ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「み」

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フォレストシンガーズ

いろはの「み」

「みゃーお」


 うまい食べものとうまい酒に興味があるのは本橋さんとシゲさん。花に興味があるのは乾さん。ロックと美女……とはいっても今回はそれらはあまり見当たらないかもしれないが、千葉のライヴハウスにでも行こうかな、の章。で、ユキちゃんはどうしようかなっと。

 フォレストシンガーズデビュー十周年を越えても、仕事での未踏の地はわんさとある。全市町村踏破は無理だとしても、全市を歌って歩こうとの企画のもと、日本中をライヴツアーで回っている。すこし余裕があれば遠く沖縄や北海道にも。今回はわりあいに近場で、房総の某市にやってきた。

 早春の房総は風光明媚で、美しい海、豊富な海の幸、に満ちている。咲き乱れる花々は、乾さんに教えてもらったところでは、金魚草、金盞花、菜の花、梅、ポピー、山桜などなど。俺には区別のつかない種類もあるが、カラフルで綺麗なのはまちがいなくて目を楽しませてくれる。

 このあたりで歌うのははじめてなので、お客さまも喜んで下さった。大盛況のうちにライヴを終えた翌日、本橋さんとシゲさんはふたりでうまいものを食いに、当然アルコールつきでってことでタクシーをチャーターし、章と乾さんは単独行動するために各自でレンタカーを借りた。

 そして俺は、どこに行こうかな。そうだ、電車に乗りにいこう。
 本橋さんとシゲさんは乗り物だったらなんでも好き。章は車が大好きで、俺も車は好きだが、それほどに乗り物に執着はない。けれど、東京では電車に乗ることもあまりないので、たまには乗ってみたくなったのだった。

 房総にはもちろん、JRや他の鉄道もある。海辺を走る列車もある。俺の故郷に近い三浦半島や、富士山の見える路線もある。どれにしようかな、と迷ったあげく、内陸部のほうを走るローカル列車、いすみ鉄道を選んだ。季節柄沿線の景色が素晴らしいと聞いたからだ。

 外房線で大原まで行き、そこからいすみ鉄道に乗り換える。乾さんもこのへんの菜の花を見てるのかな。「菜の花や、月は東に日は西に」なんていう、乾さんに教えてもらった俳句を想い出した。乾さんだったら房総の花々を見て、一句詠むんだろうか。乾さんを誘うべきだったな。ひとりだとちょっと寂しいな。

 電車に乗っていても特に誰も俺に注目しているようにない。プライベートな旅なのだから、ファンの方に声をかけられないほうがありがたいのだが、自己顕示欲の虫が蠢いている。フォレストシンガーズのユキちゃんですよぉ、サインさせていただきましょうか、と御用聞きに行きたくなったりして。

 バカか、おまえは、自らサインさせていただきましょうか、って、そんなシンガーはいないっての。自分をなだめながら車窓の春の景色にみとれ、適当な駅で降りた。

 菜の花が真っ盛り、桜の花も満開に近い。黄色とピンクはミーハーいろだっていってたひとがいたな。ミーハーカラーのコントラストが鮮やかで、のどかでいい気持ちだ。

「菜の花畑に入日薄れ
 見渡す山入端かすみ深し
 春風そよ吹く空を見れば……」

 これは「おぼろ月夜」だった。昼間の菜の花は……。
 
「菜の花の咲く 丘に登れば
 明るくて いつか消えゆく涙
 そのとき私に 歌がきこえた」

 なんの歌だっけな、これは。他にもあったかな。

「もしも二人が迷っても
 君だけ信じるよ はじめてのように

 菜の花の道を むじゃきにかけだす
 ああ きれいだったよね」

「菜の花揺れて季節も変わる
 なにげない変化を感じていけたらいいな
 ずっとふたりでずっとふたりで……」

「白い壁を染めて
 草笛が響く緒か
 菜の花とそして夕月」

 日本人は菜の花が好きなのだろう。思いつく限りのありったけの「菜の花」の歌を歌おうか。菜の花には夕月が似合うのか。菜の花畑に入日薄れ……の光景を見てみたいが、明日は東京で仕事があるのだから、電車の時間も気になる。そう遠いところまで来ているわけでもないのだから、どうしようもなくなったら東京までタクシーで帰ってもいいのだけれど。

 そのくらいの金はあってよかったね、と自分で自分に言いながら、なおも歌った。

「春は菜の花 秋には桔梗
 そしてあたしはいつも夜咲くアザミ」

「三日つづいた 西風が
 夜の終わりに ふと止んで
 窓を開けたら 一面に
 菜の花咲いて 春でした
 これなら沖から見えるでしょう
 沖の舟からわかるでしょう
 わたしがきれいになったのが」

 ついに演歌まで出てきて、春の風と日差しと歌とがひたすらにいい気持ちだ。ハートがトリップしてしまいそう。
 そんな俺の気持ちをなおも浮き立たせたのは、前方に見える小さな生き物。菜の花に同化してしまいそうな茶トラの女の子だ。あの小柄で骨細の身体は若い女の子に決まっている。俺は猫の性別とおよその年齢を当てるのは大得意なのだった。

「チャトちゃん、チャト、おいで」

 舌を鳴らして呼ぶと、チャトが立ち止った。
 たいていの猫はこの舌鳴らしには反応する。反応して立ち止まりはするものの、知らんぷりしてぷいっとどこかに行ってしまう奴がほとんどだ。追えば逃げる。一目散に逃げる。俺は無類の猫好きだが、猫には好かれないかわいそうな体質なのである。

 が、仮名チャトは立ち止まって小首をかしげ、おいでおいで、の声に従順に従った。
 章が美女をナンパしてうなずいてもらったとき以上に、俺は狂喜したくなる。あまり騒ぐと猫に敬遠されるので、心静かにチャトを呼び続ける。悠然と近づいてきたチャトは俺の手に頭を摺り寄せ、喉まで鳴らしてくれた。

 漁港にはよく猫が住み着いている。房総の海辺でも何匹かの猫を見たが、どいつもこいつもつれなくて、なんでそう猫にかまいたいんだよ、と章に呆れられた。
 近頃は乾さんは俺の影響を受けているようで猫を見ると声をかけたりしているが、章は動物に興味なし。本橋さんとシゲさんは犬のほうが好きらしい。ま、性格からしてもシン、シゲは犬タイプだろう。

 仲間たちはそんなだし、猫たちはつれないし、俺は寂しかったのだ。しかも今はひとりぼっちなのだから、こうして人なつっこく甘えてくれて、抱っこまでさせてくれるチャトとは離れたくなくなってきた。

「しまったな、食いものを持ってないよ。このへんにコンビニってあるのかな? 道案内してくれる? 抱っこしていっていい? 降りるの? チャトちゃん、待って」

 道に下ろすと、チャトが先に立って歩き出した。コンビニかスーパーマーケットか、ちくわでも売っている店か、そういうところに連れていってくれるつもりかもしれない。

「菜の花畑に猫を見つけ
 はるかな山まで猫に見える
 春風そよ吹く道をゆけば
 風の音までみゃーご、みゃーご」

 どう、チャト? 俺の替え歌は、と尋ねてみると、振り向いたチャトがみゃーお、と鳴いた。

 東北だか瀬戸内海だかには猫の島ってのもあるらしい。そりゃあ、食いものがたくさんあって住民も優しくしてくれるのならば、猫にとっては天国だろう。俺も老人になったら猫の島で暮らそうかな、などと考えてはいるが、今のところは猫だらけの場所に行くと帰りたくなくなりそうで自重していた。

 海辺ではなくても、こんなところにも猫がいた。しかもひとなつっこくて俺と遊んでくれる猫だ。チャトに捧げる歌を歌いながら、どこに行くんでもいいつもりで歩く。俺が歌うと、チャトもみゃーおと鳴く。春には菜の花と猫が似合う。最高にいい気持ちだ。

 菜の花には夕月も似合うが、猫も似合う。猫には三沢幸生がまたとなく似合う。電車の時間なんか気にしないで、夕月が出てくるまではここで猫とたわむれていよう。


END


こちらに続きます。
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~ Comment ~

NoTitle

・・・そういえば、最近、外の自然で酒を飲んで好きなものを食べて寝る・・・みたいな花見をしてないですね。

・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
10代の頃は平気で外で酒飲んで、外で寝てたけどなあ。
歳をとったか。いやはや。あかねさんに言っては駄目か。
( 一一)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

そりゃあまあね、十代のころと比べればLandMさんだってお年を召されたのではありません?
おっしゃってもいいですよー、私にでもどなたにでも。

でも、外で寝るのはやめましょう。
男性でも危険です。
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