ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/五月「カーネーションの日」

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カーネーション
四月「菜の花畑」の続編です。

花物語2015

五月「カーネーションの日」

 依頼客はそれほど若くもなく、中年と呼ぶとやや気の毒な微妙な年頃の女だった。吉野は彼女に名刺を渡し、どのようなご用件でしょうか? と切り出した。

「私は建築事務所に勤めているんですけど、関わりのある会社にいる男性が気になっていると言いますか……彼が独身なのは知っています。食事に行く程度のおつきあいはありますから。彼女もいないと言っています。俺は結婚はしないと思うよ、なんて牽制されているのかと思う会話もありまして……もっと詳しく話したほうがいいですか」

「詳しくお聞きするほど、当方はやりやすいですけどね」
「では……」

 誰かに話したかったのかもしれない。探偵事務所ってカウンセラーみたいだな、と吉野も感じることがあるのだから、心に鬱屈した思いをぶちまけるに適した場所だと思われているのかもしれない。
 もっとも、探偵事務所にだって悪質なところはある。下手な話をするとそれを盾に強請られることもあるらしい。うちに来てくれてよかったですよ、と感じつつ、吉野は彼女の話に相槌を打っていた。

 彼女の名はメイ子、彼の名は昭彦。ふたりともに三十代前半で、メイ子は建築事務所の事務員、昭彦はメイ子の職場がよく依頼している解体工事会社の職員。メイ子は正社員、昭彦は契約社員なのだそうだ。

「彼は地方の高校を卒業してから上京して、転職もしながら真面目に働いてるんです。男が正社員にもなれなくて……って卑下したみたいに言います。高卒なんだからしようがないかな、って笑います。私だって高卒だし、私は正社員とはいえ小さい会社だし、そんなことは気にしていないんですけど、彼のほうは私と男女の交際をするつもりはないみたいで」

 同年輩だから、ただの友達としてつきあっているだけで、それでいいじゃない、と昭彦は言いたげだ。私には彼の恋人にしてもらえる魅力はないんだな、友達でもいいと考えるしかないか、メイ子も諦めようとしたのだが、どうしても気になる。

「五月になったら帰省しようと思うんだ」
「ゴールデンウィークに?」
「いや、うちの会社はGWなんて関係ないし、休みが取れたとしても混むだろ。だから、そのあと」
「お盆に帰省するのでもないのね」
「お盆もうちには関係ないよ。母ひとり子ひとりで、母は離婚して女手ひとつで俺を育てたんだ。離婚したものだから実家とも縁が遠くなってて、俺の身内って母だけなんだよ」

 ゴールデンウィークのすこしあと。そうか、母の日だ。昭彦とこうして食事に行くような仲になってから一年足らず。彼が故郷の話をきちんとしてくれたのは初めてだった。

 ちょっとマザコン? マザコンっていうのでもないよね。故郷にいるお母さんに母の日だから会いに行く。いいひとだな。それをマザコンと呼ぶのならそれでもかまわない。メイ子の昭彦への好感度はぐっとアップした。

「私には母はいないのよ」
「そんなこと、前にも言ってたね」
「昭彦さんの故郷に……お母さんに……ううん、いいの」

 幼いころに母を亡くし、父と父方の祖父母に育てられたメイ子は、昭彦の故郷とそこに住む彼の母親に思いを馳せた。あつかましいお願いだとは承知の上で思い切って言ってみた。

「私も一緒に行ったらいけない? ゴールデンウィークは志願して電話番として出勤して、そのあとで休ませてもらうってことはできるのよ。私もたまには旅行したいんだけど、友達はみんな結婚してて一緒に行けないし、昭彦さんとだって友達なんだから、昭彦さんは実家に泊まって、私はどこかのホテルにでも泊まって……」
「俺の故郷にホテルなんかないよ」
「そうなの?」
「冗談でしょ」

 軽い口調で言ってはいるものの、昭彦の頬はいささかひきつっていた。

「どうしてメイ子さんと一緒に里帰りするんだよ。あり得ない。なんだか気持ち悪いな。メイ子さんはなにを考えてるの? 気持ち悪いよ。ごめん、帰る」
「あ、昭彦さん……」

 引き留めて、冗談に決まってるでしょ、と笑い飛ばせばよかった。後悔先に立たずというが、強固な拒絶反応を見せて帰ってしまった昭彦とは、それきり連絡が取れなくなった。

「電話もメールも着信拒否にされてるんです。職場に電話だったらできるけど、そんなことをしたらますます嫌われそう。だけど、彼の拒絶反応はきつすぎません?」
「うーん、そうとも言えますけどね」

 そんなにもいやがったのは、あなたとは絶対に結婚したくないからじゃないかな。外堀を埋められそうで拒否したのではないかな。そんなふうに迫られるんだったら友達づきあいもしたくなくなったからではないのか。

 男は女に告白されたり、デートに誘われたりしたらとにかく嬉しいと言われているが、相手による。メイ子は地味な容姿の控えめな感じの女性で、吉野にしたって嫌いなタイプではないが、昭彦には受け入れがたい女なのかもしれない。

 しかし、そこまで嫌いならば友達づきあいもしないか。あなたが嫌われているから、とは吉野も口にできなでいると、メイ子が言った。

「そんなに拒否されるって、実は故郷に奥さんがいるとか……」
「ああ、まあね、絶対にないとは言えませんね」
「なんとなく勘が……なんて言えばいいのか、変な虫が騒ぐというのでしょうか。私がこっそりついていくわけにもいかなくて悩んでいましたら、インターネットでこちらの探偵事務所を知りまして、評判もいいようだからお願いしてみようかと……」
「ありがとうございます」

 つまり、好きな男に拒否されたのは故郷になにかの原因があるから? と疑ったメイ子が、吉野の事務所に捜査依頼をしてきたわけだ。変な依頼ともいえるが、もっと変な仕事はたくさんあるのだから、吉野はむろんそれを引き受けた。

 メイ子は昭彦の故郷をしっかり知っていた。五月中旬、昭彦と同じ列車の別車両に乗ってたどりついた昭彦の故郷には、黄色い菜の花がまだいくらか残っていた。

 寒くて寂しい土地だ。ゴールデンウィークもすぎた初夏だとは思えないほどに、気温も低い日だった。昭彦もメイ子も寂しげな雰囲気の人間だから、ふたりが結婚してここに住むならば似合いそうだと、吉野は無責任にも想像していた。

 電車から降り立った昭彦は、駅長室に入っていった。吉野は駅長室のそばを行きつ戻りつ、中の会話を聞いていた。

「ご迷惑をおかけしまして……」
「いやいや、迷惑じゃありませんよ。母の日のプレゼントですか」
「そんなところです。びっくりさせたいんで、この駅の駅長室に届けてもらうようにお願いしていたんですよ」
「そんな方法もあるんですね。近頃は便利になりましたな」

 駅長なのか助役なのか、年配の男性と話をして、昭彦は駅長室から出てきた。その手には大きな花束。カーネーションも見える。

 つまり、メイ子の予想通りだ。
 この町には気の利いた花屋などはなさそうだから、ネットなりなんなりで昭彦は花束を注文したのだろう。母に内緒にするために、駅長室留めにしてもらった。

 だったらこれで任務終了かな、と吉野は思ったのだが、一応、昭彦が母親に花束を渡すところまで見届けるつもりで尾行していった。

「……あら」
「一年ぶりだね」
「もう来ないでって言ったのに……いつまで私にこだわってるのよ。ああ、でも、とにかく入って」

 ここが昭彦の生家? そんなはずはない。メイ子の情報によると、昭彦の母親は駅からバスに乗らないとたどりつけない住宅地に住んでいるはずだ。
 なのに、昭彦が向かったのは駅の裏側。飲み屋が何軒か並んでいるうちの「一杯いかが。佐登」という店に、昭彦と女は吸い込まれていった。

 彼の母親は五十代だと聞いている。飲み屋を経営しているわけではなく、工場や食堂のパートを掛け持ちして生計を立てていると、昭彦が言っていたともメイ子から聞いた。

 では、あの女は? さきほどの台詞からしても母親ではないだろう。もう来ないで、いつまで私にこだわってるの? 母親が息子に言うにはそぐわない言葉だし、第一、彼女は昭彦の母にはとうてい見えなかった。

 水商売らしい美しい女だ。若くはない。昭彦よりは年上だろう。ということは?
 裏口に回って背伸びして、吉野は「佐登」の店内を覗いた。やめてよ、やめなさい、と言いながらも、女は昭彦の腕の中に抱かれた。

「こんなことはもうやめて……昭彦くんも結婚……」
「俺は一生、あなたを忘れないって決めたんだ。そんな俺が結婚したりしたら、相手の女に失礼だろうが」
「だから……忘れて……」

 探偵だからといってこれ以上は見るのが忍びない。吉野はそっと窓辺から離れた。

 そういうことかぁ。カーネーションの花束を持って訪ねた相手は、昭彦が一生忘れないと決めた女。どんな事情があるのかは知らないが、そこまでは探らなくてもいいはずだ。

 メイ子にはなんと伝えようか。
 あいつの正体が早くわかってよかったじゃありませんか、と慰めるべきか。それでもメイ子はあいつを好きだと言うのか。

 自力ではコントロールできないのが「恋」。調査をすることはできても、なにが判明したとしても、探偵にはその先はどうすることもできなかった。

END







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~ Comment ~

ああそうか

このお話は前話のつづきのあの男の子と佐登さんだったんですね。
でも、このお話単体で見ても、メイ子は男から見たら一番嫌われるタイプかもしれませんね。
いっしょに里帰りするなんて、フィアンセレベルだもん。
この探偵さんも、メイ子にはきっぱりと言うべきですね。
もう、入り込む隙は無いみたいですよって。

しかし、この二人はこの先どうなるのかなあ。気になります。

limeさんへ

四月も五月もお読みいただき、ありがとうございます、
なんだかね、どうもね、私の意図とはちがう方向に行っているようなのですが、九月で完全に私の意図のほうへと誘導する予定です。

たしかに、メイ子はやりすぎですよね。
自分でも恋人にはなれていないとわかっていながら、お母さんに会いにいくのに連れてって……あー、これは引かれますよね。

愚かな恋する女なのかなぁ。
恋はしたほうが負けですからね、させなくちゃね。
え? 身も蓋もない。たはは('◇')ゞ

この二人とおっしゃるのは、佐登子と昭彦ですよね?
佐登子ももうおばあちゃんだしなぁ……ということで、九月予定の続々編をお読みいただけると大喜びです。

なお、大喜びするのは私でして、読んで下さった方は……たぶん嬉しくないと思いますが。

NoTitle

久し振りに大好きな「花物語」開きました。前月の続編と
いうことで、もう一度前のを読んであれえ!
もう一人の女性と探偵さんまで現れて。ちょっと私のイメージと
違いました。
佐登子さんと昭彦さんには「菜の花畑」の雰囲気を大切にして
欲しかったと思います。
九月多分私、あっと驚くことになるのではと楽しみです。
私の考えていることあかねさんには分かっているような気がします。見当違いだったらごめんなさいね。

danさんへ

主人公のネタ切れを起こしていますので、今年の花物語は続編がいっぱいですが、お読み下さってありがとうございます。

おそらく、danさんと私は好みがずいぶんちがいますよね。
私は結婚によるハッピィエンドは好きではなくて、たまには書きますけど、結婚しないふたりの愛情だの暮らしだののほうを書きたいと思っています。

四月の「菜の花畑」を書いたときには、読んで下さった方がいらしたとしたら、なんだか不潔っぽいと思われそうだと考えていたのですよ。
佐登子がね、私の意図とは別の女性になったというか、書き方がよくなかったと申しますか。

danさんのお望みは……うーん、なんでしょうね?
たぶん、まったくちがった方向に進むかと思われるのですが、よろしかったらまた読んでやって下さいませね。


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