ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「ブルーライトヨコハマ」

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フォレストシンガーズ

「ブルーライト・ヨコハマ」

 いとこの幸生兄ちゃんが歌手になりたがっているとは、子どものころから父や母が話していたのを聞いていた。幸生さんは俺よりは十三歳年上だから、フォレストシンガーズのメンバーとして彼がデビューしたのは、俺が小学生の年だ。

 小さいころには我が家は湘南の海岸近くにあったから、幸生さん一家もよく遊びにきていたらしい。俺の父の兄さんの修一さん、奥さんの幸美さん、長男幸生、長女雅美、次女輝美。湘南に家があった時代には俺は幼児だったから、幸生さん兄妹にも可愛がってもらっていたらしい。

 生憎、俺の記憶にはほとんどないのだが、幸生さんだって俺と再会するまでは、いとこの三沢雄心のことなど忘れ果てていた。

 横浜に引っ越してからは幸生さんとは会うこともなくなったが、雅美さんや輝美さんとだったら会った。両親もフォレストシンガーズの噂をしていたから、俺のいとこが歌手なんだ、だけど、おっさんのグループなんか興味ないな、可愛い女の子のアイドルグループだったらいいのにな、だったりした。

 それでも俺は幸生さんの影響を受けていたから、彼と同じ大学に進学し、彼と同じ合唱部にも入った。
 そこで出会ったのが木村龍。彼は俺よりもひとつ年上なのだが、一浪しているので学年は同じだ。この龍がなんとなんと、幸生さんの仲間の木村章さんの弟だったのだ。

「雄心くんは三沢さんのいとこで、龍くんは木村さんの弟? うっそーっ!! 気絶しそうっ!!」

 その年のキャプテンが絶叫したのは、俺にはピンときにくかったのだが、フォレストシンガーズの出身母体の合唱部なのだから、不思議でもないのかもしれない。

 必然やら偶然やらが重なって、自分からは訪ねていきにくかった幸生さんと親しくなれた。龍は俺以上に幸生さんやフォレストシンガーズのメンバーになついていて、彼が俺を連れていくから、俺も決していやではないから、本橋さんや乾さんやシゲさんともすこしずつ親しみを増していった。

 プロのシンガーズの身内だなんてことで、ちょっとだけ特別視されたりもする。俺は歌は上手ではないから、合唱部での特別扱いはなかったが、俺のいとこはフォレストシンガーズの三沢幸生だと口にすると、目が輝く相手もけっこういるのだった。

 もとから音楽は好きだったけど、そうなるとよけいに歌に興味が湧いてくる。フォレストシンガーズのみんなは各々別々のジャンルの音楽に詳しくて、俺は無知だよ、と言うシゲさんでさえも、俺なんかよりはずーっと歌を知っている。こっちから質問すれば、彼らはいやがらずになんでも教えてくれる。

 もっとも近しい身内の三沢幸生さんは、ポップスが好きだ。特に日本の歌謡曲。グループサウンズだの、1960年代の女性が歌ったヒットソングだの、カバーソングだの、俺からすると太古の時代の音楽のような歌の宝庫なのだから、三沢幸生は無料のジュークボックスみたいだ。

 ジュークボックスなんて言葉も、幸生さんや章さんが教えてくれた。俺にとっては乾さんは煙たくて、本橋さんはおっかなくて、シゲさんは近寄りにくい感じがするから、やはり幸生さんと章さんがいい。今夜のように幸生さんとふたりきりで飲みにくるのがいちばん、気が楽だった。

「雄心はまだ、大人の横浜は知らないんだよな」
「そうですね。横浜は俺のガキのころの遊び場かな」
「俺にとっての横須賀みたいなもんだね」

 三十三歳の幸生さんは、大人の横浜にもなじみ深いのだろう。こうしてふたりで歩いていると、俺よりも背が低くて細くて、声だけは高くて、服装も少年っぽい彼は、とてもじゃないが三十三歳には見えないのだが。

「街の灯りが とてもきれいね
ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
あなたとふたり 幸せよ

 いつものように 愛の言葉を
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 私にください あなたから

 歩いても 歩いても 小舟のように
 私はゆれて ゆれて あなたの腕の中」

 どことなく女みたいな声で、幸生さんが横浜の歌をうたう。

 おまえとふたりでも幸せではないけどさ……だなんてぼやきながら、幸生さんがバーのドアを肩で押し開けた。この店は伝説のGSが演奏をした場所として有名なのだそうだが、ヴォーカリストは亡くなり、若者はGSなんか知らないから、混んでいるわけでもないのだと説明してもらっていた。

 二十歳になったから、俺も酒を飲めるようになった。近頃の若者は酔っ払いは醜いと感じていたり、酒を飲んで乱れるおのれがかっこ悪いと思っていたり、その他諸々の理由で酒を好まない奴も多いのだが、龍や俺はけっこう好きだ。幸生さんが大人の店に連れてきてくれておごってくれるのは嬉しかった。

「雄心は甘いのも好きだよな。カクテルにするか」
「カクテルってどんな味ですか」
「味はそれこそ多種多様だよ。おまえの好みでリクエストしたら、バーテンさんが合わせて作ってくれるって」
「幸生さんはなににするんですか?」
「俺は甘い酒は苦手だから……」

 バーボンだなんて、似合いもしないのに幸生さんはかっこつけている。俺は酒は嫌いではないが、なにがなんだかよくわからないし、ビールがいちばんだし……と悩んでいたら、ビールベースのカクテルってのもあるという。バーテンさんが教えてくれて、パナシェってやつにした。

 レモンの香りのする軽いカクテル。ビールの苦みもあって爽やかだ。つまみにはチーズや野菜や、おまえは腹が減ってるだろ、と幸生さんが言ったからか、揚げ物やピザも出てきた。

「あんたさ……」
「あ、はい? ああ、あなたは……」

 うわ、びっくり。こんなところにキャラが……俺は目を見開き、幸生さんは彼女に挨拶している。知り合いなのか? やっぱ幸生さんって俺とは住む世界がちがってるな、当然だけど。

 タレントのキャラだ。「客来」と書いてキャラと読むのは本名だそうで、親が食堂をやっているからだと彼女が言っていたのをテレビで見た。
 ぽっちゃり体型で三十歳くらいのキャラは別に俺のタイプではないのだが、くちびるが色っぽいな、と意識して見るようになって、芸風が好きになった。恥ずかしいので誰にも言ってはいないが、俺はキャラのファンだ。こんなところで会えるとは、しかも幸生さんとは知り合いだなんて、ラッキーだった。

「こっちに来いよ」
「……はい」

 テレビでも誰にでもため口をきいていて、礼儀知らずなんて言われていたりもする。それがキャラのキャラなのだから、それで許されるのだし、相手によって態度を変える奴よりも気持ちいい。俺はキャラのファンだから、いいほうに考えてしまう傾向はあるようだ。

 プライベートでもキャラの態度は同じなんだな。幸生さんとだったら似たような年頃で、スター度はキャラのほうが上なのか。だから幸生さんのほうがへりくだってるのかな、と考えながら、幸生さんとふたり、呼ばれてキャラのいる奥の席に移った。

 内緒話でもあるのか、スターなのだからお忍びみたいなものなのか、キャラはひとりでいたようで、俺を紹介してくれようとする幸生さんを遮って言った。

「あたし、うちのマネージャーって嫌い。あんたもそうだろ」
「いや、俺はマネージャーは好きですよ」
「無理しなくていいんだから、本音トークしろって」
「いいえ、俺はマネージャーは好きです。キャラさんはうちのマネージャーを知らないんでしょ」
「……ってか、マネージャーなんて嫌いなのが当然だろうがよ。無茶苦茶な仕事をさせようとばかりするんだ。あ、そか、あんたらは売れてないから、そんなに無茶な仕事はさせられないんだ」
「それはあるかも」

 料理や酒のグラスなど、俺たちの分をバーテンさんがこちらに運んでくれた。幸生さんと俺は礼を言い、キャラは知らん顔をしていた。

「それにしたってマネージャーって事務所の人間なんだから、敵じゃん。仕返ししてやりたくない?」
「仕返しって……」

 困惑顔で幸生さんがキャラを見る。キャラは流し目で幸生さんを見返す。その目つきがセクシーで、幸生さんはごほっと咳をし、俺は横を向いて動悸がするのをなだめていた。

「あたしはあの女、気に食わねえんだよ」
「あの女というと、キャラさんのマネージャー?」
「うちのマネージャーは男だよ。前の奴とは一回だけ寝てやったら調子に乗って、あたしの男気取りになりやがったからクビにしてやったんだ」

 ああ、そうですか、と幸生さんが笑っているのだから、これはネタだ。キャラは色気キャラで売っているのだから、こんなトークも芸のようなもの。実際には真面目なはず。真面目じゃなかったらこんな仕事ができるわけがないと俺は信じたい。

「だから今はじいさんさ。あいつもあたしに寝てほしがってるんだけど、ちょっとジョーク言ってやったら、いや、僕には孫もいますから……だってさ。アホか」
「はあ、アホですね」
「あたしのマネージャーの話じゃねえだろ」
「じゃあ、うちのマネージャーの話ですか」
「あんたんとこのマネージャー、女?」

 うなずいた幸生さんに、キャラは、ああ、会ったことあったような気がする、と応じた。

「空気の読めない女だろ」
「そうでもないですよ。彼女は気配り、目配りは上手です」
「身内を褒めんなよ、聞き苦しい」
「すみません」

 苦々しい表情で吐き捨ててから、キャラは幸生さんの頭を荒っぽく引き寄せた。

「……だからさ……なんだよ……本橋……だからさ……」
「いや、それはいくらなんでも……」
「いくらなんでもって、なんでだよ」
「あのふたりは正式な夫婦ですからね」
「だーかーらー……」

 ところどころは内緒話が聞こえる。本橋さんと美江子さんの話か。フォレストシンガーズのマネージャーの美江子さんは、本橋さんの奥さんだ。

「んなこと……ねぇだろ……そこまでじゃ……けど……だけど……悔しい……だからさ、……いっぺんだけ……喜ぶ……決まって……馬鹿か、馬鹿」
「しかし……ええ? うげ」

 なんか俺、ここにいてはいけない気分。ここにはいないほうがいいような気分。どうしようかなぁと思っていると、キャラが叫んだ。

「てめえは大馬鹿野郎かよっ!! 誰がんなこと言ってんだよっ!!」
「言ってるんじゃないんですか」
「ちがうってのっ!! あたしが寝てやるって言ったら、本橋は断るはずがないだろ。本橋にいい想いをさせてやるのはいいんだよ。あたしはあいつが趣味なんだから。で、そうなるとあの山田が怒るだろ。離婚なんかはしないだろうけど、一石二鳥じゃんかよ」

 そうですかねぇ、と浮かない調子で言って、幸生さんが俺をちらっと見る。キャラは俺のことなんか忘れてしまったように言っていた。

「あたしも好きな男と寝られる。本橋もいい気分になる。山田は怒る。それだけでいいんだ」
「それって、真ん中は当たってないな」
「んん?」
「お断りします。雄心、行こうか」
「おいこら、待て。後悔するぞ」
「しませんから」

 いつになく毅然と言って、幸生さんは席を立った。俺も慌ててあとを追いながら振り向くと、キャラは怖い顔で幸生さんの背中を睨んでいた。

「ごめんな、店を変えよう」
「いいんですけど、あのぉ……」
「なんでもね……」

 バーテンさんとひとこと、ふたことの言葉を交わし、幸生さんが店から出ていく。俺もついていくと、彼は軽い調子で言った。

「おまえにも聞こえてたんだろ。彼女はうちのリーダーと寝たいんだって。できれば結婚したいけど、そこまでできなくてもいいから、リーダーを寝とって美江子さんを怒らせたいと。怖いね」
「……はあ」
「俺に協力してくれたらいいことしてあげるって。なにしてくれるんだよ。いらねえよ」

 あくまでも軽い調子で言って、幸生さんがさっきの歌の続きを歌った。

「足音だけが ついて来るのよ
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 やさしいくちづけ もう一度

 歩いても 歩いても 小舟のように
 私はゆれて ゆれて あなたの腕の中

 あなたの好きな タバコの香り
 ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ
 二人の世界 いつまでも」

 やっぱり芸能界って綺麗な世界じゃないんだな。スターなんてのは虚像なんだ。というよりも、キャラがタレントとして作っているキャラは実像に近いのか。
 勝手にファンになって勝手に失望して、キャラに言わせれば、あたしはあたしだ、ほっとけ、なのかもしれない。

 誰にもキャラのファンだなんて言わなくてよかった。これからも言わないし、もしかしたらファンではなくなるかもしれない。スターになんか実際には会うもんじゃないとはよくよくわかった俺の視界で、横浜のブルーライトがちらちらしていた。

END








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~ Comment ~

NoTitle

こういう小説を見ると、旅行に行きたくなりますね。
出不精の私でも。
・・・と言っても結局は行かないのですが。
小説書く方が楽しいからかな。
ヨコハマは若いころに何度か行きましたね。
余計に懐かしく思います。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

ゴールデンウィークですね。LandMさんはお休みがあるのでしょうか?
この時期はどこに行っても人だらけですから、バーチャル旅行もいいですね。

私も横浜には何度か行きました。
三沢幸生の故郷だからこそ、横須賀にも行ってきました。
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