別小説

ガラスの靴41

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「ガラスの靴41」

     紹介


 不規則な生活なのは仕事柄しかたがなくて、その上にメンドクサがりだから、いつ帰ってくるとの連絡をアンヌはあまりしてくれない。あの日も夜中に急に帰ってきた。

「今夜は泊まりじゃなかったの?」
「あたしが帰ってきたらいけないのかよ」
「ううん、嬉しいよ」

 鍵を外してドアを開け、アンヌに抱きつこうとしたら、うしろにぬぼっと立っている人物がいた。アンヌからはお酒の匂いがする。飲み屋で仲良くなった見知らぬ人同然の相手を連れてきたり、友達を連れてきたりするのも頻繁な奥さんなのだから、僕は驚きはしなかった。

「いらっしゃい。……あれれ?」
「カンナ、いっぺんうちに来たんだってな。なんで言わないんだよ」
「いや、あれは……」
「お邪魔します」

 蚊の鳴くような声とはこれだろう。巨体を縮こめた女の子が、アンヌのあとからうちに入ってきた。

 二、三ヶ月前だったか、息子の胡弓を連れて公園へ行き、マンションに帰ってきたらカンナさんと遭遇した。突然胸倉をつかまえてつるし上げられて、僕はパニックになり、胡弓はびっくりしすぎて泣くのも忘れている様子だった。

 暴漢なのだから警察を呼んでもよかったのだが、漢ではなく、暴女だったのもあり、なにやら事情がありそうなのもあって、僕は彼女を家に通した。

 まだ若い彼女は身体は大きくても幼い感じで、訥々と語ってくれた。
 もっと若かったころにアンヌのバンドのファンだった。アンヌのバンドのメンバーたちはカンナを馬鹿にしたけれど、アンヌは優しくしてくれた。

「あたしは男は嫌いだ。結婚なんかしない。カンナはまだ高校生なんだから無理だけど、あんたが大人になってあたしみたいに背が高くてかっこいい女になったら、恋人同士になろうよ」

 そんなことを言われて舞い上がってしまい、その台詞を真に受けていたのに、アンヌは僕という男と結婚してしまった。
 要は逆恨みのようなもので、僕を襲ったのであるらしい。
 いくら大きくても女の子だからなのか、こんな僕にもカンナを阻止することはできた。カンナはうなだれて帰っていったのだった。

 そのいきさつをアンヌには話していない。暴漢……ではなくて暴力女をなだめて帰らせたのは一種の内助の功で、内助の功とは妻には内緒でやるものかな、と思ったからもあった。

「その話はカンナに聞いたよ」
「……笙くん、あのときはごめんなさい」
「いいんだけど……再会したの?」
「あたしはアンヌが昔に言ったみたいな、かっこいい女になんかなれなかったから、会いたいような会いたくないような気分だったんだけどね」

 現在のアンヌのバンド「桃源郷」がライヴをする店の近くをうろついていて、カンナはアンヌと会ったのだそうだ。「桃源郷」は人気はあるとはいえ、大スターでもないので、ファンと触れ合う機会もけっこうある。

「アンヌ、すぐにあたしだって気づいてくれて……」
「そりゃそうだよ。カンナ、変わってないもん」
「ごめんなさい……」
「泣くな、あやまるな。笙、カンナになんか食わせてやれ」
「はい」

 どうして泣いたりあやまったりしているのかといえば、アンヌと約束したのに……かっこいい大人の女になるって言ったのに……ちっとも変われなかったから、なのだそうだ。何度も何度もそればかり言ってカンナが泣くので、我が家に連れてくるしかなかったとアンヌは苦笑いしていた。

「カンナは大きいけど、可愛いよ。な、笙?」
「うんうん。可愛いよ。残り物で悪いけど、アヴォカドの入ったポテトサラダ、好き?」
「大好き」

 泣き止んでポテトサラダを食べ、アンヌと話してはまたまた泣き、その夜はうちに泊まったカンナは、翌日になってアンヌに送られて帰っていった。

 クリーニング屋さんで働いているというカンナは、正直、ごつくて可愛いとは思えない。けれど、中身は子どもっぽくて可愛くなくもない。僕から見れば身体ばかり大きくても、胡弓と変わらない幼児のようだ。なのだから、可愛いと言ったのは内面についてだった。

「だからさ、さっきから言ってんじゃんよ」
「……だけど……」

 それから一ヶ月ほどがすぎた今日は胡弓を母に預けて、僕はショッピングに出かけていた。たいした荷物はなかったので、実家に寄って胡弓を引き取り、母が作っておいてくれたおかずを持って帰ってきたら、びっくりしたことにアンヌが先に帰宅していた。

「わっ、カンナ、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
「また買い物か? カンナの分もメシ、あるか?」
「うん、あるよ。急いで支度するからね」

 支度ったってもらってきたんだろ、と笑っているアンヌとカンナの会話を聞きながら、僕はお総菜を盛りつけたり、ごはんをあたためたりに取り掛かった。

「カンナは自分がでかすぎて自信ないって言うけど、ほんとにおまえがブサイクだとか思ってるんだったら、その女が男を紹介してやろうって気にはならないだろ」
「そ、そうかな」
「そうだよ。その女はカンナの仕事仲間で、あんたの性格も知ってる。ま、はっきり言ってカンナは細いとはいえない。華奢だとも言えない。けどさ、大柄で太目の女が趣味だって男はいるんだよ。あんたに男を紹介してやろうって女は、その男の趣味も知ってるわけだろうが」
「……そりゃそうだよね」

 この自己肯定感に乏しいカンナは、あたしなんかを紹介された男のひとは迷惑なんじゃないのかな、とうじうじしていたらしい。そんなカンナをアンヌが励ましてやっているので、僕も言った。

「いるよ、デブ専って男……いやいやいや、カンナはデブじゃないよね。筋肉質のごつい女……そうそう、プロレスラーと結婚する男だっているんだから……いやいや……カンナは若いし、そうそう、性格もいいし、ね、アンヌ?」
「おまえは黙ってろ」

 ぎろりと睨まれてアンヌにげんこつで頭を叩かれたが、僕の激励の言葉も効果があったらしくて、カンナはその男に会うつもりになったらしい。
 あれ、どうなったかな、どうなったんだろな、とアンヌも僕も楽しみにしていた。アンヌはカンナの話を聞くために、我が家に報告にこいと言ったのだそうだ。

「アンヌはほんと、カンナのことが可愛いんだよね。ほんとに恋してる?」
「恋はしてないんだけど、なんだか気になるんだよな」
「わかるな。僕も母性本能をくすぐられるもんね」
「紹介された男が笙みたいな奴で、母性本能を持ってたらいいんだよな。そしたらカンナとうまく行くんじゃないかな」

 約束の時間から一時間ほど遅刻して、カンナがやってきた。玄関には僕が出迎え、カンナの顔を見た途端にぎくっとした。

「暗っ……まあ、とにかく入って」
「う」

 この顔はうまく行ったとは思えない。ダイニングルームに通したカンナを見たアンヌも察したようで、遅いだろとも言わずにウィスキーの水割りを作りはじめた。

「紹介してくれたひとって、主婦なんだよね。三十くらいなのかな。学歴がないからクリーニング屋でバイトするくらいしかできないって言ってるけど、美人だよ。旦那もけっこうイケメンなの。その旦那の友達っていう男のひとを紹介してくれるって、アンヌには話したよね」
「うん、三十すぎなんだろ」
「あたしよりは十近く年上だって」

 意外になめらかにカンナは話した。

「へぇぇ、これ?」
「そう、これ」

 男を紹介してやると言った夫婦の家に呼ばれたカンナを見た、その男の第一声はそれだった。へぇぇ、これ? じろじろとカンナを眺め回し、彼は第二声を発した。

「悪い、俺、用事を思い出したから帰るわ」
「えええ、そんなぁ。ごはん食べていかないの?」
「そんなに急いで帰らなくても……カンナちゃんと話していけよ」
「いや、急ぐんだ」

 男はそそくさと帰ってしまい、主婦は言った。

「しようがないな。そしたらカンナちゃんだけでも、ごはん食べていくよね」
「う、ううん、だったらあたしも帰る……」
「そぉぉ? なんだか悪かったね」
「ううん、いいの。あ、トイレ貸して下さい」
「どうぞ」

 呆然としてしまっていたので、カンナはトイレと洗面所を借りおのれを落ち着かせようとした。顔を洗おうと洗面所の鏡の前に立ったものの、行動を起こせなくてぼーっとしたままでいたカンナの耳に、夫婦の会話が届いてきた。

「やっぱそうだったか。それにしても露骨だよね」
「だから俺が言ったろ。あの女じゃな……」
「わかってはいたけど、もうちょっと話くらいはするとか……」
「そんな気になるわけないだろ。おまえの友達だって言うから、おまえに近い美人だって想像してたんじゃないのかな」
「そしたら、想像とちがいすぎて帰るしかなくなった、と」

 ふたりしてくくっと笑い、カンナはいっそう動けなくなった。

「俺だってびっくりしたもんな。あそこまでだとは思わなかったよ」
「……そうかなぁ。あれであの子、可愛いところもあるんだけどな」
「な、おまえさ……実はさ……」
「ええ? まさか。あたしはそんなに意地悪じゃないもん」
「そうかぁ……ま、そういうことにしておこうか」

 実はさ……のあとの言葉は聞こえなかったが、聞こえないほうがよかったんだろな、とカンナは呟いた。話を聞いているアンヌの表情がどんどん険しくなっていき、低い声で言った。

「そいつら、カンナに聞こえてもいいってか、聞かせようとしてたんじゃないのか」
「さあね」
「……男を紹介してあげるって台詞が出るのは、そういう意図もあるんだな。あたしは案外人がいいんだ。そんな悪意を秘めて人に人を紹介するって……カンナ……」
「いいんだ、いいよ、うん、いいんだ」

 歯を食いしばって泣くまいとしているカンナに、アンヌとしてもかける言葉が見つからないらしい。おい、笙、なんとか……と言いかけて、アンヌはかぶりを振った。おまえは黙ってろ、との意味らしいから、僕も黙って台所に立っていく。せめてカンナにおいしいものを作ってあげよう。

つづく







 


 
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~ Comment ~

NoTitle

・・・ん。続くのも珍しいかな。
男と人が違うのか同じなのか。
ある人は友達の最上級が嫁・・・という人もいますけど。異性でも同性でも友達の延長線上という人もいますね。その辺は価値観なんでしょうけど。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

つづく、っていうのは「ガラスの靴」のラストに書いてる「つづく」ですか?
このストーリィは連作読み切りですので、連番には関係なく前もうしろも続いております。

あ、別の意味で書いておられるんだったらすみません。

「夫婦は友情」だと言うひともいますよね。
そのへん、たしかに人それぞれですよね。
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