ショートストーリィ(しりとり小説)

122「論旨明快」

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しりとり小説122

「論旨明快」

 体質が古いからやることも古くて、今どき、鈴本儀彦の会社では各部対抗野球大会などというものがある。休みをつぶされるので文句を言う若手も多々いるものの、中年以上にはけっこう楽しんでいる者もいる。
 三十二歳、中年のつもりはないが、儀彦だって若手から見ればおっさんなのかもしれない。おっさんだからこそなのか、儀彦も社内野球大会をけっこう楽しんでいた。

 本社近くのグラウンドを借りて、今日は儀彦の所属する営業部と、システム部の試合だ。全体的に社内には女性が多いので、男性の割合の高い営業は野球大会では重宝されていた。

「おーし、これで2アウト!!」
「ナイスピッチング!! 次は三振取れよ」
「ホームラン、ホームラン!!」
「てっちゃーん、がんばれーっ!!」
「パパ、ヒット打って!!」

 応援に来ている女子社員の黄色い声、試合に出ているメンバーの家族も来ているから、子どもの声も聞こえる。誰かのお父さんとお母さんらしい年配の夫婦も楽しそうに声援を送って、敵味方入り乱れた観客席は賑やかであった。

 ローカルルールというか社内ルールで進行する試合で、儀彦はセンターを守っている。さきほどから打席に立つのはおじさんばかりで、外野には打球が飛んでこないので退屈だ。三人だけいる女性メンバーのうちのふたりがライトとレフトを守っているので、彼女たちにべろべろばーっとかやって遊んでいた。

 と、一天にわかにかき曇り、雷鳴が轟いた。
 試合はのんびり進んでいたのだが、天空が風雲急を告げている。突然のにわか雨に試合が中断され、敵も味方も雨宿りするしかなくなってしまった。

 外野の三人は内野を守っている面々とは別のところで雨宿り。どこに行ったのか、ふたりの女性は見えなくなってしまったので、儀彦はひとりで、大木の陰に駆け込んだ。

「うわー、すげっ、すげぇ雨だな」
「……濡れたわね」
「へ? わっ、びっくりしたっ!!」

 そこには先客がいて、儀彦にタオルを差し出してくれる。誰かと思ったら総務の女性だ。彼女も応援にきていたのか。どこかで試合を見ていてこの大木のところへ避難してきたのだろう。

「……落合さんでしたか。ありがとうございます」
「鈴本さん、かっこよかったわ」
「……いや、しかし、俺は特になんにもしてませんが……」
「さっき、ヒットを打ったじゃない」
「あれはヒットってよりもエラーだけど……まあ、ありがとうございます」

 彼女は儀彦よりも相当社歴の長い先輩だ。年齢は知らない。落合、なんという名前なのかも知らない。第一興味がない。それでもこんなところでふたりきりになって、タオルを貸してくれているのだからお礼を言って、儀彦は顔と頭をごしごし拭った。

「やっぱり……」
「は? やっぱり、なんですか」
「いいえ、いいの」

 運命のお導き、と聞こえたような気がしたが、意味不明なのでそれについてはコメントせず、儀彦はタオルに目をやった。

「洗ってお返しするべきなんですかね」
「いいの。あげるわ」
「……もらうわけにも……」

 もらっても意味もないが、ここで拒絶しては大人げないのか。こんなところで親しくもない年上の女性とふたりきりは気まずいのだが、間断なく降り続く雨の中に出ていくのはいやだった。

「ま、とにかく……」
「神さまの粋なおはからいかしらね」
「……はい?」
「この雨よ。私がここにいるって、鈴本さんも知ってたんでしょ」
「……はあ」

 タオルをごそごそやりつつ、儀彦は落合を凝視する。彼女は呆けたような笑みを浮かべていた。

「この間はありがとう」
「……ってか……どういたしまして」

 なんのお礼を言われているのかは知らないが、仕事関係だろう。落合とは仕事以外の関わりはないはずだった。

「私の誕生日を知っていてくれたなんて、感激だったわ。鈴本さんって知らんぷりして、あんなことをするひとなのね。恋愛なんて何年振りだろ。私のほうはOKだから」
「……はぁ」
「あれから一ヶ月ほどになるよね。その間、悩んでいたの。鈴本さんったらあんなことをしてくれたくせに、あとはそっけない。社内でなれなれしくするわけにもいかないし、仕事も忙しいからしようがないけどね」

 あんなこととはなんだ? 彼女のミスをカバーでもしてやったか。まったく思い出せなかった。

「それとも、意外に草食系なのかな。そういう男性なんだったら私から……とも思ったんだけど、機会がなくて。鈴本さんのアドレスだとかは知らないし、社内メールを使うってのもよくないでしょ。そう思ってたら野球大会。その話をしていたときに、鈴本さんは私に目配せしたじゃない。ああ、そういうことなのね、ってわかったの」

 野球大会の話題で盛り上がっていた場に、落合もいただろうか。儀彦としてはそれすら思い出せないのだから、目配せなんかするはずがない。

「だからね、ここで待ってたの。ここで鈴本さんを見ていたの。そしたら雨が降ってきて、あなたはまっしぐらに私のいる場所に走ってきてくれた。雨までがあなたがたくらんだことみたいで……そんなはずもないのにね。もう照れなくてもいいのよ」
「……えーと……」
「恥ずかしいんだったら目を閉じていましょうか」
「……んーと……」
「私が言わなくちゃ駄目なの? あんまり甘えてるのもよくなくない? 男でしょ」
「男ですが……」

 話の展開がまったく読めない。雨は先刻よりは小降りになっているが、いまだ降り続き、世界には落合と儀彦のふたりだけしかいないような錯覚に包まれそうだ。
 世界にふたりだけしかいないのならば、俺は彼女とつがいになるしかないのか。歳を食ってはいるけど、このやわらかそうなふくよかなボディは抱きしめたら気持ちいいかもしれない……ふっとそんなことを考えた儀彦は、慌てて頭を振った。

「あのぉ……」
「嬉しかったのよ。一ヶ月前の誕生日のプレゼント。あんなことをあなたがしてくれなかったら、私はあなたを意識しなかったはずなのに」
「プレゼント……」

 ひとかけらの関心もない女性に、儀彦がプレゼントなどするわけもない。なんの誤解だ? 一か月前には出張があったから、そのお土産だったら買ってきた。しかし、あのお菓子は総務にまでは配っていないはずだし、誰かが落合にもあげたのだとしても、万が一その誰かがジョークで、鈴本さんから落合さんへの誕生祝いだと言ったのだとしても、落合も本気に受け取るほど単純ではないはずだ。

 すると……頭をひねっていたら思い当った。

 一か月前、儀彦は出張先で特別なお土産を買った。デザイン課に気になる女性がいて、彼女に渡したかったからだ。多少は特別感があり、それでいて大げさではないプレゼントをと迷って、しゃれたお菓子をしゃれたパッケージに入れてもらい、さらに土産物屋の袋に入れてもらった。

 デザイナーの彼女はセンスがいいから、これでもださいって笑われるかな、だけど、告白の前段階としてはこのくらいでいいよな、そう考えつつ手渡そうとしたら、軽く拒否された。

「鈴本さんから個人的にお土産をもらういわれはないから」
「そういう仲になりたいから、って駄目?」
「……セクハラだなんて言われたくないでしょ」

 これはもう、断固拒否なのだろう。セクハラとまで言われては儀彦も引き下がらずを得ず、がっかり、ふらふらと社内を歩き、自分のデスクに戻った。

「鈴本さん、ここに置きますよ」
「ああ、ありがとう。これあげるよ」

 そのとき、背後から声がかかった。女性の声なのはわかっていたが、誰なのか確認もせず、お菓子を無駄にするのがもったいないからという理由だけで、それ以上には深く考えもせずに彼女に包みをあげた。
 おそらくあれだ。あれしか考えられない。

 もったいないなんてせこい考えを持ったのがよくなかったのか。もったいないんだったら男の後輩にやればよかった。それとも、包みをほどいて俺が食っちまったらよかったんだ。
 むろん落合の誕生日だったとは知る由もない。悪い偶然が重なったのだ。

「……」
「おいしかったわ。包みやリボンは取ってあるのよ」
「そう、ですか」

 やはりあれだった。

 しかし、言えないではないか。本命にあげるつもりがふられたから、誰でもいいからそこらへんにいる女性にあげただけだと。儀彦の中では理由は明快なのだが、落合には通用しないのではなかろうか。
 こうなりゃ恋愛の相手だって、あの彼女のかわりに落合で……とはいかなくて、降りしきる雨の中、儀彦はなんと言ってこの場を逃れようかと、ただそればかりに頭を悩ませていた。

次は「い」です。







 

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~ Comment ~

NoTitle

確かにプレゼントが余るほどみじめなものはないですからね。
男心として。
テキトーにあげちゃえ、発想はとても共感できます。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

おーお、そうですか?
こんなことする男性、いるかな? って疑問だったんですよね。
やりますか? ああ、よかった。

歌詞でしたら、彼女にあげるつもりだった指輪を川に放り投げた、とかなりますよね。

私だったらどうかなぁ?
この場合はきっと、自分で食べてしまいますね。

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