ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「真」物語「真っ白」

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フォレストシンガーズ

色物語

「真っ白」

 サインサイン、と広大が騒いでいる。ママの恭子が広大の相手をして、でもねぇ、だけどねぇ、パパはねぇ、などと言っているので、俺に関係ある話なのかと尋ねてみた。

「シゲちゃん、テンムスって知ってる?」
「知ってるよ。天ぷらの入ったおにぎりだろ。あれ、うまいんだ。言われたら食いたくなってきたな。今夜は早く帰れるから、エビの天むすを作ってくれよ」
「その天むすじゃなくて……」

 はて? エビ天むすではないのだったら、肉天か鳥天か、イカの天むすもうまいかもしれない。朝食がすんだばかりなのに食欲が湧いてきた。

「テンちゃんとムーちゃんとスーちゃんだよ」
「スー? スーって章のモトカノか」
「ええっ?! 木村さん、スーちゃんとつきあってたの? いつ?」
「俺たちがデビューする前だな」
「それって……ええ? 木村さんってロリコン?」

 話が噛み合わない。広大は、テンちゃん、ムーちゃん、スーちゃん、サイン、ばかりを繰り返していて、意味不明だ。天むすのサインがほしいのか。それは無理だろう。

「ごめん、時間がないから行くよ。話は帰ってからな」
「パパ行ってらっしゃーい。広大もバイバイしなきゃ」
「サイン……ママ、嘘つき」

 三歳児の言うことは、母親にだったらわかっても父親には時に理解不能だ。俺はサラリーマンパパよりも息子との触れ合いが少ないせいかと、ちくっと胸が痛む。
 胸が痛くても仕事に遅刻するわけにはいかなくて、車に乗ってスタジオを目指した。珍しく今日は章が先に来ていて、思い当ったことがあったので質問してみた。

「まさかテンムスってアイドルグループなんて、いないよな?」
「シゲさん、知らないの? 最近子どもに人気だよ。シゲさんだったら子持ちだから知ってるかと思ってた」
「テン、ムー、スー?」
「知ってるんじゃん」
「そのスーって……」

 激しくいやな顔をして、章が吐き捨てた。

「関係ねぇっての」
「そりゃそうか」

 スタジオにあったパソコンを起動して、章がネットでテンムスの写真を見せてくれた。十代の可愛い女の子が三人、テン、ムー、スーの愛称だけを名乗っている彼女たちは、名古屋出身のアイドルグループだそうだ。
 三十代半ばのオヤジには、三人の区別がつかないが、広大はこの子たちのサインをほしがっていたのか。三歳児でも今どきは、時おりなにかに夢中になってマイブームになる。

 本橋さんの影響もあって、広大は基本的には宇宙と怪獣とウルトラマンが好きだ。本橋さんに連れられてウルトラマンの映画を見せてもらってからは、シュワッチが食べたいと言うようになって、恭子が工夫してしゅわしゅわのお菓子を作ってやっていた。

 アニメも宇宙ものやヒーローものが好きで、広大、おまえは実は本橋さんの子だろ、と章が言ってみんなに怒られていたが、そんなジョークはどうでもいいのだ。

 今回は珍しくアイドルにはまったか。三歳で美少女好きってのは幸生の影響だろうか。章は大人の女がいいと言って、ガキなんて、けっ!! だそうだが、綺麗な女の子は好きに決まっている。本橋さんだって乾さんだって美人は好きなはず。美江子さんも美人だし。

 かく言う俺も面食いだと言われるが、妻は恭子で……いやいや、いや、恭子は美人だ。
 それはともかく、スーちゃんとはこの子か。若かりし日の章が熱愛をささげていて、いまだ多少はひきずっているらしき相手と同名なのもあって、俺はテンムスのスーちゃんに注目した。

 丸顔の愛らしい笑顔の子だ。章のスーちゃんはほっそり華奢で、きつめの美人だったから、娘ってこともないのだろう。そういえば俺はスーちゃんの苗字は知らない。本名も知らない。あのスーとは無関係の現代アイドル、スー。

 大学を一年で中退した章は、ガールズロックバンドのヴォーカリストになってロックスターを夢見ていた。その間に本橋、乾、小笠原、三沢、本庄のフォレストシンガーズが結成され、章とは別の音楽の道を歩いていた。
 ロックバンドはじきに解散してしまったが、章はメンバーのひとりだったスーちゃんと恋人同士になる。そのころにはフォレストシンガーズからは小笠原のヒデが脱退して、新メンバーを探していた。

 幸生が再会した章を連れてきて、フォレストシンガーズに引っ張り込み、章はスーちゃんと喧嘩ばかりして別れてしまい、フォレストシンガーズがプロになり……怒涛の青春だったなぁ、と俺はなつかしくあのころを思い出す。

 そのころには幼稚園に通っていた程度の年ごろであろう、美少女アイドル。昨今はアイドルといえば団体さんが多い。

「広大がテンムスのサインをほしいって? 三歳のガキんちょがねぇ、ませてるんだね」
「ませてるのかな。俺はテンムスなんて知りもしなかったけど、章は会ったことあるか?」
「ないな」
「ないよな」

 アイドルと我々は土俵がちがうというのか。テレビに出る機会の少ない我々は、アイドルと出会う場もない。だからこそ恭子が、パパはあのお姉さんたちとは一緒に仕事はしないから、とでも広大に言い聞かせていたのかもしれない。

「男のアイドルにだったら知り合いはいるよ。あいつらは女の子アイドルと共演するんじゃないかな。ああ、そういえばカズヤが、テンムスの誰かとドラマで共演するって言ってたな」

 ネットを駆使して、章がそのドラマについて調べてくれる。相川カズヤとは二十歳そこそこのアイドルシンガーで、美江子さんが彼の歌が好き、声が好きと言い出した。
 奇遇とでもいうのか、カズヤのほうはフォレストシンガーズのファンだと言ってくれて、美江子さんとも交流しているらしい。僕はフォレストシンガーズおたくなんですよ、などと言うカズヤには、俺も好感は持っている。フォレストシンガーズのファンに悪い人間はいないのだから。

「これこれ。今度の新番組で、カズヤが主役だな。二十一だとぎりぎり高校生の役もやれるんだよな。カズヤはやたらにたくさんの兄弟のいる長男って設定で、スーが妹のひとりの役みたいだよ」

 なんか言いにくいな、スーかぁ、と複雑な表情になりながらも、章が教えてくれた。俺はカズヤくんとはあまり話をしたこともないが、知らない相手でもない。カズヤくんも、シゲさんっていい声ですねぇ、かっこいいよなぁ、などと言ってくれるのだから、俺にも悪感情は抱いてはいないはずだ。

 だったらかまわないよな、ということで、仕事の合間の空き時間に、テレビドラマ収録スタジオを訪ねた。部外者立ち入り禁止だと言われないかと危ぶんでいたのだが、守衛さんはフォレストシンガーズを知っていて、快く通してくれた。

 青春ドラマの撮影だから、出演者たちもたいへんに若い。テレビで見たことのある顔があちこちにいるが、俺は彼や彼女の名前までは知らない。その中にひとり、名前と顔が一致する女性を発見した。

「……シゲさんもドラマに出るんですか」
「いや、出ませんよ。相川カズヤくんに用事があったんだけど……」

 年下の女の子に丁寧語を使わなくていいと言われるのだが、親しくもない相手だとですますになってしまう。彼女はフォレストシンガーズをモデルにした深夜ドラマ「歌の森」で山田美江子を演じている阿久津ユカさん。俺とは顔見知り程度だった。

「カズヤくんは今日は遅くなるんですって。彼の出ないシーンを先に撮るって話ですよ。スターさんは忙しいからしようがないですよね」
「そうですか。阿久津さんはなんの役でした?」
「主人公の高校の教師のひとりです。国語教師っていう役名の、台詞もない役。職員室のシーンにちらっと映るだけだから、カズヤくんから見たらエキストラみたいなものでしょうね。カズヤくんにご用っていうのはなんなんですか」

 考えてみればこの現場には、スーちゃんもいるはずだ。しかし、一面識もない彼女にいきなり、サインして下さいとは言いにくい。どうするべきかと考えていたら、ユカさんが言った。

「私はもう今日の出番はおしまいなんですよ。シゲさん、ランチに行きません?」
「俺は夜から仕事なんですけど、それまででよかったら」
「もちろんです。ごちそうさせて下さいね」
「とんでもない。俺が出しますよ」
「私が誘ったんですから」

 いきなりテンムスのスーちゃんの名前を出すと、ユカさんに怪しまれそうな気がする。ランチをしたためながらだと息子の話もできて、スーちゃんのサインに持っていけそうなのもあって、つきあうことにした。

 すらりと背の高い綺麗なひとだ。こんなに綺麗でもユカさんは売れないらしい。フォレストシンガーズだって長く売れなかった。ユカさんにも我々にも実力はあるはずだが、それだけで人気者になれる世界ではないのは、役者もシンガーも同じだ。

 スタジオが近いから、俳優さんもよく顔を出すという洋食レストラン。ユカさんと向き合ってすわり、オーダーする。シゲさんってよく食べるんですってね、と言われて頭をかいた。

「そのわりには太らないんですね」
「ジョギングもしてますから。うちの妻はテニス選手でして、最近はふたりで走るときに、俺が長男をおんぶして、妻が次男をおんぶして、なんていう負荷をかけたりもしてるんですよ」
「あ、シゲさん、子どもさんがいらっしゃるんだ」

 知らなかった、独身かと思ってた、とユカさんは呟き、顔を上げて微笑んだ。

「なーんだ、シゲさんが独身だったら、立候補しちゃおうと思ってたのに」
「いや、冗談を……」

 こんなことを言われた経験も乏しいのだから、スマートな切り返しの方法など知るわけがない。本橋さんや乾さんだったらなんと応じるのだろう。幸生や章だと独身だから、いいよ、つきあおうか、と軽く返すのだろうか。俺だって独身だったとしたら、ユカさんとだったら……というよりも、俺には美人すぎる気がするが。

 おりよくランチが運ばれてきた。俺のはフライランチで、ユカさんのはこじんまりしたランチプレート。うまく反応できないので、いただきますと手を合わせて食べ始めることにした。

「本橋さんと奥さんって、仲良しなんですよね」
「美江子さんと、ですよね?」
「ええ。シゲさんの奥さんとじゃないですよ」
「美江子さんと本橋さんは……そりゃあもちろん」

 なにが言いたいのだ、このひとは。仲良しではない夫婦も世間にはいるだろうが、一般的には仲良しだろう。それに、もしも本橋さん夫婦が仲良くなかったとしても、俺はユカさんに正直には言わない。それにそれに、本橋さんたちが仲良くなかったとしたら、ユカさんになにか関係があるのか。

「あーあ、いいな。私も結婚したいな」
「ユカさんは若いんでしょ」
「二十五です。女優としても微妙だし、女としてもね……こんな中途半端な美人じゃなくて、いっそスズちゃんみたいな顔だったほうがインパクトあったかな、だとか、いくらなんでもあそこまで堕ちたくないな、とかね。そうそう、私の出てるCM、見てくれてます?」

 スズちゃんとは心当たりのない名前だ。CMにも心当たりがないので首をかしげていると、ユカさんはため息をついた。俺たちも売れないころには、こんな感じだった。知らなくても知っているふりをすべきだったか。

 その後もユカさんはろくに食べずに、ひとりで喋っていた。CMで共演したイケメン俳優がかっこよくて、誘われたんだけど、結婚するつもりだったらね、と言ってやったら逃げた、だとか。
 今回のドラマは若い子ばっかりで生意気で、おばさん、どいてよ、と言われた、だとか。

 仕事の話が半分、あとは、あーあ、結婚したいな、あーあ、奥さんっていいな、とぼやく。奥さんとは誰のことを言っているのか、ユカさんの話はあっちに飛んだり戻ってきたりするので、俺にはついていきにくいのだった。

「今度は夜に、飲みにいきません?」
「あ、ああ、そうですね。大勢でわーっと行きましょうか」
「大勢なんてつまんない。シゲさんとふたりがいいな」
「……いや、それは……俺とふたりでもつまらないでしょうに」

 だってね、と呟いて俺を見るユカさんの瞳に涙が溜まっている。俺は我知らずどきっとした。

「好きなひとにも奥さんがいて、振り向いてももらえないの。遊びで声をかけてくる男だの、身体だけがほしい男だのには不自由していないけど、私とまともにつきあおうって男はいないんですよ。ひとりいなくもないんだけど、私の好みじゃないんだもの」

 想うひとには想われず、想わぬひとに想われて。世の常であるらしい。
 もっとも俺の場合は、想わぬひとにも想われなかったが、最後に想った恭子も想ってくれて結婚したのだから、実はユカさんよりも恵まれているのかもしれない。

 しかし、居心地がよくない。これだったらカズヤくんとランチに来たほうがよかったな、天むすからはじまって、なんで俺はユカさんのぼやきを聞いてるんだろ。聞くだけでいいんだったら聞かせてもらうけど、席を立つタイミングがはかりづらくてもじもじしてしまっていた。

「どうせ好きなひとには相手にしてもらえないんだったら、シゲさんのほうがいいかな」
「へ?」
「もっと言わないとわかりません?」

 へ、へへへ、へ? 好きなひとって誰だ? 俺じゃないよな。アホか、シゲ。好きなひとに相手にしてもらえないから、シゲさんでいいと言ってるじゃないか。
 それって……どういう意味だ? こういう意味か? 頭の中が真っ白になった。

「あ、あの、すみません、仕事の時間が近づいてますんで……」
「先に出て下さい。私は暇だからここにいます」
「そ、そうですか。じゃあ、えと……」

 伝票をつかんで立ち上がり、レジに向かう俺の背中に、いつでも待ってますよ、との囁き声が聞こえた。意味がもうひとつわからないが、帰ったら恭子に相談するべきか。妻に相談する筋の話ではないのか? 頭を整理して考えてみなくては。

END







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