ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「いろは」

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フォレストシンガーズ

いろは番外


「いろは」


1・英彦

 ぽってり太っているので、背も低くはないのだが長身には見えない。フォレストシンガーズの五人と一緒にいる若い女の子を見て、お笑い芸人かな? と思った。

「誰、このおじさん? マネージャー?」
「おじさんってね、誰だかも知らないひとを見ておじさんと呼ぶのは軽率だよ」
「いやいや、俺はおじさんですからいいんですよ、乾さん」

 苦笑しながらの乾さんが教えてくれた。

「彼女、イロハってグループの彩羽ちゃん。いろはの「い」は彩羽、いろはの「ろ」は露和、いろはの「は」は華陽」
「そういう名前なんですか」
「そうらしいよ」

 なんでも世はぽっちゃり女の子ブームなのだそうだ。俺は流行には弱いので知らなかったが、ブームに乗ろうとしてぽっちゃりした女の子を集めてアイドルグループを作った。三人の名前はイロハ、ローナ、ハナビ。ローナとハナビはまだしも、イロハのいろはってまぎらわしいのではないだろうか。

「ローナって名前の歌手、いたんじゃなかったかな」
「歌手というか、アイドルにいたよ。井端露和。彼女だよ」
「井端露和だったら知ってますよ。彼女はぽっちゃりしてましたか」

 あとの四人は彩羽になど関心ないのか、それぞれになにやらしている。乾さんだけが俺の質問に答えてくれていて、横から彩羽が言った。

「ローナってもとは太ってたらしいんだよね。どこかの事務所のひとにスカウトされて、きみだったら絶対にアイドルになれるとか言われて、必死でダイエットしたんだって。だけど、リバウンドしそうだって悩んでて、頭がおかしくなりそうだったんだってよ。だったら、ってんで、イロハのローナにしたら太ったほうがいいんだから、って、うちのグループのメンバーになったの。半年ぐらいで二十キロくらい太ったらしいよ」

「らしいね。そういうのは身体によくないな」
「だよね。いっちゃんみたいにずっと太ってるほうがいいんだよ」
「そのほうがまだしもかもしれない」

 なんとなくげっそりした顔になって、乾さんがうなずく。イロハの三人とフォレストシンガーズが仕事をすることになって、今日はその打ち合わせだそうだ。なんらかの事情でイロハのあとふたりは遅れているらしく、彩羽の相手を乾さんがしてやっていたのだろう。

 最近の俺は副業をやっていて、その仕事、作曲に関する件で東京にもよく来るようになっている。今日もそのためにやってきて、時間があったのでフォレストシンガーズのスタジオにも立ち寄ったのだった。
 

2・隆也

 かつての俺は年下の男や女に説教をしては嫌われた。その代表は章で、彼には長年、乾隆也のバカヤロー、と思われていた。

 学生時代にだって大人ぶって、ひとつでも年下の相手には上から目線でものを言っていたのだから、嫌われても当然だったのかもしれない。二十代、三十代と年齢を重ねていくと、年下の者が周囲に増えていく。そんな相手にもいつだって先輩面でものを言っていた。

 そうしていても慕ってくれた子もいるが、憎まれる場合だってある。いやがらせや中傷を受けることもあるわけだから、いやがる相手にはかまわないでおこう。

 フォレストシンガーズとしてデビューしてからだって十年以上がすぎて、相手によっての対処法もわかるようになってきた。この感覚も上から目線なのかもしれないが、言っても無駄な奴にはなにを言っても徒労だ。俺には関係ない、でやりすごすのも大事なのかと思えてきた。

 アイドルだからといってなにを言っても無駄な奴ばかりではないのだが、井端露和は大人の言動をなんでも自らに都合よく解釈する癖があると知り、なるだけ関わらないようにしてきた。なのになのに、彼女がアイドルソロシンガーからアイドルグループのメンバーとして再出発するにあたって、またもや関わらざるを得なくなってしまったのだ。

 類は友を呼ぶって当たってるのかな。華陽って子はしらないが、イロハのメンバーのひとり、彩羽ちゃんもローナと似たところがある。

 女の子は痩せすぎていないほうがいい。昨今の細すぎる体型をプロポーションがいいともてはやす風潮はまちがっている。などと発言すると、私は食べても太れない体質なんです、好きで痩せすぎてるんじゃありません、とファンの方から反発される。

 が、体質はしようがない。ダイエットしすぎて痩せすぎるのは若い女の子にはよくないよ、と言いたいだけだ。

 なのだから、ぽっちゃりガールズの「イロハ」はいいことなのかもしれない。彼女たちが売れて、日本の若い女の子たちも、ちょっとふっくらのほうが可愛いな、と考えるようになってくれたら、少子化にも役立つ……のかな? 独身の俺が言っても、少子化については説得力ないだろうか。


3・章

 なにがぽっちゃりブームだ。そんなもの、目新しい流行を作りたいマスコミがあおっているだけじゃないか。女が太りたがるはずがない。男だってややふっくらがいいとは言うけれど、胸がふっくらしていたら他は細いほうがいいと言う奴が大半のはずだ。

 太った女は嫌いな俺は、イロハなんてグループは苦々しい。彩羽ひとりでも暑苦しいってのに、こんなのがあとふたり? 来ないでほしい。

 来なかったら仕事にならないので仕方なく、俺はスタジオの隅でローナとハナビが来るのを待っている。なんの事情があるのか知らないが、なんであっても遅刻は遅刻だろ。俺が若いころに、いや、今だって仕事の時間に遅刻したら、乾さんや本橋さんに叱り飛ばされてるよ。殴られるかもしれない。

 仕事の関係者に腹を立てたとしても、俺はそいつを殴りたいとは思わないが、暴言を吐く恐れはあるので、ローナやハナビが来ても近寄らないでおこう。おまえは立場の強くない若い女の子には、そんなえらそうな口をきくんだな、とただいまはここに四人いる先輩たちに言われそうだ。

「本橋さんってリーダーなんだよね」
「そうだよ」
「マッチョだよね。いっちゃん、本橋さんってタイプだわぁ」
「いっちゃんって誰だ?」
「イロハの彩羽はいっちゃんだよ」
「……」

 無愛想きわまりない態度で、本橋さんが彩羽に応じていた。

「デートしてあげようか」
「俺は結婚してるんだよ」
「えー、やだぁ、なんで結婚なんかするのぉ?」

 なんと答えればいいのか、と感じているのであろう、本橋さんの気持ちはよくわかる。そりゃあ彩羽よりは俺だって美江子さんを選ぶ。そうとも言えないだろうから、彩羽がターゲットを俺にしないでくれてありがたかった、としか言いようもないのだった。


4・真次郎

 学生時代にも「いっちゃん」と自称していた女がいた。乾の学部の後輩で、彼女の本名はなんだったのか忘れたが、いっちゃんはね、いっちゃんがさ、いっちゃんとデートしようよ、と乾につきまとっていたので、俺も彼女を何度も目撃した。

「もてますな、乾くん」
「おかげさまでありがとう」
「嬉しそうじゃないな」
「嬉しくねえんだよ」

 もてても好かれても告白されても、そんな話を俺にはしない奴だったから、俺は詳しくは知らない。だが、乾隆也はいっちゃんには困らされているようだった。
 しかし、大学にいたいっちゃんは可愛かった。ほっそり華奢で小柄で、ああいうタイプだといっちゃんと自称しても許せるような。

「友達だったらほしいでしょ?」
「友達はいっぱいいるよ」
「若い女の子の友達は?」
「若いのはいないけど、同年輩の女友達だったらいるよ」
「いるんだ、わっ、浮気」
「あのなぁ……」

 なんだってこの女は俺にからみついてくるんだ? 乾にしろ、乾に。あいつだったらこんな状況には慣れているだろうし、万が一どうにかなったとしても独身なのだから問題はないのだから。

「じゃあさ、若い女の子の友達がほしいでしょ」
「いらねえよ」
「強がり言わなくてもいいんだから。いっちゃん、わかってるんだから。ね、今夜、デートしてあげるよ」
「……いらねえよ」
「無理しなくていいんだから」

 こちらのいっちゃん、イロハの彩羽だってまがりなりにもアイドル候補なのだから、可愛くなくもない。俺はぽちゃっとした女も嫌いではないから、嫌悪が起きるわけでもない。嫌悪ではなく、この感情はなんなのだろう。
 デートくらいだったらしてもらってもいいかな、などとふーっと考えてしまう、好色オヤジみたいなおのれに起きる嫌悪感なのかもしれない。


5・幸生

 ヒデさんは怖そうだからか、乾さんも別の意味で怖そうだからか、彩羽ちゃんはなぜか本橋さんにくっついていっている。俺から見ると本橋さんがいちばん怖そうなのだが、若い女の子の感覚はちがうのだろうか。
 幸生、なんとかしろ、と言いたそうな本橋さんの視線を感じつつ、ま、キャバクラにでもいるつもりで楽しめば? と無責任に笑っていると、ぽっちゃり度は彩羽ちゃん以上の女の子が寄ってきた。

「遅くなってすみません」
「ハナビちゃん? はじめまして、三沢です」
「ハナビだってわかります?」
「あそこにいるのが彩羽ちゃんでしょ。ローナちゃんとは会ったことがあるから、あなたがハナビちゃんなのはわかるよ」
「そうですか。ローナも来たらちゃんとご挨拶しますから」

 これはまた彩羽ちゃんとはずいぶんちがった性格らしい。背が低めでころっころっとしていて、よく見れば顔立ちはキュートなのだが、顔の肉が厚すぎて目鼻立ちがぼやけている。

「どう? アイドルの卵としての毎日は」
「私なんかが芸能人になっていいのかなって」
「選ばれたんでしょ。事務所が売り出そうとしてくれてるんでしょ」
「なんかこう……ドッキリなんじゃないかって……」
「ドッキリに金や時間は、ここまでかけないよ」
「私みたいの、デビューしたらバラエティでいじられたり、苛められたりするんじゃないんですか。太った女芸人さんってみんなそんな立場でしょ」

 それは絶対にないとは言い切れない。俺にはそんなことは起こらないと断言する義務も権利もないのだから、うーん、そんなこともないだろうけどね、とあやふやな言い方にしておいた。

「ちっちゃいころから太ってるから、苛められたりしたんですよ。私はいっちゃんがうらやましいの。なんであんなに自信満々なんだろ」
「きみもアイドル候補なんだから、自信を持たなくちゃ」
「私はいっちゃんやローナみたいに可愛くもないし、自信なんかないんだもの」

 きみは可愛いよ、と言ってあげるのは簡単だが、本橋さんがいっちゃんに迫られているように……というようなことが起きたら……と想像すると躊躇してしまう。俺は章とちがってぽっちゃりした女の子も守備範囲だが、イロハの華陽と三沢幸生の熱愛発覚!! なんて書かれると困ってしまう。


6・繁之

 ぐるっとスタジオの中を見回してから、ローナさんは俺に歩み寄ってきた。
 その瞬間、既視感を覚えた。

「おはようございまーす、シゲさん」
「あ、はい、おはようございます」

 若い女性に好意的にされることに免疫のない俺は、こんなふうにふるまわれると堅くなってしまう。ローナさん、ほんとに前とは変わったな、と思って頭を下げた。

 既視感というのは、俺が結婚したばかりのころの出来事を思い出したからだ。あのころは現役で活動していた事務所の後輩ロックバンド、燦劇のメンバーたちと仲良くしていたエターナルスノウのミズキさんが、なぜか俺に迫ってきたのだった。

「シゲさんがいちばん好き。シゲさん、あたしを彼女にして。結婚してる? 離婚したらいいじゃない」
「あ、いや、俺は恭子が……俺は恭子が世界でいちばん好きだからっ!!」

 衆人環視のもとで叫んでしまって、幸生や章に大喜びされた。あれ、録音してあるから、そのうちに聴かせてあげるね、と幸生がいまだに言うのだが、録音はしたのかどうか、怪しいところだ。

 彩羽さんは本橋さんにぐいぐい押していっていて、幸生と華陽さんがしんみりお話ししている。章はどこかに隠れているようで、ヒデと乾さんは仕事の話をしているようでもある。暇そうにしていたのは俺だけだったからか、ローナさんは乾さんが好きで、意地を張って近づいていかないのか、どういうわけか俺に近づいてきたのだ。

「お化粧直しに時間がかかっちゃったの」
「は? 遅刻の理由ってそれですか」
「ハナビがね。あたしはちょっとぐらいいいんだけど、あの子ってブスだから、ちゃんとメイクしてないと見られたもんじゃないんだよ。そんなことはどうでもいいけど、シゲさん、あたし、太ったでしょ」
「ええ、まあ、戦略なんでしょ」

 普通のアイドルでは売れそうにないから、ぽっちゃりアイドルとして売り出すことにした。彩羽さんはローナさんについてそう言っていた。
 体質的に太りやすく痩せにくい人間がいるものだ。俺の妻の恭子にしてももとはテニス選手で、妊娠出産を経て筋肉が脂肪に変わって体重が減らないと嘆いている。健康ならば太目だっていいと俺は心底思うのだが、そう言うと恭子は怒る。

 かといって太っていると言ったらもっと怒るのだから、女性というものは扱いにくい。ローナさんにもなんと言っていいものかわかりづらくて、口の中でもごもごしていた。

「そっか、シゲさんの奥さんって太いんだよね。太った女が好きなんだ」
「ぽっちゃりした女性はいいですよ。いや、俺は太った女性が好きってわけでもないんですけど……」
「シゲさんになんか好かれなくてもいいから、痩せてたころに戻りたいわぁ。切ないわぁ」
「はぁ」

 俺に好意をもって近づいてきたのではなさそうだ。シゲさんになんか好かれなくていい、と言ってくれたほうが、最愛の妻と息子たちのいる身としてはひと安心なのだった。


END






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~ Comment ~

NoTitle

男の本音から言うと。
ぽっちゃりがいいというのは。
お尻や胸が溢れていること言うのであって。
決して、体形ががっちりしているわけじゃないじぇ。

胸やお尻が大きいだけでぽっちゃりと言うのが男です。
太っている方をぽっちゃりと呼びません。。。

LandMさんへ2

うぷぷぷ、男性の思うぽっちゃり。
ふふふ、そうですよね。
でも、バストとヒップのみがぽっちゃりの女性は「グラマー」って言うんじゃありません? グラマーって単語は今どき古いんでしょうか。

時々勘違いしている女性がいて、私ってグラマーだから……とおっしゃいます。
へ? ウエストも脚も太いのをグラマーというのか? なんてね。

まあ、男性にもいろんな好みがあるようで、本当に太っている女性が好きな方もいるようですよね。太っている男性が好きな女性もいるわけですし。


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