ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「遠くへ行きたい」

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フォレストシンガーズ

「遠くへ行きたい」


1・隆也

 旅は我々の仕事の一部だといえる。フォレストシンガーズとしてデビューしてから五年、売れているとは言い難い俺たちは、地方での仕事がメインになっている。

 仕事で日本中に旅していても、プライベートでも行きたくなる。大学時代にはあちこちにひとり旅をしたものだ。万葉集や百人一首のふるさとを訪ねて、近場の関東にも足を伸ばして関西にも行った。桜の季節の京都、紅葉の季節の奈良を思い出す。

「知らない街を歩いてみたい
 どこか遠くへ行きたい
 知らない海をながめていたい
 どこか遠くへ行きたい

 遠い街 遠い海
 夢はるか 一人旅
 愛する人とめぐり逢いたい
 どこか遠くへ行きたい」

愛するひととめぐり逢うための旅かぁ。不純じゃないの? なんてことはない。ナンパ目的ではないのだから、自然に出会ったひとと結ばれるってのは理想的にも思えて、ミエちゃんに話してみた。

「乾くんの気持ちはわかるけど、旅先で会う相手って美化されるんじゃない?」
「夜目遠目、傘のうち、海辺やスキー場での恋は都会に帰ると醒めやすいってやつ?」
「そうよ、わかってるんじゃないの」
「美江子さん、経験おありですか」
「……知ってるくせに」

 知らないわけでもない。そういえばミエちゃんは、大学生のときに海の近くで恋をして、真夏の蜃気楼みたいだったと言っていた。俺にもそんなふうに出会った女性はいるから、想い出してみた。

「遠い目をしちゃって、乾くんって恋愛や女性に幻想を抱いてるよね」
「抱いてますよ」

 悪くないでしょ? 旅にだって女性にだって出会いにだって恋愛にだって、将来にだって幻想を持ち続けたい。夢も希望もない人生はつまらないじゃないか。


2・真次郎

 最北端や最南端が好きだ。日本列島の先っぽみたいな場所に行った旅行の話をしていると、美江子は言った。

「先端恐怖症っていうのか、とがったものの先が嫌い、怖いって人間がいるのよね。あなたはそのさかさま?」
「キリだのナイフだのの先っぽが怖いとか? 灯台に立つと怖いとか? 俺にはそういうのはないな」
「先端愛好症?」
「その言い方だと変態っぽいだろ」

 仕事以外では旅をするとなるとひとりだった。恋人とドライヴをした経験だったらあるが、旅行というほどのものでもない。結婚すると女と旅をするようになり、勝手がちがうもんだな、と思うといささかの戸惑いもあった。

 目覚めるとベッドの隣に女の身体がある。
 食事のときにも相手の意向を気にしなくてはならない。ひとりだったら適当にそのあたりで買った握り飯でも食っていればいいようなものだが、食べたいものがあるのか? などと会話もしなくてはいけなくなる。

 歩いていたり車を運転していたりする途中で気まぐれを起こして、あっちに行こうかと方向転換しようとしたら、まちがえてるよ、と止められる。説明するのも面倒だから正規のルートに戻す。

 男ひとりだったら季節によれば野宿だって厭わないものを、女連れだと不可能だ。そのかわり、ねぐらに困ったらラヴホテルにだって入れるわけだが。
 夜、星空を見上げて、綺麗だね、と呟く女の肩を抱き寄せる。これだけはひとりだとできない。女と会話をしたり抱き合ったりするためには、ひとり旅だと多大な労力が必要になる。

 そう考えれば、ひとり旅にもふたり旅にもよいことも悪いこともあるのだな。
 結婚してから初のプライベートな妻との旅行にやってきて、当たり前のことを考える。美江子と俺の前途も一種の旅だ。

 長くなるのか短くなるのかも不明な旅の道連れとビールのグラスを合わせて、乾杯!!


3・章

 走るのは好きではないが、歩くのは嫌いでもない。はじめての土地は歩いてみないとわからないのもあって、ライヴで初に訪れた街を歩く。俺は田舎の出身のせいか、田園地帯や山や海や川やという自然よりも、都会のほうが好きだ。

「お、あの子、いい女だな。……っと、なんであの女がここにいるんだよ。落ち着け、章。ナンパする前でよかったじゃないか」

 都会とはいっても地方都市なのだから、遊びにいく場所は限られている。食事や買い物や散策となると誰でもこの繁華街に出てくる。であるからして、美江子さんがここを歩いているのも変ではないのだ。目が合って逃げるほうが変だから、俺は彼女に目礼した。

「章くん、ひとり?」
「ひとりに決まってるでしょ。ナンパなんかしてませんよ」
「そうじゃなくて、幸生くんとか……」
「幸生と歩いたってつまんねえよ。美江子さんのほうがまだましだな」
「ましって言ってくれてありがとう」
「デートしましょうか」
「誘ってくれてありがとう」

 そこはかとない皮肉を感じなくもないが、美江子さんというお目付け役がついていれば、下手にナンパをしようという気にならなくていいかもしれない。
 我々もちょっとは売れてきて、気軽にナンパなんかするとヤバイ立場になってきて、窮屈だよな、なんて言うと怒りそうなマネージャーだが、彼女は見た目は美人なのだから。

「いい天気だね。あそこに見える山にハイキングに行きたいな」
「俺と?」
「みんなでお弁当持って行きたいな」
「美江子さんが弁当、作ってくれるんですか?」
「いいわよ、なにが食べたい?」
「……なんか怖い」
「なにが?」

 妙に上機嫌な美江子さんが怖いのだが、こうしてはじめての街を歩いているからなのだろう。天気がよくて山が美しく見えるからなのだろう。東京にいるときとは気分がちがって当然なのだから、俺もうがった考えをするのはよしておこう。


4・繁之

「お帰り、シゲくん」
「あ、ただいま帰りました。えーっと……美江子さんへのお土産は……」
 
 みんなに渡そうとスタジオに持ってきた紙袋を探る。バリ島は暑かった? 楽しかったんだろうね、とにこにこしている美江子さんに、恭子が選んでまとめてラッピングしたお土産を手渡した。

「こんなにたくさん? ありがとう。嬉しいな。恭子さんによろしく言っておいてね」
「恭子が選んだってわかります?」
「わかりますわよ。シゲくんはこういうの、得意じゃないでしょ」
「女性のものはわかりませんから」

 姉と母と美江子さんと、あとは子どものころに泉水からなにかもらった記憶がある程度で、俺は女性からプレゼントされた経験がほとんどない。母や姉はされた数に入らないし、美江子さんだってお中元のようなものだし、幼なじみの泉水からは子どものプレゼントだし。

 恋人というものを持ったのも恭子がはじめてなのだから、恭子以外の女性にプレゼントをしたこともない。

 好きになったひと、つきあっているのだと勘違いしていた女性に詩を捧げようとこころみて、書きかけたものを破って捨てたのは、彼女の裏切りを知った夜だった。詩なんか贈らなくてよかった。あのひとだったら俺の下手な詩を読んでどんなふうに冷酷に……

 いや、そんなことはもうどうでもいい。
 惨めな記憶しかない女性との過去の関わりを、恭子が吹き飛ばしてくれたのだ。俺は恭子と結婚して新婚旅行に行き、帰ってきて仕事を再開したばかりの幸せ者なのだから。

「素敵……おしゃれなTシャツだね。この口紅……恭子さん、私の好きないろをよく知ってくれてるんだ。これはポーチだよね。可愛い。かなり高くついてない? 悪いな」
「悪くなんかありませんよ」
「シゲくん、海外ってはじめてだった?」
「はい」
「……もちろん……うん、よかったよね。初の海外が新婚旅行だなんて」
「そうですね」

 それがよかったのかどうかは知らないが、これからは旅には恭子と行ける。仕事以外にはプライベートな旅行をしなかったのは、俺も恋人と来たいなぁ、とひがみたくなるからなんだと、やっと今、認めることができた。 

5・幸生

 喋ったり笑ったり歌ったりの一日をすごしてひとり暮らしの部屋に帰ると、ちょっぴり人恋しくなる。シゲさんはいいなぁ。うちに帰ると可愛い奥さんがいて、あったかな夜食を出してもらったり、膝枕で耳掃除をしてもらったりするんだろうか。

 同棲も結婚も経験していないので、女の子と一緒に住むというとありふれた想像をし、シゲさん……ヒデさん、と連想もした。

「愛し合い 信じ合い
 いつの日か 幸せを
 愛する人とめぐり逢いたい
 どこか遠くへ行きたい」

 なんだか寂しいな。旅の空で可愛い女の子と触れ合いたいな。シゲさんみたいに新婚旅行に行ってのもいいけど、ヒデさんはどこにいるんだろ。彼も結婚して、東京ではない空の下にいるのだろうか。

「……ヒデさん?」
「誰だ? 幸生か?」
「わかってくれた?」

 妄想の中でヒデさんに電話をかける。元気? 結婚生活は続いてる? 幸せ? 子どもはできた? 仕事は? 歌ってる? 作曲してる? ヒデさんの書いた曲を歌いたいな。フォレストシンガーズがデビューしたって知ってくれてる?

 質問したいこと、話したいことがとめどもなくあふれて止まらなくなりそうで、そのくせ、ひとつもまとまった言葉にならない。俺らしくもなく黙ってしまって電話を見つめていたら、突然にコール音が鳴り響いた。

「わっ、びっくりしたっ!! はい、三沢です」
「幸生くん、こんばんは」
「その色っぽい声は……美江子さん?」
「わかっちゃったか。業務連絡なんだけどね……」
「仕事の話はちょっとあとにして、お喋りしましょうよ」
「いいけど……」

 手近すぎるといえばいえるが、美江子さんだって可愛い女性だ。俺のもっとも身近にいる愛しいお姉さまとヒデさんの話がしたかった。

END






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~ Comment ~

NoTitle

この歌って、昔CMでよく流れていましたが、寂しい曲だなあと思って聞いていました。
さびしい日本海側のひなびた港町に小心旅行?大丈夫かしら・・・。と、情緒のない私^^;
なんとなく、日本海側の一人旅って寂しいイメージが付きまとうのは、この歌の影響かな・・・。

でも男にしてみたら、一人旅の女の子って、ついつい声を掛けちゃう存在なのかもしれませんね。そこから始まる恋もありそうだし。
男女逆の場合も。
旅先での恋は・・・。でも、日常に戻れば消えてしまう事が多いですよね^^;(経験あり)

limeさんへ

コメントありがとうございます。

「遠くへ行きたい」はものさびしいメロディですよね。
なにかつらいことがあった男性が、現実逃避のために旅に出たいと思っている歌みたいな。

昔はひとり旅の女性は、自殺するんじゃないかと用心されたそうですよね。
私も一時はけっこうひとり旅をしましたが、そんな目で見られていたのでしょうか。

limeさんは旅先での恋の経験がおありなのですね。
私も旅先で男性とお話ししたりしたことはありますが、恋に発展したことはないですねぇ。写真を送ってあげると言われたのも結局、送ってこなかったし。

旅はひとりがいちばんいいと思っている私は、またひとり旅がしたくなりました。

NoTitle

稚内でも行ってみるかあ。。。あるいは、沖縄は色々旅行に行ったけど、実は行ってないんだよな。。。日本の最果てに行くのは確かに一興ですね。

LandMさんへ2

いつもありがとうございます。

最果てっていうのはロマンを感じますよね。
稚内と、本州最南端はたしか、和歌山潮岬……そこには行ったことがあります。

私は島にあまり行ったことがなくて、淡路島と小豆島と壱岐と、あと、瀬戸内海の小島とか、その程度しか知りませんので、まだ見ぬ島々に行ってみたいです。
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