ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「せ」

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フォレストシンガーズ

「世話好き」

 目が覚めた。
 一瞬、ここはどこ? 状態になって枕元に手を伸ばす。真っ暗ではないから夜ではないのだろう。俺のアパートは日当たりがよくないのでいつだって暗い。うん、ここは俺のアパートだ。

 手が触れた目覚まし時計をつかむ。四時二十分、夕方だろう。俺はどうしてこんな時刻に、アパートで寝ているのだろうか。天井を見つめて考える。考えていると徐々に思い出してきた。

 今日はフォレストシンガーズファーストアルバムについてのインタビューを受ける予定だった。遅刻しないように俺も早めにアパートを出たのに、最悪なことにアパート近くの道路で人身事故を目撃してしまった。警察がやってくる、目撃者だってことで交番に連れていかれて尋問される。俺は仕事だと抵抗しているのに、強硬な態度の警察官たちの質問はまさに尋問だった。

 おかげで仕事には当然遅刻。警察につかまっていたのだから、本橋さんや乾さんや美江子さんが電話してきても出られず、最終的には美江子さんが迎えにきてくれた。

 インタビューなんてとっくのとうに終わっていた。章がいなくてもなんとかなったから気にすんな、と言ってはもらったが、気にせずにいられるわけもなく、気分が悪くなってきて気が遠くなって、シゲさんに背負われてタクシーに乗せられ、アパートへ送ってもらったのだった。

「うー、最悪」

 思い出したくなかった。記憶喪失になってしまいたかった。そうは言っても思い出してしまったものは仕方なく、布団の中でうーうー唸る。起き上がる気にもならずに布団の中でしばしどたばたしていると、玄関チャイムの音がした。うるせえな、と毒づいて布団をひっかぶる、かすかに女の声が聞こえた。

 女? 誰だろ。
 誰にも会いたくはないが、女だったら別だ。まさかスーが来てくれるはずもないし、彼女と呼べるほどの女はいないが、章が好き、と寄ってくる女だったらいる。今夜はそんな女とでもいいから、一緒にいたかった。

「誰?」
「章くん、貧血は大丈夫? 食べるものを買ってきたんだけど、しんどいんだったら荷物だけ置いていくよ。起きられる?」
「……美江子さん」

 顔を見たくない女のうちのひとり、マネージャーの山田美江子だ。彼女が来てくれなかったとしたら、警察では俺がシンガーだと言っても信用されていないようだったのだから、いつまでも解放してもらえなかったかもしれない。今ごろ警察で倒れていたかもしれない。

 だから感謝はしているが、口うるさい美江子さんには会いたくない。デビューが決まったあとに本橋さんが病気になって、あのときだって美江子さんは怒ってばかりだったから、だいたいからして優しくない女なのだ。
 けど、気が弱くなっていて人恋しい気分もある。俺はのろのろとドアを開けた。

「熱があるわけでもないの?」
「熱はないですよ。貧血ってのは治ったらなんともないんだけど、今日は精神的にもダメージを受けたから、いつまでもふらふらするんだな」
「顔色はよくないね。入っていい?」
「美江子さんなんて、貧血を起こしたことはないんでしょ。女じゃないんだもんな」
「女にだって貧血経験のないのはいるよ。入っていいの?」
「いいですよ」

 襲われてもいいんだったら、と言ってやったら、殴られるだろうか。あんたなんかに襲われる私じゃないわよ、とせせら笑われるだろうか。病み上がりの俺だって美江子さんくらいは襲えるだろうが、趣味じゃないからやらない。第一、そんなことをしてばれたら、本橋さんと乾さんとシゲさんの三人がかりでぼこぼこにされて、幸生にも言われるだろう。おまえは除名だ、と。

 どっちにしたって、美江子さんを襲いたいほど飢えちゃいない。不埒なことを考えている俺の頭の中を知ってか知らずか、美江子さんは部屋の中に入ってきた。

「ごはん、食べた?」
「なんにも食ってません」
「なにか作ってほしい?」
「えーっと……食欲はなくもないから」
「素直に作ってって言いなさいよ」
「……そりゃあね」

 口うるさくてお節介で、虎の威を借る女みたいなところがある。俺の偏見も入っているが、うちのメンバーは俺以外は全員、美江子さんの味方なのだから、美江子さんと俺が対立すれば、一対五になってしまう。
 そんな美江子さんのとりえは料理だ。俺はスーみたいにろくに料理なんかできなくても、見た目がよくて性格の合う女のほうが好きだが、料理のうまい女が嫌いなわけでもない。美江子さんって好きな男には心を込めて料理を作るのかな、らしくないな。

 ぼーっと考えているうちに、卵雑炊やら豆腐の似たのやら、焼きりんごやらが食卓に並んだ。いただきます、とぼそっと言って箸を取る。

「今日の美江子さん、優しいね」
「私はいつも優しいでしょ」
「嘘だよ」
「ほんとは優しいんだけどね……」
「ああ、ああ、わかったから」

 ほんとは私は優しいんだけど、章くんががみがみ言わせるんでしょ? と言いたいのだろう。俺が遮ると、美江子さんはくすくすっと笑った。

「章くんってわりと鋭いよね。うちには鋭敏きわめつけの乾くんがいるし、ハートの中には女の子が住んでるっていう幸生くんもいるから、章くんは目立たないけど、けっこう敏感だよね」
「まあね、本橋さんやシゲさんよりはね」
「あれはちょっとひどいから」
「うんうん、ひどいですよね」

 優しくしてもらうと、こっちも優しい気持ちになってくる。美江子さんっておふくろ気質なのかな、などと言うと、二十六歳の女は傷つくのだろうか。これで美江子さんは、乙女のつもりでいるらしいから。
 だからって感謝のキスをしたりしたら、怒り狂った美江子さんに突き飛ばされ、本橋さんや乾さんに言いつけられそうだ。あー、うまかった、ごちそうさま、と言うだけにしておいた。

AKIRA/24歳/END






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拍手ありがとうごさいます。

感謝と愛をこめて。

chuっv-347

NoTitle

そうか、章ってけっこう繊細でナーバスなところ、大きいんですね。
だから逆に普段はつっぱった感じなのかな。
気分が悪くなったのは事故を見たせいなのですね。酷い事故だったらショックですよね・・・。
そこへ美江子さん。
やっぱり美江子さんって、お姉さんとか姉御って感じがして、恋の相手としてはピンとこないんですが、(殴られるかな)こんなナーバスな章には、やっぱり美江子さんは女神ですよね。
私は世話焼きタイプじゃないので、こういう包容力のある姉貴タイプの女性に憧れます。

limeさんへ

いつもありがとうございます。

そうなんですよ、章はメンタルも身体も弱いのです。
このころは特に弱かったのですが、近頃は鍛えられていくらかましになりました。

私も貧血症は持ってますが、交通事故を目撃してしまったら……私の場合はメンタルは特に弱くもありませんので、精神的ななにかで貧血にはならないと思いますが。
そういう経験をしたことがありませんので、謎ではあります。

世話焼きかどうか。どうなのかなぁ。
私がこの時点の美江子の立場だったとしたら、章みたいな奴にはプライベートでは関わりたくないと思います。

やはり美江子は長女気質なんですよね。
で、文句を言いながらも章も甘えているのです。
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