ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「名盤」

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フォレストシンガーズ

「名盤」

 ミュージシャンが来店すると対抗意識を燃やして、おまえはこんなの知ってるか? とばかりにマイナーなロックを流したがるマスター。
 「落花流水」のマスターはそういう男だが、ここ「Drunken sea gull」のマスターは正反対だ。彼がなにを思って音楽をかけていないのかは知らないが、落花流水の林原さんとは真逆の考えであろうと俺は推測していた。

 大学の先輩で、ただし、合唱部ではなくロック同好会にいたロック好き、林原爵。ロックバンドを結成してプロになりたいとは、ロック好きならば誰しも持つ夢だろう。林原さんもそんな夢を持っていたようだが、なにがどうしてどうなって、ロック喫茶の雇われマスターになったのかは俺は知らない。

 神戸港にあるバー、「Drunken sea gull」のマスターについては、わりあい最近に友達になった野島春一が言っていた。
「この話、ヒデさんは知らないだろ? 俺がひとりで飲んでたときに、マスターが知らないお客さんと……」

 手製の小さい弦楽器を持っていた客が、いい音が出ない、マスターだったら鳴らせる? と尋ねた。マスターはいつもの仏頂面で受け取って、ひとくさり弾いてみせた。

「……なんやねん、前からこれを弾きこなしてたみたいやんけ」
「あんたが作ったんやろ」
「そやのに……今の、なんて曲?」
「知らん」
 というような会話を、マスターと客はしていたのだそうだ。

「あれ、マスターが作曲した歌だったりしてね」
「かもしれんな」

 実際、ここのマスターは舌を巻くほどにギターがうまい。枯れた味わいのあるいい意味でのおっさんらしい音を聴かせる。彼の息子ではないかと思えるロッカーと同姓なのかどうかも知らないから、俺はマスターの姓名さえも知らない。当然、彼の過去も知らない。

 マスターは俺のことはミュージシャンだと思っていないようだが、乾さんには敬意を表しているのだろう。「落花流水」の話もしたので真似をしているのか、乾さんが来ると話したら店を貸切にしてくれた。

 三人の男が立てるかすかな物音。マスターはこの店のあるじとして控えめにふるまっている。俺は饒舌なたちだし、乾さんは気が向けば俺以上によく喋るのだが、今夜はなにか考えてもいるのか、無口だ。店内はほぼ無音だった。

「夢があるんだよ」
 からん、というような氷の音。ウィスキーグラスを透かし見て、乾さんが言った。

「歴史に残る名盤ってのがあるだろ。そういうのを作りたい。俺が作詞作曲編曲して俺が歌って、俺がプロデュースもする。楽器をすべて演奏するってのは無謀だから、ギターだけでも……と思うんだけど、俺がギターを弾くと名盤にはならないだろうな」
「そうかもしれませんね」

 そこで乾さんは、カウンターの中にいるマスターに話を振った。

「マスターのお好きな名盤ってなんですか?」
「そうやなぁ。わしなんかは年やし、偏屈もんやからデジタルは好かんね」
「LPレコードの時代の名盤? マスターはどういったジャンルの曲が好きなんですか」
「ジャンルなんつうもんはわからんが……」

 気が向いたのか意地悪なのか、マスターがふいっと弾きはじめる曲は、フォレストシンガーズだったりサイモンとガーファンクルだったり、演歌だったり映画音楽だったりする。あれ、弾いて、とリクエストすればまず必ずかなえてくれるので、マスターのレパートリーは相当に広いようだ。

 今日はギターではなく、マスターはカウンターの下からレコードを取り出した。ロック喫茶やジャズ喫茶のたぐいだと壁や棚にこれ見よがしにレコードが並べてあったりもするが、マスターはこっそり隠している。俺はここにレコードがあるのは知っていたが、知らない客もいるかもしれない。

「コルトレーンですか。これは名盤ですよね……ブルーノートレーベルかぁ。ボブ・ディラン、ああ、これもいいな。うわ、これ、俺もほしいな」
「こんなんもありまっせ」
「……この人は知りませんね。トランペット?」
「そうそう」
「あとでこれ、聴かせて下さいね。おー、これは章がほしがりそうですよ」

 なんだかえらく盛り上がっている。アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ……バニラファッジ……ジョン・メイオール……ゴールドベルク変奏曲……さまざまなジャンルの曲名や中国語らしき言葉も飛び交っていた。

 そんな中、最近買った私用ケータイが音を立てる。俺の電話着信メロディはフォレストシンガーズだ。俺の作った曲を、仕事仲間の新之助が着メロにしてくれた。ちょっと失礼、と言っても聴こえてはいないだろうが、ことわってから電話に出た。

「はい」
「ヒデさん、今、いい?」
「なんだ。手短に頼むよ」
「そっけないなぁ」

 どうせ乾さんとマスターは俺をほったらかして盛り上がっているのだから、短い通話だったらいいだろう。電話をしてきたのは歌手のコータだった。
 噂によると彼は大物俳優の息子で、父親と同じ姓は名乗りたくなくてコータとしか公表していないらしい。彼のデビューには父親が手を尽くしたらしいが、それがひどくいやだったのだとコータの知人から聞いた。

 彼の父親が誰なのか、俺は知らないが、相当な大物であるらしい。四十代か五十代、あるいは六十代の大物で、コータに似た男優……想像はできるが、本人が知られたくないのだから俺も詮索はしない。

 「Drunken sea gull」のマスターは、ヒデさんがミュージシャン? ちゃんちゃらおかしいわ、と思っているのであろうが、こんな俺をミュージシャンと認めて近寄ってくる人間もいるようになった。フォレストシンガーズのアルバムに曲を提供してからは、マイナーなドラマの主題歌も作曲したからだ。

「小笠原さん、俺に曲を書いて」
「コータくんってシンガーソングライターだろ。曲は書けるんじゃないのか?」
「このごろ、ネタ切れなんだよ」

 頼まれたのでコータにも曲を作ってやった……作ってやった、とえらそうに言えたものではなくて、作らせてもらって臨時収入を得た、と言うべきか。
 あまり売れてはいないシンガーソングライターだからこそ、俺みたいに安く上がる作曲家もどきに曲を作らせるのか。俺自身も俺がミュージシャン? アホか、そんな恥ずかしいこと、よう言わんわ、と思っているので、考えはそっちに向く。

 そのコータからの電話だ。元気? 神戸にいるの? などの世間話をしてから、コータは言った。フォレストシンガーズにお願いしてくれないかな、と。

「なにを?」
「俺さ、ここらで一発、当てたいんだよ」
「そりゃまあ、当てたいわな」
 
 ヒットを出したいという意味であろう。コータの父親が何者であろうとも、彼が歌手として売れるかどうかは話が別だ。シビアで飽きっぽい大衆は、コータの親父って俳優、へええ、と感心はしても、だからってCDを買ったりコンサートに来たりはしてくれない。

 なにしろ歌の実力では日本一だと俺が思っているフォレストシンガーズが、長年売れなかったのだ。コータは親の七光りが嫌いだそうだから、親が裏から手を回すにしても限度がある。コータの言い分は似非作曲家にも理解できた。

「それでさ、近頃流行りだろ。トリビュートアルバムってか、カバーアルバム」
「そうだな」
「だから、俺もそれを出すんだ。俺は歌はうまいし……」

 ああ、まあ、フォレストシンガーズよりは落ちるけど、下手でもないわな、と思っていると、コータがとんでもないことを言い出した。

「フォレストシンガーズの歌をカバーアルバムに入れたいんだよ。俺はフォレストシンガーズの誰とも知り合いじゃないけど、ヒデさんはモトメンだろ」

 イケメン、イクメン、とはちとちがい、元メンバーという意味のモトメンである。まちがってはいない。

「根回ししてよ。俺もそれからお願いにいくから」
「事務所にやってもらえよ」
「もちろんそれもやるけど、先に……なんかさ、悪い想像をしちゃうんだよ。おまえなんかに俺たちの歌が歌えるのか? ひとりでこのハーモニーをどうやってつけるんだ、とか言われそうで」

「うん、どうやってつけるんだ?」
「できればひとりで全部」
「多重録音か?」
「できれば……」

 それをやるとライヴでそのままは歌えないので、フォレストシンガーズは極力やらないのだと聞いている。以前に一曲だけアルバムに、乾さんが高音パート二種、本橋さんが低音と中音、幸生も中音、シゲが最低音、章が最高音という複雑すぎる曲をおさめたが、ライヴでは歌っていなかった。

「なのにさ、徳永さんがライヴを聴きにきてくれて、ステージにも上がってもらって、リクエストはない? って乾さんが質問したら、その曲をご所望だったんだよ。焦ったね」
「やったのか」
「どうにか歌いましたよ」

 幸生から聞いたそのときのライヴバージョンは、ロウクオリティになっていただろう。それでも聴いてみたかった。

 あの歌……フォレストシンガーズにだって大変だっただろうに、コータにやれるのか? おまえがフォレストシンガーズの曲をカバーして、いいものになるのか? フォレストシンガーズの曲って日本人にはカバーされてないんだぞ。

 フォレストシンガーズの歌をカバーしてアルバムにおさめたのは、アメリカの実力派ヴォーカルグループ、ムーサイだけだ。乾さん作曲の曲だったので、山崎社長は感激のあまり泣いていて、乾さんも嬉しすぎてぼーっとしていたと幸生が言っていた。

「ヒデさん、俺の頼み、聞いてよ」
「うん……うーん、うん、ううう」
「なんなんだよ、いやなのかよ」

 たった今、ここに乾さんがいるのだから、打診してみるのは可能だ。だが、たった今、ここにいる真のミュージシャンと、過去には偉大なミュージシャンであったはずのおっさんに、こんな話ができるか?

 おまえの出すカバーアルバムは、歴史に残る名盤になるのか? なるはずないよな、と言いたいが、そこまでは言えない。仕方なく俺は言った。

「俺に頼るな。自分でなんとかしろ」

 つめてぇな、と非難する口調で言って、コータは電話を切ってしまった。マスターも乾さんも俺には注意も払っていなかったようで、双方の考える歴史上の名盤は……の話題が続けられていた。

END






  
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~ Comment ~

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おお ひでちゃん!関西弁ですね。
ロックバーとかあるんですが、バーってジャズのイメージが強かったんですがロックをかけてるところもあるんですね。
レコードの音ってCDとかと違って震えるというか、繊細な音を出しますよね。って詳しく分かるほどいい耳も音に対して詳しいわけでもありませんが(^_^;)

フォレストシンガーズの曲、日本人にはカバーされてないのか!どんな曲なのか一度聞いてみたいです♪きっと素敵な曲に違いない……

前回聞こうと思って忘れてて、事後報告で申し訳ないのですが(おい)
あかねさんがショートストーリー書いてくれたことブログで自慢しちゃいましたm(__)m
あ、チャンドラの綴りは「chandra」でお願いします♪

たおるさんへ

いつもありがとうございます。
ヒデは神戸在住ですし、もともと西の人間で、大阪弁の友達もいたりしますので、関西弁と土佐弁と東京弁が混ざり混ざっております。

昔々、ロック好きの友達とロック喫茶に行きました。
今も「ハードロックカフェ」ってあるんですよね。あんな感じで、大きなスクリーンがあって。

近くにジャズのライヴハウスがありますので、入ってみたいなと思いつつ、なんとなく敷居が高い気がします。
ライヴハウスってあまり行ったことないのですよね。

ミュージシャンは音楽を聴くのも仕事のひとつで、レコードで発売された曲はレコードで聴きたい、と言っていた人もいました。
私はそんな細かい音はわからないので、CDやウォークマンで十分ですが。

フォレストシンガーズはものすごーく歌がうまいという設定ですので、そんじょそこらの歌手にはカバーさせませーん。
なんて、えらそうですね。(^o^)
私も彼らの歌を生で聴いてみたいです。
夢には時々、フォレストシンガーズらしき人々が出てくるのですが、歌ってはくれないんですよ。

ショートストーリィというほどのものでもありませんが、紹介していただくのは大歓迎です。
どんどんやっちゃって下さいませね。

あかねさんへ!!♪

おばんです!
気温は10度と二桁になりましたが特徴の風が強く肌寒い日です。汗)
今夜も虎とドラが勝ってほしいと応援しています。
TVは東海高のことで賑わっています。!

荒野鷹虎さんへ

コメントありがとうございます。
3000コメント目でした~!!

大阪はもうすっかり春ですが、明日から雨が続くのだそうで、憂鬱ですね。
北海道の桜はまだだいぶ先でしょうが、見にいきたいです。

なんだか今のところ、ホームチームが強いですね。
明日からの東京ドームは……なるようになるさ、ですよね。
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