ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「め」

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フォレストシンガーズ

「めだかの学校」

 しばし小首をかしげて悩んでいる様子になってから、彼は手を打った。思い出してくれた? 年甲斐もなく胸が弾む。彼の横にいた彼の仲間が、彼の脇腹を肘でつついた。

「どういったお知り合いで?」
「小学校の先生ですよね。俺が一年生の年の手島先生、手島夏江先生だ。そうですよね?」
「乾さんの初恋のひとですか?」
「……うん、そうだったかもしれない。いや、失礼しました。幸生、よけいなことを言ってんじゃないよ」
「いやいや、なんだかお互いに照れてらっしゃるから」

 脇腹をつついていたのはそんな意味があってのことだったのか。そんなはずはないけれど、胸がきゅんっていうのはこんな感覚かしら。

 金沢の小学校で、新入生の乾隆也くんを担任したのは二十年以上も昔だ。乾くんは三十五歳になっているはずだから、二十年ではなくて三十年近く前? あのころの私は三十代だったのだから、小学生から見ればおばさんでしかない。今は三十五歳から見てもおばあさんだろうから、それもお世辞の一種なのだろう。

 はじめて入った小学校の、はじめての担任だから覚えてくれていたのか。歌手という人種は記憶力がよいのかもしれないが、私としては感激だった。

「我々が各地でライヴをやりますと、その土地にお住いの昔なじみの方が訪ねてきて下さるんです。

 長く会っていない親戚。
 子どものころに可愛がってもらった近所のおじさん。
 学生時代の先輩、友人、後輩。
 憧れていた女性なんかもね……いや、俺にはないけど、誰かにはあったかもしれない。

 そういえば先生が来て下さったことはないですね。
 先生なんだから、こっちから訪ねていくのが筋でした。すみません」

 フォレストシンガーズの公式サイトでふと目に留まった、乾隆也の署名のある文章。先生が訪ねていったら迷惑じゃないのかしら? かまわないのかしら。

 散々逡巡したあげく、門前払いの扱いを受けても仕方ないつもりでコンサートのスタッフ専用窓口で声をかけてみた。受付の若い女性が愛想よく、乾さんですね、聞いてみますのでお待ち下さいませ、と言ってくれた。
 そして出てきたのが、なつかしい乾くんと彼の仲間の三沢さん。ふたりともににこにこして、握手してもいいですか? と三沢さんが尋ねた。

「よろしいんですか」
「ええ、もちろん。俺は女性と握手していただくのは大歓迎ですよ」
「女性だなんて……いただく、なんて言っていただくなんて……」
「女性に握手していただく、乾さん、まちがってませんよね?」
「語法は合ってますよ、三沢さん」

 ここは乾さんの故郷ではないのに、そんなに遠い昔に二年間触れ合っただけの教師を覚えていてくれたなんて、三沢さんと乾さんには握手してもらって、五人分のサインももらって、私は大満足だった。

「さきほど、素敵なお客さまがいらしたんですよ」
「え? 乾さん、乾さんの彼女?」
「彼女というのは女性の三人称だから、そうだよ。彼女、客席にいて下さるんですかね。さきほどはあまりお話もできなくて失礼しました。この歌、覚えていて下さいますか」

 きゃああ、乾さんの彼女だって、と不満そうに言っているお客さんもいて、私の頬はぽっと熱くなった。
 誰のこと? 私のこと? 別の女性なのかもしれないし、もしも私だとしてもお客さんが私に注目するわけでもないのに、嬉しくて恥ずかしくて頬がぽっぽとしていた。

「めだかの学校は川の中
 そっと覗いてみてごらん
 そっと覗いてみてごらん
 みんなでお遊戯しているよ」

 ああ、私のことだった。この歌はよくよく覚えている。
 ソロで歌っている乾さんの声に、四人の男性のハーモニーがかぶさる。大人の「めだかの学校」ははじめて聴いたが、子どもだった乾隆也くんがこの歌を歌ってくれたのだった。

「そんな歌、歌ったらいけないんだよ」
「おませな歌は子どもは歌ったら駄目だって、お母さんが言ったよ」
「ねぇ、そうだよね、先生?」

 クラスの子どもたちが何人か、校庭で軽いいさかいを起こしていた。なんの歌だかは知らないが、大人の流行歌でも歌っていたのか。口をとがらせている女の子を数人の子どもたちが囲んで責めていた。
 おませな歌を歌ってはいけない、と指導すべきか。そのくらいはいいじゃないのと笑うべきか。親の教育方針もあるだろうし、と悩んでいたら、その輪からいくらか離れたところにいた乾くんが、「めだかの学校」を歌い出した。

「じゃあ、ほら、みんなであの歌を歌おうよ。知ってるでしょ」

 めだかの学校のめだかたち、誰が生徒か先生か……
 新米でもなかったのに、私も中身は生徒なんだか先生なんだかわからないほどに未熟だった。もっとも、今だっておませな歌を子どもが歌ってはいけないのかどうか、フォレストシンガーズを子どもが歌っていいのかどうか、独身のままできてしまった私には実の子はいないから、結論も出ていない。

 定年退職で教師の職を退いてからは、子どもと触れ合うこともなくなってしまった私に、フォレストシンガーズの「めだかの学校」は、あのころを鮮やかによみがえらせてくれた。

END







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今はSMAPの歌が教科書になっているぐらいですからね。
昔と今は時代が変わりましたよねえ。。。
今の学校でもめだかの学校を歌うのだろうか・・・。。。
・・・と、ちょっと懐かしんで読んでおりました。

LandMさんへ2

こちらもありがとうございます。

「めだかの学校」、小学校……いや、幼稚園あたりでだったら歌わないのかな? 

SMAPの歌というとあれですか? 「世界でひとつだけの花」? あれは子どもに教えてもいいのかもしれないけど……あれ? ソングライターは麻薬だか覚醒剤だかでつかまってますよ。いいのかぁ?

あの歌、私は嫌いなのですよ。歌詞が嫌いです。
SMAPだったら「夜空ノムコウ」のほうが好きです。あっちはちょっと虚無的ですから、教科書には載せられないかもしれませんね。

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