ショートストーリィ(しりとり小説)

115「あんぐり」

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しりとり小説115

「あんぐり」

 ぼちぼち五十歳が近づいてきたから、と微笑んで、朝子が私を見つめた。
 まさしく中年太り。若かりしころには痩せ形で貧弱でさえあった朝子は、四十代になってからおばさん体型になってきた。ラクしてるからよ、と私はひそかに思っているが口には出さずにいた。

「ぼちぼち考えようかな」
「老後の貯金はしてるんでしょ。資金運営とか?」
「貯金はほとんどないかな」
「ほとんどって……」
「それじゃなくてね」

 中学校と高校が同じの朝子は、高校卒業後は短大に進学した。私は大学に進み、堅実な企業に就職して正社員になった。三十歳までには結婚したいと思っていたのだが、仕事が忙しいうえに出会いも少ない。二十年近く前には婚活などという言葉はなかったはずだが、やっていたことは同じだ。

 結婚相談所に登録したり、知り合いにお願いしたりして男性を紹介してもらい、三十五歳で十歳年上の男性と結婚した。夫の両親は自分の息子の年齢を知らなかったのか、いや、知らないとはむろん皮肉だが、三十五歳の女と結婚したのが不満だったらしい。

「許したことは許したけど、子どもを産むのが絶対条件ですよ。がんばりなさい」
「僕も子どもはほしいから、産んでくれよ」

 そりゃあまあ、私も子どもはほしかったからがんばって、三十八歳で出産した。出産すると今度は、ふたりめもがんばれ、と舅姑夫は言う。私ももうひとりは……と思ってがんばってみたのだが、四十歳をすぎるとさすがに諦めた。

「子どもひとりで専業主婦ってのは楽すぎるだろ。働けよ」
「そうよ。うちの息子が一生懸命働いてるってのに、四十すぎた女がのんべんだらりとして稼ぎを食いつぶすなんて許せないわ。働きなさい」

 子どもひとりでもこの年齢では育児がかなりこたえるのだが、夫の収入もたいしたこともないのだから、仕事をするようになった。妊娠したときに一旦は退職していたので、もとはただの事務員だった四十代の子持ち主婦が正社員で就職できるはずもなく、パートタイマーである。

 そうなればなったで、正社員になれないなんて情けない、と姑は言う。お母さんにかまってもらえなくてかわいそうだな、と舅は娘に言う。パートなんて楽なもんだろ、家事はおまえがするのが当然じゃないか、と夫は言う。

 正社員にさせたいんだったら、就職口を紹介して下さいよ、お姑さん。
 かまってなくはないですよ。娘も十歳になったんだから、そんなに過保護にしなくてもいいんですよ、お舅さん。第一、私は忙しいんだから。
 パートったって就業時間はあなたと変わらないんだけどね、夫さん? 

 などなど、不満を言い出せばきりがないので呑み込んで、私は日々を送っている。
 それはそうと、朝子が貯金がほとんどないなどと言うのは、諧謔のようなものなのだろうか。中学、高校のときだって、テスト前に勉強なんかしてないよ、と言うのは当たり前のようなものだったから。

 そこそこはお金持ちの両親がいるから、朝子は昔ながらの家事手伝いのお嬢さんのようなものだ。短大を卒業して就職はせず、気が向けばアルバイトをしたり、旅行をしたり習い事をしたり、お母さんと買い物に行ったり。両親も年を取ってきたのだから、介護要員ということで期待されているのかもしれない。

 そんな朝子とこんな私が三十年以上も友達でいるなんて、神様のいたずらだろうか。
 まあ、あんたはそんなだから結婚できないのよね、と私。あんたみたいな主婦になるよりは、私の暮らしのほうがいいわ、と朝子。口には出さねど、お互いそう思っているはずだった。

「で、ぼちぼちってなんのこと?」
「結婚」
「……結婚?」
「そうよ」

 あくまでも優雅に微笑んで、朝子は言った。

「日出子さんと朝子が同い年だなんて、何度見ても信じられないわ、って母なんかは言うのよね。私は苦労はしていないから、若く見えるのも当たり前。きっと身体の中身も日出子よりも若いでしょうね。お金にもすこしは余裕があるから、母と旅行して見聞を広めたり、習い事をしていろんな知識やスキルを身につけたりもしているわ。服装にもお化粧にも手は抜いていない。こんな美人が独身だなんてもったいない、と言われることもよくあるのよ。私は今さらだと思ってたんだけど、それもいいかもね」

「なにがいいのよ?」
「だから、結婚。死ぬまでに一回は結婚してみるのもいいかな。五十になるまでに結婚してみようかな、なんて思うようになったの」

 十年前に思うようになったらよかったのにね、いいえ、二十年前だったら実現の可能性もあったかもね、と言いたいが、私も三十五歳で結婚したのだから言いにくい。手遅れよ、とも言えずに朝子を見返した。

「きびしい条件なんかつけないわよ。今の私の暮らしぶりを維持できる程度の収入があって、私だけを愛してくれる男性だったらいいの。年齢は十歳年上くらいまでかな。背は私よりも高かったらいいし、髪の毛なんかすこし少なくても平気だし、太っててもいいわ。私は料理が上手なんだから、なんだったらダイエットさせてあげる。私は結婚しても両親の面倒は見てあげたいから、むこうの親の介護はないほうがいいかな。だから、親と同居ってのは避けるべきね。そういう意味では、両親が亡くなってる男性のほうがいいかな。子どもがいないんだったらバツイチでもいいしね」

 どう、寛大でしょ? と朝子は微笑む。
 十分に条件がたくさんついているように思えるが、言うだけなら無料だ。現代は結婚相談所や婚活サイトなどが隆盛なのだから、私がやっていた十数年前よりも婚活もたやすいのかもしれない。相談所に行ってみようかなぁ、と呑気に笑っている朝子に、ま、やってみたら、と言うだけにした。

 あれから半年。

「新郎はK大学大学院卒業後、日本支社で五年ばかり勤務されました。時に三十歳。その年にイギリス本社への転勤の辞令が下り、渡英なさいました。結婚適齢期まっただ中に海外勤務となったせいで、シャイな彼は婚期を逸してしまった。イギリス本社で六年勤務ののち、シンガポール、香港、上海とアジア支社各地での勤務を経て、昨年、四十四歳で帰国なさったのです」

 シャイだから、海外で働いていたから結婚できなかった、と新郎の上司は言いたいらしい。
 身長は175センチほどか。髪の毛が少ないのはまちがいないが、太ってもいず醜いわけでもない。内気な四十五歳。エリート商社マン、なんでこんな男性が。

「ご両親が早くに亡くなられたのもあり、彼に結婚を世話してくれる親族とも海外勤務で距離ができていたのもありで、ここまで独身で来てしまわれたのですね。そんな新郎もようやく、良縁にめぐり会うことができました。遅ればせながらも美しい女性と出会い、彼女との愛をはぐくみ、本日の華燭の典を迎えられたわけです。朝子さん、彼に幸せにしてもらって下さいね」

 朝子の叔母の紹介だという、彼との結婚式が執り行われている。

 きっとなにか、重大な欠点があるにちがいない。彼を朝子に紹介してもらった日から、私にはそう思えてならなかった。けれど、結婚式の今日までに二、三度会わせてもらった限りでは、彼に瑕瑾などは見当たらない。なぜ、この男性が三つも年上の、まともに働いたこともない、親離れもできていない世間知らずの中年太り老嬢を選んだのか。

「ご主人と一緒に、結婚式に出てね」
「日出子さんは朝子さんの一の親友なんですものね。出席して下さいますよね」

 ほんとに結婚するの? ああ、もしかしたら、彼の最大の欠点はここなのかもしれない。女を見る目がなさすぎる。五十路間近で純白のウェディングドレスを着た花嫁を見ていると、明日には後悔するんじゃないの? と彼に言ってあげたくなってきた。

 実は彼は希代の遊び人で、世界各国に現地妻がいたりして? 外国人美女に飽きてしまって、日本のおばさんがむしろ新鮮だったとか? 彼が朝子を選んだことについてそう考えてみても、ちっとも心は晴れない。と、私の隣の席にいる夫がうっそりと呟いた。

「うん、ま、ちょっとイタイわな」
「そうでしょ」
「だけど、たしかに朝子さんはおまえよりは若く見えるよ。おまえのウェディングドレス姿なんか想像もしたくないけど、朝子さんはすこしは見られるじゃないか」
「……そうかしら」

 珍しく夫と意見が一致しそうだと思ったら、これだ。誰が私をこんなにしたのよっ!! と怒鳴りたいのを抑えるだけで精一杯だった。

次は「り」です。

主人公について

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
主人公のストックが尽きてきましたので、今回は初出。人生って不公平なものなのですね。










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~ Comment ~

うんうん

分かるわぁ、これ。なんだかね~、所詮人間って「あの人より幾分か私の方がまし」と思うから生きていけるのかもしれませんね~
そう言えば、昔、失恋して苦しい時、一人ぼっちで寂しい想いをしている時、中島みゆきの歌を聴くのは「この女より私の方がまし」と思えるからなんだって誰かが言っていたなぁ。
オチがいいです。「彼の最大の欠点はここなのかもしれない。女を見る目がなさすぎる。」……どこまで言うって感じ、やっぱりあかねさんならではの辛口ぶり、楽しく拝読いたしました!

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。

ねぇぇ、意地悪ですよねぇ。
って、誰が? 私が……でしたね。なはは。

他人と較べるなってよく言われます。私は他人をうらやましいと思うことはよくありますが、嫉妬はしていないつもり……でも、羨むのと妬むのは近いから、所詮同じなのかもしれません。

逆に、あの人は私よりは下、そういうのも無意識的に考えているのでしょうね。

中島みゆきといえば、「私があんたに出した手紙の束を返してよ、誰かとふたりで読むのはやめてよ」というフレーズを思い出しました。

なるほど、中島みゆきの歌を好むひとの心理ってそんなふうなのですか。私もユーミンよりはずっと、みゆきさんが好きですけど。

あ、そうか。もしかしたらみゆきさん、自分を主人公にしているのではなくて、そういう哀れな女を描いて、この女よりは私のほうがまし、なんて思っていたのかもしれませんね。

NoTitle

・・・。
・・・・。
・・・・・・。
ちょっと小説を読んで複雑な気持ちになった。
( 一一)

人は自由に生きるべきだ。女性も同じ。
・・と言いたい気持ちと、恋人を束縛したいという複雑な感情が生まれる。人って難しいな。

LandMさんへ2

毎度ありがとうございます。

愛しているから束縛したいという気持ちと。
愛しているなら信じられるから束縛なんかしないという気持ちと。

やっぱり凡人は、愛しているから気になって、恋人のあれこれを詮索したくなり、束縛したくなるものですよね。

私は束縛されるのは相手が誰であっても大嫌いですが、束縛されるのが好きってひともいるようで……人間ってむずかしいけど面白いですね。

NoTitle

うん、やっぱり女って、考えてることをこうやって文字にして描いてしまうと、改めて怖いですよね。
すごく、ありそうなエピソードだけに、余計に怖い。

この二人、まったく違うように見えて類友なのかも。
お互いに自分の方がマシと思いながら生きていて。
でも多かれ少なかれ女友達って、そうなんでしょうね。

人を羨むのはやめよう・・・・って、改めて思います^^;

limeさんへ

コメントありがとうございます。

嫉妬と羨望は似てるんですよね。
いいなぁ、うらやましいなぁ、が変化して。
憎たらしい、妬ましい、陥れてやりたい、になっていったりして。

三十代以上の女性が結婚したいと言い、条件を並べると、そんなの絶対無理!! 身の程を知れ!! みたいに罵る人が多い。
そうかなぁ? なんて思って、五十歳近くなって婚活して、ほぼ条件に合った男性と出会えた女性を書いてみました。

そしたら日出子が妬む……というより彼女の場合は呆れてるわけですが、やっぱり妬んでもいるわけで。
そのおかげで話が別方面にそれてしまった感もありますよね。
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