別小説

ガラスの靴40

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「ガラスの靴」

     40・頂戴


 孫ほどの年齢の寿美香さんと結婚し、結婚したからにはこっちのもんだとばかりに、妻には金銭的な自由だけを与えて自分は好き勝手にすごしていた、六十五歳の宗十じいちゃん。

 妻のスミカさんに言わせるとそんな男だった宗十さんが、近頃すこし変わったのだそうだ。

 アンヌの友達の妹だから、アンヌはスミカ&宗十の結婚式に出席した。僕は招かれなかったので息子の胡弓と留守番していたのだが、スミカさんとはそれからはちょくちょく遭遇した。変なアルバイトを持ちかけられたこともあるのだが、あれはもう終わったのだろうか。

 アルバイトに関してはちょっと気になるが、こっちから言い出すのも浅ましいだろうから黙っている。そんなスミカさんが近頃、我が家に時おりやってくるようになった。

「なんでだかは知らないの。じいさん、浮気してたのが終わったからかもしれないんだけど、このごろはわりにうちに帰ってくるんだよね。そうするとうまいものが食いたいって言って、スミカは料理が下手だから料理教室に通えって言われちゃって、めんどくさいんだけど言うこと聞いてるの。教室の近くのブランドショップに寄ってもいいって言われたから、帰りにはいつも買い物できるしね」

 ブランド品目当てに料理教室に行っているらしきスミカさんが、友達を連れてくるようになった。その友達というのが睦子さん。コマダム寿美香とはまったくタイプのちがう、平凡なおばさんだ。

「むっちゃんは料理教室のアシスタントなんだよ。料理はうまいの。笙くんも料理はうまいし、この家には面白いものがたくさんあるって話したから、むっちゃんにも見せてあげたくて」
「はじめまして。笙さんって桃源郷のアンヌさんのご主人なんですってね」
「ご主人はアンヌさんのほうだけどさ」

 暇なときならば我が家で三人で料理をするのもいい。僕は決して料理は嫌いではなくて、笙のとりえは綺麗な顔とメシだな、とアンヌには言われている。なのだから、暇なときに主婦仲間と料理の話をしたり、我が家のキッチンで一緒に料理したりするのもいやではなかった。

「主夫って大変でしょ」
「主婦よりも大変かもね」
「スミカちゃんは大変じゃない主婦よね。なんたってお金持ちだもの」
「金はあってもね、大変ってのの質がちがうんだよね」

 好きで四十二歳も年上の男と結婚したんでしょ、と、睦子さんと僕の台詞がユニゾンになった。
 主夫である僕は現代日本では希少なほうの人種だろう。芸能界などではうんと年上の男と若い女の夫婦もしばしばあるとはいえ、四十二歳差は希少だ。

 希少な二十代がふたり。ごく普通に職場恋愛をして、二歳年上の男性と結婚してパート主婦になったという、現代日本ではかなり多数派の主婦であろう、四十代の睦子さん。一ヶ月に一度くらい、僕の家で三人で料理をして食べてお喋りして……とやっているうちには、睦子さんの境遇も知れてきた。

「パートをしててもうちは貧しいのよ。旦那はたいした稼ぎもないし、娘は私立の高校に通ってるからお金がかかるし」
「エンコーさせたら?」
「スミカちゃん、とんでもないこと言わないで」

 高校時代にはやっていたらしいから、スミカさんがエンコーなんて言うとシャレにならない。最近は流行らないのかな、とスミカさんは首をかしげるが、やってる女の子はいなくもないってか、男の子にもいなくもないってか、であるらしい。

「スミカちゃんは文句を言ってても、旦那さんが自由にお金を使わせてくれるんだからいいじゃない。笙くんはもちろん、稼ぎのいい優しい奥さんと可愛い息子さんがいて幸せよね。私なんかサイテー。もしも離婚したらもう二度と絶対に再婚はしない。娘は生意気だけど可愛いから、ふたりで生きていくわ。結婚なんかこりごり。男なんかもういらないわ」
「あたしはじいさんが死んだら、若い男と再婚したいな」
「遺産を狙われるわよ」

 物騒な話なんかもして、そうして親しくなっていくと、睦子さんが言い出した。

「笙くんちのキッチンはおしゃれよね。笙くんの趣味?」
「僕の趣味もあるけど、お母さんの憧れだったんだって。僕の両親も睦子さんと似た感じで、あのひとたちはもうちょっと年上だから見合いらしいけど、見合い結婚してパートもやって、お父さんは安月給で家も狭い。だから、おしゃれなキッチンなんか望めなかったらしいんだよね」
「うちのママもそうだよ。ソウジュウじいちゃんが親にも家を買ってくれて、ママはキッチンをおしゃれにできて喜んでる。主婦っておしゃれなキッチンが夢なんだね」
「あら、スミカちゃんの実家のキッチンもこんな感じ? いっぺん見たいわぁ」
「そのうちにね」

 なぜか冷たくスミカさんは応じ、僕は続けた。

「僕は別にキッチンなんかおしゃれじゃなくてもいいし、アンヌはなんにもしないからどうでもいいみたいだけど、お母さんがあれこれ買ってくるんだよ」
「使ってる?」
「まあ、一応ね」

 大小さまざまなパスタケースも、母が買ってきてくれたものだ。食べることにはたいした興味のない胡弓はイタリアンなら大好き。我が家のメニューにはパスタが多いので、ケースも使ってはいた。

「めんどくさいから袋のまんまで、棚に入れちゃったりもするけどね」
「……素敵だわぁ。ちょうだい」
「ん、ほしいの?」

 なんとなくスミカさんの表情が動いたように見えたが、その意味はわからなかった。

「こんな素敵なもの、ちゃんと使わなかったらもったいないわよ。たくさんあるんでしょ。ひとつちょうだい」
「まあいいけどね」
「嬉しいっ!!」

 これとこれ、ちょうだい、マカロニが入ってるの、出していいわよね、といそいそと、使っているパスタケースまでも空にして、睦子さんは三つのケースをしまい込んだ。
 あつかましいなぁ、とは思ったのだが、高いものでもなし、僕は別にいらないんだし、ケチくさいことを言うのもなぁ……と思い直して、いいよいいよと笑っておいた。

 それが悪かったのか、睦子さんは来るたび、これちょうだい、あれも使ってないんだよね、もらっていいよね? と勝手に決めて自分のバッグにしまい込む。駄目だと言うほどのものでもないし、釈然としないままにあげていた。

「アンヌさんってミュージシャンだもんね。音楽の……なんていうのかしら。音楽に使うものもいろいろあるんでしょ」
「そりゃああるよ」
「見せて」
「駄目っ!!」
「なんでよぉ」

 音楽機器の危機は阻止しなければならない。そんなものを奪っていかれたら僕がアンヌに殴られる。不満そうにしていた睦子さんは、だったらこれでいいわ、と、以前に母がくれたのを使わずにしまってあった調味料入れセットを取り上げた。

「これならいいんでしょ」
「……うん、まあね」

 このたぐいの話をしていると、スミカさんは不気味に沈黙している。睦子さんを止めてもくれず、聞こえていないふりをしているのだった。

「なんかたくらんでた?」
「たくらみはしないけどさ」

 いつだってスミカさんには睦子さんがくっついてくるので、ふたりで話したくて電話をかけた。僕が訊きたいことは即座にわかったようで、スミカさんは言った。

「笙くんはなんたって男だから、そういう変なプライドはあるんだよね。それほど大事にしてるものじゃなかったら、あげちゃうんじゃないかと思ったの。あたしはちょうだいって言われるとむかつくから、使っていないものでもあげたくないんだよ。だからここに連れてきたの」
「ああ、そう。いるらしいよね。くれくれって言うひと」
「むっちゃんは典型的だよ」
「まぁ、使ってないものはいいけどさ」

 電話のむこうでむふふと笑って、スミカさんが続けた。

「そのうち、アンヌさんもちょうだいって言われそうだね」
「僕じゃなくて?」
「だって、睦子さんはいっつも言ってるじゃん。男なんてこりごり。旦那なんかもういらない。笙くんはいいわねぇ。私も稼いできてくれる女のひとの主婦になりたいわって」
「言ってたね」
「だったら笙くんじゃなくて、アンヌさんをほしがるよね」

 いくら睦子さんがほしがっても、アンヌは僕と離婚して彼女と再婚はしない、というか、法律上もできない。そこは安心だが。

「どっちがいい? 笙くんがほしいって言われるほうがいい?」
「どっちもいやに決まってるでしょっ!!」

 なにもたくらんでないなんて嘘ばっかりで、睦子さんのほしがり病を僕に押しつけようとしたのは明白なスミカさんは、電話のむこうでむふむふ笑っていた。

つづく








 

 
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~ Comment ~

NoTitle

年上と結婚するという女性の感覚がどうにも理解しがたいところが私にはあるんですよね。。。う~~む。それは私が男性だからだろうか。

私が60歳代になっても、結婚したいという感覚になるのだろうか。。。( 一一)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。
LandMさんは年下の女性がお好きなんですよね。
60歳になってから、二十歳の女の子と結婚するなんていかがですか?

二十歳の女性と六十歳の男性ってのは私も信じがたいですが、二十五歳と四十歳くらいだったらありますよね。
三十五歳と五十二歳とか、昨年、芸能界でもあったような。

二十代男性と六十代女性……絶対にないとは言えませんし、そんなのあったら面白そうですが、外野がとやかく騒ぐんでしょうね。

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