ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「disrespect」

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フォレストシンガーズ

「disrespect」

 少年がひとり、幼児がひとり、赤ん坊がひとり。子どもたちは全員が男の子で、大人はおっさんがふたり、おばさんがふたり。
 唯一、俺だけがお兄さん、だなんて言ったらヒデさんに殴られそうだし、恭子さんにも殴られそうな気もする。蜜魅さんにも睨まれるだろう。

 本庄家の長男と次男、広大と壮介。「こうだい」「そうすけ」と読むのだからごく尋常な名前だ。日野家のひとり息子の創始は「そうし」と読む。今どきとしたらさほどに奇をてらった名前でもない。

 シゲさんの息子たち、広大と壮介、ヒデさんの勤務先の息子、創始。広大と壮介の両親であるシゲさんと恭子さん。創始の保護者のヒデさんと婚約者の蜜魅さんは、十歳くらいの創始の両親だといってもおかしくはない。

 まるでなんの関係もない、わけでもなく、オヤジたちの後輩である俺は、楽しそうなカップル二組とガキ三匹……ではなく、三人とをやや離れたベンチで眺めていた。

 日本全国全市踏破ライヴ、言い出したのは幸生で、今月はそのために九州地方を回っている。長崎県はシゲさんの奥さんの恭子さんの出身地で、彼女の実家の近くでライヴをやると知って、里帰りがてらに恭子さんも聴きにきていた。

 実家に帰っているのだから、子どもたちは恭子さんの親に預けてきたらしい。我々のライヴは小学生以下にはご遠慮願っているのだから、メンバーの息子といえども、例外ではない。

 神戸の電気屋で働いているヒデさんは、シゲさんに誘われて蜜魅さんを伴ってライヴに来てくれた。この近くに日野さんの親戚があるのだそうで、創始と広大と壮介を会わせてやりたいと言って、ヒデさんが創始も連れてきた。

 ライヴは当然、大人ばかりで行われ、一夜明けた今日、子どもも大人も楽しいんじゃないかと恭子さんが提案して、この植物園にやってきた。

 リスやウサギなどの小動物が駆け回っている小さい動物園のような一画を、ガキどもも駆け回っている。壮介もよちよち歩けるようになって、兄ちゃんたちを追っかけていっている。のどかな光景だ。

 他の大人たちはどこに行ったのだか知らないが、探しにいくのも億劫なので俺はここにいる。子どもたちを見ていると思い出すのは、俺の場合は弟だ。

 好きな女はいるけれど、三十三歳になっても結婚の予定もない俺としては、わが子なんて考えられない。もっとも身近にいた十二歳年下の弟、龍を思い出して、あいつもちっちゃいころにはこんなだったな、あのちびが俺よりも背が高くなりやがって、生意気、などと考えていた。

「あらっ、すみません」
「壮介、ダメだぞ」
 
 その声に視線をやると、中でもいちばんちっちゃな壮介が、見知らぬ女の足元に抱きついていた。彼女に詫びているのは蜜魅さんとヒデさんで、恭子さんとシゲさんが駆けてきて、シゲさんが息子を抱き上げた。

「すみません」
 もう一度詫びている恭子さんを、女が一瞥する。恭子さんに向かって軽くうなずいた女は、俺のそばに寄ってきた。

「汚い」
 ひとりごとのように言った女が、俺の隣にすわった。
「スカートが汚れたよ」
「……汚れるってほどでもないでしょ」

 別に俺に話しかけているのでもないかもしれないが、美人だったので反応してしまった。年のころなら二十代半ばってところか。小柄で細い俺のタイプだったのだ。

「べたっとした手であたしのスカートをさわって、抱きついてきたんだよ。突き飛ばしてやろうかと思った」
「過激だね」
「あたし、子どもって大嫌い」

 九州の言葉ではないから、観光客なのだろうか。この植物園は花好きの乾さんには楽しいらしいから、花好き女だったら興味深い場所なのかもしれない。

「ひとりで来てるの?」
「どうでもいいじゃない」
「どうでもいいけどね」

 話をするのが迷惑というわけでもないらしく、俺があっちの四人の連れだと気づいているのかいないのか、彼女は続けた。

「子どもってうるさいじゃない? 長崎へ来る飛行機の中でだって、赤ん坊が泣いてたんだよ。それだけでも憎悪してたのに、お気に入りのスカートを汚されたよ」
「どこが汚れた?」
「あんな汚い手でさわられただけでも、汚れたの」

 大げさな、とは思ったのだが、曖昧に笑っておいた。

「子どもなんてひとり残らず、死ねばいいのにね」
「……そこまで言わなくてもよくない?」
「世間の迷惑だもの。死ねばいいんだよ」

 ま、俺だって子どもは好きではない。都会の大人には子ども嫌いが多いというが、憎悪まではしていない。ライヴにガキを連れてきて、そいつが泣いてもおかまいなしの親がいると、その親にだったら憎悪が起きるが。

「あたしは絶対、子どもは生まないからね」
「好きにすれば?」
「だけど、わかってくれない男ってのもいるんだよ。わが子だけは可愛いんだから、産んでみたらいいんだって言うの。産んでも可愛くなかったらどうすんのよ?」

「産んだけど可愛くなかったから虐待するって言うよりは、産まないほうがいいと思うよ」
「そうだよね」

 なんだって俺は、見ず知らずの女とこんな話をしているのだろう。
 むこうのほうでは子連れのシゲさん、ヒデさんグループがお菓子を食べはじめている。知らない女はなおも言っていた。

「子どもも嫌いだけど、そんなのをこの世に出してくる妊婦とかってのも大嫌い。あんなみっともない姿をよくも他人に見せられるよね。妊婦なんてのは家に引っ込んでりゃいいんだよ。勝手にやって勝手に孕んだくせにさ」

 だんだんと言葉が悪くなってくる。壮介の手よりもおまえの言葉のほうが汚いだろ、と言っていいものか。こんな女、彼女でも友達でもないんだから好きに言わせておこうかと思っていると、頭の上で声が聞こえた。

「世にもありふれたことを言っていいですか」
「なによ?」

 いつから聞いていたのか、乾さんだった。
 サボテンの小さな鉢を手に持ち、にこやかに微笑んでいた。

「あなたを産んでくれたのは、育ててくれたのは、その妊婦さんだったお母さん。あなたも他人に迷惑をかける存在だったんですよね。そのころに死ななくてよかったでしょ?」
「……ものすごくダサいセリフっ!!」
「承知の上です」

 この台詞はたしかに、常套句のきわめつけだ。俺だったら恥ずかしくて言えない。ありふれていると前置きをして、言ってのけるのは乾さんらしかった。

 むっつりと乾さんを睨んでいた女は、立ち上がって背中を向けた。乾さんは彼女の背中にひらひらっと手を振ってから、俺の隣に腰かけた。

「なんでサボテン? 彼女の台詞に棘があったからですか」
「そこまで考えてはいないよ。鉢植えの花を売ってたんだけど、俺たちは留守が多いだろ。サボテンだったら丈夫かなって思ったんだ」
「乾さんには似合いだな」
「そう? ありがとう」

 毒サボテンなんてものがあったら、もっと似合いかもしれない。
 けど、あの女に言った言葉には別段、棘も毒もなく常識的だった。あの女は表情からしてもフォレストシンガーズなんて知らないようだったけど、知っていたからどうこうって問題でもないだろうし。

「な、章、いろんな考え方の人間がいるよな」
「誰にでも説教したがる乾隆也とかね」
「言えてるな」

 説教されたって反省もしない奴も多いのだから、乾さんに散々言い聞かされるとものを考えた俺はましなのか。しかし、乾さんは言うのだった。

「ついつい口出ししては、よけいなことを言っちまったかなって悔やむんだ。俺の人生、そんなことの繰り返しだよ」
「……ですね」

 だったら言うな、とは言えない心境に達している俺としては、否定も肯定もしないでおいた。

END








 
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