ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「富士の山」

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フォレストシンガーズ

「富士の山」


「桜の花が 咲いている
 旅立ちのとき 胸あつく
 遥かな空に 虹かける
 仰げばそこに 富士の山

 逆巻く波が 打ち寄せる
 真っ直ぐな道 曲り道
 傷つくたびに 泣くたびに
 「元気出せよ」と 富士の山

 夕焼け雲が 燃えている
 ふるさとの山 光る河
 父、母、幼友達の
 歌が聞こえる 富士の山

 白雪しんと 降りしきる
 さまざまなこと 思いだす
 「よくやったね」と微笑んで
 春を夢見る 富士の山

 「よくやったね」と微笑んで
 春を夢見る 富士の山」

 山のある町、八甲田山、富士山、剣岳、阿蘇山。
 本橋真次郎ソロライヴの第二回目、富士山にはこんな歌がある。富士登山ってやつの経験はないが、東京で生まれて育ったのだから、富士山は俺にはなじみ深い山だった。

 静岡県と山梨県にまたがる日本最高峰、活火山でもある富士山が見事に望める土地には、かつてもときおりやってきた。

 ガキのころには親や兄貴たちと、高校生ぐらいになると友達と遊びにきたり、大学生にもなれば彼女とドライヴにきたり、ひとり旅にもきた。
 俺は日本のはじっこ、「最北端」や「最南端」に興味があって、ひとり旅だとそういうところを好んで訪れた。富士の樹海にも興味はあった。

「富士の樹海? ひとりでそんなところに行くな」
 高校生のときに、兄貴に怒られたことがあった。下手をすると死ぬぞ、だったわけで、死にたくないので行くのはやめた。

 単純なガキが単純な大人になり、プロのシンガーになって、このたびはソロライヴだ。章、シゲ、と続いてきたフォレストシンガーズ各々のソロライヴは、本橋真次郎で三番目になる。

 魁の章は相当に盛り上がったようだし、シゲもそれなりだったらしい。俺は三番目なのだし、初演の八甲田山もすませたから、気分的には落ち着いていた。

「社長が言ったんですよね? いい年した男の集団なんだから、ソロライヴなんだから互いに干渉はしない、社長も見にいったりしないって。偵察には行ったんですか? スパイでも送り込んだんですか?」

 社長はふふんと笑っていたが、ま、それはいい。俺も見にいきたかったなぁ、ではあるが、カメラが入っていたそうだから、ファンの方のご要望があればDVDになるかもしれない。「フォレストシンガーズソロライヴ」と銘打ったDVDか。いいな。

 ホールの窓からは富士山がくっきりと見える。今日は上天気だ。
 ライヴが開始される時刻になっても、周囲の灯りのおかげで富士山はそこにあるとわかる。威風堂々とした富士山が俺を励ましてくれていた。

「こんなところで暮らしていらっしゃるみなさまが、うらやましく思えますよ」

 ひとりでのMCというのは慣れていない。フォレストシンガーズのライヴだと幸生が中心になるのだが、ソロなのだから俺がひとりで喋る。仲間たちの当意即妙のつっこみをなつかしく感じながら喋っていた。

「この近くにお住いの方ばかりではないんですよね。今回の本橋真次郎ライヴは、東北、関東、信越地方、九州、と偏ってしまいましたから、遠方の方からは恨まれたんですよ。申し訳なく感じますとともに、私の行けるところでライヴをやってよ、と言って下さるファンのみなさまには、心よりの感謝を捧げます」

 では、ファンのみなさまに捧げる歌を。
 結婚して以来、どうもラヴソングの歌詞を書くのが恥ずかしい。乾がいみじくも言ったものだった。

「つまり、なんだろ。かつては本橋真次郎が愛を捧げる相手は特定されていなかった。少なくとも世間に知られてはいなかった。僕の愛は歌を聴いて下さるファンの女性のみなさまに捧げてるんです、だなーんてぬけぬけと言っちまったりして、俺、あれを聞いたときは食ってたハンバーガーをあやうく吹くところだったぜ」

「ところが、おまえには特定の女性ができてしまった。ファンのみなさまにも知られちまった。おまえがラヴソングをつくると、ああ、あの奥さまに対する愛の歌なのね、と思われる、ゆえにこっ恥ずかしくて歌がつくれなくなったとな」

 ああ、ああ、その通りだよ。乾隆也、おまえはなんだって、俺自身が気づかない心理までを読むんだ。この……へなちょこ野郎が、でいいのか?
 乾隆也がなに野郎なのかはともかく、そういう心理が働くもので、「きみの白い細い手が、僕の心に触れる」なんて歌詞を書くと、独身時代以上にむずがゆくなるのだ。

 詩を書くのがいやだなどとは、ソングライター失格ではある。けれど、俺はそもそもクラシック出身だから、曲だけの音楽も大好きだ。クラシックの定義は「古い」ということではないのだから、俺が現代のクラシックを作曲したっていい。

 本橋真次郎作曲の新しいクラシックの名曲……だなんて意気込むほどの曲は完成しないが、俺がピアノを弾いてファンのみなさまのハートにしみていくはずの曲だったらできた。題して、「心」。ハートの心は「しん」とも読む。「しん」は「真次郎」のしんだ。

 真次郎の心を聴いて下さるみなさまに捧げよう。
 曲の解釈なんてものは自由なのだから、このホールの客席にいる方々が、どんなふうにでも聞き取って、笑ってくれたりしんみりしてくれたりしたらいい。シンガーとして出発した本橋真次郎が、現時点で到達している想いのありったけだ。

 ピアノに向かい、歌わずにメロディだけを届けている俺を、窓の外から富士の山が見下ろしていた。

END



 


 
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~ Comment ~

NoTitle

ふうむ。。。
実は富士山に憧れも羨望もないんですよね。。。
知っての通りかもしれませんが、出不精の文明育ちなもので。私が富士山を見るとしたら、テレビとブログの写真ですかねえ。。。

LandMさんへ2

いつもありがとうございます。

私は実際に富士山には二、三度行ったことがあります。五合目までは車で登ったこともありますが、遠くから見ているほうがいいですね。

関東人には富士山は親しみ深いものだそうで。
「大阪からは富士山って見える?」と東京のひとに質問されたことがありますが、無理です、見えません。
LandMさんのお住まいのほうからだと、もっと見えませんよね。

見える土地と見えない土地では、きっとそのなにか、富士山に限らず、シンボルのようなものの感覚はちがうんじゃないかと思います。
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