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小説380(罪つくり)

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フォレストシンガーズストーリィ380

「罪つくり」

1・美波

「そうなんだ、いいなぁ」
「知美ちゃんも乾くんのこと、好き?」
「好きとかいうほど知らないけど、まゆりちゃんに彼氏ができたっていうのがうらやましいの。まゆりちゃん、けっこう積極的だよね」
「……そうかな」

 恥ずかしそうな声のまゆりちゃんとは、姉の知美の友達だ。高校生の姉とその友人が庭先で話をしているのを、美波は全身を耳にしているような感覚で聴いていた。

 バレンタインディに意中の男の子にプレゼントをして、彼がまゆりの想いに応えてくれた。まゆりはそんな話をしていて、知美は実にうらやましそうに聞き、質問をはさんだりもしている。高校生の女の子たちは、美波から見ればまぶしい大人のようだった。

 時が流れて女の子たちは大人になっていき、知美とまゆりも疎遠になっていったようだ。美波は故郷の金沢から離れて専門学校に入学し、ホテル勤務になった。
 大人になってから知ったところによると、まゆりが姉に話していた彼氏の乾隆也くんは、フォレストシンガーズというヴォーカルグループのメンバーとしてプロの歌手になっていた。

「みなさま、こんばんは、乾隆也です。
 日記だと言ってるわりには、僕の担当の日にはうだうだと反省ばかりしていて、暗い、うっとうしい、と言われたりもするのです。
 今日は暗くない日記……日記というよりも思い出話ですが、初恋話でも書かせていただきましょうか。あれは金沢の高校生時代。僕は生まれてはじめて、女の子に告白されたのです。バレンタインデーでした。
 ありがちだと笑わないで下さいね。十六歳の乾隆也少年にとっては、一大事件だったのですよ。ありがちなんかじゃなかったんですから」

 インターネットのフォレストシンガーズ公式サイトで読んだ、乾隆也の日記。これってまゆりちゃんのことだ。隆也の応援がしたくて美波はファンクラブに入っていたので、メールができる。思い切って隆也あてにメールを書いた。

「乾さんが先日書いてらした、初恋のひと、わたし、彼女を知ってますよ。
 このメールって誰でも読めるんですか? 乾さんだけが見るんだったらいいけど、他の方も読むのかもしれませんね。だから彼女の名前は書かないけど、私は金沢のあの高校で、乾さんと同じ学年だったんです。
 クラスは乾さんとは同じではありませんでしたよね。私は彼女と同じクラスで、乾くんが好き、どうしたらいいの? なんて相談もされていました。
 彼女は意外に積極的だったんだな。いつの間にかつきあうようになっちゃってね……うらやましかったな。乾くんって優しいんだよ、それでいてきりっとしてて……だなんておのろけを聞かされたんですもの」

 本当のことは冒頭の一文だけ。名前を書いてはいないが、これでは姉の名を騙ったようなものだ。だけど、どうせ返事なんか来ないだろうからいいか。そのつもりだったのに、隆也からの返信が届いた。

「ご連絡、ありがとうございます。
 僕はほとんど金沢には帰郷しませんので、故郷の友達がどうしているのか、まったくといっていいほどに知りません。あなたは金沢で暮らしていらっしゃるのですか。
 よろしければまた、なつかしい故郷の話や友の話を聞かせて下さい」

 こうなれば流れにまかせるしかない。まゆりだって姉だって、美波と隆也のメールのやりとりには気づかないだろう。そうと信じて、美波は再び隆也にメールを書いた。


2・敦子

 黒い髪をオールバックにして、がっしりした身体をグレイのスーツで包んでいる。彼をテレビで見たときに、敦子は思った。

「私のタイプだわぁ。誰? フォレストシンガーズの本橋真次郎? んんっと……知らないはずなんだけど、知ってるような気もする。本橋真次郎……本橋? んん?」
「忘れちゃったの?」

 出産したばかりで里帰りしている姉が、やっと赤ちゃんが寝たよ、と言いながら敦子の隣に来た。

「私はこの声も覚えてるよ。本橋くんって中学生にしたらいい声をしていたじゃない。大人っぽいなぁ、って思ったのは声だけだけど」
「お姉ちゃんは彼を知ってるの?」
「敦子は知らないっていうの?」

 誰だろ、思い出せないよ、と言うと、姉がヒントを与えてくれた。

「あれは私が高校生、敦子は中学生のときだったかな。あのころの私は空手をやってたでしょ。私が出場した空手大会を、敦子が見にきてくれたんだよね。そこにはお兄さんたちが大会に出場するからって見にきた、敦子と同じ中学の男の子がいた」
「お姉ちゃん、よく覚えてるね。え? あーっ!! 本橋くんっ!!」
「そうよ。思い出したんだね」

 姉の言う通り、空手大会の会場で会った真次郎とは、同じ中学校だったのだから親しくなった。敦子は初カレができたのが嬉しかったのだが、真次郎のほうは女の子との交際を面倒がっていたふしもある。高校受験の時期になると自然消滅してしまって、別々の高校に進学したら完全に切れた。

 それから十年。敦子も去年、結婚した。本橋真次郎についてなどはひとかけらも思い出さなかったのだが、こうしてテレビに出てこられると、彼とつきあっていたころが思い出される。
 背が高くてぶっきらぼうで、男らしくて素敵だと思ったり、もうちょっと女の子の気持ちをわかってくれてもよくない? と不満に感じたりもした。

「あの本橋くんがねぇ。歌手になったんだ」
「売れてないみたいだね。本橋くんはかっこいいといえばかっこいいけど、歌手の顔はしてないし。他の四人も美形じゃないもんね」
「歌手の顔ってどんなよ?」

 デビューしてから一年になるというフォレストシンガーズの名前は、敦子ははじめて聞いた。敦子は専業主婦で子どももいないので暇はふんだんにあって、テレビのワイドショーなどもよく見ている。そういった番組でもなんの話題にもなっていないのだから、売れていないのだろう。

「歌手ったって売れなかったら駄目だよね。うちの旦那のほうが収入は多いんだろな」
「そうかもしれないね」

 とはいえ、やはり昔の彼氏がテレビに出るようになれば気になる。それからの敦子はフォレストシンガーズの動静をチェックするようになったのだが、はかばかしい成果はなかった。
 
 そのうちには敦子が妊娠し、フォレストシンガーズなんてどうでもよくなった。長女が二歳になると次の出産をし、夫の会社の業績が落ち目になって減収になり、給与もダウンしてしまう。ふたりの子どもを抱えての生活が苦しくなってきて、敦子も働きに出るようになった。

 そうこうしているうちに、あっという間に三十歳をすぎた気がする。第二子である長男も小学生になり、手のかかり方は減ってもお金がかかるようになってきた。今日もてんやわんやの一日を終えて、敦子は夫とふたり、キッチンでテレビを見ながらウィスキーの水割りを飲んでいた。

「フォレストシンガーズが出るみたいだな」
「フォレストシンガーズ? パパにその話、したっけ?」
「ファンだって言ってなかったか?」

 いつの間にやらフォレストシンガーズが売れてきているらしいのは知っていたが、敦子としてはそれどころではなかった。今夜はケーブルテレビの歌番組に彼らが出ると夫が言うので、画面に注目していた。

「本橋くん、かっこよくなったなぁ」
「本橋くんって、ママ、えらく親し気じゃないか」
「そこまでは話してなかった? 彼は私のモトカレなんだよ」
「またまたぁ。冗談言ってんじゃねえよ」
「ほんとだもん」
「いつ?」

 中学生のとき、と正直に言うと、そんなガキにモトカレもなにもあるもんか、とせせら笑われそうに思えた。

「二十歳くらいのときよ。パパと知り合う前」
「フォレストシンガーズってデビューしてたのか?」
「してなかったんじゃないかな」

 敦子と真次郎は同い年で、姉が初出産した年にフォレストシンガーズはデビューして一年だと聞いたのだから、二十歳ではアマチュアだったはずだ。

「だからママみたいのとつきあってたんだな」
「ママみたいのとはなによ?」
「言わないほうがいいだろ」
「……なにが言いたいのか知らないけど、結婚したいって言われたんだよ。俺は将来は歌手になる、歌手になって敦子に贅沢な暮らしをさせてあげたい、そのためにだったらもっともっとがんばれる、俺の支えになってほしいって、プロポーズされたの」

 そんな事実はないのだが、夫の顔が不機嫌になってくるのが楽しくて、敦子はなおも言った。

「だけど、若すぎたもんね。本橋くんの言うことを信じなかったわけではないけど、結婚するには早すぎるから断ったの。惜しかったなぁ」
「惜しかった?」
「だって、そうじゃない。本橋くんと結婚していたら……私は優雅な専業主婦ができてたんだろうな」
「ママは働くのも楽しいって言ったじゃないか」
「それはパパの気持ちを軽くしてあげるためよ」

 夫の表情がいっそう曇っていく。言いすぎかしら、と思わなくもなかったのだが、口から出た言葉は引っ込められない。平和なひとときが口喧嘩の場になってしまったのは、本橋くん、あなたのせいよ、と敦子は言いたい。
 テレビ画面からはすでにフォレストシンガーズはいなくなっていて、彼らの歌もまともに聴けないままだった。


3・早苗


 子どものころから、片想いはうんざりするほどにされてきた。早苗は簡単に男を好きになるような安い女ではないのだし、稀に好きになれば必ずむこうから告白してきたのだから、こちらが片想いをした経験はない。されるばかりで三十数年、結婚して娘が産まれてからでも片想いしてくる男は途切れ目もなかった。

「またなの?」
「またって?」

 夫に頼まれて合唱サークルの指導をすることになったのは、早苗が学生時代には合唱部に所属していたからだ。上流家庭の夫人が主に入っているサークルに、このたび、若い男性のピアニストが手伝いにきてくれることになった。
 彼も上流家庭の息子で、以前は母親が合唱サークルに所属していたらしい。両親が父親の仕事の関係で海外に行ってしまい、大学院を卒業した息子が自宅にひとり残って、母がお世話になったサークルの手伝いをするつもりになったのだと早苗に話してくれた。

 薮内くんという名の彼は、しきりに早苗にばかり話しかけてくる。背は低めだが可愛い顔をしていて、就職して本格的に仕事がはじまる前の一時期のボランティア活動のようなものなのだそうだ。

「私、いくつだと思う?」
「えーっと……」
「薮内くんは二十二歳でしょ。せいぜいが三つ、四つ年上だと思ってるかな」
「まあ、そんなものかと……」
「結婚して子どももいるって知ってるよね」
「聞いてますよ」
「なのにもう、節操がないわね」
「はあ……」

 のらりくらりとした返答は照れているのだろう。早苗の前に出てきた男の反応はこういうのが大半なので、微笑ましく眺めていた。

「美人って罪だわぁ」
「そうですね」
「大学生のときにさ、フォレストシンガーズの本橋真次郎とつきあってたのよ。甲斐性のない男だったから捨てたの。そのあとで本庄繁之に片想いされて……」

 すこし前にそのことをブログに書いた。実名は出さなかったが、わかる者はわかっただろう。アマチュア時代の本橋真次郎にたかられて、別れようとしたらいやがらせをされて、今の夫が本橋に交換条件を出して早苗から手を引かせてくれたのだ。

 早苗の夫の宝井のおかげでプロになれたくせに、近頃の真次郎はたまにテレビで見ても大きな顔をしている。自分の手柄でフォレストシンガーズが売れてきたような言動をしているのを見ると、早苗はむしゃくしゃしてくる。
 ブログは圧力がかかったので閉鎖したのだが、そのせいで発散する場がなくなってしまった。誘ってほしそうだったので薮内をカフェに連れてきて、早苗はその話をしていた。

「いやな想い出って自衛本能が働いて、思い出したくないってなるらしいのよね。そのせいでところどころ記憶があやふやなんだけど、本橋と別れてから本庄に片想いされて……私が冷たくはねつけたからなんだろうな。最近になってフォレストシンガーズにいやがらせを受けたのよ」
「最近になって? それって学生時代の話なんでしょ」
「そうよ、ほんの五年ほど前。あら、年がばれちゃうわね」

 実際には十年以上前だが、薮内は早苗を二十代だと思い込んでいるのだろうから、この話でもかまわないのだ。

「それもこれも、私が美人だからよ。薮内くんもいい加減にしなさいよね」
「はあ。しかし、フォレストシンガーズからいやがらせって、なんの意味があるんですか。フォレストシンガーズは最近は売れてきているし、言っちゃ悪いけど宝井さんは普通の主婦でしょ。いやがらせなんかしてもデメリットこそあれ、なんの得にもならないでしょうに」

「薮内くんって世間知らずよね。そんなことで就職してやっていけるの? 私は銀行頭取の息子の妻よ。フォレストシンガーズなんか、つぶす気になったら簡単なんだから。本橋って私と同い年なんだけど……」
「僕、本橋さんの年齢は知ってますよ。あ、そか、宝井さんは年齢相応に落ち着いてますね」
「早苗さんって呼んでいいわよ」

 どうしてだか、フォレストシンガーズがらみの過去を思い出そうとすると頭痛がする。私、よっぼど本橋や本庄にひどいことをされたのよね、早苗は自分に同情していたものだから、薮内の醒めた目つきには気づいてもいなかった。


4・良美


 全国にチェーン展開をしている居酒屋「ヤードバーズ」。この店名ってどんな意味があるんだろ。良美にその意味を教えてくれたのは、新しく入ったアルバイトの木村章だった。

「ヤードバーズって、1960年代に活躍したロックバンドだよ。イギリスのバンドで、伝説の……とか言われてる。ツウ好みだとも言われてる。エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、キース・レルフ、ポール・サミュエル=スミス、トップ・トーパムなんかが在籍してたんだ。えーと、それから……ロッド・デミック、レイ・メジャーなんかも……それからそれから……」

「並べ立てられても誰も知らないけど、木村くん、詳しいんだね」
「ロックは好きだから。俺はこの名前に惹かれてこの店でバイトすることにしたんだ」
「そうだよね。木村くんは新人バイト、あたしのほうが年上なのに、口のききかたがよくなくない?」
「ああ、あんた、年上? なーんだ」

 ため口をきいてすみません、と詫びるなら許してやるつもりだったのに、章はつまらなそうになーんだと呟いて離れていってしまった。
 なんて小憎たらしい奴。むかつく。
 そうも思ったのだが、小憎たらしいというのは別の感情が忍び込んでいたからかもしれない。背が低くて子どもっぽい体格の章は二十一歳だという。小さいくせになぜかかっこいいのは、ロックバンドのヴォーカリストをやっているというせいなのだろうか。

 ロックになど良美はなんの関心もないが、章には興味を持ってしまった。年上は嫌いだ、などと言っている章を振り向かせたい。年上といったって五つだけではないか。二十六歳の女の大人の魅力で迫れば、あんな男は簡単に落ちるはずだと踏んでいたのに。

「じれったいな、木村くん、あたしの気持ちがわかんないの?」
「あんたの気持ち? それ、告白? へぇぇ、あんたって俺が好きなのか」
「好きっていうか、なんというか……あんたがあたしを好きそうだから……」
「俺があんたを好き? とんだ勘違いだね。俺は太めの女には興味ないんだ。年上にも興味ないんだよ」
「太目って……こういうのはグラマーっていうんだよ」
「ふーん、そうなのか」

 気のないそぶりで言って、鼻先で笑った木村章、あたしは絶対にこいつを許さないと良美は心に誓った。
 あんなにも冷淡にあしらわれたのだから、二度と会いたくはなかった。けれど、アルバイトをやめるのは負けて逃げているみたいで悔しい。なんとかして章に仕返しをしてやりたくて、チャンスを窺うためにも仕事は続けていた。

「うん、じゃ、あとでね」
「遅刻すんなよ」
「章くんこそ」

 ある日、同じ早番のシフトになった章が、マヤという名の女の子とこそこそっと話してから別々の更衣室に入っていった。大きな居酒屋なのでバイトも数多く、男女別の更衣室がある。良美は当然、マヤの入っていったほうに続いた。
 本日のこのシフトは、女子はマヤと良美のふたりだけだったようだ。マヤは鼻歌交じりで着替えをしている。良美も横で着替えをはじめた。

「マヤちゃん、仕事は慣れた?」
「ってか、前にも居酒屋でバイトしてたから、同じようなもんだね」
「そっか、今日はデート?」
「あ、聞こえてた? そうなんだ」

 この子は章のあとに入ったのだし、短大生で二十歳だと聞いている。まったく、近頃の若い子の口のききかたはなってないね、と良美はおばさんのような感慨を抱いた。

「章くんってあんまり評判よくないよ。遊び人なんだそうだから、遊ばれないように気をつけて。つきあうのは勝手だけど、簡単に捨てられちゃうかも……」
「ふーーん」

 本当はもっともっと言ってやりたかったのだが、控えめに表現したほうだ。着替えを終えたマヤは煙草に火をつけ、良美に煙を吹きかけた。

「妬いてるの? 可愛いね」
「な……なによ」
「実は……マヤ、知ってるんだ。あれ、ほんとなんだよね?」
「……章くんがなにか言ったの?」

「デートに誘われたときに、良美さんって章が好きなんじゃないの? って訊いたんだ。噂になってたからね。だけど、章はそんなの知らないって言ったよ。先輩が章に告白してふられたって噂も聞いたけど、そんなことはなかったって章は言った。あれで意外と、悪い奴でもないのかなって、だからつきあってあげる気になったんだよ」
「……」
「じゃあねぇ。先輩もまだ綺麗だよ。いい男、見つけなよね」

 言い残して、マヤは出ていってしまう。良美は言い返す言葉が見つけられなくなって、呆然とその華奢なうしろ姿を見送る。マヤの姿が消えたあとで、猛然と怒りがこみあげてきた。
 こんな店、やめてやる。やめて今度こそ、いい男を見つけるんだ。


5・悦代

 公式サイトや事務所のサイト、CDレーベルや彼らが出演しているラジオ番組のサイト、フォレストシンガーズ関連サイトをひと通りめぐると、ファンサイトも見てみたくなる。今夜の悦代はフォレストシンガーズファンの作っているサイトを見るつもりで、パソコンの前にすわった。

 検索するとトップに出てきたのが、「HIDEブログ」。
 トップに鎮座しているというのは人気があるからなのか。ひとり息子が幼稚園に入ってようやく自分の時間ができたので、パソコンを買った悦代だ。検索サイトの順番の意味は不明だが、HIDEブログにアクセスしてみた。

「しばらくみんなに会えなかったのは、俺だってこう見えてもたまには仕事が忙しかったからだよ。忙しくて休みも取れなかったのは、うちのバイトが試験で休んでたからもあるんだ。そんなときに限ってエアコンの取り付け工事なんかが何軒も入ってくるんだな」

 最新日記はそんな記述からはじまっている。ヒデという名の男性は、神戸の電気屋勤務であるらしい。

「ようやくバイトが出てきたから、休みをもらって神戸の例の店で幸生と会ったんだ。フォレストシンガーズが京都のイベントに出演したから。そんなことはファンのみなさんは先刻ご承知だよな」

 ということは、ヒデとはフォレストシンガーズの関係者か。リアルなフォレストシンガーズを知っている人物の日記となると興味が増す。テレビで見て突然に彼らのファンになってしまった悦代は、フォレストシンガーズ情報を貪欲に吸収したかった。

「みなさんもご承知のように、マスターは無愛想きわめつけだ。対比するかのように喋りまくる幸生と、その中間の俺。ほんま、よう喋るなぁって、マスターがぼそっと言ったよ。
 そのうちにはマスターがギターを弾きはじめた。前にちらっとだけ話した、俺の作った曲だ。そいつに幸生が即興で詞をつけて歌い出す。ファンのみなさまに聴かせてあげたかったな」

 うわぁ、いいな、私もそこにいたかった。
 どんな曲? フォレストシンガーズのアルバムに入るんですか?
 バラードかなぁ。ユキちゃんの生歌、聴きたいな。
 その店って急に行ってもいいの? いちげんさんお断りとか?

 読者のコメントがいくつもついているが、ヒデは返事はしていない。フォレストシンガーズの関係者なのならば、コメントを受けない設定にしてあるのだろうか。初心者の悦代は傲慢だと思ってしまうが、有名人だったらいちいちコメントに返事などはできないのだろう。

 それからはわずかな暇を盗んでヒデのブログを読んだ。彼は高知県出身で、フォレストシンガーズの本庄繁之と同年。つまり、悦代とも同郷で同い年だ。
 東京の大学で本橋と乾に誘われ、本庄、三沢、そしてヒデがフォレストシンガーズを結成した。初心者ファンは知らなかった、結成秘話には読みふけってしまった。

 結婚することになってフォレストシンガーズを脱退したヒデは、彼らのメジャーデビューを深夜のテレビで知る。そのせいで……とはっきり書いていたわけではないが、そのせいらしく、ヒデは荒んでしまって妻から離婚を切り出された。
 しばらくは放浪暮らしをしていたヒデは。現在は神戸在住。フォレストシンガーズとも交流が復活したと、ブログにはそのあたりが詳しく書かれていた。

「小笠原くんは東京に行くが? ほがなところに行かぇうてもいいがやき。土佐のほうが楽しいがやき。

 高校の卒業式の日だったかな。俺にそう言ってくれた女の子がいたんだよ。
 おまん、俺が好きなんか? にやっとして問い返したら、馬鹿とか阿呆とか言って俺の背中を思い切り叩いて、走っていってしまった。泣いてたのか?

 なーんてね、卒業シーズンになると俺にも、そんな甘酸っぱい追憶がよみがえってくるわけですよ。
 もうじき桜が咲くね」

 え? これ、私? ヒデって、小笠原英彦?
 ヒデという名前は頻出していたが、彼の姓ははじめて出てきた。土佐生まれの三十四歳かぁ、私と同じだね、昔にどこかですれちがったりしていた? そんな想像はしなくもなかったが、土佐といっても広い。そんな偶然、あるわけないがかや。

 なのに、悦代の胸にもその思い出がよみがえってきていた。
 高校の卒業式、好きな男の子の制服のボタンをもらうなどという習慣が消滅はしていなかった。悦代も片想い相手の小笠原くんに、最後のお願いがしたくて近づいていった。なのに、そんな軽口をきかれて腹が立って、涙ぐんで彼の背中を叩いた。

 あのころにだったら土佐のよその高校でも。小笠原くんという名前の男子にまったく同じことをした女の子がいたのかもしれない。この男の子と女の子があの小笠原くんと、この私だなんてありっこない。

 だけど、そうだったらいいなぁ。
 もしもそうだったとしてもなにが起きるわけでもないけれど、そうだったとしたら……もうすこし、息子を幼稚園に迎えにいくまでの時間は、甘酸っぱい記憶とたわむれていたかった。


6・亜子

 クラシック音楽しか聴いてこなかったから、日本の男性ヴォーカルグループというだけで軽視していたふしがある。なのにフォレストシンガーズに興味を持ったのには理由があった。

 日本の歌手はCDとなるとさまざまな処理をして難点をごまかしてしまうが、ライヴではごまかしが効かないはずだ。CDのフォレストシンガーズはえらく歌がうまいけど、生はどう? 暴いてやりたいな、意地悪な気持ちも持ってしまったのは、三沢幸生のせいだった。

「……悔しいけど、うまいね」

 ひとりでライヴを聴きにいった帰り道、認めざるを得なくなったのも悔しい。思い出すと陶酔してしまいそうな歌の数々。クラシックの歌曲だと男性の声は重かったり暗かったりすると感じていたものだが、フォレストシンガーズの男声コーラスは絶品だった。

 認識を改めざるを得ない、悔しいけど……悔しいけど……とぶつくさ言いながらも、亜子はライヴの余韻に浸る。このまま家に帰りたくなくて、ライヴホールから十五分ほど歩いたところにあるバーに入った。

 ワインをベースにしたカクテルと、夕食がわりにチーズサンドをオーダーして、ライヴのパンフレットを取り出して眺める。我知らず、大好きになってしまった歌のメロディが口からこぼれる。亜子は子どものころからフルートを学んでいたのもあって、絶対音感を持っているらしい。メロディだけなら覚えるのもたやすかった。

「フォレストシンガーズのライヴに行かれたんですか」
「あ、ええ、そうです。あなたも?」

 同じようにパンフレットを見せて微笑む女性と、自然に相席になった。彼女も三十代か。年ごろも亜子と近いと思える。瑞恵と名乗った彼女は熱心にフォレストシンガーズについて語り、亜子も言った。

「私は日本の歌に興味なかったんですよ」
「ロック好き?」
「ロックでもジャズでもなくて、クラシック一辺倒。高校のときに三沢くんと知り合って、彼が日本のポップスが好きだって言うから聴いてみたんだけど、安っぽいとしか思えなかったな」
「あら、三沢さんと知り合いですか」
「ええ」

 成績はまあまあ、スポーツもまあまあ、高校生として抜きんでていたわけでもない三沢幸生は、女の子にはけっこう人気があった。誰にでも分け隔てなく接し、小柄で愛嬌がある。女の子に警戒心を起こさせないタイプだったのだろう。男子高校生は本人の前でも、けっ、おまえみたいなブス、とえてして言うものだが、幸生は絶対にそんな台詞は発しなかった。

 クラシック好きの亜子とは人種がちがうような気もしていたのだが、なぜだか惹かれてしまって、三年生になるバレンタインディにチョコレートをあげた。

「ありがとう、嬉しいよ」
「義理だからね」
「義理でも嬉しいよ。亜子ちゃん、俺とつきあってくれる?」
「義理だって言ってるじゃん」
「そっか、残念」

 でも、もう一度改めて、好きだ、つきあってって言うんだったらつきあってあげる。亜子としてはそのつもりだったのだが、幸生は特定の女の子とつきあうでもなく、亜子にもクラスメイトに対する態度を崩すこともなかった。
 社交辞令ばっかり言う軽い奴、大嫌い、と逆恨みして、幸生の親友だった翔太と衝動的に抱き合った。高校最後の苦い想い出だが、十年以上も経つと苦みも薄れてきていた。

 義理チョコをあげたらつきあってくれって告白されたのよ、亜子は瑞恵に都合の悪い部分ははしょって語った。瑞恵はハイボールを飲みながら、薄笑いを浮かべているようにも見えた。

「そういうファンってどこにもいるんですよね」
「……そういうファン?」
「ほんの小さな小さな接点を最大に広げて、あることないこと言いたがるの」
「あなたはフォレストシンガーズとなにか接点があるの?」
「ありませんよ。さっぱりしたものです」
「だからってひがまなくても……」
「そうですね、ひがんでるのかな。ごめんなさい」

 本当なんだからねっ!! と言い切るには弱すぎる。亜子が三沢幸生に片想いをしてチョコレートをあげ、義理でつきあってと言ってもらったのだけが事実なのだから。

 ひょんなことから、最近人気が出てきているフォレストシンガーズに、あの三沢幸生がいると知った。こんなことなら彼とつきあっておくんだった、と後悔してみても、そこまでの仲ではなかったのだからどうしようもない。そんなこんなで、亜子はフォレストシンガーズが好きなのか嫌いなのか、首をかしげたくなるのだった。


END








 
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~ Comment ~

NoTitle

個人的なことですが。
また女友達が出産したな~~ということです。
友達として出産祝いを出しますが、
やはり女性というのは男と違うな・・・と思います。
だからこそ愛し合うのでしょうが。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

そういうお年頃なのですね。

男と女はちがうからこそ愛し合い、ちがうからこそわかりあえず、そんなところも面白いといえば面白い。物語にもなる。

性差より個人差のほうが大きいはずだと思ってはいますが、あきらかな性差もありますものね。
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