別小説

ガラスの靴46

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「ガラスの靴」

  46・虚言

 作業が煮詰まって膠着状態のレコーディングスタジオに、子連れで弁当を届けにきた馬鹿。馬鹿すぎて相手にする気にもならず、そっけなくしてやったものだから、笙は根に持っている。表面上はもと通りにふるまっているが、根に持っている証拠に、またスタジオにやってきやがった。

 ちらっと笙の姿が見えたのを無視して、あたしは喫煙所に入っていく。ミュージシャンには喫煙者が多いのでスタジオには喫煙所があるが、最近は全館禁煙の建物も増えていて、暮らしにくいったらありゃしない。

「……正直に言ってないんだね」
「うん、そうなんだよな」
「うーん、それってさ……」

 喫煙所には先客がいた。顔は見たことのあるような男と知らない女。むこうはあたしがミュージシャンだとは知っている様子で軽く会釈し、話に戻る。あたしも煙草を上げて、よっ、って感じで挨拶しておいた。

「あんたが金持ちだって知られると、金目当ての女しか寄ってこないから?」
「俺が金持ちっていうよりも、親父が金持ちなんだけどな」
「あんたは思い切り恩恵を受けてるでしょうが」
「まあな」

 浮かない顔をした男は、灰皿に吸殻をもみ消してから新しい煙草に火をつける。女ももくもくやっていて、ふたりともにけっこう長くここにいるようだ。

「あんたは言われたくないだろうけど、あのお父さんの息子だからこそ、ライターとして売り出してもらったんだよね。そりゃあ、いくらお父さんが売れっ子の文筆業者だからったって、息子がどうしようもなく才能がなかったら駄目だよ。でも、ムジョーには多少の才能はあった。ムジョーくらいの文章を書ける者なんていくらでもいるけど、最悪のライターってわけではなかったんだよね。ここに数人、同じ程度のライターがいる。そんなら、あのお父さんの子のムジョーを抜擢しよう、あんたってその程度だよね」

 なめらかにまくし立てる女に向かって、ムジョーと呼ばれた男はぼそっと、知ってるよ、と応じた。
 ムジョー? ああ、わかった。作家でもあり社会学者でもある木戸佐の息子だ。木戸佐の息子だとは知られたくないそうで、彼はムジョーとか名乗っている。

 知られたくないと言ってもその事実はあたしでも知っている、ムジョーは音楽系のライターである。女は編集者か、出版関係なのだろう。音楽業界人とは別種の臭みを持っていた。

 レコーディングスタジオなのだから、音楽系のライターや編集者だって出入りする。取材にでもきたのか、このふたりは仕事を終えたか途中だかで一服しているのだろう。ぼそぼそと喋っているのが漏れ聞こえたところでは、女の苗字はヒゲタというらしかった。

「それでな、彼女は言うんだよ。俺は本名しか言ってないから、彼女は俺を木戸さんと呼ぶ。彼女は言うんだ。木戸さんは小説家になりたいんだよね。私は本なんて読まないからわからないけど、きっと木戸さんには才能はあるはずよ。きっと小説家になれるよ。今は不遇なのは仕方ない。小説を書くひとって修業時代があって当たり前なんでしょ。私が支えてあげる、私が稼いでくるから、木戸さんは心置きなく書いて。私は木戸さんを愛してるんだから、養ってあげたっていいわ。もしも小説家になれなかったら、主夫になってくれたっていいのよ、だってさ」

 主夫、という単語にあたしは反応する。ふむ、殊勝な心掛けの女ではないか。
 見たところ、ムジョーは三十代の半ばくらいか。ヒゲタは四十くらいに見える。他には喫煙所には人がいないので、やや離れた場所にいてもふたりの会話はよく聞こえていた。

「俺は田舎から出てきて、六畳一間にトイレとちっちゃな台所のついたアパート暮らしで、風呂もないから銭湯に行ってて、車も持ってない。アルバイトはしてるけど、書きたいから最小限の収入しかないんだ、って最初に言ったのを、彼女、すっかり信じてるんだよな」
「なるほどね」
「結婚してほしいとは言わないけど、木戸さんを支えてあげるためには、一緒に暮らしたほうがいいと思うの、なんて、目をキラキラさせて迫ってくるんだよ」

「彼女、いくつだっけ?」
「二十七」
「そろそろ結婚に焦る年だね」
「ヒゲタもそのくらいから焦っておけば、四十過ぎて独身なんてのは避けられたのにな」
「あたしのことはほっとけ」

 すると、ヒゲタも独身なわけだ。ヒゲタはなんとなく冷笑的な口調で言った。

「同棲なんかしちゃったら、ムジョーの正体がばれるよね」
「っていうよりも、俺は彼女と同棲じゃなくて、結婚したほうがいいかなぁって思うんだ」
「見事にだまされちゃって……」
「は?」
「いいのよ、いいの」

 だまされちゃって……は小声だったので、ムジョーには聞こえなかったのか。あたしにはきっちり聞こえた。

「だからヒゲタに相談してるんだろ。遊びだったら悩みもしないよ。同棲したいなんてのも適当にはぐらかしたらいいだけだ。けど、彼女はひたむきに、貧しくて恵まれない俺を支えてくれたいと言っている。可愛い女なんだぜ。俺に惚れてるんだよ」
「ふーーーーん」

 視線を感じる。笙がどこかで立ち聞きしているのだろう。

「そんなら結婚しよう、って言ってやりたいよ。彼女も喜んでくれると思う。小説家になりたくて、一生懸命書いてはいても芽が出なくて、糧はコンビニのバイトで得ていると信じている男に、彼女は本気で恋してくれてるんだ。プロポーズしたら大喜びでうなずいてくれるよな」
「そうだよね。やったーっ!! 大成功!! ってなもんだよ」

 ヒゲタの台詞には棘と毒を感じるのだが、自分の世界に浸っているのか。ムジョーは感づいていないようだ。

「だけど、そうすると俺はすべてを告白しなくちゃならない。嘘つきになっちまう。なあ、ヒゲタ、どう思う? だまされてた、ためされてた、とかって、彼女は怒るかな。俺はそれが心配なんだよ。ためしたとかだましたとかじゃなくて、最初は軽い気持ちだったから、って言っても言い訳にしかならないんだろうか。今では本気になったから、ごめん、許して、結婚してくれ、って言っていいものだろうか」
「言えば?」
「ずいぶん簡単に言うんだな」

 いつしかムジョーは煙草を吸う手を止め、ヒゲタがひとりで吸っている。あたしの耳もムジョーの言葉に集中してしまっていた。

「だって……ねぇ、ムジョーって純情ってか、可愛いんだ。そんな男だったんだ」
「……どういう意味だ?」
「知らないわけないじゃん。まあ、あんたのお父さんは知らない者は知らないだろうけど、その彼女とは一年ほどつきあってるんでしょ」
「つきあってるけど、外でしか会ったことはないよ」
「それでも、言葉のはしばしだとか、持ってるものとか着てるものとか……調べる気になったらなんとでもなるしさ」
「だから、どういう意味だ?」

 ヒゲタの言いたいことはあたしにはわかったが、ムジョーは首をかしげている。ヒゲタはふふんと鼻で笑ってから言った。

「あんたが実は大金持ちの息子で、それなりには仕事もできるライターだって、彼女は知ってるよ。知ってるに決まってるの。あんたがもしも書くほうの仕事ができなくなったとしても、いざとなったらお父さんの秘書でもやればいいって立場なのもわかってる。お父さんの著作権だのなんだのも、いずれはあんたのものになる。将来だって安泰だってね」
「そんなことは……」
「けなげで可愛い女を演じてる女に見事にだまされて、可愛いね。おめでたいとも言うんだよね」
「……そう、なんだろうか」

 眉をしかめて考え込んでいるムジョーに、ヒゲタはさらに言った。

「彼女はあんたと結婚したくて必死なんじゃないの。女のほうから同棲だなんて言い出すのも、あんたのそんな性格を見越してるんだね。まずは同棲ってことになったって、妊娠でもしてしまえばこっちのもんだ。外堀を埋めてくっていうのかな。じっくりゆっくりあの木戸佐の息子を落とそうと手ぐすね引いてる女に、実は俺はこれこれこうで……ごめん、だますつもりはなかったんだ、結婚しよう!! って言うの? まあまあまあ、お疲れさん」

 ううっと唸ったムジョーは、片手で煙草のパッケージを握りつぶした。ヒゲタは薄笑いを浮かべてムジョーを見下ろしている。あたしとしては我慢できなくなってきて、声を出した。

「笙、いるんだろ。出てこいよ」
「……あ、知ってた?」

 唸りっぱなしのムジョーはあたしたちに意識を向けるゆとりもないようだが、ヒゲタはちらちらこっちを見ている。姿を見せた笙にあたしは話しかけた。

「女は女をお見通しってのはあるけどさ」
「うん?」
「女はみんな、おまえと同じことを考えてるわけじゃねえんだよ」
「あ、えと……」

 てめえはそんな女だからって、女だったらみんな同じことを考えてると決めつけるな、との想いをこめて、あたしは視線だけをめぐらせた。会ったこともない、知人の彼女だってだけの女をそんなふうに言うなんて頭にくる、ってのは、あたしもおめでたいのかもしれないが。

 困った顔をしている笙のむこうに、ヒゲタの顔も見える。あたしの言い方ではヒゲタのことなのかどうか、明白ではないだろう。けれど、彼女には通じたらしく、そっぽを向いて煙草の煙を吐いた。
 
つづく







 
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~ Comment ~

NoTitle

小説家と主夫か。。。
家にいることには違いない。
確かに女性がしっかりしていれば、それもアリなのかもしれない。。。
・・・まあ、私は今のブログ小説で満足してますけど。
そういう小説家志望もいるかもしれないですね。
そういえば、小説家の子どもが小説家・・・はあまり聞かないですね。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

父が作家、娘が芸能人みたいな場合はありますよね。
壇ふみ、阿川佐和子、高見……えーっと、なんとかいう女性、けっこうお年の方々。

他には、吉本ばななさんくらいかな。あの方の父上は評論家でしたっけ。
ミュージシャンは俳優、政治家には二世がやたらいますけど、文章を書くほうはたしかに、それほどはいませんね。
なぜなんでしょうね。

手塚治虫、宮崎駿、あの方々の息子さんは有名ですよね。
私が知らない方も多々、いらっしゃるのかもしれません。



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