ショートストーリィ(しりとり小説)

124「知らなかった」

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しりとり小説124

「知らなかった」

 体力的に営業の仕事がきつくなってきていたのだから、部署移動はやむを得ない。定年退職間近のこの年齢になって、総務部長として異動することになったのも、仕方ないと和田は達観していた。

 畑違いの総務部では戸惑うこともあるが、有能なベテラン女子社員がサポートしてくれるのもあって、一年間、大過なく勤めてこられた。

「部長、この伝票なんですけど……」
「なにか問題があるんですか」

 有能な女子社員、宗森が彼に伝票を差し出す。伝票の署名は営業部の新人のものだった。
 社内処理の仕方がわかっていない新人なのだから仕方ないと、和田は伝票を持って新人のところに出向く。そんなことくらい部長の判断でやって下さいよ、と言いたげな新人に我慢強く指導をした。

 営業は会社の華だから、その部署にいると総務よりも自分たちのほうが立場が上だと考える者もいる。そんな態度ありありの新人に疲れつつも指導を済ませ、和田は社内のカフェテラスに入った。ちょっと休憩……これしきで疲れるなんて、俺も年だな。

 年齢もある上に慣れない仕事なのだから無理もない。自分を甘やかしてやる気分になって、甘めのコーヒーを飲む。一年たっても完全には慣れないのも年のせいだな。

「へぇぇ、海野さんが……」
「そうなの、そうなのよ」
「式に呼ばれたの?」
「呼びたいらしいんだけどね……」
「そんな式に呼ばれたってね……」

 賑やかにカフェテラスに入ってきたのは、かつての部下だった女子社員たちだ。営業部の一般職である二十代の女性たち。彼女が噂しているのは、営業部総合職、花形の職に就いている女性社員の海野のことであるらしい。

「流行ってるらしいけどね……」
「だけど、ゲストまで呼ぶ?」
「海野さんって派手なの好きだから」
「そういう性格だよね。で、出席するの?」
「うーん……断れないもんなぁ。どうしようかなぁ」
「困るよね。同情してあげる」

 含み笑いで応えているほうは、海野とは部署がちがう。困っているのは海野の後輩女子だ。彼女は海野のアシスタントのような格好で彼女の事務的な補佐をしていた。
 一年前まではそうだったのだから、和田が移動したあとも同じなのだろう。

 つまり、海野の結婚式の話だ。ほぉ、そりゃめでたい。彼女たちから詳しく話を聞きたいのはやまやまだが、かつての上司に話に入ってこられても、彼女たちも迷惑だろう。

 近頃の三十代は結婚しない。二十代はむしろ、そんな先輩たちを見ているので早く結婚したいという気持ちがあるようだが、なにしろ男が草食系、果ては絶食だったりするらしいので、結婚したい女性が宙に浮く。和田にだってその程度の知識はあった。

 五十代の和田の男友達はほぼ全員結婚している。親密な女友達は和田にはいないが、学生時代の友人から話を聞いたところによると、女性にはちらほらと未婚もいるらしい。男性にも離婚して未婚という者もいる。

 四十代あたりから結婚しない人間が増えていき、三十代未婚はかなり多い。少子高齢化の元凶は彼らなのだから、由々しき事態だと和田も憂いていた。

 カフェテラスで結婚式の話をしている女性たちの噂の主、海野も三十代のはずだ。正確な年齢は覚えていないが、四十歳に手が届くかもしれない。妙齢……本来は若い女性をさすこの単語が、最近は「微妙な年頃」の意味でも使われるようになった、その意味での妙齢女性に年齢や結婚の話をするとセクハラだと言われかねないので口にはしなかったが、和田も海野を気にかけていた。

 きりっとして背の高い、スタイルもよくて頭もいい、仕事もできる美人だ。それだけにきついので、男には敬遠される傾向もある。

 天は海野に二物も三物も与えたってのに、伴侶だけは与えないのかなぁ。和田は海野を見ていてそんなことを考えた。俺の知り合いの男を紹介してやろうか。いや、海野さんには彼氏はいるのかもな、結婚したくない女なのかもな。

 もったいないなぁ。でも、俺だったらあんなきつい女と結婚はしたくないし、恋愛相手だったらいいけどな、などと不埒な考えも抱いていた。

 そんな海野がとうとう結婚すると聞いて、和田も嬉しい。なかなか結婚できなかった娘がついに嫁にいくような気分だ。和田の実の娘はふたりともに二十歳前後で、あの子たちは意外と、早く結婚したいよね、と言っているので嫁き遅れにはならないだろうし、心配するのはまだ先だろうから、海野を祝福したくなった。

 しかし、海野さんってのは女子の後輩にも好かれてないんだな。そんなに露骨に結婚式に呼ばれたのを迷惑がらなくてもいいだろうに。考えつつ席を立って歩いていると、うまい具合に本人を発見した。

「お、海野さん」
「あら、部長、お元気そうでなによりです」
「もうきみの部長でもないけどね」
「もう新しいお仕事にもなじまれて、ご活躍みたいですね」
「活躍ってほどの仕事もないんだけどね……海野さん、時間があればお昼を一緒にどうかね」
「はい、お供します」

 性格はきついが、穏やかにふるまうこともできるのは有能だからだ。結婚したら仕事を辞めるんだろうか。それももったいないけど、主婦になり母になるのも女の幸せだから……そのあたりも聞きたくて誘った和田に、海野はにっこりとうなずいた。

 持ち場に戻ると、昼休みまではさぼった分もしっかり働いた。

 久しぶりだからごちそうさせて下さいね、嬉しいです、ごちそうさま。
 そんな会話をかわしながら、社外のレストランへと歩いていく。ここはいささかお高いので、同じ会社の人間と顔を合わせることもめったにない。夜がメインの店内は今日もすいていた。

「仕事は辞めるの?」
「は? いえ……」
「辞めないんですね。そうか、よかった。海野さんみたいな有能な人材を失うのは会社の損失ですからね」
「どうして……」

 どうして知っているのか、と問いたいのであろうから、噂を小耳にはさんだとだけ答えた。

「近いうちには私からもお祝いとして、せめて一献さしあげたいな。もう上司ではないんだけど、海野さんがいやじゃないんだったらお祝いの品も……」

 もと部下なのだから、こんなに気を遣わなくても酒に誘い、祝い金の一封でも差し出せばいいのかもしれないが、そうしていいのかどうか、今どきの風習は和田にはむずかしい。

「えーと……予算を言えば海野さんのほしいものを……」
「うちの女の子たちが言ってたんですか」
「うん、まあ、そんなところだけどね。乾杯は次の機会に……」
「乾杯って変ですよ」
「え? おめでたいでしょ」

 肩をすくめてふっと笑って、海野は言った。

「部長、ごぞんじないんですか。ソロウェディング」
「ソロ? ソロって……」

 ソロとは単独という意味だ。音楽用語としてソリスト、ソロシンガーなどというふうにも使う。ソロの結婚とは和田には理解不能だった。

「私は結婚はしないでしょうけど、ウェディングドレスは着たいんですよ。女っぽくはない女だけど、おしゃれは好きなんです。だけど、ウェディングドレスって年を取ってくると似合わないでしょ。私はまだ大丈夫かなと思って、通りすがりのソロウェディングも扱ってるブライダルサロンで相談してみたら、もちろん、海野さまだったら最高に素敵ですよ、って言われたんです」

 お世辞かもしれないけど、いいんですよ、と海野は笑った。

「それでね、三十代最後の日にソロウェディングの式を挙げることにしたんです。どうせだったら派手にやろうって、ブライダルサロンのスタッフも乗り気になって、ちょっとしたパーティをするんですよ。ジョークで会社のひとたちも誘ったら引かれてしまいました。ジョークなのに、本気なんかじゃないのに、顔がひきつってる女の子もいましたよ」

「はぁ……」
「さよなら三十代パーティのつもりもあったんだけど、やめたほうがいいかもしれませんね」
「ドレスは……」
「着ますよ。ひとりでやる分には自由ですもの」

 そんなものがあるとは、和田は知らなかった。

 だったらもっとはっきり言えよ。和田としては噂をしていた女性たちを恨みたくなる。海野さんったらソロウェディングのパーティやるんだって、とまで聞いていたら、ネットで調べるって手段もあっただろうに。

 本人に面と向かって言ってしまったら、俺はいったいどうすればいいんだ。そんなものを企画したブライダルサロンまでをも恨みたくなっていた。

次は「た」です。







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営業の仕事は大変ですからね。
偉ぶっているのも仕方ないです。
その仕事の花形ですからね。
それぞれの仕事がないと成り立たないですが、それでも営業はやっぱり花形ですよね。
・・・私も営業やってまshたが、全く向かずにすぐ辞めたじぇ。。。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

事務職なんか楽なもんだよな、と言う営業の人間もいるのだそうで。
まあたしかに、営業は大変ですものね。
私も営業はやったことありますが、やはり向いてませんでした。

私はひとり黙々とやれる仕事が好きです。
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