novel

小説382(You juu who dan)

 ←FS「真」物語「真っ赤」 →FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/6
imagesCAA5PBA1.jpg
フォレストシンガーズストーリィ382

「You juu who dan」

1・龍

「はじめて彼氏に会ったのは、彼氏が十九歳、私が十七歳の年でした。彼氏はアマチュアロックバンドのヴォーカリストで、私は高校生。小柄だけど鋭い綺麗な顔をしている彼氏に。私は一瞬で魅せられました。
 彼氏のバンドはちっとも売れていなくて、お金もなかったみたい。私は彼氏に食べものをプレゼントしたり、みんなで食事に行ったらお金を出してあげたりしました。
「モコは高校生だろ? 小遣い足りるの?」
「大丈夫。たくさんもらってるから」
「金持ちの娘なんだな。俺が出世したらお返しするよ」
 優しく言ってくれて、彼氏は私の手を握ってくれました。
 そんなだったのだから、彼氏は私のことをファンの中でも特別な女性と見てくれていたのはまちがいありません。ロックバンドをやっている男性はもてるし、回りに可愛い女の子がいっぱいいて、適当に遊んだりもしていたようですが、彼氏は私には手を出さなかったのです。
 手を握るくらいだったらしたけど、キスもしなかった。モコは純情そうだもんな、と言っていたから、大切で特別な女の子を汚すようなふるまいをしたくなかったのでしょう。
 ミュージシャンの奥さんだと、夫の遊びを黙認している寛容な女性もよくいるでしょう。私は彼氏と正式に結婚はしていないけど、気分的にはそんなふうでした。
 アマチュアロックバンドは解散しましたが、私は彼氏を見つめていました。ミュージシャンではなくてフリーターになってしまった彼氏はピリピリしているように見えて、近寄ると怒られそうだから遠くから見ていました。ずっと見つめ続けていたからこそ、彼氏がロックではないグループの一員としてデビューしたのも知りました。
 そっちのグループもすぐには人気が出なかったけれど、他の歌手たちと一緒にイベントや歌のショーに出ることはありました。私はそういうのは欠かさず見にいって、ステージにいる彼氏を見つめていました。どの席にいても彼氏と目が合って、モコ、今日も来てくれたんだね、と彼氏が微笑んでくれるのが嬉しかった。
 そのうちには彼氏のグループは単独でコンサートができるようになって、もちろんそれも見にいきました。最初は小さなホールで、満席にもなっていないコンサートを夢中で見ていました。そのときにも彼氏とは目が合って、モコ、そこにいたんだ、って感じで微笑んでくれました。
 それほど人気はないころでも、彼らには出待ちのファンはいました。でも、私はそんなことはしないの。出待ちなんてミュージシャンは迷惑に思ってるって知ってるし、私は彼氏とは長いつきあいなんだから、アマチュア時代に差し入れやプレゼントもしたんだから、しつこくしなかほうがいいんだって。
 次第に彼氏らは売れてきました。そりゃあね、私がこんなに応援してるんだもの。人気が出ないはずがないのよ。
 かれこれ十年以上、私は彼氏のそばにいました。今でももちろんコンサートには行きます。人気が出てきているから、いつもいい席は取れないけど、どこにいたって彼氏は私を見つけてステージから笑いかけてくれます。
 モコ、今日もありがとう、会えて嬉しいよ、って。
 昔のように一緒に食事に行ったり、話をしたりもできなくなったけど、私は彼氏の特別な女性のはず。だから彼氏は結婚しないんですね。
 ふたりともに三十代になって、本当は彼氏は私にプロポーズしたいんじゃないかしら? 彼らがコンサートツアーをしている間は、一ヶ月に二回ほど会ってます。本当は彼氏は私とデートしたいんじゃないかしら。私から声をかけてあげるべきでしょうか」

「アマチュア時代から十年以上も、あなたは彼を応援しているのですね。
 でも、それは「彼氏」ではないでしょう? あなたが特別なファンだとは、彼も認識しているのかもしれない。していないのかもしれない。
 男性ミュージシャンのほぼすべてには、あなたのような女性ファンがいます。勘違いなさいませんように」

「勘違いはしていません。あなたは彼氏と私を知らないからそう言うんです。
 一昨日、彼らのコンサートがありました。私は特別だからファンクラブには入っていなくても、年に二、三度はいい席が取れるのです。きっと彼氏が便宜をはかってくれているのだと思います。
 今回は前から五番目の真ん中の席で、彼氏はステージから私に手を振ってくれました。私も手を振り返すと、モコ、会いたかったよ、って彼氏の口が動きました。
 近くの席のファンたちも喜んで手を振ってたけど、馬鹿みたい。彼氏は私に手を振ってくれたのよ。
 こんなこともあったのですから、勘違いなんかしていません」

「では、あなたはなにを相談なさりたいのですか?
 具体的に書いて下さいね」

「具体的に書いてるじゃないですか。読解力がないのね。
 私は彼氏にとっては特別な女性だけど、奥さんではない。だけど、彼氏は私と結婚したがっているはず。だけど、彼氏は忙しくて私とデートする時間はない。
 そんな彼氏に私からプロポーズしてもいいんでしょうか。女性からプロポーズされるのっていやがる男性もいるでしょ? 彼氏は意外に男っぽい男性だから、プロポーズは俺にさせろって言いそうな気もするの。待ってるほうがいいのかしら」

「プロポーズはしないであげて下さい。待つのもやめたほうがいいですよ。
 あなたは三十代とのこと。そろそろ目を覚まして現実の恋をなされば?」

「これは現実の恋です。嫉妬ですか?
 証拠をたくさん書いたのに認めないということは、私がうらやましくて目が眩んでるんじゃありません? あなたもミュージシャンの彼氏がほしいの? だけど、ミュージシャンとつきあうなんてそんなにいいものじゃないですよ。まして結婚するとなると、苦労も多そう。
 なにしろ彼氏はもてますから、本当の勘違いをしているファンもいそう。
 それでも私は彼氏を愛していますので、苦労なんか気にしません。一ヶ月後にまた彼らのコンサートに行くんです。そのときにデートに誘ってあげようかな。彼、びっくりするかしら。私のほうからコンタクトを取るなんて、何年ぶりか……喜んでくれるかな」

「ちなみに、どうやってコンタクトを取るのですか。
 彼に会える方法ってあるのですか」

「駄目駄目。ネットでそんな方法を書いたら、真似をする女性もいるでしょ。
 だから内緒。私にしかできない方法があるんですよ。悪しからず」

「いい方法があるのでしたら、やってみられてもいいかとも思います。
 くれぐれも警察を呼ばれませんよう、老婆心から忠告させていただきます」

「警察? あなた、完全に嫉妬していますね。
 相談内容からもずれていってしまってますよ。彼氏に会う方法はあるんですから、その先です。私から彼氏にプロポーズしてもいいのでしょうか?」

 インターネットの悩みの相談サイトとでもいうのか。就活情報を見ていて飽きてきて、好奇心を起こして覗いてみたら、「ミュージシャンの彼氏にプロポーズするには」という相談ごとがあった。ミュージシャンといえば俺の身近にも何人もいるので、相談事を読んでみた。
「日付からすると……うん、この時期にはフォレストシンガーズはライヴツアー、やってるな」
 十九の年にはアマチュアロックバンドのヴォーカリストで、その後別のグループのメンバーになってデビューし、はじめはまるで売れず、次第に売れてきた。今ではまあまあ売れている。
 もしかしてもしかして、この、ミュージシャンの彼氏ってのは木村章か? この経歴は俺の兄貴に合致する。アマチュアロックバンド時代にはもてまくって、ファンの女の子たちともいろんな意味での交流があったと、俺も兄貴からちらほらとは聞いていた。
 いろんな交流というのは文字通り、ファンの女の子と話をしたり握手をしたり、サインをしたりハグやキスをしたり、飲みにいったり食事にいったり、果てはセックスフレンドになったり、といったことだ。あのころの兄貴は散々遊びまくっていた。
 他にも似た境遇のミュージシャンはいるのかもしれないが、木村章だと仮定すると。
 北海道は稚内市で、兄貴が十二歳の年に生まれた弟の俺は、そのころだったら小学生だ。兄貴なんてものは最初からいなかったつもりで生きていたが、章はどうしてるのかねぇ、と母が愚痴ったり、あんな奴はもう忘れろ、と親父が怒ったりするので、完璧にいないものだとは思えずにいた。
 受けたくもない兄貴の影響を受けて俺もロック好きに育ったが、母は言った。
「あんたはロックにうつつをぬかしすぎて、バンドを組んだりしたらいけないよ、そういうことをすると兄ちゃんみたいに道を踏み外すんだからね。息子がふたりもいるってのに、ふたりともに父さんに縁を切られるようにはならないで」
 そう言われたので俺はバンドを組まず、聴くだけだった。
 東京に行きたい一心で東京の大学を受けて合格し、一年でやめてしまってロックに走った兄。父も母も、龍は章のようになるなと言ったが、俺だって東京に行きたかった。十八の男に思いつく正当な手段としては、大学しかない。だから俺も兄貴と同じく東京の大学を受験したのだが。
 が、俺は兄貴以下に学力がなかったのか、全部の大学に落ちた。
 それでもそれでも東京に行きたくて家出して、兄貴のマンションにころがり込み、兄貴の先輩たちに面倒を見てもらって浪人して再受験し、兄貴が中退した大学に合格した。
「結局、親父は次男のおまえには甘いんだから」
 兄貴の言う通りで、長男は一応は成功した歌手になっても親父に勘当されっぱなし。次男の俺は仕送りもしてもらって大学に行かせてもらっている。
 そうして時は流れて、兄貴のいるフォレストシンガーズは今ではわりに売れている。俺は大学三年生になり、就活に頭を悩ませている。そんな中で見てしまったこのネットの悩み相談。ネタとか釣りとかだとも考えられるが、マジだとも考えられる。
 レスをつけている人物は、「私から彼氏にプロポーズしてもいいのでしょうか?」との質問以降は返事を書いていない。アホらしくて相談に乗る気もなくなってしまったのだろうか。
「マジだとしても、よくある話なのかな。俺が心配してやる必要ないのかな」
 下手をしたらストーカーになりそうな女なのかもしれないが、兄貴だってプロのシンガーなのだから、こんなのは慣れているのかもしれない。もしかしたら、この「彼氏」は木村章ではないのかもしれない。そうはいっても少々気になってはいた。


2・章

 ステージの袖から客席を覗いてみる。今日のライヴはソールドアウトだ。チケットは全部売り切れているとはいえ、買っておいて来ない者もいる。招待されて来ない奴もいる。間もなく開演の時間になっても、席がすべて埋まっているわけでもなかった。
「あの女性、今夜も来てくれてるみたいだな」
「あの女性って?」
 うしろから聞こえる声は乾さんだ。乾さんは時として猫みたいに足音を立てずに近寄ってきて、気配を殺してそばに立っている。昔は俺がやましいことをしているとあらわれて、叱りつけられた。
 今夜は特段やましい真似はしていない。なのだから、俺も平常心で問い直す。乾さんは俺の背中ごしに、客席の中ほどにすわっている女性を指さした。
 周囲は空席なので、ひとりきりでいる彼女の姿がしっかり見える。小太りのおばさん、俺にはそうとしか感想の持ちようのない彼女は、俺がここにいることに気づいたかのように、顔を上げて袖のあたりをじーっと見た。容貌まではわからないが、服装にしても地味なおばさんの雰囲気だった。
「今夜もって、あの女はいつも来てるんですか?」
「あの女って言うな」
「あの女はあの女じゃん。男じゃないでしょ」
「あの女性と言え。うん、いつも来てるのかどうかまでは知らないけど、たびたび見るよ」
 ああ、また来てるな、と気づいたのはいつだったかな、ずいぶん前だと思う、それで俺は意識するようになったんだ、と乾さんが話している。
 熱心なファンの中にはそんなのもいるから、俺は相槌を打ちながら思う。乾さんは変わらないな。
 変わらないといえば俺もだ。フォレストシンガーズに入ってから十年余り、ファンを大切にしろといやになるほど言われ続け、いまだに言われている。ロックバンドにいたころにはおっかけ女に悩まされたから、俺はファンをわずらわしいと思っていたのだ。
 全部のファンがわずらわしいわけではないが、非常識で化粧が濃くてけばくてなれなれしくて、あわよくば俺に抱かれたがるバカ女は大嫌いだった。
 その気分が残っていて、アマチュアフォレストシンガーズのころから、俺はファンに邪険にする傾向があった。アマチュア時代にはファンはごく少数だったのだが、俺にはジギー時代からのファンがいたから、仲間たちよりはファンが多かった。
 メジャーデビューしてからだって我々にはファンは少なかったが、俺はその希少なファンをないがしろにしては、乾さんに叱られた。
「サインして」
「ごめん、急いでるんだ」
「サインくらいすぐにできるじゃないの。章くん、サインして」
「しつこいな、うるせえんだよ」
 そんなときに限って乾さんが聞いていて、どこかに連れていかれてほっぺたを張られて説教されたりもした。
「木村さん、うちまで送ってよ」
「なんで俺が見知らぬあんたを送らないといけないんだよ」
「ケチだね。送ってくれないんだったらブログに書くから」
 スタジオ近くの公園で遭遇したファンとのもめごとの末、彼女を突き飛ばして泣かれたこともある。あのときにも乾さんが登場して、あとから往復ビンタ十連発ほどやられた。
 あのときには落ち込んでいたら、幸生には脅迫されるは、シゲさんや本橋さんにまで怒られるはで散々だった。乾さんは超能力者だとの説もあるから、俺がファンといざこざしそうになったら嗅ぎつけて、説教しにあらわれるんじゃないのか?
 そのたぐいの出来事は枚挙にいとまがない。
 昔々のエピソードを思い出すと、苦々しいようななつかしいような心持ちになる。現在の俺は大人になったのだから、ファンと簡単に寝たり、ファンを軽々しく扱ったり、ファンに冷たくしたりはしなくなったが、多少は、うー、うっとうしい、の気分が残っていた。
「……気がついたのはかなり昔? あの女、粘着気質ファンかな」
「そういうタイプもいるだろうけど……章、スタンバイだ」
「はい」
 変なファンだっている。乾さんはそういうタイプと遭遇したことはないらしいが、俺は経験があるからいやなのだ。どんなファンでもファンはファン。俺は俺を見つめている、乾さんが示した女をちらっと見返した。むこうからは見えないはずだが、彼女はなにか感じているのだろうか。
 

3・龍

「お返事がないようですが、お忙しいんですか?
 今夜は彼氏のコンサートに行ってきました。私は真ん中よりもやや前の席で、あまりいい席ではなかったんだけど、なぜか回りが三つ、四つ誰も来なかったの。私は彼氏の特別な存在オーラでも出ていて、一般のファンは近くに来られなかったのかしら。
 それとも、彼氏が配慮してくれたのかしら。邪魔が入らずに俺をじっくり見てねって?
 もうじきにコンサートがはじまるという時間に、視線を感じました。彼が私を見ていたんです。どこからだったのか? 幕のむこうからだったのかしら。まちがいなく彼は私を見ていました。
 これでもあなたは私が勘違いしてるっておっしゃるの?」

「それで、あなたは彼に告白したのですか?
 つきあっているわけではないのでしょう? プロポーズよりも先に告白なのでは?」

「あら、やっぱりあなたも気になるんですね。告白してつきあう必要はないんですよ。プロポーズする段階なんです。できたら彼氏にプロポーズしてほしいけど、彼氏は忙しすぎるから。
 先日のコンサートでは、はじまる前から彼氏は私を見つめていました。コンサートがはじまれば、彼氏は私ばかりを見ていました。
 だって、私の回りは空席なんですよ。彼氏が視線をよこすのは私にでしょう? やっぱり、彼氏が私を見たくて回りの席を売らなかったのかな。
 そして、彼氏は歌ってくれました。私は彼氏の歌の歌詞はみんな覚えていますけど、ここに書くと彼氏が誰だかわかってしまう。歌詞の大意だけ書きますね。

「あなたを愛してる
 あなたは気づいてはいるんだろ
 けれど、直接は言えないんだ
 僕は歌うよ、あなただけに向けて
 あなただけを愛しているから」

 ぼやかしすぎてわかりにくいかしら。でも、こうしか書けないんですよ。ごめんなさい」

「結局、プロポーズはしていないのですね。
 彼のためにはよかったです」

「よかった? そんなにうらやましい?
 コンサートの間中、彼氏は私ばかり見て歌っていました。いっそ彼氏が私を呼んでステージに上げて、俺は彼女と結婚します、って宣言してくれたらいいんだけど、そんなことをするとあなたのような嫉妬深いファンに、私は乱暴されるかもしれませんものね。
 だから、彼氏はそうしないのね。書いててわかりました。
 グループですから、彼氏以外にも男性がいます。ステージで彼氏がその男性たちに冷やかされるってシーンもありましたよ。聞こえるように言うと、あなたみたいな嫉妬深いファンがやきもちを妬きますよね。だからこそこそっと言って笑ってるの。
 そんなのも私にはわかるんです。あれって一種のサインなのかな。今のところはそれだけでもいいかな。次の段階に進むのは次のコンサートで。女性からプロポーズはしてもいいんですよね」

「できるものならば、どうぞ」

 このサイトはどういうものなのか、最近見るようになっただけの俺は確としたところまでは知らない。
 悩みのある人間が書き込み、特定の人物が無料で相談に乗って回答してやっているのか。他の相談まで読む気はないので、まあ、そんなところなのだろうと解釈していた。
 この日付の前日、フォレストシンガーズは中部地方でライヴをやっていた。するとやはり、「彼氏」は木村章か。
 行ける限りのライヴに出向くファンもいるのだから、追っかけは異常な行動でもない。彼女はこうして妄想を言葉にして楽しんでいるだけなのだろうから、俺が心配してやる必要もないのか。案外、ライヴにも行っていなかったりして。


4・章

 ホールの外に女たちが群れている。フォレストシンガーズはロックバンドでもアイドルグループでもなく、ルックスで売っているのでもないにも関わらず、出待ちファンってのがいる。ロックやアイドルに比べれば少ないほうなのだろうが、今夜も外で待っている。
 カーテンを引いた窓から外を窺うと、女たちがざわざわしている。俺はやはりああいう女は嫌いだ。なにせああいう女の大半は、木村章のファンだというのだから。
 そもそもシゲさんにはファンが少ない。乾さんと本橋さんのファンは大人の女だ。幸生のファン層はわかりづらいが、あたしってユキちゃんが好きなのぉ、変わってるでしょ? うふっ、と言いたがるタイプなのではなかろうかと推測できる。
 要は木村章ファンはミーハーなのだ。顔はフォレストシンガーズでは一番、美少年ロッカーのなれの果て。今日の俺は機嫌がよくないので、できるものなら出待ちファンの間に、唐辛子爆弾でも投げ込んでやりたかった。
「唐辛子だよ。ダイナマイトや手榴弾だなんて物騒なものじゃないから、乾さん、しないって。睨まないで下さいよ。唐辛子爆弾だって投げないからさ」
 三十三歳にもなって、乾さんに叱られるのが怖いのか? うん、怖い。
 二十代の俺は先輩たちに教育の必要があると思われていたから、そうシリアスではないにしても、本橋さんには殴られた。シゲさんにはきつい言葉を投げられ、章、走れ!! と叱咤された。幸生はまったく怖くないが、このふたりだって怖かった。
 にしても、乾さんの怖さは種類が違う。怖いと言うと語弊があるような……そんならなんだろ。なんだか知らないけど、いまだに俺は乾さんが怖い。叱られるのは怖い。
 ソロライヴで神戸に行き、酔っ払って女とホテルに行き、朝になって目覚めたら身ぐるみ剥がれていて途方に暮れて、神戸在住のヒデさんに救いを求めた。来てくれたヒデさんに殴られたのだが、あのときだって、乾さんにだけは知られたくないと思っていた。
 一事が万事その調子で、ヒデさんや本橋さんに比べれば暴力はふるわない先輩が、俺は怖い。
 怖いから言い訳ばっかして、俺もちっとも変っていない。情けねぇなぁ、と思いながら、俺はファンたちを見ていた。
 何人もの女たちの群れから離れて、ひとりの女がたたずんでいる。あの小太りのシルエットは、先日のライヴで乾さんが指さした女ではないのか。が、その女は出待ちのファンたちをじろじろっと一瞥してから、ふんっ!! って感じで遠ざかっていった。
 なんだかあの女が気になる。俺の記憶にはないが、思い出すためにはもっと顔をしっかり見ないといけない。あの女は何者だ? ついていってみようかと考えていたら、乾さんが俺の隣に並んだ。
「またいたんですよ、あのお……あの女性」
「ステージの袖から見たひと? 相当熱烈なファンの方なんだろうな。来られる日にはいつでも来てくれてるのかもしれないよ。どこ?」
「離れていきました。追いかけたら間に合うかもしれないから、俺、つけてってみようかな」
「つけてってどうするんだよ?」
「どうするかは考えてないけど、早くしないと消えちゃうよ」
 行きますよ、と言って彼女を追おうとしていたら、乾さんに袖をつかまれた。
「やめたほうがいい」
「どうして?」
「悪い予感がするからだ。やめろ」
 うるせえな、ほっとけよ、俺は俺のしたいようにするんだ、と言って乾さんを振り切ることもできたのだが、そうしなかったのは、俺にもいやな胸騒ぎがしたからなのだろう。
「……特定のファンと顔を合わしたりしたらよくないですよね」
「うん、それもあるな」
「じゃあ、やめます」
「そのほうがいいよ」
 明日はオフだから、はじめて来たこの土地で飲み屋にでも行こうかと思っていた。だが、その気もなくなってタクシーでホテルに帰り、なんの気なしにケータイをチェックしたら、龍からメールが届いていた。

「兄ちゃん、時間ができたら電話して」

 それだけのメールに、暇だったから龍の言う通りにした。龍も部屋にいたようで、すぐに電話に出た。
「兄ちゃんのケータイってスマホか?」
「スマホじゃないよ。スマホなんかなくても不自由じゃないし、使い方を練習する時間がもったいないから、俺のはただの携帯電話だ」
「ガラケーってやつね。スマホって練習なんかしなくてもいいけど……うん、ま、兄ちゃんの年だったら練習もしなくちゃいけないのかな」
「うるせ。なんの用だよ」
 そんならネット、見られないのか、と龍が言い、俺はホテルの部屋を見回した。
「パソコン、あるぞ」
「部屋に? ネットは見られる?」
「今日のホテルはいいほうだな。俺らもちっとは待遇がよくなってきて、最近はパソコンがあってネットも使えるひとり部屋で寝られるようになったけど、昔は五人ひと部屋どころか公民館の一室で、俺たちは災害からの避難民か、ってなものだったり、美江子さんまで一緒で大部屋だったり、どこかの学生グループと相部屋にされたり……」
「愚痴はいいからさ」
 弟に辟易されつつも、俺はパソコンを起動させた。
「うん、つなげるよ。ネットがどうした?」
「ネットは練習しなくても見られるだろ」
「……てめぇ、兄貴を年寄り扱いするな」
 スマホを使いこなせないのは年寄りじゃん、などとほざいたあとで、龍は言った。
「一回切るよ。メールのほうがやりやすいかもな」
「そうなのか」
 飲みにもいかなかったし、他のみんながどうしているのかも知らない。誰かはホテルに帰っているかもしれないが、部屋を訪ねていっても意味もない。今夜は龍につきあってやろう。
 メールで指示されたURLを開くと、「ミュージシャンの彼氏にプロポーズするには」というトピの立ったサイトだった。中身を読んでみろとメールに書いてあったので、俺はそのトピを開いた。

「はじめて彼氏に会ったのは、彼氏が十九歳、私が十七歳の年でした。彼氏はアマチュアロックバンドのヴォーカリストで、私は高校生。小柄だけど鋭い綺麗な顔をしている彼氏に。私は一瞬で魅せられました。
 彼氏のバンドはちっとも売れていなくて、お金もなかったみたい。私は彼氏に食べものをプレゼントしたり、みんなで食事に行ったらお金を出してあげたりしました。
「モコは高校生だろ? 小遣い足りるの?」
「大丈夫。たくさんもらってるから」
「金持ちの娘なんだな。俺が出世したらお返しするよ」
 優しく言ってくれて、彼氏は私の手を握ってくれました」

 この彼氏って俺か? 十九歳の俺はアマチュアロックバンド「ジギー」のヴォーカリストで、女子高校生のファンだっていた。モコという名前の高校生……思い出した。えらく変わった本名のイモっぽい女の子、彼女のフルネームはなんといったか。
 イモっぽいといえば、悦子ってのもいた。あいつとは後にいくらか関わったのでけっこう覚えているが、モコは悦子ではない。
 発端部から続く長文を読み進めていくうちには名前も思い出した。
 ジギーのアキラだった俺には、女の子のファンがいた。アマチュアとはいえ、モコも書いている通りにミュージシャンはもてる。安いギャラをもらえたらいいほうで、無料で演奏させてもらったり、こっちが金を払ってまでライヴハウスに出演させてもらったりの俺たちにも、ファンはいた。
 女の子バンドだったジギーには、女のメンバーに熱狂する女の子がたくさんいたが、俺のファンだっていた。ライヴの流れでメシを食いにいったりすると、アキラは貧しいんだからまかせといて、と言って払ってくれる女の子もいた。
「あ、今日は私が……」
 えらく変わった名前というのは、母与子だったはずだ。モヨコ、ここで使っているモコはハンドルネームだろう。あるとき、何人もの女の子たちと食事にいったときに、彼女が言ったのだ。
「きみが出してくれるの? 全部?」
「はい」
「いいの? きみはなんて名前?」
「モヨコです。母が与えるって書くの」
 変な名前、と女の子たちが笑い、モヨコも照れたように笑っていた。
「モヨちゃん、学生じゃないの?」
「そうだけど、大丈夫」
「そう? そんなら、ごちそうさま。おまえらも礼を言えよ」 
 はーい、ごちそうさまぁ、モヨちゃんって金持ちの子なんだよね、と言っていた、女の子たちの声も思い出した。
 ここに綴られているモコのひとり語りには真実もある。起こったことをなにもかもありのままに書くわけにはいかないので、アレンジしてあったりもするのだろう。うんうん、こんなこと、あったよな、だけど、俺はモヨコの彼氏なんかじゃないぜ。
  
「もうじきにコンサートがはじまるという時間に、視線を感じました。彼が私を見ていたんです。どこからだったのか? 幕のむこうからだったのかしら。まちがいなく彼は私を見ていました。
 これでもあなたは私が勘違いしてるっておっしゃるの?」

 短いレスをつけている何者かに、モコは挑戦的な返しをしている。まあ、たしかにモコは勘違い女だな、俺たちみたいな仕事の男には、こういう女はありがちなんだよ、と思いながら読んでいて、この部分にぞっとした。
「え? あいつ……あのおばさん?」
 はじめて会ったのは、彼氏が十九歳、私が十七歳の年でした。
 これは嘘だ。徐々に思い出してきたところによると、当時のモヨコは二十歳をすぎていた。モヨちゃんって大学生なのか? と質問して、もうじき卒業するの、との返事だった記憶があるから、俺よりは二つ、三つ年上のはずだ。
 そんなことは些末だとしても、三十五歳のおばさんが、この痛い勘違い? 痛すぎる。ネットで勘違いを書き散らしているだけなら痛いですむが、俺の周囲をうろちょろしてるのか。十年以上もファンでいてくれるのはありがたいが、ありがたいを通り越して怖くなってきた。

「今夜も彼氏に会いました。今回のコンサートツアーにはわりあい頻繁に行ってるから、彼氏とも一週間に一、二回は会えてるんですよ。
 普通のファンは今夜も出待ちをしていました。あんなところで待っていたって出てきてもくれないのに。売れていないころだったら、たまに誰かが出てきてサインしてくれたりってこともあったようですけど、今はそんなことをしたら彼らが危険ですものね。
 そうと知っていても、ひと目会いたいのがファン心理かしら。知らないで期待しているファンもいるんですよね。かわいそうに。
 私は彼女たちを憐みの目で見て、先に帰りましたよ。
 あのときにも視線を感じたの。彼氏はどこかで私を見守ってくれていたのかしら。
 モコ、きみみたいな美しい女性がこんな時刻に、そんなところにいてはいけないよ。早く帰りなさい。送っていってあげられなくてごめんね、って。
 私のほうこそごめんなさい。こんなに愛し合っているのに、プロポーズしてあげられなくて」

 日付と時刻からしてつい先ほどの最新記事は、こんなふうだった。 
「乾さん、あんたの勘はすげえよ。ほんとに超能力者か? つけていかなくてよかった……」
 心底そう思う。つけていってあの女に気づかれたとしたら、なにが起きたかと想像するだけで恐怖だ。
「読んだ?」
 パソコンをオフにしてベッドに伸びていると、龍から電話がかかってきた。
「あれ、兄ちゃん?」
「みたいだな。あのモコって女には覚えがあるよ」
「……うげ。まさか兄ちゃん、モコをつまみ食いしたりなんかしてないだろうな」
「してねぇよ。ただのファンだ」
 ただのファンの中にも寝た女はいるが、モコとは絶対にそうはしていない。第一、俺の好みではない。ネットでこんなものを見なかったとしたら、顔を見ても忘れていたのだから。
「大丈夫だよね?」
「大丈夫ってなにが? ストーカーにでもなられるってか? モコは単に幸せな勘違いをしてるだけだろ。コンタクトを取る方法なんかないんだし、ファンレターだのなんだのも変なのは事務所でシャットアウトしてくれるし、おかしな事態にはならないよ」
「そうだよね。そうだろうけどさ」
「龍、おまえ……」
「なに?」
 可愛くもない弟だが、兄貴の身の心配をしてくれたのか。よしよし、今度会ったら小遣いやるよ。
「なんでもないよ。就職のほうではいい話、ないのか?」
「ねえよ。ま、そんならいっか。じゃ」
「うん」
 電話が切れ、俺は再びベッドに寝そべる。
 勘違いファンというのは話には聞くが、俺の身近に迫ってきたのは初体験だった。こんなファンも大切にしなくちゃいけないんですか? と乾さんに問いかけてみる。乾さんはおそらく、当然だ、と応じるだろう。
「これからだって俺は、あなただけを愛しています、とファンのひとりひとりに熱いまなざしと甘い言葉と恋心を贈るんだ。彼女たちが、そう、私だけをね、と勘違いして、いっそう熱心に俺たちを応援してくれる。そう仕向けるのも俺たちの仕事でもあるんだよな」
「ホストみたい」
 茶々を入れているのは幸生か? うん、俺たちの仕事にはホストに近い部分もあるよな。なんたって俺は優柔不断が持ち味の木村章なんだもの。これからだってこんなファンはのらくらとかわしていけるさ。
 どんなファンでもファンはファン。むずかしいなぁ。人気が出てくると気苦労の種類も増えるんだな、と達観するしかなさそうだった。


END




 



スポンサーサイト



【FS「真」物語「真っ赤」】へ  【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/6】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

あまり小説とはリンクしないですが。
女性の結婚年齢も18歳から~という政府案が出ております。
まあ、まだまだ可決するとしても先でしょうが。

個人的には男性も女性も15歳から~OKでいいじゃないかな。。。と思いました。

15歳なら子どももつくれるし、恋愛もできる。
高校生は当たり前のように恋愛もセックスもできる。
15~18歳で子どもや結婚もいいかなって思うのは私が封建的なのかな。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

少子化対策のためにはいいかもしれませんね。
個人差がありますので、十代でもいい母、父になれる子もいるかもしれませんが、一般的には無理じゃありません?

18歳選挙権には賛成ですけど、結婚は二十歳以上でいいんじゃないかなぁ。
今どきの若者は三十歳以上でも……なんて言ってると、少子化が進んでしまいそうですけど、というか、少子化はもうどうしようもなく、なにをどうしても進む一方だと私は思います。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS「真」物語「真っ赤」】へ
  • 【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/6】へ