ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS形容詞物語「素晴らしい」

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フォレストシンガーズ

形容詞物語

「素晴らしい」

1・繁之

 気の多い奴と呼べばいいのだろうか。本橋さんはヒデを多情多恨だなどと言っていたが、そんなところもあるのだろうか。

 大学生のときにヒデには彼女ができた。高知にいた中学、高校時代にもけっこうもてたと本人は言っていたが、俺は自己申告などは信用していなかった。が、あいつは俺よりはもてたのだろう。シゲよりもてたって意味ないちや、とヒデは言いそうに思える。

 紹介してもらったのは、女子合唱部の柳本恵さん。背が高くて気の強そうな、気の強さにかけては人後に落ちないヒデとだと強気同士でぶつかってばかりいるのではないか、と思える女性だった。

「けど、俺は女よりも将来のことのほうが大切だよ。本橋さんと乾さんとおまえと幸生と俺と、五人のフォレストシンガーズがプロになるんだろ。恵とのことはデビューしてから考えるよ」
「そりゃあそうだよな」

 頭っから、俺はヒデの台詞を信じた。
 なのだから、ヒデが、結婚する、フォレストシンガーズを脱退すると言い出したときにはまさに、青天の霹靂だった。どうしてひとことくらい相談してくれなかったんだ、ヒデ?

 結婚式に招待もしてくれなかったが、相手は恵さんだろう。フォレストシンガーズの他三名はヒデの彼女をよくは知らなかったようだから、俺も口にはしなかった。それっきり、ヒデはアパートも引き払って行方をくらませてしまった。

 それから十年余り、神戸で再会したヒデとは、俺の妻の恭子ともども交流が復活している。恵さんとの間には娘ができたらしいが、離婚したのだから、ヒデは妻子を置いてあちこち放浪したあげく、神戸に落ち着いたのだとぽつぽつとは話してくれた。

「ヒデさんって彼女、いるんじゃないの?」
「そんなことは俺は質問もしないし、あいつも言わないけど、いないんじゃないのか? 恭子はどうしてヒデに彼女がいるって思うんだ?」
「恋人のいる男性って感じがするんだな、ヒデさんには」

 そうかなぁ、と俺は首をかしげていたものだが、恭子の感覚は当たっていた。

「ヒデさんって泉水さんを好きなんでしょ?」
「好きは好きだろうけど……」

 瀬戸内泉水は俺の故郷の幼なじみで、生まれたときからのご近所さんだ。そういった存在の異性がいると嫉妬する配偶者も珍しくないらしいが、恭子は泉水とも親しくつきあってくれている。

「そういえば……」
「なにかあった?」
「いや……」

 学生時代に泉水はヒデが好きだったと聞いた。当時はヒデは恵さんとつきあっていたのだから、ふたりの恋愛相談などをを聞かされるのは泉水としてはつらかったらしい。そんな話は恭子にだってできないから、俺は言葉を濁した。今度はヒデが泉水を好きになった? そんなのってあるんだろうか。

 ところが、である。

「この夏に女にプロポーズしようとしたんやけど、する前にふられた」
「……あ、そうなんか」
「泉水ちゃんにもプロポーズしたけど、そっちもふられた」
「おまえ……続けざまにふたりも?」

 泉水についても恭子の予感は当たっていたわけで、女の勘ってすげぇなあと思う。そしてそして。

「ヒデさん、蜜魅さんと……」
「え? 蜜魅さんとヒデ? 恭子、それはいくらなんでもないだろ」
「そうかなぁ」

 漫画家の蜜魅さんとヒデが親しくなったとは聞いていたが、つりあわなさすぎるのではないか? つりあいなんて時代遅れな言葉なのかもしれないが、恋人同士になるには多少は考慮すべきものなのではないか? 俺はそう思っていたのだが、やはり恭子の女の勘は鋭かった、


2・幸生

「蜜魅さんはどうやってヒデさんと知り合ったの?」
「HIDEブログですよ」

 先に蜜魅さんと知り合ったのは俺だ。大学生のときに好きだったひと、和音ちゃんの友達だということで、蜜魅さんを紹介してもらった。愛し愛されている男とでないと寝ないと言い張る和音ちゃんに無理強いはできないまま、大学を卒業して別れてしまったひとだから、俺は和音ちゃんのほうばかりを気にしていた。

「和音ちゃんはどうやら……」
「章と、でしょ」
「あ、知ってるんですね」
「知ってますよ。ワオンちゃんはもういいんだよ。蜜魅さんとヒデさんの話をして」

 もうよくはないけれど、ワオンちゃんとは結ばれない運命なのだ。
 この「結ばれる」というのは結婚ではなくベッドイン。そういう意味で運命だなんて言ってる男だからこそ、俺はワオンちゃんとは結ばれないのかもしれない。

「私はフォレストシンガーズのファンだったでしょ。時間があるとフォレストシンガーズの公式サイトやら、ファンが作ってるサイトやらを見てるんですよ。その中に出てきたのがヒデさんのブログでした。へぇ、このひと、フォレストシンガーズとは知り合いなんだ、って興味を持ったんですよ」
「蜜魅さんも俺たちとは知り合いじゃん」
「そうなんですけどね」

 神戸でアニメ関係のイベントがあった際に、蜜魅さんは参加者の中に小笠原英彦の名を発見した。彼のブログのURLを入力すると、あらわれてきたのが「HIDEブログ」だったってわけ。

「それで、お願いして会ってもらったんです。ヒデさんは創始くんと一緒で、創始くんがアニメファンだからつきそいとして来てたって言ってました」
「そっか、創始だったんだ」

 勤務先のヒノデ電気社長の御曹司、日野創始とは俺も会ったことがある。アニメの好きな創始を声優さんたちのイベントに連れていってやって感激され、三沢さん、好きやわぁ、と言ってもらったこともある。小学生の男の子に好かれても嬉しくはないが、嫌われるよりはいい。

 つまり、ヒデさんと蜜魅さんの縁結びの神は創始だったのだ。


3・隆也

 「タブーNO.3」という映画がある。キャストのひとりに頼まれて、俺は軽い気持ちで出演させてもらった。シンガーの役なのだから素でやれそうだったから、も承諾した理由のひとつだ。

「乾さん、見ましたよ」
「……ん?」
「あのポスター」
「……ああ、見ちまったか」

 電話をかけてきたのはヒデだ。

 ほんの端役のはずの俺が、関係者にもうひとつ頼まれた。それがヒデの口にしたポスターである。
 どんなポスターなのかはこの際関わりないのではしょるとするが、ヒデは街角に貼ってあったポスターを蜜魅さんとふたりで見たと告げたのだった。

「乾さんは映画では重要な役なんですか」
「全然」
「全然、そうなんですか?」
「あのな、ヒデ、全然って単語に続くのは否定形だ。全然そうではない、と俺は言ってるんだよ」
「だったら……」

 なんだってほんの端役の男と、さらに小さな役の女を組み合わせてポスターにしたのか。製作者サイドの真意は俺も知らなかった。

「乾さんの手が女の子の尻に……」
「ああ、そのバージョンか」
「他のバージョンもあるんですか? 乾さん、ほんとに女の子の尻をさわってたんですか」
「ああいうシーンに特撮は使わないよ」
「だったら……」

 そのことばかり問題にしたがるヒデに、俺は別の話を仕向けた。

「蜜魅さんとはどのようなシチュエーションで?」
「たまたまですよ」
「どう、たまたま?」
「言ってませんでしたっけ? 徳永さんからコンサートのチケットをもらったんです」
「徳永のコンサート?」
「そうです」

 もとダーティエンジェルズのロクさんが、ベースマンばかりのユニットを組んでライヴをおこなった。そのユニットのメインとなったのはシゲで、ヒデもライヴを聴きにいった。ライヴホール近くのファミレスに入ったら、たまたま徳永渉がいたのだそうだ。

 徳永渉とは、大学の合唱部で本橋、山田、俺と同期だった男だ。彼は現在はシンガーなのだから、たまたま会ったヒデにライヴチケットをくれた。

「徳永のライヴチケットはたまたまだろうけど、蜜魅さんと一緒に行ったのはたまたまじゃないだろ?」
「たまたまです。それより乾さん……」
「悪い、仕事の時間だ。またな」

 声音から聞き取れた。たまたまではない、俺は本橋やシゲではないのだから、そういった方面の感覚は鈍いほうではない。ヒデと蜜魅さんかぁ。美男美女カップルになりそうだな、ヒデ、うまくやれよ、であった。


4・章

 突き進んでいけない理由は無数にあるが、その中でも大きいのは素直ではない女だから、だ。同様に俺も素直ではないから、彼女の気持ちがもうひとつよくわからない。

 それにもうひとつ、彼女は幸生の大学時代の友達だったから。

 一年生限りで大学を中退した俺は、幸生の二年生以降の交友関係は知らない。同じ経済学部の友達だったと幸生は言うが、あいつが女と純粋に友達になんかなるか? セフレってんだったらあり得るけど、幸生とそんな仲だった女と俺がどうこうなんて……

「俺はワオンちゃんが好きだったよ。だけど、彼女は俺に抱かれてはくれなかった。彼女のほうは俺を単なる友達としか思ってなかったんだ」

 こういった嘘をつく奴ではないから、直撃質問した幸生の答えを信じている。
 ならばわだかまりなんか捨てて突進すればいいのに、どうしていつまでもぐじぐじしてるんだろ。俺は女に告白することにかけてだけは勇気があるはずなのに。

「よっ……」

 夜中に「向日葵」に行くと、たまに和音ちゃんに会う。「向日葵」は俺が中退した大学の卒業生常連が多く、ワオンちゃんだって例外ではないのだから、いてもおかしくはない。おかしいというかむかつくのは、彼女を見つけて近寄っていった俺を見もせず、ワオンちゃんが本を読んでいたり、無言で煙草を吸っていたりすることだ。

「なにやってんの?」
「見ればわかるでしょ」
「文庫本を読んでる……俺は邪魔?」
「邪魔ではないよ。ね、木村さん、知ってる?」
「なに?」
「蜜魅さん、ヒデさんにプロポーズされたんだって」
「へぇぇ」

 蜜魅さんと和音ちゃんは友達なのだから、こういった情報は早いのだろう。

「それで、受けたの?」
「受けたみたいね。ただ、ヒデさんは神戸で電気屋さんの仕事、蜜魅さんは東京で漫画家をやってるでしょ。結婚はすぐにとはいかないみたい」
「蜜魅さんの仕事は神戸でだってできるだろ」
「そう簡単に本拠地は移せないんだよね」

 もののついでみたいに、だったら俺もきみにプロポーズしていい? と軽い調子で言えたら……もしもそう言ったとしたらこの女はどんな反応を示すのか。あれこれ想像する反応の数々はネガティヴなものばかりで、俺の気持ちは萎えてしまうのだった。


5・真次郎

 ええっ?! ヒデが蜜魅さんとっ!?

 この反応はシゲと俺に共通したもので、美江子や恭子さんには思い切り呆れられ、幸生や章には笑われた。神戸在住のヒデはその場にいなかったのだが、蜜魅さんと恭子さんと美江子と、うちのメンバーたちが一堂に会したのは、いずれは蜜魅さんがヒデの妻になるから、恭子さんと似た立場になるからなのだった。

「あなたの鈍感さって一生変わらないよね」
「変わらないだろうな」
「それが真次郎なんだから、それでいいけどね」
「よくないと言われたって変われねえよ」

 八人で食事をし、別れて美江子とふたりで帰るタクシーの中で、俺たちは言い合った。

「おまえは気がついてたのか?」
「蜜魅さんって栃木出身だっていうのもあって、プライベートな話もするようになってたのよ。ヒデくんとだって遭う機会はあったんだから、話のはしばしで気がつくよ」
「俺もヒデとは話をして、プロポーズしてふられたとかってのは聞いてたんだけど、そんなに素早く次の女を見つけてたとは知らなかったよ」
「ヒデくん、もてるんだよね」
「あいつはいい男だよ」

 男から見たいい男、ヒデはそういった男だと俺は思う。けれど、美江子だって恭子さんだってヒデに悪い感情は抱いていない。ヒデが再婚で子持ちでもあると承知の上で、蜜魅さんはプロポーズを受けてくれた。
 要するにヒデは、知れば知るほどいい男だとわかってくる奴なのだ。

「喧嘩っ早くて大酒のみで、荒れてくると手がつけられなくならない?」
「ヒデがそんなふうになったら、俺を呼ぶように蜜魅さんに言っておけ。俺がヒデに意見してやるよ」
「それは今後は蜜魅さんの役目だよ」
「……うん、そうなのかもな」

 手がつけられなくなったヒデを俺が殴ったとしてもはじまらない。そんなふうにはならないように夫を制御するのも妻の役目か。美江子はそういう意味で言っているのか、ちがった意味もあるのか。俺だって既婚者なのに、「夫と妻」というものは、いつまでたってもむずかしいのである。

「けど、ヒデくんが結婚するって素晴らしいよね」
「……うん」

 結婚を素晴らしいといえるのは、俺と結婚したからか? 死ぬまでに一度は、美江子に質問してみたかった。


END









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