ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/四月「菜の花畑」

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花物語2015

四月「菜の花畑」

 綺麗なひとだな……子ども心にそう思って、僕は彼女に見とれた。彼女の淡いピンクのコートと、黄色い花とのコントラストも見事だった。

 はじめて彼女を見たのは、夕暮れの菜の花畑、一面に黄色の花が咲いていて、彼女はその花を綺麗だと言った。僕は、あなたのほうがずっと綺麗だと……言いたくて言えずにいた。

「あなたはこの近くのひと?」
「そう。むこうのほうに家がある」
「私は東京から来たのよ。このあたりは菜の花が遅いんだね。東京では三月に咲いて、今ごろはもう散ってるわ。菜の花は散るって言わないんだっけ? 今ごろ、東京では桜も散りかけてるかな」
「そう、なんだね」

 アキヒコ~アキヒコ~と呼ぶ声が聞こえてきて、母の姿が見えた。

「アキヒコくんっていうの?」
「うん、昭彦」
「いい名前ね。私とこんなことをしているところを見られたら、お母さんに叱られるかもしれない。もう行くね」

 どうして叱られるんだろ? 知らないひととお喋りをしているから? よその女のひとに連れていかれるほどには、僕は小さくはない。どうして? と訊き返す間もなく、彼女は行ってしまった。

「昭彦もこんなところにいたの。お母さんは仕事が終わって帰るところ。今日は食堂のほうはお休みだから、買い物にいこうか? 今夜はなにが食べたい?」
「僕は先に帰るよ。夕飯はなんでもいいから」

 母は彼女に気がついていたのかどうか、特になにも言わなかったけれど、六年生にもなって母と一緒に買い物に行くなんてかっこ悪い、と思ってしまったのは、彼女と会ったせいだったのかもしれない。普段だったら、コロッケが食べたいな、卵焼きがいいな、とはしゃぎながら、買い物についていくのだから。

 まだしも昭彦が小学校に上がる前でよかったかな、と母が言っていたのは覚えている。僕が七歳になる年に、僕は母とふたりだけでこの町に引っ越してきた。

「お父さんは一緒に行かないの?」
「行けないのよ。お父さんはね、お母さんのことを嫌いになったんだって。昭彦のことは好きだけど、お母さんとは一緒に暮らせないって。だから、これからはふたりだけだよ」
「どうして?」
「昭彦がもうちょっと大きくなったら話してあげる」

 近所のおばさんたちの噂話や、クラスメイトの親が言っていたという話を聞いて、なんとなくはわかった。母の弟が犯罪者になり、身内にそんな者のいる女が我が家にいるとは由々しき事態だ、ということになって、母は父の両親から離婚を言い渡されたらしい。

 もっと大きくなってからきちんと息子に話そうと考えていた母は、僕が三年生になったときには話してくれた。放置すると話が悪いほうへ、悪いほうへとねじまがると考えたからなのだろう。

「犯罪ったって、万引きなのよ。そんなにひどく悪いことをしたわけじゃないの。母さんの弟っていうのはうんと年下で、二十歳をすぎたばかりだったのね。高校を卒業してフリーターをやってて、それだけでも父さんの家族には白い目で見られてた。うちの家族だってなんとかしようとはしていたんだけど、どうにもならなかったのよ」

 毎日がつまらなくてくさくさしていた母の弟は、スリルを求めたのか悪い友達に誘われたかで万引きに手を出した。現行犯でつかまったときの態度がよくなかったというので警察に突き出されて、取り調べを受けた。
 
 よそのコンビニの防犯カメラにも万引きしているところが残っていたと警察の調べで判明し、警察官にも態度がよくなかったので、話が大仰になったのだと母は嘆いた。

「万引きだってよくないわよ。二度も三度もやっていたんだから言い訳の余地はないよね。だけど、こっそり処理することだってできたはずなのに……父さんの家族にまでばれちゃって、母さんも、その血を引いているあんたも……ううん、あんたは関係ないよね。なんにしたって離婚するしかなかったの。悪いのは叔父さんだよ。恨むんだったらあいつを恨んでちょうだい」

 小学校三年生の僕にはむずかしい部分もあったが、六年生になった今はおよそはわかる。母はいくぶん自棄になっていたようだが、僕を育てていかねばならないのを心の張りにしているようだ。

 昼間は工場、夜は駅前の食堂で働いて生計を立てている母は、僕よりも二十歳年上なだけだ。ってことは三十二歳? それにしては老けてるよね、おばさんだよね、と意地悪な女の子のクラスメイトが笑っていた。

 あれから四年、高校生になった僕は、今日も菜の花畑にたたずんでいる。菜の花の季節になるとここに来るのは、あのひとに会いたいから。誰にも内緒であたためていた想いは、あのひとにはそれっきり会えていないのもあってふくらんでいく一方だった。

 だけど、今日も会えないままに家路をたどる。僕が高校生になって安心したのか、母は今日は仕事仲間と温泉に一泊旅行だ。母がいなくて寂しい年齢でもないのだから、僕ものびのびできる。今夜は駅前でなにか食べて帰ろう。母が働いている食堂は休みだし、そもそもそんな店には行きたくないし。

「あら……?」
「え?」
「昭彦くん、だったよね」

 思いがけなくも再会したひと。会いたい、会いたいと願っていたときには会えなかったのに、こんなところで会うとは。四年の時がすぎて、彼女は僕よりも背が低くなっている。のではなく、僕の背が伸びたのだ。けれど、それ以外は変わっていなかった。

「大人になったねぇ。だけど、すぐわかったよ」
「あの……」
「ああ、ここ、私の店。最近やっと自分の店を出したの」

 「一杯いかが? 佐登」という看板がかかっているから、飲み屋なのだろう。はじめて会ったときとはちがって、今夜の彼女は粋な和服姿だった。

「あの、母が留守で、食事を……」
「夕食を作ってもらえないの? かわいそうに。うちで食べていきなさいよ」

 誘われて、ためらいがちに店に足を踏み入れる。このたぐいの店には大人と一緒にだって入ったことはない。カウンター席がメインの小さくて清潔な店内だった。

「昭彦くんはなにが好物? ホタルイカなんかもあるのよ。高校生になったのかな?」
「はい」
「だったら、ヴォリュームのあるものが食べたいよね。ごはんは炊いてあるのよ。お魚を焼く? 豚肉もあるよ。鶏のから揚げを作ろうか」

 なんでもいいです、と答えると、彼女は次から次へと料理を出してくれた。楽しいから今夜は昭彦くんの貸し切りにしよう、とはしゃいで、ドアに休業の札をかけてしまう。その合間には僕の境遇を聞き出し、自分の話もしてくれた。

「そっか、離婚なさったのね。よくある話だけど、息子としては大変だったよね。お母さんは三十五? 私と同じ年だね」

 どうして離婚したのか、理由は話さなかったから、よくある話だと言われてもしようがない。それにしても、佐登子だから店の名は「佐登」であるらしい彼女が母と同い年とは、びっくり仰天だった。

 生活に疲れたようなやつれた母、楽しみはおやつだけだよ、と言っては安いお菓子を食べすぎて、やつれているくせに太っている。おしゃれとも化粧とも縁のない母を、女だと思ったことは一度もなかった。

 それにひきかえ、艶やかに美しい佐登子さん。同じ女なのに、同じ年なのにこんなにちがうんだ……僕は一種呆然としてしまっていた。

 そのころから母は、大変な生活に一息つけるようになったのだろう。時々は友達と出かけるようにもなった。本当はまだ若いのだから、休日ぐらいは遊びたいだろう。僕がアルバイトをするようになって、経済的にもほんのちょっと楽になったからなのもあるはずだ。

 夜には母は食堂のアルバイトに行く。休日には友達と映画を見にいったりする。昼間は僕も学校があるのでほっつき歩けないが、母に監視される心配がないときには佐登子さんと連絡を取るようになった。「佐登」の週に一度の定休日には、町から離れた駅で待ち合わせてデートもした。

 信じられない……母と同い年だなんてウソだろ? 彼女の詳しい境遇は知らないが、結婚していたことはあると言っていた。子どもも産んだことがあるのかもしれないが、女性にすれば背が高くてすんなりほっそり、身体つきも美しい。

「この年になって昭彦くんみたいな若い子を抱けるなんて、想像もしてなかったわ。昭彦くんのおかげで、脂切ったオヤジにさわられたりセクハラされたりするのも我慢できるのよね。感謝してる」
「そんな言い方、しないで」
「……ああ、ごめんね」

 アルバイトができるようになったから、携帯電話を手に入れた。いちばん大切なアドレスと電話番号は、Sのイニシャルで登録してある。佐登子さんとの秘密の仲がひっそりと続いていた高校三年生の春、今年もまた菜の花が咲いていた。

「昭彦、あんたはなにをやってんのよ」
「……勝手にケータイ、見たのか」
「だって、なんだかこそこそばっかりして、心配だったのよ。Sって、駅前の「佐登」の女将さん? まさかあのおばさんとどうこうって、まさかだよね」

 とうとう母に露見したらしいので、僕は開き直った。

「おばさんったって、母さんとはえらいちがいだよ」
「飲み屋の女将だよ」
「母さんだって夜に飯屋でバイトしてるじゃん。どうちがうんだよ」
「私は……水商売の店をやってるのとアルバイトじゃ……だって、私はあんたを育てるために……工場の給料だけじゃ、あんたを高校にもやってやれないところだったんだから……昭彦、やめてよ。あんたもうちの弟みたいになりたいの?」

 年上の女とつきあったからって、万引きしたりはしない。母は短絡的だ。

「金に困って悪いことをするかもしれないって言いたいのか? 大丈夫だよ。なんでも佐登子さんが全部払ってくれるんだから、僕は金になんか困らない」
「……おもちゃにされてるんじゃないか」
「ちがうよ」
「遊ばれてるんだよ」

 冷静に考えればそうかもしれない。三十七歳と十七歳のカップルは、大人のほうは犯罪者レベルなのかもしれない。けれども、僕は佐登子さんが好きなのだからなんだってよかった。

 だけど、そんなもの、続くわけがない。少年時代の甘い夢は、僕が高校を卒業して終わった。
 今年もまたもうじき菜の花が咲く。そのころには僕は東京へ働きにいく。母のためではなく僕のために、佐登子さんとはおしまいにする。

「そうね、当たり前だね。昭彦くん、元気でね」
「ありがとう、佐登子さんも元気で」

 最後にもう一度だけ抱き合って、さよならをした。
 
 東京に向かう列車の中で、僕は幻を見ていた。他人は俗っぽい物語だと笑うだろうけれど、僕の中では佐登子さんとの出会いはファンタジーのようだ。黄色い菜の花を背に風に吹かれていた、ピンクのコートの美しいひとを、僕は永遠に忘れない。

END








 
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~ Comment ~

NoTitle

とても色っぽくて柔らくて、でも物悲しいお話ですね。
この明彦は、大人たちの中で流されているように見えて、自然な形で世の中とか、女の人ってものを知っていったのでしょうね。
ちょっと異色だけど、大人になるために貴重な体験をしたのかな。
明彦のお母さんは、かなり気の毒な人生なんだけど、それもやっぱりその人の人生だし・・・。
でも女であるなら、佐登子さんのような生き方の方がやっぱり憧れだな。
やっぱり人間って、不公平にできていますよね^^;

でも、良い感じの余韻の残るお話でした。

limeさんへ

色っぽいと言っていただくと嬉しいです。
ありがとうございます。

ジェロの「菜の花畑でつかまえて」という歌を聴いていて浮かんだのです。
故郷の菜の花畑で出会って恋した相手は、飲み屋の女将さん。うんと年上。
そういう具体的な歌詞ではないのですが、あの歌のイメージがこんなのを書かせてくれました。

人間は不公平。
ほんとですよね。

ここには書いていませんが、昭彦のお母さんはきっと、若くしてできちゃった結婚。夫となった男性は特に乗り気でもなかったけど、子どもができたから仕方なく結婚。

そんなんだから、妻の弟が万引きで逮捕された、そんな女とは離婚しなさい!! と両親が言ったら、妻をかばうこともなかった。

のだろうな、と思っています。
私には飲み屋の女将はできませんが、この母と佐登子のどっちかを選べと言われたら、佐登子のほうがいいですね。

NoTitle

万引き自体は些細なことなんですが。
それによって壊れるものがたくさんあるから大変ですよね。
むしろ、そっちの方が大変なのか。。。
そういうところは勉強になりますね。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

犯罪者の両親はまだしも、子どものことは親には責任がないわけではないので、なんやかんやあっても仕方ないと思いますが、兄弟や親せきとなると気の毒ですよね。

私は犯罪、特に殺人のニュースを聞くたび、犯人のきょうだいのことを思って暗澹とした気持ちになってしまいます。

NoTitle

菜の花畑で出会った美しい年上の人。
憧れ....話が展開するのだと思ったら、なかなか深い話に
なりました。これも恋?でしょう。ちょっとびっくりです。
人生いろいろ。ふとそんな言葉がうかびました。
読みながら私の中で三人三様のこれからを思い描いて
なかなか面白かったです。このシリーズ好きです。

danさんへ

コメントありがとうございます。
この冒頭から、danさんだとどんなストーリィ展開にされるのでしょうか。とても興味があります。

この少年にしてみたら、これは恋。まちがいなく恋。
佐登子から見れば癒しですかね。
母にしてみれば佐登子は罪人でしょう。

本人は身体の関係があっても純愛だと信じていますが、昭彦がこの決意を貫くと将来は……というわけで、五月は続編の予定です。
よろしかったらまたいらして下さいね。
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