別小説

ガラスの靴42

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「ガラスの靴」

     42・電話

「はい」
「……あんた、誰?」

 誰からかかってきているのかを確かめもせず、笙のケータイが鳴っていたので出た。相手の反応は自然なのかもしれないが、言い方にむっとしたので、あたしは言った。

「あんたこそ、誰だ?」
「この電話、ショウのだよね」
「そうだよ」
「……だから、あんたは誰?」
「ショウの妻」

 相手が息を呑む気配が伝わってきて、しばしの後に電話が切れた。
 なんだ? あたしはまちがったことは言っていない。なんだ、今の女は、と気になったので、着信履歴を見てかけ直した。履歴は電話番号で、笙のアドレスには登録されていない相手のようだ。

「……ショウ、結婚してたんだ」
「してるよ」

 何度か呼び出し音が鳴ってから、女が電話に出た。あたしはミュージシャンだから、声でその人間の年齢はだいたいはわかる。ミュージシャンではなくてもわかるのかもしれないが、声や音にはあたしは敏感なほうだ。

 一見、というか一聴は若いが、三十歳のあたしよりも年上かもしれない。生活に疲れているような色のにじむ声だった。

「ショウのケイタイ、奥さんも勝手にさわるんだ。ショウはいないの?」
「笙はちょっとそこまで買い物。ちょっとだけだからケータイは置いていったんだよ」
「コンビニとか?」
「そうだよ。息子がアイスを食べたいって言うから、買いにいったんだ」
「ショウ、息子までいたんだね」

 笑うしかない、といった調子で女が笑い、あたしは彼女が次になんと言うのかを待っていた。

「ショウが浮気してるって知ってた?」
「知ってたよ」

 嘘だが、ひとまずはそう言ってみた。

「そうなんだ。奥さんも知ってて……ってか、許してるの? それとも、泳がせてるってとこ? ああ、もう、どっちでもいいな。あたしはショウが結婚してるなんて知らなかった。ショウは独身だって言ってたよ」
「どこで知り合ったの?」
「ケータイの出会い系サイトってのかな」

 あの野郎、素知らぬ顔してそんなところに登録していやがったのか。

「ああいうところって、結婚してるくせに遊び相手を探してる男もけっこういるんだってね。聞いてはいたから用心してたんだけど、そんな奴にひっかかってたんだ」
「会ったことはあるんだろ」
「あるよ。ホテルにだって行ったよ」
「そっか」

 胸がむかむかする。
 二十三歳なんだから、独身だったとしたら笙は遊び盛りの年齢だ。そんな若い身空で専業主夫をやり、家事と育児に専念しているのだから、多少はさぼろうと、母親に息子の胡弓を預けて遊びにいこうと、あたしは文句をつけずにいた。

 とにもかくにも息子はきちんと育っているのだし、家が荒れ放題ってわけでもないのだし、あたしは家にいないことも多いのだから、無茶苦茶ではなかったらいっか、だった。

 それをいいことにあの野郎、出会い系サイトに独身だと偽って登録して、どこかの女と遊んでた?
 浮気は絶対に許さない、と言うつもりはない。あたしだって機会があればいい男と寝てもいいと思っている。笙にも機会を作ってやろうと、夫婦交換みたいなことをしかけたりもした。

 しかし、あのときの笙はびびってしまって、アンヌ、助けて、と泣いてすがってきた。相手の女が猛々しくて怖かったせいもあったらしいが、純情だと思っていた笙もやはり、そういうことをする奴だったのか。なにが許せないって、あたしに無断でやっていたのが腹立たしいのだった。

「あーっ!!」
「……どうした?」
「あのさ、あの……あたしのかけた電話って……」

 名前を知らない女が口にした番号は、笙のスマホのものに他ならなかった。

「そうだよ」
「……え、えええ、えええ……嘘。そうだよね。そう。あなたがかけてきてくれたのもその番号からだ。あたし、今、ぼーっと見てたの。ちがうのよ」
「なにを見てた? なにがちがうの?」
「あなたの旦那さん、ほんとにショウって名前?」
「そうだよ。新垣笙」
「あっちゃあ……」

 この女はなにを言っているのだ? わけがわからなくなって黙ると、女も駄る。なにやらぶつぶつ言っている女のひとりごとが聞こえてきた。

「なに言ってんだよ。意味不明だぜ」
「ごめん、まちがえたっ!!」
「はあ?」
「ショウなんて名前……わりとありふれてるよね。あたし、まちがい電話をかけたみたい。出たのが本人だったらまちがえてるって気が付くんだろうけど、あなたが出たから、ショウだって言うから……番号がちがうって気が付いたの。あたしのつきあってたショウは、新垣って苗字じゃないよ」
「はぁっ?!」

 はぁ、はぁっ、としか言えなくなったあたしに向かって、ごめん、ごめんなさいっ、と叫んだ女が、電話を切った。

 本当なのか? あたしは切れてしまったスマホを見つめて考える。
 なにを見て気づいたのだろう。自分がかけている電話番号か。まちがってかけてしまった番号が表示され、ぼんやりと見つめているうちにあれれれれ……となることはあるかもしれない。
 あの慌てぶりは、本当だったのかもしれない。もう一度かけようか、どうしようか、迷いながら、あたしもスマホを見つめ続けていた。

「ママぁ、ただいまっ」
「参っちゃったよ。胡弓ったら、こんな大きいの……」
「食べるもん」
「食べられないって。おなかこわすよ」

 帰ってきた夫と息子が、部屋の中に入ってくる。無理だと言っているのに、胡弓は大きなソフトクリームをほしがり、絶対に駄目!! とは言えない甘いパパが買ってやったらしい。胡弓はソフトクリームを出してもらって嬉しそうになめていた。

「あーあ、ぽたぽた垂れてるよ。さっさと食べないと溶けちゃうんだから」
「……あ、アニメ見る」
「先に食べちゃえって」
「ママ、あげる」
「ほら、どうせそうなるんだからさ」

 ちょっとだけ怒った顔になって、笙は胡弓があたしに差し出しているソフトクリームをばくっと食べた。ママにあげると言ったくせに、パパが食べたぁ!! と胡弓が泣き声を出す。
 平和な一家団欒。こんなパパの顔、いや、ママみたいな顔をしている奴が、浮気なんか、遊びなんかしないよな。だけど、よそのママだって子どもの前では母の顔そのもので、実はこっそり……なんてこともあるのかもしれなくて。

 もしかしてもしかして、あたしにこんな疑心暗鬼を持たせるために、笙を好きな女がまちがい電話を装ってかけてきたとか? そいつは笙に片想いしているのか。それとも、本当に浮気相手なのか。

「どしたの、アンヌ? 怒ってる?」
「ママぁ……アニメ」
「胡弓、わがまま言ってパパを困らせるんじゃないよっ」
「……ええん、パパぁ、ママこわい」
「怖いねぇ。よしよし、ごめんなさいしようね」

 のほーっとした笙を見ていると、そんなことがあるわけもないと思えてくる。胡弓はパパに抱きついてあたしを怖そうに見る。これではやっぱりパパとママは反対で、なのだから、我が家では浮気をするとしたらあたしのほうだ。パパは貞淑な人妻のはず。なんたって専業主夫なのだから。

つづく







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~ Comment ~

NoTitle

修羅場だったのか。お笑いだったのか。。。
まあ、けどこんな修羅場って実際にありそうだな~~。
・・・というか、まあ、普通はあるのでしょうが。

私だったら、無言で電話を切りそうだ。。。
( 一一)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
私だったらそもそも家族のものでも、他人のケータイには出ませんけどね。出ないと物語がはじまりませんので。

でも、たとえぱ浮気相手のパートナーに、まちがい電話をよそおってかけてみる。わっ、まちがえたっ、ごめんなさいっ、とあやまって切る。
けれど、電話に出たその人は疑心暗鬼にかられる。

わざとそういうことをする女だったらいそうですよね。
こわ~(..)

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