたのか、本を出せなんて話しも出てるんだ。俺自身にコンタクトはできないんだけど、俺の過去をリアルで知ってる人間に言ってきたらしいよ」
「本を出すの?」
「俺は書きたいんだ。書こうと思えば簡単なはずなんだけど、俺の保護観察士ってのかな、そういう奴が止めるんだよ。別に被害者なんかいないんだから、被害者の感情を逆なでするってこともないのにね。嫉妬されてるのかな」
「嫉妬?」
「前科者のくせして、本を出して儲けるなんて許せないってさ」
「ああ、それね。心が狭いね」

 書いてはいるんだよ、と志郎は言っていたから、いずれ日の目を見るかもしれない。
 そうして交際が深くなっていき、理沙のほうから言った。
 
「志郎くんは私と結婚する気はないの?」
「……ええ? 結婚? そりゃあ、俺は理沙が好きだよ。愛してるよ。理沙が好きだって言ってくれたときには裏でもあるんじゃないか、魂胆でもあるんじゃないか、ひょっとしたらマスコミか? って疑ったんだけど、世間一般の常識からして……」
「そんなのみんなわかってて、私はあなたとつきあったんだよ」
「だけど……」

 あなたは悪いことをしたと思ってるの? と尋ねると、志郎はかぶりを振った。

「だったらいいじゃないの。主義主張のため、自分の将来のために邪魔者を排除したんでしょ? 法律に抵触したから罪人にされて……ってか、罪人未満くらいの感じでも自由を束縛されてしまったから遠回りしてしまったけど、志郎くんには仕事もある。私と一緒にもう一度夢を追いかけようよ」
「海外を放浪する夢?」
「うん、私も行きたい」

 そんなふうに考えるようになったのは最近だが、理沙は日本人が相手だから人づきあいが苦手なのかもしれない。外国人だったら言葉も通じないし、日本人のようなつまらない常識は持っていないだろうから、つきあいやすいかもしれないではないか。

 コンピュータ関連の技術は志郎も理沙も持っているのだから、海外ででもどこででも暮らしていかれる。そのうちには志郎は本を出せばいい。まちがいなく売れるだろうから、それでひと財産築けるはずだ。

「理沙は俺と価値観が似てるんだな」
「そうよ。それってすごく大切じゃない?」
「そうだな。理沙とだったらやっていけそうだ」

 話がまとまったので、志郎に挨拶に来てもらった。母にも伯母にも告げずに結婚することは、三十歳をすぎたカップルには可能だ。まして志郎には係累はないのだから、反対意見などは出るはずもない。
 けれど、理沙は母と伯母は嫌いではなかったから、結婚するとの報告だけはしておきたかった。

「志郎くんは変わり者ではあるけど、愛し合ってるんだから大丈夫だよ」
「理沙は志郎さんのなにもかもを知ってるの?」
「なにもかもって?」

 友達の紹介で知り合った、ということにしておいたのは、ネットでの出会いはうさんくさいと、母も伯母もそう受け止めるであろうからだ。

「小さいころのこととか、家庭のこととか……ご両親は亡くなったって、わけありだったりしないの?」
「わけありなんて言ったらうちもそうじゃない? 志郎くんには母さんが離婚したって話もしたよ。うちがそうなのに、志郎くんのほうを根掘り葉掘りしろって言うの?」

 離婚を持ち出されると母は弱いようで、そうだねぇ、とうなだれた。伯母はまだぐずぐず言っていたが、理沙と
志郎が結婚すると決めたのだ。結婚とはそういうものだ。

「……直感で反対されたわけだね」
「反対というよりも危ぶんでるみたいよ」
「理沙は平気?」
「平気だよ」

 ごく平凡に生きてきたのではない者同士だ。理沙と志郎ではスケールがちがうが、それゆえにつちかった価値観が一致しているのが心強い。外で祝杯を挙げようかと、ふたりは志郎のマンションから出て歩いていた。

「ハイビスカス……鮮やかな赤だね。ハイビスカスが咲き乱れてるところへ新婚旅行に行って、そのまましばらく住みたいな」
「うん……」

 なんとなくためらっている様子だった志郎は言った。

「前科があると海外旅行はできないんじゃないのかな」
「本当は駄目みたいだけど、入国のときに申告しなかったらいいんだよ」
「その手があるんだ」

 そうよ、ばっちり、とふたりして笑う。志郎は通りすがりの庭に咲く、ハイビスカスの花弁に指先で触れた。

「この花、思い出したよ。パパとのあの日……警察に連れられて家から出ていったときに、うちの庭にも咲いていたんだ。パパとママの顔を思い出すと、そばに真っ赤な花が咲いてる。あれってハイビスカスだったんだ」
「だったら、いやな想い出の花?」
「そうでもないよ」

 ならばいい。理沙にとってはこれからは、ハイビスカスは恋の記憶として残るだろうから。

 そんな事件のおかげで、理沙は志郎と出会った。人嫌いで人づきあいも嫌いな理沙は、結婚なんかしないものだろうと思っていたのに、ぴったりしっくり合う志郎を人生の伴侶にできる。志郎くんのお父さん、あなたはいいことをしたのよ、と、理沙もハイビスカスに触れてみた。

END





こわっ、と思っていただけたら嬉しいのですが。







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~ Comment ~

NoTitle

ふうむ。親で仲が悪いのは見たくないな。。。
私はそういう環境になかったからいいですけど。
子どもにそういう暴力の環境を見せないのは親の務めなような気がします。

LandMさんへ2

こちらもありがとうございます。

親の喧嘩って子どもとしては身の置き所がないですよね。
遠い昔、私も経験あります。

かといってあまりにも、子どもの前で取り繕う夫婦ってのもねぇ……家族というのもむずかしいものだと思います。
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