別小説

ガラスの靴47

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「ガラスの靴」

     47・思込

 もてる女とはどんなのか。睦子さんと静枝さんが僕の前で持論を繰り広げている。昼下がりのカフェ。

 近所のマンションの住人である静枝さんは、僕とはママ友といっていい。僕はパパだが、普段の生活はママなのだから。自称三十歳、実年齢は四十歳くらい。バツイチだが、裕福らしくて優雅に暮らしている。僕の息子の胡弓の遊び相手が、静枝さんの娘の乃蒼ちゃんだ。
 
 えっらそうに命令ばかりするノアちゃんに、嬉々として従う胡弓の図。ある種の男とある種の女の関係としては理想的なのかもしれないと思う僕だった。

 妻のアンヌの友達、寿美香さんは超歳の差婚の妻のほう。彼女の夫は四十二歳年上で、金のための結婚だとスミカさんはきっぱり言う。
 そのスミカさんが我が家に連れてきたのが睦子さん。彼女は五十歳前くらいか。料理教室のアシスタントとしてパートで働いている。

 我が家に遊びにきていた睦子さんと静枝さんが顔を合わせ、なぜか気が合って親しくなったらしい。歳もそんなには離れていないし、基本、ふたりともに主婦だから話題もたくさんあるのだろう。
 たまには外でランチしようか、と言い合って、三人で外出した。ランチセットを頼んでお喋りしているうちに、話がそこへ流れていったのだった。

「笑顔かな」
「にこにこしてるって大切よね」
「料理も重要でしょ。睦子さんってそのおかげで旦那さまに見初められたんじゃないの?」
「あら、私は旦那の理想にぴったりのルックスしてるって、ひとめ惚れされたのよ」
「美貌も大事かも」
「ぱっと見だとルックスは大事だろうけど、長くつきあっていくには中身よ」
「だけど、もてるかどうかだったら……」

 笑顔、気配り、愛嬌、女らしさ、男を立てる、聞き上手、家庭的、清純、慎み深い、綺麗好き、etc。睦子さんと静枝さんはもてる女について並べ立てる。その合間には自賛も混ざっていて、僕はほえええぇ、と感心して聞いていた。

「けどさ、アンヌは正反対だけどもてるよ」
「アンヌさんってもててたの? もててたっていうより遊び相手にされてただけじゃない?」

 音楽には特に興味がないらしい睦子さんは冷淡に応じ、アンヌのバンドのファンだと前々から言っている静枝さんは遠慮がちに言った。

「もてても結婚は望まれない女っているからね」
「アンヌは僕と結婚したじゃん」
「うーん、そうだけど……」

 はじめて会った際のアンヌの印象は、怖そうなかっこいい女。背が高くて細くて居丈高な雰囲気を持っていて、笑顔なんかかけらもなかった。

 態度はがさつなほうで、女らしさはかけらもない。男を立てるだの気配りだのは大嫌いで、アホな男はたびたびアンヌにやっつけられていて、僕は胸のすく思いをしたものだ。僕は弱虫だから専門学校の同級生にだって苛められて、アンヌが救い出してくれた。

 興味のない話題だと平気でさえぎって、つまんねえよ、もっと面白い話をしろよ、と誰にでも言うのだから、アンヌは聞き上手でもない。家庭的の「か」の字もない体質だから、夫を主夫にすることを選んだ。僕がいないとまともにごはんも食べないし、お皿一枚洗わないひとだ。

 掃除なんか絶対にしない。汚れていたって病気にもならねえよ、最悪状態になったらハウスクリーニングを頼めばいいんだろ、とお金にものを言わせたがる。だから、綺麗好きでは断じてない。

 清純、慎み深い……ノーコメント。
 けど、僕はそんなアンヌが好き。アンヌは過去にも現在にも男にもてまくっている。未来も、あと三十年、いや、五十年だってもてるはずだと僕は思う。

「アンヌさん、美人だから。美人だったら、つきあうだけだったらそれでいいって男性はけっこういるんじゃない?」
「一般受けする美人でもないけど、遊び相手としてだったらちょうどいいかもね」

 冷静に分析してみせる睦子さんは、我が家にある音楽用品を見せてもあげなかったからアンヌが嫌いなのか。アンヌが興味を示さない台所用品だったら気前よくあげたのに。

「笙くんがアンヌさんタイプを好きだから、点が甘くなるんだよね」
「笙くんって変わった趣味……」

 変わった趣味なのかもしれないが、僕みたいな趣味の男は大勢いる。

「あの女はにやにやしやがって、気持ち悪いんだよ」
「日本人はなんでも笑ってごまかすって、ジョーも言ってたぜ」
「メシなんかどうだっていいんだ。家に帰ったら女がいて、テーブルいっぱいに料理を広げて、お帰りなさい、なんて言われたらぞっとするぜ。回れ右して出ていって、ラーメンでも食ってくるよ」
「二十歳で男と寝た経験ないんだってさ」
「……よっぽどひどいんだな」

 男同士でそんな会話をしていたミュージシャンたちもいて、そういった人種にアンヌはもてるわけだから、一般的ではないのだろう。

 この会話の主は……そうそう、吉丸さんだった。吉丸さんつながりで思い出した女性が今、どこでなにをしているのかを聞いていたので、提案してみた。

 なにがあるんだか知らないけど行ってもいいわよ、とふたりともにうなずいたので、場所を移す。移動したのはここからやや離れた繁華街にあるファッションビル。ビルの一階の表通りに面したスペースにある仮設スタジオだ。

「こんなの、聞きにきたわけ? なんなの、これ?」
「わっ、キャンディじゃないの」
「やっぱ静枝さんは知ってたね」

 世代的には睦子さんだって知っているのだろうが、睦子さんは音楽には興味がないから知識もないのだろう。僕は名前だけは知っていた、ロブ・キャンディ。アメリカでも日本でも二十年ほど前にものすごい人気があったのだそうだ。

「アイドルみたいなものだったけど、実力もあるんだよ。久しぶりの来日でライヴもやるから、あたしは桃源郷の誰かと一緒に聴きにいく。笙はラジオで聴けばいいよ。スタジオライヴをやるんだそうで、ほのかが通訳で公開放送するってさ」

 アンヌが教えてくれて、どうしようかな、と迷っていたのだが、西本ほのかさんを睦子さんと静枝さんにも見せてあげたくて連れてくることにした。

 通訳の仕事があるのだから、会うのは無理かもしれない。紹介している時間もないだろうし、時間があったとしてもほのかさんと睦子さんと静枝さんじゃ女としてのレベルがちがいすぎて、だなどと、静枝さんのほうに近い僕が言うのは傲慢なのか、卑屈なのか。

 いずれにしても口にはせず、キャンディについての説明は静枝さんにまかせて、僕は公開放送のスタジオにいるほのかさんを見ていた。

 すらっとした長身をセンスのいいスーツで包み、あかぬけた髪型をしてすかっとした化粧をしている。四十歳前後だろうから静枝さんとは近い年頃だが、ちがいすぎる。彼女の生き方を否定するひとはたくさんいるだろうが。僕は応援したい。

 性格ワルッ!! というところもあるし、僕が応援したいと言ったって、笙くんが私になんの応援をするわけ? とさらっと訊かれそうで、寂しいときにはベッドのお相手を……とも言えないから、僕なんかがおつきあいするのはつらい相手であるのだが、ま、ほのかさんも一応は主婦だってことで共通点はあるのだから。

 なんだかだ心で言い訳しつつも、僕はほのかさんを見つめている。
 司会は男女ペアのDJ。睦子さんはそっちには詳しいようで、テレビのバラエティに出ているタレントだと教えてくれた。男のほうは五十代くらいで、キャンディをなつかしいと言い、女のほうは若くて、かっこいいですねぇ、を連発していた。

 事実、キャンディも五十歳に近いだろうが、引き締まった身体に甘い容貌を保っていてかっこいい。ほのかさん、次は彼を狙ってる? ヒスパニックと日本のハーフ美少年がほしいとか?

 やがて、スタジオライヴがはじまる。キャンディという芸名をつけた由来になったという、彼のキャンディヴォイスはおじさんになっても健在で、静枝さんはうっとり聴き惚れ、睦子さんはつまらなそうに僕に身を寄せてきた。

「あの通訳のひとが笙くんの知り合い?」
「そうだよ。彼女ももてるんだ」
「美人っていうか、今ふうね。意地が悪そう」
「そういうところはあるかな。睦子さん、洞察力あるね」
「そりゃそうよ。私は人を見る目はあるの」

 お世辞を言ってあげてから、あとでね、と囁き返す。ガラス張りのスタジオなのでほのかさんからも観客が見えるだろうが、僕がいるとは気づいていないだろう。観客には中年女性が多く、キャンディの歌を聴いて嬉しそうだった。

「さて」

 スタジオライヴが終わると、僕ら三人はその場から離れてカフェに入った。あとでね、と言ったのだから、ほのかさんについて語ろう。

「あのひと、未婚の母なんだよ。白人とのハーフがひとり、黒人とのハーフがひとり、日本人の子がひとり、三人の我が子を結婚もせず、認知もしてもらわずに母だけの手で育ててる。家政婦さんやベビーシッターさんはいるけどね」

 ついでに、正体不明の若い男性の同居人もいるが、彼が何者なのか判明していないのではしょっておいた。

「彼女はもてるんだよね。そんなだから、もっと子どもが増えるかもしれないよ」
「……それって……」
「どういう知り合い?」

 そろって眉をひそめて、静枝さんと睦子さんが問い返す。めんどくさいので、アンヌの友達、とだけ言った。

「そんな母親に育てられた子どもって、幸せになれるんだろか」
 静枝さんが言い、睦子さんも言った。

「差別されるよね。イジメにだって遭いそう。私だってうちの子がそんな母親を持つ子どもを友達だって連れてきたら、あんまり仲良くしないほうがいいって言うわよ。息子がいたとして、そんな子と結婚したいって言い出したら猛反対するわ」
「息子の嫁にはしたくないわね」
「笙くんはどうなの?」
「僕は歓迎するよ」

 案の定の反応にがっかりしてしまったが、こんなものだろう。
 ほのかさんちの華子ちゃんか佳子ちゃんが胡弓の彼女になり、結婚する。華子ちゃんだって佳子ちゃんだって自立した女に育つに決まっているのだから、そしたら胡弓は専業主夫になれるじゃないか。最高じゃないか。

「そんなの、遊ばれたっていうんじゃないの?」
「すっごく都合のいい女だよね」
「子どもを勝手に産んだんだから、認知もなにもあったもんじゃないけど……」
「睦子さんちの娘さんが結婚したいって連れてきた男性に、そんな事情の隠し子がいたらどうする?」
「えーっ!! 駄目っ!! 絶対反対!!」
「私もだなぁ」

 娘のいる母であるふたりの女性は、その話題で盛り上がっている。
 結婚したくてもできなかったかわいそうな女、ほのかさんはそういうスタンスだととらえられてしまったようだが、彼女がここに来ていつもの台詞を口にしたとしたら?

「私は独身主義なのよ。子どもはほしいけど夫はいらないの。私は自力で子どもの三人くらい育てていけるんだから、身近に大人の男なんてのはいないほうがいいのよ。都合のいい女じゃなくて、男を都合よく利用しなくちゃね」

 口だけではなく実践もしているほのかさんに、睦子さんや静枝さんはなんと言い返すのか。強がりを言うしかない哀れな女だとでも?

つづく






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~ Comment ~

NoTitle

女性の独特な価値観ですね。
私は男性でも女性でも遊べればどちらでもいい人ですけどね。
こわおもての定義にもよりますけど・・・。
そういうのは苦手かな。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

遊ぶ……いろいろ意味がありそうですが。

私は異性でも同性でも、話していて楽しい人がいいですね。

強面? ですか?
アンヌは強面のほうでしょうね。
まちがいなくアンヌはLandMさんの苦手なタイプの女だと思います。
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