ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「し」

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フォレストシンガーズ

「島の娘」

 健康的な肌の色や体格を持つ、沖縄離島の民宿の娘さん、リエさんと出会ったのは、フォレストシンガーズデビューからもうじき一年がたつという夏の終わりのことだった。

 本州は夏の終わりで、北海道あたりは秋の気配だろうが、沖縄は夏真っ盛りだ。この島にゴージャスなリゾートマンションがオープンするので、そのオープニングイベントのためにフォレストシンガーズが呼ばれた。イベントでは歌のショーがあり、メインは人気シンガーのセシリアさん、フォレストシンガーズは前座の形だ。

「はじめまして、フォレストシンガーズのマネージャーを務めさせていただいております、山田……」

 ゴージャスなホテルに宿泊しているセシリアさんに挨拶に行くと、山田まで言ったあたりで顎をしゃくられ、美江子です、とは言わせてもらえなかった。

「あの……」
「はいはい、わかったから、もういいから出ていって。セシリアさんに認識してもらおうってのがあつかましいんだよ。はい、承知しました。目障りですね。はい、そこのあんた、出ていきなさい」
「……わかりました」

 機嫌が悪いのか、いつでもこんなものなのか。ろくに見てももらえなかったが、大スターのセシリアさんにしてみれば、フォレストシンガーズ? なに、それ? というのか、私の声なんか聞こえてもいなかったのかもしれないのだからしようがない。

 まだ一年もたってないんだから、気長にやるしかないと乾くんは言う。本橋くんは時々深刻な顔をしているが、乾くんになだめられて納得する。フォレストシンガーズのリーダーは本橋くんではなくて乾くんなの? みたいな感じもあるのだが、乾くんは言っていた。

「いつだったか、みんなで仕事で同じ部屋に泊まったときに、夜中に目が覚めて悶々してたんだよ。本橋も起きてきたから議論を吹っ掛けた。俺たちには才能はあるんだろうけど、こんなちっぽけな才能だったらむしろないほうがよかったかな、ってさ。うだうだ言ってたら殴られたよ」
「殴られたの? 野蛮だね。乾くんはなんて言い返したの?」
「……ありがとう」

 これはこれでいいコンビなのだろう。

「俺はデビューできただけでも幸せですから、そこそこは売れたらそれでいいかなって」
「ってシゲさんが言うと、リーダーに叱られるんだよね。俺は思うよ。フォレストシンガーズは大器晩成。時間がかかってもいずれは必ず大物になる!!」
「そうだ、幸生くん、その意気だ」

 シゲくんと幸生くんはそう言う。もっとも焦っているのは章くんかもしれない。
 けれど、焦ったってしようがない。大物スターにはほぼ無視されても、イベントの主催者にないがしろな扱いを受けても、フォレストシンガーズのみんな以下の処遇をされるマネージャー業をがんばらなくっちゃ。

 フォレストシンガーズの宿舎は島に昔からある民宿だ。昨日までは宿泊客もいたのだそうだが、今日からは私たち六人だけがお客。あるじはリエさんのお母さんで、リエさんとあと数人、パートらしき男女が働いている。中年から老年の頑丈そうなパートさんたちに混じって、私よりも年下のリエさんもしっかり働いていた。

「美江子さーん、どっかへ行かれてたんですか?」
「ホテルに挨拶に行ってました」
「お疲れさまです。お仕事は他にもあるんですか」
「今のところはないかな」
「私も休憩を取りたいんで、海のほうに行きません?」
「はーい、おつきあいしますわよ」

 民宿からも見える海までは、歩いてもすぐだ。明日はリエさんもフォレストシンガーズの歌を聴きにきてくれると言う。FSの五人もリエさんとは親しくなっているようで、幸生くんにナンパされないように気をつけてね、とジョークを言ってみた。

「私なんかをナンパなんて、するわけないじゃないですか」
「そんなことないよ。どうしてするわけないの?」
「私は可愛くもない太った田舎娘で、三沢さんはかっこいい都会の歌手なのに」
「リエさん、太ってないし。それに、一応は都会の歌手だけど、あの三沢幸生ってかっこいい?」
「かっこいいですよ。あかぬけてるっていうのかな。この島には若い子は少ないけど、それでもちょっとはいる。女の子も男の子も雑誌なんかを見ておしゃれしようとするんだけど、全然決まらないの。やっぱり都会の若者とは根本的にちがうんでしょ」

 まあ、それはあるのかもしれない。南方の血がわずかに入っているのか、目鼻立ちがくっきりはっきりして綺麗な顔をしている男女が多いが、小柄でがっしりしているのもこちらの民族的特質なのか。都会の流行のファッションは細身長身向けに作られているから。

「明日はおしゃれしてイベントに行きます。おしゃれをする機会もめったにないんだから、楽しみです」
「なにを着るの?」
「前に那覇で買ったカットソーとスカート。これだったら色黒でも似合うかなって」

 おしゃれの話やら、お母さんも一緒に来られる? いえ、母は行けないって言ってます、といった話やら、リエさんに質問された東京の話やら、同世代女子同士の会話はつきない。

「東京って行ったこともないなぁ。テレビや雑誌で見るだけで、憧れるってほどでもないのは遠すぎるせいですね。美江子さんは東京のひとってだけじゃなくて、芸能界でお仕事をなさってるんだから、ものすごく遠い世界のひと。なんだか気おくれしてたんだけど、こんなふうに気さくに話して下さって感激しました」
「売れてる芸能人のマネージャーだったら気位も高いみたいだけど、私は普通の二十五歳ですよ」

 セシリアさんのマネージャーは、私はあんたよりも身分が上だと言わんばかりの態度だった。私がもしも大スターフォレストシンガーズのマネージャーになっても、あんな態度だけは取るまい。反面教師としては貴重な存在と出会えてよかったのかもしれない。

「美江子さんって東京出身ですか」
「栃木です」
「栃木……栃木って……」

 関東の中では、東京、神奈川は日本全国で通用する地名だ。千葉や埼玉も有名だろうが、群馬、栃木、茨城となると、そこってなにがあるの? と言われがちになる。

「栃木名物は餃子と日光東照宮、那須高原、中禅寺湖」
「水戸黄門さまは?」
「水戸は茨城県よ」
「あ、そうか」

 ふたりで笑ってから、リエさんがポケットから出したキャンディをくれた。

「ありがとう。フォレストシンガーズの五人だって、本橋くんは東京だけど、乾くんは金沢、シゲくんは三重、幸生くんが横須賀で章くんは稚内。東京暮らしの人間は地方出身者だらけなのよ」
「金沢とか横須賀とかかっこいいですよ」
「沖縄もかっこいいですよ」
「そうかなぁ」

 少なくとも、沖縄県ってどこにあるの? とは日本人なら言わないだろう。私たちの場合は、三重県ってどこだっけ? 栃木県? えーと……と悩まれるのは、シゲくんと私が双璧なのだった。

「私が遊びにいく都会って那覇だけなんですよね。那覇には観光客が大勢来てるから、同じような年頃のひととお話ししたりもする。修学旅行の高校生に道を尋ねられたり、おいしい店を知りませんか、なんて聞かれたりもするんです。定年退職したら沖縄で暮らしたいってご夫婦に、いろいろ訊かれたりもしました」
「でしょ? 沖縄には憧れるひともよくいるのよ。栃木県に憧れるひとはいないだろうけど」

 真夏の気候だから、クールビズふうの服装をしている。白いブラウスと黒いスカートの私を見て、先生? と尋ねた島の子どもがいた。そんな話もして笑っていると視線を感じた。

「シゲくん? こっちおいでよ」
「……本庄さん?」

 いえいえ、と言いたそうにかぶりを振って、シゲくんは走っていってしまった。来ればいいのにね、と見やると、リエさんがこころなしか赤くなっている。あ、もしかして?

 シゲくんとリエさんってものすごくお似合い。がっしりした素朴な青年と、ちょっとふっくらした素朴な島の娘。性格もぴったり合いそうで、じっくりゆっくりはぐくんでいけたらいいカップルになりそうだ。住んでいる場所が近いのだったら、私が縁結びをしてあげたいくらい。

 きっとお互いに憎からず思っているはず。私がここにいなかったとしたら、シゲくんはリエさんと話ができただろうに。そうしたら……。

 ううん、でも、そうならないほうがいい。遠距離恋愛なんてつらいだけだから。
 先走りすぎ? ではあるけれど、私はシゲくんの性格を知っている。リエさんだって決して軽い女の子ではないはずだから、幸生くんや章くんと都会のゆきずりの女の子との刹那の恋みたいにはならない。

 はじまりかけている恋がどう進んでいくのか。たったの数日しかここにはいないシゲくんと、たぶん一生ここにいるのであろうリエさんとの恋は、はじまらないほうがいいのかもしれないけれど。
 たとえ私が応援しても、恋にならないときにはならない。たとえ私が妨害しても、恋になるときにはなる。恋はきっとそんなもの。


MIE/25歳/END







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~ Comment ~

NoTitle

確かに満足していたらダメ。
言うは簡単だが、行うのは難しい。。。
私も読んでいて今の現状に満足している自分がいるじぇ。。。
( 一一)

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。
現状に満足……満足というのとはいささかちがう気もしますが、諦観に近いんですかね。私はもう人生これでいいです(^^♪

若い日にこうやって試行錯誤した日々は、振り返ればいい経験をしたなぁと思えますよね。
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