ショートストーリィ(しりとり小説)

113「北国ゆきで」

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しりとり小説113


「北国ゆきで」

流行歌では傷心の女性は北に旅をする。美鈴も夫と離婚して心が傷ついているのだから、北へ向かうつもりで列車に乗った。

 窓際の席に腰かけ、ひとり旅の哀しみと切なさを噛みしめる。恋人同士だった時代には、後に夫となって離婚するとは想像もしていなかった彼と、彼も含めて大勢の友人たちとでも、この列車に乗ってスノボやテニスをしに北へと出かけていったものだ。

「それが今は……はぁ、私って不幸だな。……え? は? あなたがどうしてここに?」
「香美に聞きました」
「香美が? 私がこの電車に乗るって?」
「そうですよ。香美に話したということは、僕に伝わるようにでしょう? 僕も行きます」
「え、そんな……」

 だって、ここは指定席、傷心のひとり旅なのだからとなりに誰もすわらなかったらいいのに、と思ってはいたが、誰かがその席の指定券を買っていればやむを得ない。だが、甲村はかまわず、美鈴の隣席にすわってしまった。

「指定券……」
「そんなものはどうにでもなります。誰かがこの席にすわりたいと言ってきたら、替わってもらうから心配しないで。美鈴さん、やっとふたりきりになれたね」
「はあ……」
「気持ちが落ち着かないよね、しようがないよね。僕だってあなたとこんなふうになろうとは……」

 高校時代の親友、香美が結婚したとは聞いていた。美鈴は東京の大学、香美は大阪の大学に進学したので学生時代には会うこともなく、徐々に疎遠になっていっていたのだが、香美の夫が転職して夫婦で転居してきたので、学生時代のように仲良くするようになった。

 ともに子どもはいない。夫婦だけの気楽な生活なのも共通点だったから、時々は会って食事をしたり愚痴をこぼしたり、と楽しい日々が復活していた。

 甲村香美、コウムラ・コウミ。苗字が変わって言いにくい名前になっちゃったでしょ、と香美は笑っていたが、仲睦まじい夫婦のようで、愚痴をこぼしているのがいつの間にかのろけに変わったりもしていた。一方、美鈴と夫との仲はだんだんだんだん崩壊していっていて、修復不可能一歩手前までは来ていた。

 どうしてこうなったかは美鈴には謎だ。結婚してから夫は無口になり、暗くなったからそのせいなのかもしれない。これはもはや離婚寸前、だったら私も働きにいかなくちゃ。

 子どももいないのに専業主婦? 今どきは非難のまとになることもあるが、夫が転勤になって地元では暮らせなくなったのもあり、夫が望んだのもあり、夫の収入がよかったのもありで、美鈴は長く専業主婦でいたのだった。

「香美ちゃん、聞いて聞いて。パートが決まったの」
「よかったね。どこの会社?」
「それがね、甲村さんの会社なのよ」
「うちの主人の?」

 離婚は決定事項ではないのだから、香美には、専業主婦ってやっぱり時間がもったいないから、パートすることにしたの、とだけ話してあった。電話でその報告をすると、香美は喜んでくれた。

「兼子さんですよね」
「あ、ああ、えっと……」
「甲村です」
「香美の……」

 主婦同士、会うのは昼間ばかりだった。夫の休日は避けていたから、美鈴は香美の夫に会ったことはない。逆も同じで、香美も美鈴の夫には会っていなかった。
 甲村は経理部所属だから内勤で、香美のほうは計算部のパートオペレータ。経理と計算部は関連もあるから、甲村とはたびたび職場で顔を合わせるようになった。

「美鈴さんって美人だよな」
「そう? 香美ちゃんだって美人でしょ」
「いやいや、香美はすっかり所帯やつれしたおばさんだよ。三十代の主婦なんだからおばさんになるのも当たり前かと思っていたけど、美鈴さんを見てると、あいつの所帯やつれっぷりが惨めに思えてくるんだ。同じ年で子どももいないのに、えらくちがうもんだよね」
「そうかしら」

 たまに社員食堂で一緒になったりするうちに、甲村は美鈴を兼子さんではなく、美鈴さんと呼ぶようになっていた。
 そのころには美鈴と夫の間の溝は決定的になりつつあり、離婚も秒読み段階だと思えてきた。甲村は香美の悪口を言い、香美だって甲村を悪く言うのだから、このふたりも離婚したらいいのに。

 同い年でよく似た立場だったから仲良くしていたのに、香美たちは離婚しないなんてずるい。私だけが離婚するなんて不公平よ。

 理屈が破綻しているらしいのには目をつぶって、美鈴は作戦を立てた。
 どうやら甲村は美鈴に気があるらしい。そりゃあ、平凡なルックスの香美に較べれば私は美人だ。その分、夫だって兼子のほうが甲村の数倍も見た目がいい。

 見た目がよくても夫婦仲が続かないじゃ意味なかったけど、私ももう夫を愛してもいないんだし、離婚してもいいかな。だからって甲村さんとくっつくなんて節操のないことをする気もないし、このひとはまったくタイプじゃないから論外なんだけど。

 ただ、香美たち夫婦の仲をこわれさせて、美鈴と同じように幸せではなくさせたかった。それだけのために、美鈴は甲村に愛想よくふるまい、この女、俺に気があるな、とうぬぼれさせるように持っていった。甲村のほうはその気だったのだからイチコロだった。

「久しぶりね。仕事をはじめたら忙しくなっちゃって、ご無沙汰しちゃったわ」
「……ああ、美鈴ちゃん」
「私、離婚することにしたの」

 先日、報告の電話をしたら、香美は息を呑んだ。
 あのとき、傷心旅行に行ってくるわ、とたしかに香美に話した。香美の反応がはかばかしくなかったのは、夫と美鈴の関係を疑っていたからか。無理もない。美鈴がそう仕向けたのだから。

 指定席も取ったのよ、えーっと、ああ、これ、窓際だ、とそこまで喋って、何番のA席って窓際だよね、と香美に確認したのだから、彼女は覚えていたのだろう。

 帰宅した夫に香美がなにもかもを話し、喧嘩でもしたのだろうか。
 そのあたりの詳細は知らないが、ふたりが険悪になったのはまちがいないだろうから、美鈴の思惑通りに進んだといえる。

 しかし、しかし、甲村はその気?
 香美とは別れて美鈴と再婚するつもりか? 美鈴のほうにはまるでその気はないのだが、思わせぶりな態度を取ったのだから男が誤解してもしようがない。

 この夫婦の間に波風を立て、もしかしたら離婚、まで荒らしたのは美鈴の予定通りではあったが、それで甲村がそっちへ進むとは想定外だった。
 美鈴の気持ちが落ち着くのを待つと、甲村は黙っている。ちらっと顔を見ると微笑みを向けてくれる。悪いことに隣席の指定券を持つ客もやってこなかった。

 さて、ここをどう切り抜けようか。北国行きの列車の中で、美鈴は頭をめまぐるしく回転させていた。

 次は「で」です。

 「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
このあたり、フォレストシンガーズの大学の先輩、後輩、同級生がやたらに出てきます。大半はフォレストシンガーズ学生時代ストーリィの脇役だった人々で、美鈴もそのひとりです。





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~ Comment ~

NoTitle

離婚したときのことも考えると、共働きというのは大切なんですよね。。。。女性も自立をすることを考えた方がいい。。。ということは考えます。そうは言っても、子どもがいると大変なのでしょうが。その辺は察して余りありますね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

さっきもプロ野球を見ながら、そんな話をしていたんですよ。
しっかりした実績のある選手だったらともかく、最近結婚した選手は若いわけで、将来どうなるかわからないところもありますよね。

そういう選手と結婚する女性には不安もあるだろうな。
専業主婦になるのは心配じゃないかな?
昔はプロ野球選手の奥さんはまず専業主婦でしたけど、近頃はどうなんでしょうね。

女子アナやタレントなんかだったら、一旦結婚退職しても、また復活できそうですけどね。

なんか

面白いですね~。
実はみんなそれぞれ「心ここにあらず」、自分勝手なんですね。しかも表現したことがどう他人から捉えられるかということも計算していなくて、思わぬ方向に行ってしまう。
そんな勝手な女の理屈で「傷心旅行は北へ」なんて言っているのが、やっぱり勝手で面白いです。
いつの間にか恋に破れた女は北へ、なんてことにもなっているけれど、やっぱり北に向かうと絵になるんですよね。でも吉永小百合さんには似合うけれど、これも人によりけりなのかぁ……
いずれにしても噛み合わないカップル、この先の展開があるのならぜひ読みたいです。

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。

ほんとに、自分勝手な男と女ですね。
不倫もよくはないけど、真剣に相手に恋をして、配偶者から奪いたいと願う。
それはまあ、まだしも。

この主人公のように、横からちょっかい出す。
私だったらそっちのほうが、既婚者との恋よりもはるかに許せません。

「♪着てはもらえぬセーターを、
涙こらえて編んでます」

「北の宿から」の女も好きではありませんが、気持ちはわからなくもないですし。

この先……ですか。
しりとりも花物語もキャラ切れを起こしているのもあり、同じ主人公の続編は、書けるものなら書きたいです。
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