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小説64(ラストダンスは僕に)

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フォレストシンガーズストーリィ・64

「ラストダンスは僕に」

1

 レコードからCDに、名前も形態も変わった今でも、レコーディングという名称は使われている。フォレストシンガーズがデビューしてから、こつこつと積み重ねたアルバムは四枚目を数える。売れはじめたのは三枚目あたりからだ。過去のアルバムにも遡って、CDセールスは着実に伸びていた。
 そして、俺の恋は何度目になる? 初恋は高校二年のときだった。ほのかに淡い恋心ならば、小学生、中学生のころにも抱いた想い出があるものの、女の子とつきあったのは高校二年がはじめて。犀川のほとりをデートしたっけ。
 とはいえ、あれも淡い少年少女の恋だった。大学に入学して、いっぱしの大人になったつもりだったけど、あれだって今になれば……だろう。一年ほど前に恋をなくしたのに、性懲りもなくまた恋をした。そろそろ三十歳になろうとしている俺にとって、最後の恋になるのだろうか。
「おはようございます、乾さん。今日も元気に行きましょう。あれぇ? 乾さん、足……」
「いや、まったくたいしたことはないんですよ。おはようござい……」
 レコーディングスタジオの外に、カメラマン助手の美里さんがいた。挨拶を返そうとしたら、彼女の横にひょっこり顔を出したのが幸生だった。邪魔だ、消えろ、と俺は幸生を睨んだのだが、気づいているのかいないのか、幸生が美里さんと楽しそうに会話をはじめてしまい、俺の携帯電話が着信音を立てた。ケータイにまで邪魔されるのか。
「はい」
 不機嫌な声が出た。相手はなにやらおろおろ声だ。
「あの、あの、突然申しわけございません」
 この声は? ぎょぎょっとした。天国からの電話か?
「ばあちゃん?」
「はい、ばあちゃんでございますけど」
「……いたずらですか。オレオレ詐欺の逆パターンですか。僕の祖母はとうの昔に亡くなってますよ」
 落ち着けばすぐにわかる。そんなはずはないではないか。しかし、それほどに電話の声は、亡くなった祖母に似ていたのだ。老人詐欺なんてものがこの世に存在するのか? 俺は気を鎮めて言った。
「どなたなんですか? おまちがえじゃないんでしょうか」
「そちらさまはどなたさまですか」
 かけてきたほうから先に名乗るのが礼儀だろっ、と言いたいところだったのだが、おばあさんにそんな乱暴な応対はできない。
「乾隆也と申しますが」
「乾さんでいらっしゃいますのね。よかった」
「僕に電話をかけてこられたんですか? あなたはいったい……?」
「ここはあの……」
 どこのどなたかわからない老女は、スタジオからほど近い場所を告げた。
「それはわかりましたけど……そこでなにが起きてるんですか?」
「あの、本橋さんがね……きゃっ」
「本橋? もしもし、もしもしっ」
 悲鳴ひとつ残して、電話は唐突に切れた。さきほどはたしかめもしなかった着信相手を確認してみると、本橋のケータイだ。あのおばあさんと本橋がどこでどうつながる? 本橋のケータイにかけ直してみても、呼び出し音さえ聞こえない。幸生がそばにやってきた。
「乾さん、どうかしました?」
「わけがわからない。しかし、本橋がからんでるのはたしかみたいだぞ。おばあさんの教えてくれた場所に行こう。幸生、ついてこい」
「……ついてこいって言われるんだったらついていきますけど、なにがなんだか……」
「俺にもなにがなんだかわからない。いいから行くぞ」
「はいはーい」
 すぐ近くなのだけはわかっているその場所に、幸生を連れて走っていった。
「乾さん、足、ひきずってる」
「いいんだ、そんなことはあとだ」
 都会のエアポケットでもあるかのように、人通りのない場所だ。車ばかりが行き過ぎる道路の端に、本橋がすわり込んでいた。本橋に寄り添う小柄な老婦人が、先刻の通話相手なのだろうか。
「本橋、どうした?」
「本橋さんっ」
 ふたりして駆け寄ると、本橋は顔をしかめて片手を上げた。
「よ、すまんな」
「なにがあったんだ?」
「いやぁ、あのな……こちらさんは……」
「天地と申します。携帯電話なんてものには慣れておりませんで、不調法で失礼致しました」
「はあ」
 こうなってもなにがなにやらさっぱりわからないのだが、本橋は怪我をしているらしい。天地さんが話してくれた。
「行かなくてはいけないところがありまして、このあたりでタクシーを降りたんですけど、降りはしたものの見当もつきませんで途方に暮れてうろうろしておりました。そうしましたら通りがかられた本橋さんが、お困りですか? と声をかけてくださったんです」
 彼女の行きたい場所を本橋は知っていた。それならば案内しましょう、ということになり、歩き出すと、車が天地さんをひっかけそうになった。咄嗟に彼女をかばった本橋が転倒し、どうやら足を捻挫したらしい。車は止まりもせずに走り去り、天地さんは本橋を介抱しようとしたのだが、本橋は携帯電話を取り出し、言ったのだそうだ。
「う……いて……すみません。ここに、電話をかけていただけませんか。仕事の時間が迫ってるんです。乾って、俺の友達です。なんだか目が霞んでるんですけど、乾ですよね、ここに出てる名前は」
「はい、乾隆也さんと……」
「そこにかけて下さい」
「本橋さん、大丈夫なんですか。救急車を呼んだほうがよくありません?」
「そんなに大層な怪我じゃありませんよ。それより天地さんのご用は?」
「急ぎませんから」
「そうですか、では、とにかく乾を……」
「わかりました」
 慣れない携帯電話で天地さんが俺を呼び出したのだが、話している途中にケータイが彼女の手から落ちてころがり、車に踏み潰されてぺちゃんこ、といった次第で、ようやくこの一件の意味がわかった。
「話はわかりました。本橋、足はどうなんだ?」
「さっきまではかなり痛かったんだけど、だいぶ和らいできたよ。目が霞んでる気がしたのは錯覚だったみたいだな」
「本橋さんもさぁ」
 ほーっと息を吐いて、幸生が言った。
「やっぱ乾さんを頼りにしてるんですね。乾さんの顔を見たら、痛いのさえ和らぐ。乾さん、痛いの痛いの飛んでけーってしてあげれば?」
「バカヤロ、おまえの声を聞いてると、痛いのがぶり返してくるよ」
「なんとひどい言われようでしょ。天地さん、うちのリーダーをありがとうございました」
 ぺこっと頭を下げた幸生に、天地さんも頭を下げ返した。
「お礼を言わなくてはならないのは私のほうですわ。リーダーさんでいらっしゃる? みなさんはどういった? いえ、そんな話をしている場合じゃありませんわね。本橋さん、病院に参ります?」
「病院はあとにします。ただな、ちと歩くのがつらいかと……」
 本日はカメラマンがスタジオに来てくれて、レコーディング風景撮影の予定になっている。すでに約束の時間がすぎているのに気づき、幸生が携帯電話で事情を説明しているのを聞きながら、俺は言った。
「タクシーなんてのは通らないんだな、ここらへんは」
「そのようだ。乾、肩を貸してくれ。そしたら歩ける」
「それがさ……」
「ん? そういやぁ、おまえも足が……?」
「全然たいしたことはないんだ。ドジやってくじいただけだから。ひとりでだったら走るのも大丈夫なんだけど、おまえみたいに重いのに肩を貸すと、共倒れになりかねない」
 そう言いつつも目でタクシーを探していたのだが、まるで通りがからない。
「おまえが駄目だったら……」
「あそこにひとり、男がいるよな」
「ひぇ? 俺?」
 仕事の話をすませていた幸生が、脳天から声を出した。
「俺がですかぁ。リーダーを? むむむ。骨折するかも」
「オーバーな。やれ」
 俺が命令すると、幸生はわざとらしくうなだれてうなずいた。
「はい、一、二、三、かわりばんこに足を出しましょうね。ゆっくりゆっくりね。……いて、なにすんですか、乾さーん、怪我人のくせに、リーダーが暴力ふるうよぉ」
「やかましい。黙って歩け」
「だって、本橋さんって見た目は重そうでもないのに、なんでそんなに重いんですか? 服の下に鉛のかたまりかなんか入れてません? いやがらせとか? いでで。乾さーん、また叩くぅ」
「黙れと言ってるだろ。手はなんともないんだからな、黙らないと……」
「ちぇっちぇっ、黙りますよ」
 荷物は俺が持ち、幸生は本橋に肩を貸し、本橋は片足をひきずり、俺は俺で歩きづらいのを我慢して歩き、うしろからは笑っていいのかしら、いけないのかしら、といった表情の老婦人が歩いてくる。奇妙な一行であろうが、通りすぎる車はすべて、我関せずだった。
 それでも距離は近いので、やがてスタジオにたどりついた。幸生が連絡を入れていたので、章とシゲがスタジオの外に不安顔を並べていた。俺は幸生に言った。
「おまえ、またオーバーに言ったんじゃないのか? リーダーが瀕死の重症だとかなんとか」
「言ってませんよぉ」
「とにかくご苦労、連れてくるのはシゲにすればよかったかな」
「肩にもののけが乗っかってるみたい。シゲさん、章、ぼーっと見てないで来てよっ!!」
 こちらに駆け寄ってきたシゲが、幸生から本橋を引き継いだ。なにかにつけて大げさな幸生は、はーー、やれやれと息を吐いてから言った。
「今夜は夢を見るだろな。肩に鉛怪獣かなんかが乗っかって、時々俺の腕だのなんだのを殴るんだ。感謝もしてくれずに、黙れ、やかましい、って怒るんだよな」
「幸生」
「はーい、リーダー? なにかご用でしょうか?」
「ありがとう、俺は感謝感激のあまり倒れそうだ」
「……こわっ。いえいえ、どういたしまして」
「えらいちがいだな。シゲにもたれたら大船に乗った気分になれる。幸生だと嵐の中の難破船、ってのか、木の葉の舟ってのか、そんな感じだったぜ」
「それが感謝感激してるひとの台詞ですか。リーダーったらあんまりだよぉ。こら、章、なんとか言え」
「なんとか」
「……呆れてものも言えない反応をするなっ」
「言ってんじゃん。いや、だけど、本橋さんも意外に元気そうだし、大丈夫なんですよね」
「たいしたことはない。幸生に助けられて歩いてる間がもっともやばかった」
 笑いをこらえているようにも見えれば、呆然としているようにも見える天地さんに、俺は言った。
「かえってご迷惑をおかけしましたね。天地さんは大丈夫ですか?」
「私はなんともございません。本橋さん、ありがとうございました」
 あれぇ? という女性の声が聞こえた。美里さんだ。
「おばあちゃん?」
「あらま、美里」
 走り寄ってきた美里さんと、天地さんがぴっくりまなこで見つめ合う。気分が落ち着いて改めて見てみると、天地さんは俺の祖母と外見は似ていない。だが、美里さんと語り合う声はよく似ていた。
「そうだったの。本橋さん、祖母がお世話になりました」
「いやいや、奇遇だったね」
 詳しい事情は後日にでも聞くことにして、天地さんは美里さんにまかせ、シゲが本橋に肩を貸してスタジオに向かった。ひとまず仕事が先決だった。


 数メートル先を美里さんが歩いている。カメラマン助手の仕事柄、荷物がたいへんに重そうだ。右肩には大型バッグ、左手にはもうひとつのバッグ、どちらかといえば小柄でほっそりした美里さんの肩に、大きなバッグが食い込んでいるように見える。持ちましょうか、と言ったら拒絶されるだろうか。だけど、持ってあげたい。俺は早足で歩き、美里さんに追いつくと言った。
「お荷物を持たせていただけませんか、レディ?」
「……びっくりしたぁ。乾さん?」
「乾です。先ほどはどうも」
「いえ、こちらこそ、祖母がすっかりお世話になりました」
「お世話したのは本橋ですよ。ていうか、逆にお世話になっちゃったな。荷物を持たせてくれないの? 美里さんがパワフルなのは知ってるつもりだけど、俺よりずっとちいさな女のひとが、そんなに重そうな荷物を持って歩いてると、どうしても胸が痛む。半分持ちましょう」
「ありがとうございます」
「ん? どうしたの?」
「……乾さん……」
 荷物を両方とも地面に落とし、美里さんがうしろを向いた。その肩が小刻みに震えていた。
「美里さん?」
「ごめんなさい……乾さんが優しいから……」
「なにかあった?」
「つまんないことです」
「話したくないなら無理にとは言わないけど、話してくれる気があるんだったら聞くよ。話してくれる?」
「話したい」
 落ちたバッグをふたつ拾い上げ、俺は美里さんを促した。
「その店でいいかな」
 ちょうどいい具合に、すこし先に喫茶店がある。美里さんはポケットからハンカチを取り出し、顔をぬぐってうなずいた。店の端っこの席に向かい合ってすわると、美里さんは照れ笑いを浮かべた。
「そうそう、あなたはその顔がいい。泣かないでね。こうしててあなたに泣かれると、俺が悪者扱いされるんだから」
「そうですよね」
「話してくれるの? ケーキでも食べる?」
「ああ、そういえば、晩ごはんも食べてなかったんだ」
「そうなの? おなかがすきすぎてるのかな」
「そうかも」
 紅茶をふたつとミルフィーユひとつ、とウェイトレスにオーダーすると、美里さんが尋ねた。
「乾さんは食べないの?」
「俺は甘いのは苦手でね。俺の出身は金沢なんだけど、親父が和菓子店をやってるんだ。ガキのころにいやってほど和菓子を食べさせられて食傷しちまったんだな。今ではお菓子と名のつくものは見るのも……見るのはいやじゃないよ。美里さんがおいしそうにケーキを食べてるのを見るのは楽しい」
「へええ、そうなんだ。私はケーキは大好き。時々ケーキバイキングに行くの」
「ケーキバイキングかぁ」
 想像しただけで胸焼けしそうだけど、美里さんがケーキをたくさん目の前に並べて、幸せそうにぱくばく食べる姿なら見てみたかった。
「いただきまーす」
 運ばれてきたミルフィーユをフォークで崩しながら、美里さんはぽつぽつと話しはじめた。
「先生に怒られちゃった」
 先生とは、美里さんが助手をつとめるカメラマンの田所氏である。
「おばあちゃんをタクシーに乗せて、おばあちゃんの行きたいところの説明をして、なんだかんだで手間取って、スタジオに行くのが遅くなっちゃったの。そういう事情だったんだったら仕方ないけど、仕事とプライベートを混同するな、ってね」
「じゃあ、俺たちのせいじゃないか」
「そうじゃない。私が甘えてるから」
「甘えてはいないよ」
「甘えてるの。私は修行中の身で、今はなにより仕事を優先させないといけないのに、ちょっとぐらいいいだろ、って甘えてた。先生はいつもはそんなにきびしくないし、大目に見てもらえるかな、って思ったのがいけないの」
「……それで泣いたの?」
「泣いてませんよーだ」
 顔にはあきらかに涙の跡があるのだが、泣いた、なんて言われたくないのだろう。
「美里さん、彼はいるの?」
「彼……乾さん、聞いてくれます?」
「あなたの話を聞かせてもらおうと、ここに誘ったんだよ。なんでもどうぞ」
 彼の話か。悪しき方向に向かっているようだ。
「好きなひとはいるの。片思いよ。それでもいいと思ってた。ありがちすぎて恥ずかしくなっちゃうみたいな恋なの。恋じゃなくて尊敬のはずだったのに、いつの間にか……そうやって公私混同ばかりしてるから、私は駄目なのよね」
「……もしかしてその相手って……」
「たぶん、乾さんの想像通りのひと」
 うわっち、だな、これは。
「優しくされると甘えちゃう。怒られると気分が地の底まで落ちていく。むこうにしてみたら、私は単なる弟子っていうか、助手でしょ。ほめたりけなしたり怒ったりしごいたり、たまには優しくもしてくれたり、そんなの、私を女として見てるわけじゃない。私だって仕事のときには、女だなんて忘れていないといけない。あのひとが男のひとだってことも、意識しちゃいけないの。なのに、私って駄目だなぁ」
 決定的だ。
「先生には助手は何人かいて、女は私だけなのね。よく仕事に連れていってもらえる、目をかけてもらってると思ってた。うぬぼれてるのかもしれないけど、早くからいる年上の男性助手なんかより、私のほうが優秀なんだって思いたくなったりした。それでも、仕事としてだけうぬぼれてる間はまだよかったのよ。時々、先輩に言われたりするんだ、女はいいよな、先生に取り入るための武器があるんだもんな、って」
「そういうことを言う奴にはだね……」
「乾さん、やっと口をきいてくれた。そういうことを言う奴には?」
「実力で勝負」
 大きな口を開けて笑って、ついでみたいにケーキを口に放り込む。ケーキを食べながらしゅんとする。あなたの表情がくるくる変わるのを見ているのは心地よいのに、告白する前に失恋か。最後の恋どころじゃないようだ。
「そう言ってやりたいのよ。でも、私の心は決意とは裏腹に、先生をどんどん好きになっていくの」
「先生はご結婚なさってるんじゃないの?」
「そう、そこも大問題」
 いつだったか、ミエちゃんも不倫ってやつをしていたのだった。あのころの本橋はそんなミエちゃんを気にかけてばかりいた。ん? もしかしたら……想いが漂っていきかけたのを、美里さんの声が引き戻した。
「所詮かなわぬ恋なのよ。片思いでもいいの」
 片思いなんか忘れて、俺と恋をしない? と言い出すには、美里さんの瞳の奥にあるなにかが妨げになる。言い出せなかった。
「先生、今日は機嫌がよくなかったのかな。そのあとも怒鳴られたり怒られたりばっかりで、気分がブルーになってたの。これだから女は、まで言うんだから。そんなところに乾さんが、優しく声をかけてくれたから、ふらふらーなんてね。乾さんにまで甘えちゃった。ごめんなさい」
「俺はいいんだけどね」
「よくない。甘えてたら駄目なのよ。そんなんで一人前のカメラマンになれるわけないでしょ」
「ごもっともです」
「話を聞いてもらってありがとう。それに、ごちそうさまでした。おいしいミルフィーユで元気が出たし、明日からまた心を入れ替えてがんばろーっと」
「ケーキぐらいいつでもごちそうするよ」
「また話を聞いてくれる?」
「もちろん」
 いやだとは言えっこないけど、俺はあなたとそんな話をしたいんじゃない。あなたと恋を語り合いたかった。けれども、今はあなたの心に俺が入り込む余地はなさそうだ。
 
 
2

 デートとも呼べない幾度かの逢瀬で、互いの祖母の話をしていると、いつも笑っていられた。美里さんのおばあちゃんは元気に生きていて、俺のばあちゃんは十年以上前に逝ってしまっているけれど、昔話にばあちゃんが関わってくるのは同じだ。
「ふたりともおばあちゃんっ子だったんだね」
「そのようだね。ひとりっ子のばあちゃんっ子は十文だっけか……十文安いってばあちゃんが言ってたけど、十文って現代の貨幣ではいくらぐらいになるんだろ」
「うちのおばあちゃんも言ってた。そうかぁ」
「なにがそうか?」
「乾さんって……」
 ひとりっ子なところまで俺と同じの美里さんは、くすくす笑って続けた。
「言葉遣いがどこか古風なのは、そのせいなのね」
「あなたは古風じゃないよね」
「そう? おばあちゃんによく言われたのよ。美里は女の子なんだから、あんまり粗野な言葉遣いをしてはいけません、だとかなんとか」
「俺も言われたな。隆也は男の子なんだから、しゃんとしなさい、凛々しく雄々しくたくましく、義を見てせざるは勇なきなり、って言うんだよ、ってさ」
「身体八膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは考のはじめなり、とかもでしょ?」
「言った言った。今どき、そんな言葉は若い奴は知らないよな」
「おばあちゃんのせいで、ひょこっと口から出ちゃったりするのよね。私もけっこう古風かも。そうかぁ、それで乾さんは、ピアスもしてないのね」
「俺はピアスなんてガラじゃないけど、美里さんもしてないね」
 ピアスなんて、うちでは誰もしてない。章にはロッカー時代にピアスをしていた痕跡があるのだが、いまやふさがってしまっている。
「凛々しく雄々しくたくましく、なんて男には育たなかったな、俺は」
「今どきは女だってたくましくなくちゃいけないけど、女らしさも忘れないように、っておばあちゃんは言うの。私、縛られてる部分があるかもしれない」
「……美里さん?」
「たくましくって身体つきのことばかりじゃないでしょう? 乾さんは……うまくは言えないけど、私ね……私……」
「なにかあった?」
 静かな深夜のクラブに、ピアノのモノローグが低く流れている。大人客しか訪れないクラブだ。フロアではひと組のカップルが頬を寄せて踊っていた。
「なんにもない」
「そう? 踊ってくれますか、レディ?」
「レディ、だなんて、乾さんったら……荷物を持ちましょうか、って言ってくれたときも、レディってついてたよね。女には誰にでもそう言うの? 私はレディなんかじゃないのに」
「仕事のときにはレディだなんて忘れるんだろうけど、こんな夜にはレディになるのもいいじゃないのかな? おいやですか、レディ?」
「金沢生まれってぴったりね、乾さんには」
 はぐらかそうとしてる?
「どういう意味? 田舎者だって?」
「そうじゃない。私は金沢ってよく知らないけど、古都でしょ? 小京都とかもいうんでしょ? 田舎なんかじゃないでしょう? 華やかでいながら静かな優しい街のイメージがあるの。ちがってる?」
「華やかでもないけどね」
「乾さんの声ってね、歌っててこう、ぐーっと高いところに行くと、とっても華やかなの。男性の声で華やかって変? あ、乾さん……」
「踊ろう」
 手を取って立ち上がらせ、ためらう美里さんをフロアに連れ出した。ダンスというと、まだ完全には消えていないよくない記憶があるのだが、そんなものはぶっ飛ばすためにも踊りたい。
「私、こんな格好なのに……」
「目を閉じてごらん」
 素直に、美里さんは目を閉じた。
「想像してごらん。俺はタキシードに身を包み、あなたはカクテルドレスに身を包み、今、こうしてダンスフロアにいるんだよ。甘美なピアノのメロディに乗せて、ふたりしてステップを踏む」
「目を閉じると踊れない」
「リードしてあげる。俺の胸に……こうして……」
「……あ」
 ぐっと抱き寄せると、美里さんの髪が俺の顎の先に触れた。
「乾さん……ダンスが上手なのね」
「ステージでは多少は踊ったりもするから、レッスンはしてるんだよ。いい香りがする。香水つけてる?」
「ううん」
「シャンプーの香り?」
「今夜は乾さんが誘ってくれたから、大急ぎでうちに帰ってお風呂に入ってきたの。洋服には迷ったんだけど、こんな格好でごめんなさい」
「格好なんてどうだっていいんだよ。俺はあなたの中身が……」
「乾さんって詩人なんだものね」
「作詞してるんじゃないよ、俺は」
「……乾さん……私ね、私……」
「いやなことでもあった? 俺では忘れさせてあげられない?」
 胸元がかすかに濡れていく。俺の胸にぴったりと顔を伏せた美里さんの髪に、そっとくちびるをつけ、ゆっくりステップを踏んだ。
「私は……」
「しーっ」
 顔を上げた美里さんのくちびるに、人さし指で触れた。
「そんなあなたには言えないよ」
「なにを?」
「なにを? いいから踊ろう」
「……そうね」
 こうしてあなたを抱いて、こうして同じステップを踏んでいても、あなたの心には別の誰かがいる。奪えないのか、俺には、あなたの心をそいつから奪えないのか。
「苦しい」
「え? 乾さん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
 きっとわかっているんだろう。美里さんは別の誰かを胸に住まわせたまま、俺の想いを知っていながら、俺の胸に顔をうずめて踊り続ける。好きだよ、と言ってしまえばいいのかもしれないけれど、言えない。
「どきどき、どきどきしてる」
 そりゃあそうだよ、あなたを抱きしめたくて、そうはできずに、ダンスにかこつけて抱いて、好きだ、とも言えずに踊って、心臓のリズムは正常じゃないはずだ。
「あなたの心臓の鼓動は? 触れてみたいな」
「……心臓ってここだよね」
「そこ」
「…………」
 それきり黙って踊り続けた。そうしている以外にはなにもできず、ただ切なかった。


 アルバムセールスが好調になりかけ、ようやくフォレストシンガーズが軌道に乗りかけたころだった。美里さんの先生であるカメラマンの田所氏が、我々の写真を撮ってくれることになった。美里さんが田所氏に伴われてやってくるようになったのは、半年ほど前からだ。
 最初は、元気な女の子がいるなぁ、程度の認識だった。カメラマンの助手だなんて、女の子にはさぞかし大変な仕事なんだろうな、とも思っていた。
 はじめて会話をしたのは、一ヶ月ばかり前だったか。我々のプロダクション事務所で、むこうから資料を両手いっぱいに積み重ねてよろよろ歩いてくる女の子に突き当たりそうになって、俺は思わずバック転しようとこころみたのだが、廊下が狭くてうまくいかず、ころんだ。
「うーー、大丈夫?」
「ええっ?! 乾さんこそ大丈夫ですかっ」
「俺は……平気だから……いてて、いや、平気ですよ。平気平気」
 実は腰を打っていたのだが、強がってみせると、美里、という名前も知らなかった彼女は、資料を持ったまま言った。
「ごめんなさい、前がよく見えてなかったんです。乾さんですよね? なにをしようとしたんですか」
「俺の特技なんだけど、こんなところじゃ無謀でしたね。あなたは田所さんの助手の方でしょ?」
「柏原美里と申しますっ。すみません、これを置いてきます」
「半分持ちましょうか」
「乾さんにそんなことはさせられません。私の仕事なんです」
 断固としてそう言い、彼女はよろよろと歩き去った。
 それからなんとなく意識しはじめて、彼女が田所氏のお供をしてやってくると、俺は目で彼女の姿を追うようになった。休憩時間にスタジオの外で自動販売機の缶コーヒーを飲んでいると、彼女も出てきてコーヒーをいくつもいくつも買った。その日が二度目の会話だった。
「ひとりでそんなに持てないでしょ? 持ちますよ」
 声をかけると、真剣な面持ちでコーヒーを買っていた彼女が飛び上がった。
「え? 乾さん……先日はまことに失礼しましたっ」
「こちらこそ。大変ですね。この間は山のように資料を抱えてたし、今度はコーヒーですか」
「こういうのも私の大事な仕事です」
「持ちましょうって失礼に当たるんですか。そんならせめて、コーヒーを入れる袋でも持ってこなくちゃ」
「そうでしたね」
「だからね、持ちますから」
「いいんです。ひとりで持てます」
「つまらない意地を張らなくてもいいでしょ」
「……そうかな。じゃあ、お願いします」
 ふたりで手分けして持っても手に余る数のコーヒーは、その日のスタッフ全員に渡すためのものだったらしい。
「スタッフには若い男もいるでしょうに。こんな力仕事は男がするべきだ」
「私たちの仕事に、男も女も関係ありません」
「そうですね。失礼しました」
 まったくよく表情の変わるひとだな、ぷっとふくれてみたり、にっこり笑ったり、しょぼくれてみたり、あなたの表情のすべてを、そばで見ていたい、そんな感情が恋のはじまりだったのかもしれない。
「あなたはいくつですか」
「二十八です」
「俺とひとつしかちがわないんですね。もっと若いのかと思ってた」
「……乾さん、この間、私が乾さんにぶつかりそうになったとき……」
「俺がぶつかりそうになったんでしょ」
「どっちでもいいんですけど、あのとき、なにか変なことをしようとしませんでした?」
「変なことはしませんよ。うん、じゃあ、見せてあげましょうか。コーヒーをみんなに渡してからね」
「乾さんに手伝ってもらったなんて、知られたら叱られますから、そこんところに置いていって下さい。勝手なお願いですみません」
「そう? じゃあ、裏で待ってますから。それとも、さぼってたら叱られる?」
「ちょっとだけだったらいいです」
 肩をすくめてちろりと舌を出した美里さんの表情も、それはそれは魅力的だった。しばらくすると彼女は走ってきて、俺は彼女の前でバック転を披露した。我ながら子供じみた真似だったのだが、美里さんは大喜びで拍手してくれた。
「すごーい。体操選手みたい」
「身が軽いのは俺のとりえですから」
「背は高いのにね」
「並よりやや高いだけですよ」
「……あ、大変。また見せてくださいねっ」
 いつ見てもダッシュしてるんだな。いつ見ても元気溌剌なんだな。どうやら俺、あなたを好きになりかけてるみたいだ、失恋ばっかりしてる俺だけど、今度こそ恋が実るなんてことは、あるだろうか。いつでも元気な美里さんが、時にはくちびるをかみしめて走っていったりする姿も見た。胸が締めつけられた。
 なのにあなたは、かなわぬ恋をしている。そんな恋はやめたほうがいい、と道ならぬ恋をしていたミエちゃんには言ったけど、美里さんには言えない。ミエちゃんとは長い仲の友達だけど、美里さんにとっての俺は、仕事のつきあいだけの男でしかないからか。
 それでも俺が誘うと、何度かに一度は美里さんは出てきてくれる。会うと切なくて苦しいのは承知しているのに、会えないよりはいいと思ってしまう。その夜はいつになく、美里さんはグレイッシュピンクのワンピース姿で、はじめて彼女と踊ったクラブに来てくれた。
「今日は私、怒ってるんだから」
 開口一番、美里さんはそう言った。
「なにに? 俺に?」
「乾さんじゃない」
 先生に? とは口にしたくない。
「あいつらみんな大嫌い」
「……助手仲間の先輩?」
「そう。詳しいことなんか言いたくない」
「言いたくなかったら言わなくていいよ。思い切り飲む?」
「酔っていい?」
「おー、酔ったあなたを見られるとは、嬉しいね」
「変なの」
 変じゃないんだよ。仕事の場でもプライベートな場でも、俺はあなたのいろんな表情がみたいと願い、いくつかはかなえられた。だけど、しどけなく酔ったあなたは見たことがない。少々飲んでも酔わないのか、俺の前では抑制がはたらくのか、美里さんは俺と飲んでも常に素面だ。
「酒には強いの?」
「強いほどでもないけど」
「酒豪だったりしてね。俺、負けるかも」
「乾さんは弱いの?」
「弱くもないけど」
 どうでもいいような話をしているうちに、美里さんはぐいぐい飲んだ。
「ピッチが早すぎない? 酒は楽しく飲むものだよ」
「ほっといて」
「目がすわってきた」
「たまには自棄酒飲んでもいいでしょう」
「たまにはいいけどね」
「明日は休みなんだもん」
「俺も明日は午前中は休みだよ。夜明けのコーヒー、ふたりで飲もうと、あのひとが言った恋の季節よ、ってね」
「なに、それ?」
「歌」
「歌かぁ。そうだよね、乾さんがそんなださいこと……」
「ださいかぁ。それはどうも失礼をば」
 怒っている美里さんの顔も悪くない眺めだったのだが、次第に心配になってきた。
「そろそろやめない?」
「いや」
「なにを怒ってるのか知らないけど、怒り酒は不健康だよ。帰ろう」
「ひとりで帰れば?」
「そんなわけにはいきません」
「どうして? ほっといて帰ってくれていいのよ」
「いやです」
「私は乾さんのなんでもないんだもの。責任なんか感じてくれなくていいから。帰って」
「絶対にいやだ」
「なんでよ」
「ひとりで怒り酒なんて、女のひとにさせられない」
「じゃあ、私が帰る」
「うんうん、そうしよう」
 立ち上がった美里さんについていった。振り向いた美里さんが俺をじろりと睨む。目が三角になっていて、ついてこないでよっ、と怒鳴られるのかと思ったが、みるみるその目に涙が盛り上った。
「乾さん、私……」
「送っていくよ」
「うん」
 ふらつく足取りで歩く美里さんを抱き上げて、そのまま遠くにさらっていきたかった。そんなことをしたら、この前の恋を思い出しそうで、そうじゃなくてもできっこなくて、俺は彼女の身体をささえて歩き出した。


3

 スタジオの控え室で、となりにすわって鏡とにらめっこをしている本橋に、俺は言った。
「女って謎だよなぁ、シンちゃん、そう思わないか」
 なに言ってんだ、いい年して、という顔をして、本橋は応じた。
「女なんてものは男にはわからないんだ。逆もまた真なりっていうだろ。女がわからないのは男としては当然至極。悩むな」
「しかし、お互いにわかり合おうと努力しなくちゃ」
「そんな努力は無駄だ」 
 無駄ですか。そうかもしれないな。
 なにかあったのか? と表情には出ているものの、言葉にはしない本橋から顔をそむけて、俺は昨夜のできごとを思い出す。美里さんはタクシーの中で眠ってしまい、送っていったことはあるので知っていた彼女の住まいを、ドライバーに告げた。たどりついても眠っている美里さんに、どうしようもなくなった俺は、彼女を抱いてタクシーから降り、マンションの階段を上った。
「美里さん、ついたよ、起きて」
 起きてくれない。その日は小型のバッグを持っていた彼女の荷物を探り、探し当てた鍵でドアを開け、彼女の身体をベッドに下ろした。
「じゃあね、おやすみ」
 しばらく彼女の寝顔を見ていたのだが、まさか狼になるわけにもいかず、諦めて帰ろうと立ち上がると、ふいに彼女が抱きついてきた。
「帰ったらいや」
「……美里さん」
「帰らないで、先生」
「……先生?」
 あまりな仕打ちじゃないの? 怒ったぞ、とはいえ、突き飛ばすなんて大人気ないふるまいもできず、俺は彼女の身体をそっと押しのけた。
「帰ったらいや」
「起きてるの? 寝ぼけてるの? 俺はあなたの先生じゃないよ」
「先生……」
「先生となにかあったわけ? 俺が誰だかわかってて言ってるの? あんまり俺を見くびってると、紳士の仮面はかなぐり捨てるぞ。そんなもん、俺の本性じゃないんだから」
 返事がない。言ってて虚しくなってきたので、俺は玄関へと歩き出した。入るときに乱雑に脱ぎ捨てた靴をそろえてはこうとしながら振り返ると、ベッドサイドのともしびの中、美里さんの目が光っていた。
「起きてる?」
「あれから私……先生と一線を越えてしまった」
 一線を越えた、か、そういう台詞も今どきの若い女性じゃない。ばあちゃん、やっぱり美里さんは俺と同類みたいだよ、祖母に話しかけてから、俺は玄関にすわったままで、美里さんの言葉に耳をかたむけた。
「今日、私が怒ってたのは、先輩たちに腹を立ててたのもあるの。だけど、それ以上に先生だった」
「奥さんとは別れて、きみといっしょになる、とでも言われたの? そんなの男の常套句だろ」
「ちがうの。はっきり言っておく、おまえとは遊びだ、だって」
「あなたはそれでもいいの?」
「いいつもりだったけど……わからなくなった」
「馬鹿だよ、きみは」
「……そう、だね」
「わかってたんだろ。俺がどうしてきみとデートしたがったのか。あんなものはデートにもなってなかったけど、きみと会ってると楽しかったよ。きみが好きだったからだ。きみがあんな奴を忘れて、俺の恋人になってくれたら……なんて、妄想を抱いてたよ。妄想にすぎなかった、やっと眼が覚めた」
「嫌いになった?」
「ああ、大嫌いだ」
「そう、だよね」
「さよなら」
 そのまま部屋を飛び出した。引き返して美里さんを抱きしめて、大嫌いだなんて嘘だ、そんな奴は忘れろ、俺と恋をしよう、と言えたら……不倫なんて不潔だ、とでも俺は思っているのか? 本橋は、不倫なんてものは許せない、の主義であるらしいが、それが過去であり、過去とはすっぱり訣別してくれるのならば、こだわるつもりはない。
 けれど、美里さんにとっては現在進行形の恋なのだ。やっぱりどうしたって、俺の入り込む余地はない。まったく、なにが最後の恋だ。こんな結末になるんだったら、きみとは出会いたくなかったよ。嘆いても後悔しても、なんの意味もない想いに支配されて、俺は呟くしかない。女ってわからない。女は謎だ。

「You can dance-every dance with the guy
 Who gives you the eye, let him hold you tight
 You can smile-every smile for the man
 Who held your hand neath the pale moon light
 But don't forget who's takin' you home
 And in whose arms you're gonna be
 So darlin' save the last dance for me 」

 せめてあなたにこの歌を捧げよう。「ラストダンスは僕に」だ。日本語訳では「ラストダンスは私に」となっていて女の歌だが、原語では男の歌。せめてあなたと頭の中で、ラストダンスを踊ろう。
 もしも引き返して美里さんに言えたら、事態はどう展開したのだろう。出ていって、帰って、だったのかな。仕事をすませて自宅に帰っても、もやもやが消えない。俺は部屋を出て本橋のマンションへと足を向けた。マンションの外で待っていると、なぜか彼もご機嫌うるわしくない表情で帰ってきた。
「……お帰り」
「なんだなんだ、暗い顔して」
「俺の顔はもともとこんなだよ。本橋、飲もう」
「俺は兄貴たちと飲んできたんだけど、つきあってやるよ」
 自棄酒ではなくて自棄喧嘩になりかねなかったその夜だったのだが、なんとか無事におさまり、女も男も、人間なんてのは謎だらけの生きものなんだと無理やり結論づけて、帰って眠った。
 おそらくは二度と会うこともないひと。彼女は……寝苦しい夜の中で、輾転反側しているうちに夢を見た。いつか見た夢と似た夢……彼女は俺の未来のひと? 彼女ではなかったのか。別の女だったのか。
 別の女なんていらない、俺はあなたがほしい、夢の中でさえも、口から出したはずの声が言葉にならず、霧にまぎれて途切れて消えていった。

END
 

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NoTitle

オレオレ詐欺の逆パターン(笑!
面白い!!乾くんの口からっていうのがイイ!!
おばあちゃん大好きな乾くんらしい!

私はほとんど一緒に暮らしたことがないので、
おじいちゃんおばあちゃんの隣に居るのはちょっと緊張したのを覚えています。

しかしなんですね、乾くん、貧乏クジが多い気が…好きになった相手が不倫してるなんて辛すぎる。
ヤケ酒しかないですね。
いっそ紳士の仮面がはがれてもいいのでは?と思ってしまいました。
そんな展開もいいかも…んんんっ!でも乾くんにはやっぱり紳士が似合う!


あ、依然コメントの上部が空白だったことがありましたが、
あれに意味はありません・・・・・スミマセン。
どうやらenterをいっぱい押しているのに気付かなかったみたいです。

ハルさんへ

空白の件、なんでもなかったのですね。
私の考えすぎでした(^^

私は子どものころはずっと、祖父母と同居していました。
私の祖母は狷介なおばばって感じでしたから、乾くんのおばあちゃんとはちがうんですけど、乾くんはいかにもおばあちゃんっ子ですよね。俺は古いって自覚もありますし。

章も惚れっぽくてふられっぽいんですけど、章とはちょっと種類がちがったふうに、乾くんも実らぬ恋ばかりしてますよね。
恋が結実するって……どんなふうになるのが恋の成就なんだろう、って悩んで、シンちゃんとシゲでひとつの結論を出し、他にもあるよなぁ、というふうに、乾くんがそっちの役になっているのかもしれません。

私は「結婚に至らない恋の成就」ってのを書きたいと考えているんですけど、そしたらそれはなに? の答えが出ないものでして。
これからも乾くん他の独身者に追及していってもらいたいと思っています。

いつもありがとうございます。
これからも彼らを見守ってやって下さいね。
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