ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS形容詞物語「妬ましい」

 ←いろはの「いろは」 →FS超ショートストーリィ・四季のうた・夏・隆也
フォレストシンガーズ

「妬ましい」


 何度も何度も見たから、ほぼ暗記してしまっていた。

「遠いところに行ってしまいたいな」
「……行こうか」
「どこに行くつもり?」
「あの岩から……行こう」
「私はこんなヒールを履いてるから……ちょっとちょっと……きゃっ」

 男が女を抱き上げて、砂浜を踏みしめる。頬を染めて身をすくめている女を抱いて、男は身軽に岩の上に登っていった。

「なにをするつもり?」
「ほら、月が出てきただろ。あなたを抱いたままで、俺はあそこに行きたいよ」
「……そうね、あなたとだったら私も行きたい。だけど、無理だから」
「わかってるよ。そんなの、現実的じゃないよな。現実は……」
「現実なんて考えたくないの」

 女をしっかり抱いて、男は顔をかたむけていく。ふたりの口づけのシーンに歌がかぶさっていく。ドラマ仕立てのフォレストシンガーズプロモーションビデオで乾隆也がソロで歌っている、不倫ラヴソングだ。

 不倫なんてやめてよ、乾さん、不潔だよ。乾さんは独身なんだから、独身で年下で可愛くて性格もいい優しい女の子をよりどりみどりで選べるでしょ。そんなおばさん、使い古しの中年女、乾さんにはふさわしくない!!
 テレビの前でそう叫んでは、ああ、これはフィクションだった、と思い直した。

「だけど、乾さんってお芝居もうまいよね。この女のひと、誰だろ。えーっと……ターニャ・織田……日本人だよね。本職の女優? 知らないな」

 独身で年下で可愛くて性格もよくて優しい女の子、乾さんにふさわしい女性の条件のうちの半分は私にもあてはまっている。乾さんよりは十も年下で独身で、ひとり暮らしだからひとりでテレビを見ては、ひとりで喋っていた。

 プロモーションビデオのDVDボックスには、フォレストシンガーズの五人と、各ストーリィで共演している相手役の名前がクレジットされている。無名の俳優なのか、フォレストシンガーズ以外の登場人物名には心当たりはなかった。ボケという猫の名前までがクレジットされているが、にゃんこも俳優なのだろうか。

 他にも女性共演者はいるが、本橋さんと仲よく口喧嘩をしていたり、三沢さんと一緒に猫と遊んでいたりするひとたちには嫉妬も感じない。私は乾さんの大ファンだから、ターニャさんという女性にだけ猛烈に妬けた。

 そのターニャさんがいる。177センチという乾さんの身長は知っているから、そこから推し量るに、彼女は150センチちょっとだろう。小柄でほっそりしているのは、乾さんが彼女を抱いて歩かなくてはいけなかったから。PVには乾さんや本橋さんが女性を抱き上げるシーンが時々ある。本橋さんは当然かもしれないけど、乾さんも細いのに力があるんだな、抱っこされてる女性に私がなってみたい。

 ファンクラブのつどいにも申し込んではいるものの、一度も当たったことはない。なんでも、つどいでも五人がそれぞれにファンを抱き上げたとか。私が当事者になれたのではなかったら、嫉妬で噴火しそうになるだろうから、行かなくてよかった。

 それに、私を抱き上げなくてはならなくなったら、シゲさんだって困ってしまうだろうし。

 小さくてほっそりした身体を、PVで着ていたのと似た水色のワンピースで包んで、PVの舞台と似た海辺にターニャさんがいる。むこうは一ファンの私を知っているはずもなく、彼女も有名人ではないのだろうから、人目を意識せずに自然にふるまっていた。

 三十代にも見えるから中年女ではないのかもしれないが、私としては四十代のおばさんってことにしておきたい。乾さんには年上趣味はないよね? あれはドラマでしょ。実際にこの女性とどうこうなんてなかったよね。
 だけど、おばさんと乾さんが不倫だなんて、ドラマだとしてもいやだな。人妻だとしたって若いほうがいいな。細かい設定などはされていなくて、映像を見たファンが自由に想像するという形だったのだから、私は自分の趣味で想像しよう。

 長いワンピースのターニャさんは、砂浜にすわってヘッドフォンで音楽を聴いている。ひとりで来ているのだろうか。仕事の休憩時間だとか? 私はターニャさんを見ながら、PVのドラマの設定を考えていた。

「あら、乾さん、久しぶりね」
「……あ、織田先生」
「歌手になったんですって? いい男になったじゃないの。乾くん、ちょっとつきあって」
「つきあうとはどういう意味ですか」
「いいからいらっしゃい」

 織田先生は乾隆也の高校時代の担任で、隆也の過去の悪事を知っていた。悪事と言っても学校で隠れて喫煙していた程度だが、クリーンなイメージのフォレストシンガーズにとってはスキャンダルになる。ばらされたくなかったら私の彼氏になって、と迫られて、隆也は言うのだった。

「先生はご結婚なさってるんでしょ」
「そうだけど、遊びなんだから平気よ。隆也くん、抱いて」
「……そういうこと、しないほうがいいんだけどな」

 そうだそうだ、そうやって脅迫でもされなかったら、乾さんがこんなおばさんを抱くわけがない。そう考えるとちょっとだけすっとしたが、そこからあの、あなたを抱いて月に行きたい、とのシーンにつなげるには無理がある。遊びのつもりが深みにはまっていった女と、本気で彼女に恋してしまったかつての教え子。そんなのやだっ!!

 想像力貧困な私では、悪い女が乾さんを陥れて食い物にし、無理矢理に遊び相手にする、という設定から、PVのあのシーンへとはつなげられなくて悔しくて、歯ぎしりしそうだ。

「……ね、海が綺麗だね」
「うん」

 すっとターニャさんの隣にすわった男がいた。背が高くてほっそり見えて、半そでのシャツから覗いている腕はたくましい。ターニャさんはひとりで来ていたのではなくて、彼と待ち合わせていたのか。私のほうから見える彼の横顔は彫が深くて、私と変わらない年頃に思える美青年だった。

 ほら、やっぱりこの女、食わせものよ。この男はどう見たってターニャさんより年下でしょ。乾さんとは仕事でドラマだったのだろうけど、現実にもこんな年下と遊んでるのよ。ターニャさんって結婚してるんじゃなかった?

 あれ? ちがうのかな。結婚してるっていうのもPVの設定だったかしら。わからなくなって伺ってみると、ターニャさんの左手の薬指にはリングはない。けれど、不倫相手と会うのだから指輪をはずしたのかもしれなくて、やっぱり私はこの女、大嫌い。

 彼と彼女は寄り添って、無言で海を見ている。華奢な美女とたくましすぎない程度に筋肉質な年下の美男は、悔しいけれど、最高に絵になっていた。

 つまらないから立ち上がって、私はひとりで海辺を歩き出した。

 この海辺を乾さんと歩く私。けつまずきそうになった私をそっと支えて、ふわりと抱き上げて、真っ赤になっている私を抱いて歩いていく乾さん。乾さんがいくら力持ちでも、私を抱っこして歩くのは不可能じゃない? だって……なんて現実的なことは考えないでおこう。

 空想や妄想は無料だもの。自由なんだもの。想像の中では私は隆也さんの恋人。このままどこかに運んでいって。あなたにならば月までだってついていくわ。

END









スポンサーサイト


  • 【いろはの「いろは」】へ
  • 【FS超ショートストーリィ・四季のうた・夏・隆也】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

不倫を不潔だと考えていることで坊やさ。。。
・・・いや、不倫やっている方が坊やなのか?
う~~む、難しい。
私の年齢になると、不倫はいけません!!
・・・なんて、ことを何の疑いもなく言えなくなってしまったなあ。。。
(;一_一)

LandMさんへ2

いつもありがとうございます。

不倫はあまり坊やはやらないかと。
いちばん多いのは妻帯者の男性と独身女性ですよね。
夫ある身の女性と独身の坊やだったらありそうですが。

あとはW不倫。
こんなふうに書くとなんだかどろどろしてますが、私も別に不倫ってそんなにいけないことだとも思えないんですよね。
もちろん状況にもよりますが、人が人を恋する心を止められるものなんてあるはずない、と思ってます。

本気の不倫は始末に悪いかな。
遊びのほうがいいかな。
どうなんでしょ。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【いろはの「いろは」】へ
  • 【FS超ショートストーリィ・四季のうた・夏・隆也】へ