ショートストーリィ(FSいろは物語)
いろはの「ゑ」
フォレストシンガーズ
「ゑひ(酔い)もせず」
取材のために高知に行くという三津葉に同行して、俺の故郷にやってきたのだから、こうなることは想像外ではなかった。
「ヒデさんのご両親に会いたい」
「……うん」
わかっていたのに逃げようとしていたら、はっきり言われてしまった。
アニメになった作品もある、その業界では有名な漫画家の蜜魅、本名は小山田三津葉と知り合って、幸せなことに相思相愛になれた。彼女は東京、俺は神戸在住なので同居するには壁がいくつもあるものの、一応はプロポーズして了解してもらっている。
漫画家だなんて人種が婚約者だとは……バツイチ、子はもと妻のところに残して、人生で何度も逃げてばかりいた俺が、こんなに可愛い若い女と婚約できたなんて、なにかのまちがいじゃないんだろうか。
それというのもフォレストシンガーズ関係者の末席あたりにはいるせいだ。彼らと再会して仲間扱いしてもらえるようになってから、俺の人生は上向いてきた。電気屋の仕事がメインなのは言うまでもないが、作曲の仕事もするようになって、フォレストシンガーズ以外の誰彼から依頼ももらえるようになった。
「ヒデさんって曲を作ってCDにもなってるんやぞ」
「へぇぇ、すごーい。今度、僕にも歌を作って」
「なんの歌や」
「創始のテーマ」
「それやったら俺も、新之助のバラードとか作ってほしいな」
大学生の高畑新之助、小学生の日野創始。若い友達である彼らは俺をからかって笑っているが、ヒデさんってすげえんやな、と言われる機会もできて、こそばゆいような面映ゆいような今日このごろ。
まるっきり自信のなかった俺も、そのおかげで自分を取り戻した。うぬぼれてはいけないと戒めてはいるが、三津葉と婚約できたのも、一時期の自暴自棄ヒデから脱することができたからこそだ。三津葉と高知に来て、桂浜から親の家へと向かって歩き出した。
「連絡しないの?」
「したらむこうも身構えるだろうから、いきなり行くんだ」
「留守だったらどうするの?」
「そしたら諦める」
「しようがないな」
いい香りの髪が俺の肩のあたりで揺れている。細身で小柄でセンスが良くて、ナチュラルメイクが綺麗な顔を引き立てている、年だって俺よりも十歳近くも年下で、収入もいい。そんな女がなんで俺なんかと結婚するんだ? 弱気の虫が顔を出したがるのを押し込めて、実家の戸口の前に立った。
一度目の結婚が決まったときに報告に来て以来だから、ここに立つのは約十年ぶりだ。家族は結婚式には参列したが、モトツマとはろくに会ってもいない。俺は婿養子ではなかったのだが、マスオさんのようなものだったから、妻の家族とばかり親密な結婚生活だった。
あれから妹は結婚して福岡に行ったから、弟と父と母が暮らす家、高知の古ぼけた民家だ。
電話もせずにいきなり訪ねたウィークディの夕方、留守だったらいいな、と考えている俺の耳に、母の声が聞こえてきた。
「はーい」
「……俺」
「ヒデさん、オレオレ詐欺じゃないんだから」
「三津葉も言うことが古いな」
「古くないでしょ」
玄関の引き戸が薄く開いて、母が顔を出した。
「……英彦……」
「おっす」
「おっすやないぞねっ!!」
「あっ、あの、はじめまして。わたくしは……」
目をそらしてしまった俺を、母が強く見つめる。三津葉が横から口を出して、本来は俺がするべき、彼女自身の紹介をした。母はびっくり大慌て。弟や妹から、俺に恋人がいるとは聞いていたのかもしれない。いや、妹も弟もよけいなことは言わなくて、母は知らなかったのかもしれない。
まあまあ、そうそう、入って、早う早う入って。なんにもないけど……晩ごはん食べていくがやろね、えーと、あれがあったきに、早う入って、さあさ、すわって。
などなどと母は慌てふためき、お茶だお菓子だ夕食だ、買い物に行こうか、などと騒いでいる。三津葉は神妙な顔をしていて、俺は壁にかかった「小笠原美咲殿」と妹の名前の入った、小学生読書感想文コンクールの表彰状を眺めていた。
ほどなく父も帰宅し、母は食事の支度に大わらわになった。母は台所に逃げていっているふしもあるので、手伝うべき? とこっそり尋ねる三津葉にかぶりを振った。
「しっかりやっとるんやな」
「……やっとるよ」
「三津葉さん、英彦をよろしゅうに」
「よろしゅうお願いするがで」
両親にそろって頭を下げられ、三津葉が深くお辞儀をする。そこからは父が土佐銘酒の一升瓶を抱えてき、母の手料理で酒盛りになった。
息子の過去を両親はよくは知らない。英彦は離婚して行方不明になり、三十過ぎて神戸に住み着いて、弟や妹とは連絡も取るようになった。母とは電話でちらほら話したが、父とは口をきくのも十年ぶりくらいだ。三十代半ばの息子と、六十代になった父には、こうして向き合っても喋ることもない。
ただ、酒を飲む。母も特になにも言わず酒を飲む。三津葉も飲む。今夜は弟は遅くなるらしいが、いてくれたほうがいいような、いると鋼も困るんじゃないかというような気分だった。
料理をつまみ、酒を飲む。そもそも俺は酒には強いから、なかなか酔ったりもしない。今夜はここに泊まってけと言われるんだろうか。断るのに苦労しそうだけど、三津葉のためにはホテルに泊まるとちゃんと言わなくちゃ。
そんなことばかり考えて、まるで酔わない酒なのだった。
END
「ゑひ(酔い)もせず」
取材のために高知に行くという三津葉に同行して、俺の故郷にやってきたのだから、こうなることは想像外ではなかった。
「ヒデさんのご両親に会いたい」
「……うん」
わかっていたのに逃げようとしていたら、はっきり言われてしまった。
アニメになった作品もある、その業界では有名な漫画家の蜜魅、本名は小山田三津葉と知り合って、幸せなことに相思相愛になれた。彼女は東京、俺は神戸在住なので同居するには壁がいくつもあるものの、一応はプロポーズして了解してもらっている。
漫画家だなんて人種が婚約者だとは……バツイチ、子はもと妻のところに残して、人生で何度も逃げてばかりいた俺が、こんなに可愛い若い女と婚約できたなんて、なにかのまちがいじゃないんだろうか。
それというのもフォレストシンガーズ関係者の末席あたりにはいるせいだ。彼らと再会して仲間扱いしてもらえるようになってから、俺の人生は上向いてきた。電気屋の仕事がメインなのは言うまでもないが、作曲の仕事もするようになって、フォレストシンガーズ以外の誰彼から依頼ももらえるようになった。
「ヒデさんって曲を作ってCDにもなってるんやぞ」
「へぇぇ、すごーい。今度、僕にも歌を作って」
「なんの歌や」
「創始のテーマ」
「それやったら俺も、新之助のバラードとか作ってほしいな」
大学生の高畑新之助、小学生の日野創始。若い友達である彼らは俺をからかって笑っているが、ヒデさんってすげえんやな、と言われる機会もできて、こそばゆいような面映ゆいような今日このごろ。
まるっきり自信のなかった俺も、そのおかげで自分を取り戻した。うぬぼれてはいけないと戒めてはいるが、三津葉と婚約できたのも、一時期の自暴自棄ヒデから脱することができたからこそだ。三津葉と高知に来て、桂浜から親の家へと向かって歩き出した。
「連絡しないの?」
「したらむこうも身構えるだろうから、いきなり行くんだ」
「留守だったらどうするの?」
「そしたら諦める」
「しようがないな」
いい香りの髪が俺の肩のあたりで揺れている。細身で小柄でセンスが良くて、ナチュラルメイクが綺麗な顔を引き立てている、年だって俺よりも十歳近くも年下で、収入もいい。そんな女がなんで俺なんかと結婚するんだ? 弱気の虫が顔を出したがるのを押し込めて、実家の戸口の前に立った。
一度目の結婚が決まったときに報告に来て以来だから、ここに立つのは約十年ぶりだ。家族は結婚式には参列したが、モトツマとはろくに会ってもいない。俺は婿養子ではなかったのだが、マスオさんのようなものだったから、妻の家族とばかり親密な結婚生活だった。
あれから妹は結婚して福岡に行ったから、弟と父と母が暮らす家、高知の古ぼけた民家だ。
電話もせずにいきなり訪ねたウィークディの夕方、留守だったらいいな、と考えている俺の耳に、母の声が聞こえてきた。
「はーい」
「……俺」
「ヒデさん、オレオレ詐欺じゃないんだから」
「三津葉も言うことが古いな」
「古くないでしょ」
玄関の引き戸が薄く開いて、母が顔を出した。
「……英彦……」
「おっす」
「おっすやないぞねっ!!」
「あっ、あの、はじめまして。わたくしは……」
目をそらしてしまった俺を、母が強く見つめる。三津葉が横から口を出して、本来は俺がするべき、彼女自身の紹介をした。母はびっくり大慌て。弟や妹から、俺に恋人がいるとは聞いていたのかもしれない。いや、妹も弟もよけいなことは言わなくて、母は知らなかったのかもしれない。
まあまあ、そうそう、入って、早う早う入って。なんにもないけど……晩ごはん食べていくがやろね、えーと、あれがあったきに、早う入って、さあさ、すわって。
などなどと母は慌てふためき、お茶だお菓子だ夕食だ、買い物に行こうか、などと騒いでいる。三津葉は神妙な顔をしていて、俺は壁にかかった「小笠原美咲殿」と妹の名前の入った、小学生読書感想文コンクールの表彰状を眺めていた。
ほどなく父も帰宅し、母は食事の支度に大わらわになった。母は台所に逃げていっているふしもあるので、手伝うべき? とこっそり尋ねる三津葉にかぶりを振った。
「しっかりやっとるんやな」
「……やっとるよ」
「三津葉さん、英彦をよろしゅうに」
「よろしゅうお願いするがで」
両親にそろって頭を下げられ、三津葉が深くお辞儀をする。そこからは父が土佐銘酒の一升瓶を抱えてき、母の手料理で酒盛りになった。
息子の過去を両親はよくは知らない。英彦は離婚して行方不明になり、三十過ぎて神戸に住み着いて、弟や妹とは連絡も取るようになった。母とは電話でちらほら話したが、父とは口をきくのも十年ぶりくらいだ。三十代半ばの息子と、六十代になった父には、こうして向き合っても喋ることもない。
ただ、酒を飲む。母も特になにも言わず酒を飲む。三津葉も飲む。今夜は弟は遅くなるらしいが、いてくれたほうがいいような、いると鋼も困るんじゃないかというような気分だった。
料理をつまみ、酒を飲む。そもそも俺は酒には強いから、なかなか酔ったりもしない。今夜はここに泊まってけと言われるんだろうか。断るのに苦労しそうだけど、三津葉のためにはホテルに泊まるとちゃんと言わなくちゃ。
そんなことばかり考えて、まるで酔わない酒なのだった。
END
スポンサーサイト
もくじ
内容紹介

もくじ
いただきました

もくじ
forestsingers

もくじ
novel

もくじ
番外編

もくじ
グラブダブドリブ

もくじ
ショートストーリィ

もくじ
ショートストーリィ(雪の降る森)

もくじ
キャラクターしりとり小説

もくじ
ショートストーリィ(花物語)

もくじ
企画もの

もくじ
お遊び篇

もくじ
連載小説1

もくじ
リクエスト小説

もくじ
BL小説家シリーズ

もくじ
時代もの

もくじ
別小説

もくじ
リレー

もくじ
共作

もくじ
未分類

~ Comment ~
limeさんへ
……ヒデ、ああ、でも、そうですよねぇ……。
びっくりしていただけるのも、ヒデをよく知って下さっているからですものね。ありがとうございます(^^)/
三津葉はまんがおたく人生まっしぐらに驀進していましたので、二十代半ばにして恋愛経験ゼロだったのですよ。
彼女はフォレストシンガーズのファンで、あるときヒデのブログを読んで興味を持ち、彼女のほうからヒデに接触してきました。
ヒデはまあ、ルックスはいいほうですし、男らしい男が好きな女から見たらかっこいいほうなのかなぁ、と。
フォレストシンガーズストーリィは時を止めていますので、後日談はないのですが、前日談はたくさんあります。
近いうちにヒデと三津葉のラヴストーリィを短くまとめてみますので、また読んでやって下さいませね。
びっくりしていただけるのも、ヒデをよく知って下さっているからですものね。ありがとうございます(^^)/
三津葉はまんがおたく人生まっしぐらに驀進していましたので、二十代半ばにして恋愛経験ゼロだったのですよ。
彼女はフォレストシンガーズのファンで、あるときヒデのブログを読んで興味を持ち、彼女のほうからヒデに接触してきました。
ヒデはまあ、ルックスはいいほうですし、男らしい男が好きな女から見たらかっこいいほうなのかなぁ、と。
フォレストシンガーズストーリィは時を止めていますので、後日談はないのですが、前日談はたくさんあります。
近いうちにヒデと三津葉のラヴストーリィを短くまとめてみますので、また読んでやって下さいませね。
あかねさんへ!!♪
おはようございます!
記事に関係ない話で恐縮です。汗)
虎の季節が来たようでほっとしています。!
漸く勝ち運が来たのか、それにしても打てませんですねー。
今年はストライクゾーンが広くなったように思いますが、審判団は同じといいますねー。渇」昨日の福留の最後のボールもどちらでも良いタマでしたねー。汗」では頑張ってくださいねー。!
記事に関係ない話で恐縮です。汗)
虎の季節が来たようでほっとしています。!
漸く勝ち運が来たのか、それにしても打てませんですねー。
今年はストライクゾーンが広くなったように思いますが、審判団は同じといいますねー。渇」昨日の福留の最後のボールもどちらでも良いタマでしたねー。汗」では頑張ってくださいねー。!
荒野鷹虎さんへ
前にも書きましたけど、野球のお話のできる方はあまりいらっしゃいませんし、どこにでもコメントいただけるのはとっても嬉しいです。ありがとうございます。
打てなくても勝てたらいいんですけど、私はネガティヴ心配性で、ペナントレースの最初のころを思い出してしまいます。
三連勝はしたものの……でしたし。
完封した試合の次はボロボロになるピッチャーが、阪神には何人もいますし。
マートンなんかはそのストライクゾーンの影響をかなり受けてるみたいですよね。選球眼のいい選手ほど顕著だとか。
福留さんのあのボール……なんだか楽天のピッチャーが気の毒でした。とかいって、喜んでるんですけどね、阪神ファンですから(^_-)-☆
打てなくても勝てたらいいんですけど、私はネガティヴ心配性で、ペナントレースの最初のころを思い出してしまいます。
三連勝はしたものの……でしたし。
完封した試合の次はボロボロになるピッチャーが、阪神には何人もいますし。
マートンなんかはそのストライクゾーンの影響をかなり受けてるみたいですよね。選球眼のいい選手ほど顕著だとか。
福留さんのあのボール……なんだか楽天のピッチャーが気の毒でした。とかいって、喜んでるんですけどね、阪神ファンですから(^_-)-☆
NoTitle
最近は酒に酔うようになったじぇ。。。
年齢を重ねると弱くなるものですね。
下戸ではないですが・・・最近は飲む量も考えます。
そこまで考えて~~大人!!
・・・と思いたい。
年齢を重ねると弱くなるものですね。
下戸ではないですが・・・最近は飲む量も考えます。
そこまで考えて~~大人!!
・・・と思いたい。
LandMさんへ
いつもありがとうございます。
ということは、昔は酔わなかったのですか?
無茶ができるのは若さの特権。
やっぱり年を取ってくるとなにかとね……しようがないですよね。
ミュージシャンが若死にする傾向大なのは、若いころの無茶苦茶の度が過ぎたから、ってのもあるんじゃないかと思いますから、ほどほどがいいですよね。
ということは、昔は酔わなかったのですか?
無茶ができるのは若さの特権。
やっぱり年を取ってくるとなにかとね……しようがないですよね。
ミュージシャンが若死にする傾向大なのは、若いころの無茶苦茶の度が過ぎたから、ってのもあるんじゃないかと思いますから、ほどほどがいいですよね。
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
ええ!
若くてかわいい漫画家さん? いったいどこが良くて・・・あ、いやいや、失礼><
でもヒデさん自身が不思議がってるくらいですもんね。
フォレストのおかげ?とか思ってるところが悲しいけど、それくらい謙虚な方が好感がもてます。
でも、三津葉さん、なぜ?(まだ言うw)
きっと後日談がありますよね。三津葉インタビューしてほしいです。