茜いろの森

□ ショートストーリィ(FSいろは物語) □

いろはの「ひ」

フォレストシンガーズ

「飛花落葉(ひからくよう)」

 咲いた花は散るのがさだめ。わくら葉は落ちるのがさだめ。人の世も落葉や散る花と同様だ。

「乾、なにをたそがれてんだよ?」
「黄昏か……十九にして人生が黄昏てきたかな」
「なに言ってんだ。遊びにいこう。ナンパしにいこう」
「行きたくないよ」

 腕を引っ張って誘惑するのは、同じゼミの南村だ。大学二年生になり、古典文学専攻の学問も本格的になってきたってのに、そのために東京に大学に入学したってのに、秋でもないのに葉っぱが落ちる。爛漫の春がすぎようとしているから花も散る。

「本当に花が散ってるな。あれ? 桜じゃないね。ソメイヨシノはとうに散ったはずなのに、桜に似たこの花は……」
「乾、ごまかすな。花なんかどうでもいいだろ」
「先に行っていいよ」
「おまえなぁ」

 腰に手を当てて俺を睨み上げて、南村は低い声を出した。

「おまえはそりゃあもてるだろうさ。去年一年、何度、何人の女の子に告白された?」
「忘れた」

 告白なんかされてない、と言うと嘘になるだろうから、忘れたと正直に告げた。

「チョコレートはどれくらいもらった?」
「すこし」
「嘘をつけ。おまえは合唱部でだって、先輩にも後輩にも同い年の女の子にももらったんだろ」
「バレンタインのときには一年生だったから、後輩はいないよ」
「そんな話はしてないんだよ」

 学部の女の子にだって、院生のお姉さんにだって、若い准教授にだってチョコレートをもらっただろ、と南村は怒っている。むこうがくれるのだから俺の責任ではない、と言うと火に油を注いで、チョコレートがみんな溶けてしまいそうだ。

「だからさ、おまえはナンパなんかする必要もないって知ってるよ。俺はしなくちゃ女の子とつきあえないんだとも知ってるだろうが」

 ここで、知ってるよ、と首肯したら殴られるだろうか。

「行こう。行くぞ」
「俺は行けないんだよ」
「どうして?」

 思い切って正直に告白した。

「金がないんだ」
「金?」
「アパートって一年ごとに契約更新なんだよな。そのために金がいって、バイト料が吹っ飛んだ」
「仕送りは?」
「仕送りは必要最小限だから、家賃と学費に消えるんだよ。今の俺は贅沢をする余裕がないんだ」
「ふーむ」

 南村礼二は神奈川県で生まれて育っているので、学校にも親元から通っている。彼はけっこう裕福な家の息子のようで、小遣いも潤沢なほうだ。そういう人間は地方出身、アパート暮らしの俺の境遇が芯からは理解できないからこそ、同情的にも深刻にも受け止める傾向があった。

「そっか、そりゃ大変だ」
「だろ。だから俺は今日はまっすぐ帰って自炊してメシ食って、明日、バイト先で話して残業でもさせてもらって……」
「よし、俺がおごってやるよ」
「おごってもらうのはいやだ」
「いいから、行こう。おごられるのがいやだったら、出世払いで返してくれ」

 ここまで言われたら行くしかない。
 おごってもらうのはいやだから、借金ってことにしよう。借金も大嫌いだが、これ以上南村の誘いを固辞できないのだからどうしようもない。

 ナンパのほうは……適当な口実をつけて逃げるしかないか。

 それにしても侘しいな。十九の春。俺にとっては心の中に花が散り、木の葉が落ちる最たるものは、金がない、なのだとつくづく感じていた。高校生までだって小遣いは少なくて金がないと嘆いていたが、いまや死活問題なのだから。

 少なくとも親の家にいれば飢えたりはしない。そばにいると気づまりな父も母も、するとつまり、親はありがたいってことだ。またひとつ人生勉強をした俺の鼻先を、なんという名前なのかを知りたい花の、花びらがかすめていった。


TAKAYA/19歳/END







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Date:2015/06/05
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Comment:2
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Thema:ショート・ストーリー
Janre:小説・文学

Comment

* NoTitle

19歳で黄昏ていたら、私はずっと黄昏てないといけないじぇ。。。
過去を省みるのも大切ですが、前に進むのはもっと大切だと最近思うこのごろ。
2015/06/09 【LandM】 URL #- 

* LandMさんへ

いつもありがとうございます。

お金がないと何歳でも黄昏ますよね。
19歳はここで収入があると俄然元気になって、おーっ、飲みにいこうっ!! となるのでしょうが。
ん? ちょっと待て。19歳は飲むとしてもコーラやウーロン茶にしましょうね。

19歳の過去なんて過去ってほどでもないのがたいていでしょうから、そうです、前進あるのみです、と隆也も申しております。
2015/06/10 【あかね】 URL #- 

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