ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「き」

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フォレストシンガーズ

「昨日のように」

 児童たちとひと回りほどしかちがわないけれど、私は教師なのだから、大人なのだから、と自分に言い聞かせていた。言い聞かせなくてはいけないということは、本当の大人ではなかったからなのだろう。二十三歳の新米小学校教師は、緊張した日々を送っていた。

「そよ実っていう名前?」
「そうだけど、先生を名前で呼ぶのは変ですよ。飯沼先生と言いなさい」
「俺の親戚の兄ちゃんはアメリカで育ったから、小学校のときの先生をエミリーとか言ってたよ」
「ここは日本です」

 新卒で教師になった早々、私は五年生の担任に任命された。五年生といえば小柄なほうの私と大差ない体格の子どももいる。変な名前だな、と話しかけてきたのは徳永渉。両親そろって医者だという家庭の次男だった。

 背が高くて整った顔をしている。子どものくせに可愛いというよりも渋めの端正な顔立ちで、この子は下手に成長したらひねたおっさんになりそうだと思っていた。
 とにかく生意気な子で、頭がいいのがまた始末に悪い。ガキのくせして皮肉っぽくて辛辣で、他の先生や児童の批判をするのが妙に的確で、笑うに笑えなくて困ってしまった。

「徳永くん、そんなことばっかり言ってないで、昨日の宿題は?」
「ああ。昨日は雑巾を縫えって宿題に時間がかかって、まだやってないんだ。これからやるよ」
「これからって……」
「放課後までにはやるから大丈夫だよ」
「宿題は出された当日にすませて、提出日に先生が出すように言ったら出すものです。忘れたってことね?」
「忘れてはいないよ。計画的にやってないんだ」

 理屈をこねる徳永に命令した。

「そしたら、明日までにこの問題集を十ページやってきなさい。今日は特に宿題はないんだから、やれるよね?」
「やるよ」

 十ページは酷であろうか。そんなの無理だよ、と泣きつかれたら半分にしてやるつもりだった。なのに、徳永は私の幼稚な報復を軽く受けた。

「でね、完璧にやってきたのよ」
「ふーん、そいつ、勉強はできるんだな」
「真面目に勉強してるようには思えないんだけど、頭がいいんだろうね。成績もいいの。国語ってのは大嫌いだって言ってたけど、読解力も文章力もあるのよ。憎たらしい」

 教え子を憎たらしいと言っちゃ駄目だろ、と笑っていたのは、大学時代からつきあっている恋人だった。
 一事が万事、徳永渉はそんな調子だからこっちも腹が立ってくる。相手はガキ、私は大人、私は教師、自分に言い聞かせていても、彼と口論していると抑えが利かなくなることもあった。

「あ……ごめん」
「へぇ、先生って生徒を殴るんだ」
「殴ったってほどじゃないけど……でも、手を上げたよね。徳永くん、ごめんなさい」

 あんたが悪いんでしょっ!! と切れたいのはやまやまだったのだが、彼の手をばちっと叩いてしまったのは事実だから詫びた。放課後の教室で、残っているのは徳永と私のふたりだけ。彼は時々、こっちのほうが大切だからあっちはしなくていい、と勝手に判断して、故意に宿題をやらない。そのたびに罰宿題を与えてもまったくこりない。

 今日も宿題をしてこなかったので、放課後に彼を残して説諭、及び、書き取り問題をつきっきりでやらせていた。そうしていてもいつものように生意気な口ばかりきくので、ついに私が切れてしまったのだった。

「児童虐待、体罰教師だな。教育委員会に直訴するべきじゃない?」
「ありふれた発想よね。したいんだったらすれば? だけど、ごめん……教師としてはあるまじきふるまいだったわ。体罰じゃなくて暴力だもの」
「おおげさな。俺は女に殴られたって平気だよ」
「あんたねぇ……」

 まったくもう、ガキのくせに、ガキのくせにっ!! このガキは私の怒りのツボを知っているらしい。かっかとするのを鎮めようと深呼吸した。

「あれぇ? 先生、泣いてる? 女ってのはこんなときにでも泣くんだな」
「泣いてませんっ。キミはその若さで男女差別するの? 私の彼は男だ女だなんて言わないよ」
「先生、彼がいるんだ。恋愛なんかにうつつを抜かしてる場合?」

 意外に子どもというものは、男と女はどっちがえらい、だとか、下らないネタで男女に分かれて敵対したりする。小学校にも男女別の校則があり、女子に不利な校則には男子が賛成し、逆だと女子が味方をし、といった学級会議みたいなものもあった。

「先生って教師として新人だろ。彼氏のなんのって言ってる時期じゃないだろうに」
「ほっといてよ。私の勝手でしょ」
「先生は泣いてるよりも怒ってるほうが似合うよ」

 どこまでも生意気なガキが、十二歳も年上の私を見やって余裕で笑っていた。
 翌年には六年生になったクラスを持ち上がりで担任し、私は彼氏と結婚した。二十四歳と二十五歳、私たちの理屈ではまだ結婚は早い、だったのだが。

「教師が結婚もしないで男性と交際してるのは、だらしがないって言われても仕方ないぞ。きちんと結婚するか、別れるかどっちかにしなさい」
「そうよ。早くなんかないわよ」

 うちの両親に押し切られてしまったのだ。
 結婚したのだからいけなくはないのだろうが、迂闊なことにじきに妊娠してしまった。六年生の終わりごろである児童たちをほったらかしにしてしまう結果になり、私は産休に入った。
 職場に復帰したときにははじめて担任した児童たちは卒業してしまっていて、代休教諭の先生が話してくれた。

「徳永って覚えてますか」
「もちろんです」
「卒業式のちょっと前に、徳永がクラスの男子たちと大喧嘩をやらかしましてね」
「そうなんですか……」

 憎たらしい口をきくのは得意な子どもだったが、暴力沙汰の喧嘩をするようなタイプには見えなかった。

「強い……なんて言ったらいけないんですけど、五人くらいを相手に勝っちゃったから強いんですよね。複数の相手のほうの二、三人が泣き出して、僕に言いつけにきた児童もいて、全員に説教したんですが、理由がなんだったのかを言わないんです。個別に訊いても誰も言わないんです」
「理由はわからないままなんですか?」
「いえ、それがね」

 頑として口を割らなかった徳永が、なぜ男子児童たちに喧嘩を売ったのか、卒業してしまってから会った、喧嘩相手の男子のひとりが先生に話してくれたのだそうだ。
 言葉を濁して話してくれたのだが、つまりはそういうことだったのだろう。

 十二歳くらいの男の子は卑猥な方面の好奇心も旺盛だ。妊娠して産休に入った私についての噂を、そっちの方面から喋り合ってげらげら笑っていたら、徳永が言ったのだそうだ。

「おまえら、最低だよな。外に行こうぜ」
「あ、ああ、なんだよ」
「なんなんだよ」

 校庭で大喧嘩、となったらしい。そこまで話してから先生は言った。

「要するにね……わかるでしょ」
「わかります。徳永くんがねぇ……」
「ええ、あの徳永くんがね……」

 そのときに生まれた娘が二十三歳になったのだから、徳永渉は三十五歳。普通は教え子と会う機会などはないのだが、彼だけは私が一方的に見る。なぜなら、徳永渉は歌手になっているから。

「もうっ、もうもう……徳永らしくて、らしすぎて涙が出ますよ」
「そうですか」
「先生は私の知らない徳永を知ってるんですよね。楽しいな。もっと話を聞かせてもらえません? 飲みにいきましょうよ」
「えーっと……」
「子どもさんだって大きいんでしょ。ほっといても大丈夫でしょ。行きましょうよ」

 歌手、徳永渉のコンサートに行ったときに知り合った、喜多晴海さん。彼女は大学時代から徳永とは友達で、現在でも友達なのだそうだ。彼女も私とはほぼ同業者。ただし、彼女は大学の非常勤講師というわけで、話もけっこう合う。
 コンサートに行くと何度か顔を合わせた喜多さんと、今日はステージが終わってからお茶を飲んで、徳永の小学校時代のエピソードを披露したら面白がってくれた。

 あの日は昨日のことのようだけど、あの徳永渉も大人になって、私はおばさんになった。彼は下手をしたらひねこびたふうな大人になるかと思っていたが、皮肉っぽさがいいスパイスになったかっこいい男性に成長している。あの徳永がねぇ……としか、私には感想の持ちようもなかった。

「喜多さんの知らない小学生の徳永さんの話と、私の知らない大学生からの徳永さんの話、もっとできたら私も楽しいです」
「ええ、行きましょ。本人のいないところでいーっぱい話しましょうよね」

 昔、徳永渉と恋愛ではない関わりのあった女がふたり。今では彼のファンなのだから、勝手な話をいっぱいしても、歌手の徳永渉は我関せず、だろう。ファンなんて勝手なものなのだから。

END






 
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