ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSファン「ノスタルジア」

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フォレストシンガーズ

「ノスタルジア」

 
 ブログを読んでそのひとに会いたくなったなんて、ガキでもあるまいし恥ずかしい。そう思っていたのに、神戸港のバー、「Drunken sea gull」に幾度か通って彼に会えたときには、思わず声をかけてしまった。

 年齢も同じで、いささか境遇が似ている小笠原英彦と野島春一、似ているのはバツのつくところと、フォレストシンガーズの本橋真次郎と知り合いだというところだ。ただし、英彦は一時的とはいえフォレストシンガーズのメンバーだったのに対して、春一は本橋とは高校時代の二年間、一年年下の友達としてつきまとっていただけだ。

 バツにしても英彦は一、春一は二、春一の二度の離婚理由はみっともないので、人に話せるようなものではない。かなわなかった夢を想って……という英彦の離婚理由のほうがかっこよく思えた。

「高校一年のときに、俺は陸上部に入ってたんですよ。井口さんっていう先輩に憧れて、井口さんにも目をかけてもらっていたから調子に乗ってた。クラブには入らずにひとりで走ってる本橋さんが、孤高のランナーに見えてかっこよかったのもあったかな。俺から声をかけて仲良くしてもらえるようになったんです」

 英彦に語った昔話には偽りはない。できるものならば大学生になっても陸上部に入って活躍したかったのだが、家庭の事情で高校を卒業すれば働く必要があった。奨学金をもらうだとか、陸上入学で優待してもらうだとか、そんなふうにならなかったのは実力不足だったのだろう。

 仕事を辞めてしまったり、結婚したり離婚したり、両親も亡くなり、弟妹たちとも縁が切れてしまった。さばさばした気分で神戸に流れてきて、アルバイト程度だったらあるから生活はできる。最近の春一の楽しみは、「Drunken sea gull」に通うことが一番だった。

「マスター、今日は暇でしょ。ギターを弾いてくれません?」
「あ」

 ああ、というのではなく、マスターの返事は、あ、う、お、あたりだ。拒否はされないのだから、ギターを弾くのは好きなのだろう。その上に、素人の春一が聴いても素晴らしくうまい。英彦のはからいで会わせてもらった本橋も、たまさかこの店で出会うミュージシャンたちも口をそろえて、あのマスターは只者じゃないな、と言っていた。

 今日もマスターは、伏し目がちで黙ってギターを弾いている。ノスタルジックなメロディと名付ければいいのだろうか。春一は知らない曲を聴いていると、昔のことが思い出された。

「ハル、部室に行かないのか」
「陸上部の……」
「うちはなにかっつうたら走らされるから、陸上部とも近いかな」
「陸上部じゃないの? あれ、ヒデさん?」
「なにを寝ぼけとるんじゃ。合唱部やきに」
「俺は歌は苦手だよ」
「苦手でもいいんだ。歌は楽しゅう歌うもんやきにな」
「歌っても楽しくないよ。走るほうが楽しいよ」

 ほしたらな、と英彦が楽しそうに言った。

「悪いことをしたらえい。ほしたらキャプテンに怒られて走らせられるぞ」
「悪いことってなに?」
「そんなん、自分で考えろ。行くぞ、走れ」
「わーっ、待ってよっ」

 細くて小柄な高校生の少年が、英彦に追いつこうと走っていく。春一はじきに英彦を追い抜いて、野生の動物のような速度で駆ける。うわーっ、待てーっ!! と英彦のほうがうしろで叫んでいた。

 ここはどこだ? 東京の大学か? 俺は大学には行っていないのに……ヒデさんとは同じ学校に通ったことはないのに……なのに、このメロディのせいで、若かったころの思い出がごっちゃになってしまう。野島ーっ、遅いぞーっ、遅刻だぞーっ、と行く手で呼んでくれているのは、本橋真次郎の声だった。

「マスター、その曲、なんですか?」
「う、この間、ヒデさんが教えてくれたんや」
「ヒデさんが作った曲?」
「そうらしいな」
「それって……ヒデさんの学生時代がテーマになってるのかな」
「わしは知らんけど、昔話を曲にしたって言うとったぞ。作曲家っつうのは器用やな」
「マスターにも作曲はできるんでしょ」
「できん」

 本当かな? これだけギターのうまい人が? と素人は思うが、演奏と作曲の能力は別枠なのかもしれない。話しかければ応じてくれるマスターは、無言に戻ってギターに専念しはじめた。

 やっぱり俺、ヒデさんに話しかけてよかったよ。
 あのときにためらって話しかけなかったとしたら、一生、ヒデさんとは知り合えないままだった。意志の弱い俺は神戸での仕事にもじきに音を上げて、またどこかへ逃げていってしまったかもしれない。そうしたら、本橋さんにも一生、会えないままだった。

 そうだ、そうなんだよ、とうなずいて、春一は言った。

「俺、ヒデさんのファンになってよかったなぁ」
「……ほうか」
「ほうかって、そうかって意味でしょ。そうですよ。フォレストシンガーズの五人にはファンがいるんだろうけど、ヒデさんにはいないんじゃない? 俺がファン第一号になってあげようっと」
「いや」

 片頬をゆがめたのは、マスターが微笑んだのらしい。

「前に三沢さんが言うとってやった。フォレストシンガーズの人気投票いうんかな。抱かれたい男とかいうんをやったんやそうや」
「抱かれたい男ねぇ。女の雑誌でやってますね」
「そうそう、それやな。それで三沢さんは六位やったんやと」
「フォレストシンガーズって五人でしょ?」
「五位はヒデさんやったんやと」

 んん? なんだ、ヒデさんにもファンがいるのか。春一は単純にそう考え、それから、口の中で言った。マスターも喋るときには喋るんだな、あんたがそれだけ口を利いたの、はじめて聞いたよ。
 ま、それはそれでいい。抱かれたいっていうんだから女なんだろう。俺は小笠原英彦の男のファン第一号だ。ヒデさんが気持ち悪がったとしても、俺は彼のファンだ。いやいや、抱かれたくはないんだから、気持ち悪がられたりもしないだろうし。

END






 
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