ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「真」物語「真っ赤」

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フォレストシンガーズ

「真」物語

真っ赤

 プロ野球選手は男だと決まっているのだから、女のファンという存在は嬉しいだろう。我々フォレストシンガーズも、男のファンも嬉しいが、女性ファンは別の意味も含んで嬉しい。いや、プロ野球は実力のほうが大切だが、歌手は人気のほうがより以上に重要だったりする世界なので、ファンあってのフォレストシンガーズだ。

 なんとか女子だなんてのが流行っているが、強い年にはファンが増える。勝ち数が増え、順位が上がり、浮動票のファンが寄ってくる。それもまた嬉しいことだろう。

 浮動票というのはどこの世界にもあるのだろうが、プロ野球にも存在するらしい。
 野球? 興味ないわ、と言っている人間が、ある年ブームになったチーム。おおむねはいつもは強くもないのに急に強くなったチームに流れる。そういえばジャイアンツにわかファンを聞いたことがないのは、奴らは常に強いからだろう。

 サッカーワールドカップやMLBの年にブームになるってのもあるが、昔からのファンはおおむね、にわかファンを苦々しく感じる。
 突然ブレイクしたバンドやシンガーのにわかファンを、古参のファンが冷やかな目で見るのも似ているだろう。

 音楽やサッカーまで持ち出すと話が拡散するので、プロ野球に限ろう。

 あの年にはタイガース、あの年にはスワローズ、あの年にはブルーウェイブと、かつてもとあるブロ野球チームのブームは起きていた。逸材選手がいたり、突発的に強くて優勝したり、そんな年だ。

 兄貴たちが空手バカだから、俺はスポーツは嫌いだ。身体を鍛えるためのジョギングなどはしていたが、特定のスポーツには興味なかった。そんな俺と乾に、大学一年生の年の合唱部キャプテン、高倉さんが言った。

「本橋と乾はプロ野球は好きじゃないのか? 見にいったこともない? 乾は金沢なんだから、野球チームが地元にないんだから仕方ないか。本橋は東京っ子だよな。意外に東京の人間ってのは地元愛がないってか。高校野球だって東京のチームを応援しないって聞くよな」

 ひとりでぶつくさ言ってから、高倉さんは宣言した。

「おまえたちも歌ってばかりじゃなくて、息抜きもしなくちゃ。東京ドームはチケットが取れないだろうから、神宮に連れていってやるよ。俺が野球の面白さを教えてやる。野球はカープじゃけんのう」

 ああ、高倉さんは広島出身か、と知った瞬間だった。
 宣言通りに高倉さんは、乾と俺を神宮球場に連れていってくれた。チケット料金も出してくれ、弁当も買ってくれた。こういった場合に先輩が金を出すのは合唱部の流儀とはいえ、三浪の末に地方から上京してきて大学生になった高倉さんには、それほど金銭的余裕はなかっただろうに。

 けれど、払いますなどと先輩に言うと、ガキが生意気な、と叱り飛ばされるのも合唱部の流儀だ。恐縮しつつもおごってもらい、俺は生まれてはじめて生でプロ野球観戦をした。

 親父も兄貴たちもプロ野球には関心がなかったから、我が家ではテレビで見ることもなかった。父はラグビー好き、兄貴たちは格闘技好きで、俺はガキのころには宇宙やヒーローや怪獣が好き、ウルトラマンが大好きだったから、野球なんて知らなかっただけだ。

 初体験のプロ野球観戦に魅せられ、単純な俺は高倉さんに洗脳されてカープファンになった。乾は醒めていて、特定のチームのファンは哀れだの愚かだの、みっともないだの暑苦しいだのとほざいていたが。

 なんだっていい。好きなものが増えると人生が豊かになる。その分、苦難も増える。俺がファンになってからのカープは弱くて、昔は黄金時代もあったというのが信じられないほどだったが、そんなチームを応援するのは俺の性に合っていた。

 タイガースファンのシゲ、ベイスターズファンの幸生と、野球好きのふたりも常勝チームを応援しているのではないから、おまえんとこのほうが弱い、あんたに言われたくない、今年こそ優勝だ、などと言い合っては、乾と章にせせら笑われていた。

「マシンガン打線のベイスターズっていって、二十世紀末には優勝もしてるんですよ」
「タイガースは二十一世紀に入ってから二度も優勝してますよ。カープやベイスターズよりは近年は全般に順位が上ですからね」
「……五十歩百歩だろ」
「乾はうるせえんだよ」
「リーダー、八つ当たりはやめましょうね」

 というような会話からもわかる通り、我らがカープがいちばん弱いと言われても言い返せない。
 そんな時代を経て、カープが花開いた。俺は感無量だ。

 高倉さんにはじめて連れてきてもらった神宮球場が真っ赤に染まっている。カープ女子と呼ばれる華やかな女の子たちが、ユニフォーム姿で嬌声を上げている。あれは本物なんだろか、と思わなくもないが、なに、ファンだったらなんだっていいのだ。

 フォレストシンガーズのライヴに来てくれるファンの方が、十年続けていようがにわかであろうが、どっちでも俺は嬉しい。それと同じだ。

「ああ、外野にいますね」
「どれ? 誰?」
「ごぞんじないんですか」

 近くの席でラジオを聴いているひとがいる。外野席では試合進行がわかりづらい場合もあるので、ラジオは邪魔にはならないだろう。俺もちょっと耳をそばだててみた。

「……ん? 誰?」
「芸能界にはカープファンは多いんですよね」
「広島出身者がよくいるからね」
「彼もそうでしたかね」
「だから、彼って誰?」

 五回裏が終わったところで、グラウンド整備が行われている。ラジオの実況席も暇なのか、誰かの話をしている。誰かって誰だろ。外野に有名人がいるのかな、と俺も周囲を見回してみた。

「……情報が届きました。彼は東京出身だそうです」
「スワローズファンなのかな? 彼って……いや、モニターは見たけど、私は知らない男だけどね」
「常念さんはごぞんじないかもしれませんね。彼、赤い帽子をかぶってますよ」
「そうですな。カープファンなんでしょうね」
「お近くの席でお気づきのみなさん、彼が誰なのかをごぞんじだとしても、そっとしておいてあげて下さいね」

 常念さんと呼ばれた解説者の知らない、男の有名人か。誰だろ、と俺も思う。世間的には知らないひともいる程度、そんなのいくらでもいる。解説者なのだから常念さんはもとプロ野球選手なのだろうが、ファン歴の浅い俺は彼を知らない。

 アナウンサーが笑い声で念を押し、常念さんも、そうですな、と笑っている。俺も見回してみたが特に知っている顔もいないので、もうじき再開しそうな試合に目を向ける。周囲は真っ赤。ほぼ満席状態だ。俺はひとりで来ているが、同志がこれだけいるのだから心強い。

 ただいま試合は膠着状態で、ゼロ対ゼロの投手戦が続いている。カープ、勝てよ、今年こそ優勝だ。うちのみんなを見返してやる。

「……本橋さん、カープファンなんですよね」
「は? え? あ、はい」

 いきなり声をかけてきたのは、見知らぬ老人だった。

「いやぁ、ラジオでそっとしておいてあげて下さいって言ってたんだけど、こんなに近くにすわってるんだし、長く生きてても芸能人と話すのははじめてだし……嫁があなたたちのファンなんですよ」
「は、ありがとうございます」
「すみません。お邪魔しました」

 首をすくめた老人が、軽く会釈して試合に向き直った。え? 俺? ラジオで話題にされていたのって俺か? そうと気づいて再び見回すと、あちこちの視線とぶつかった。

 こんなきには知らぬ顔をしているのがエチケットだ。フォレストシンガーズの本橋真次郎なんか知らないひとのほうが多いはずなのに、あのアナウンサーはよけいなことを言いやがって……ではなく、なんだか楽しい気分になってきた。

END









 
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