別小説

ガラスの靴39

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「ガラスの靴」

     39・主婦


 運動は嫌いだ、ジムになんか行きたくない、と反抗すると、そしたら離婚だなんて脅される。
 なのでいやいや行っていたのだが、ジムに脅威がいると知って、アンヌも考え直してくれた。

「おまえを狙ってる女か。いてもおかしくはないわな。だったら笙、エステに行け」
「メンズエステ?」
「メンズって男が行くエステだろ。おまえは女みたいなものなんだから、女向けのエステにしろ」

 これでも僕は男なんだけどなぁ、と思ったのだが、メンズエステだと脱毛だとか筋肉だとか方面になるのだろうか。僕には髭も体毛もないし、筋肉にも興味はないので、アンヌの言いつけに従ってレディスエステにした。

 ダイエットとボディメイク。僕だったら女性向けのコースでもいいということで、エステはジムに較べれば楽で快適だ。あんたがエステに? 専業主夫って大変なのね、と母は言い、息子の胡弓を喜んで預かってくれた。
 大変だと母が言うのは、主夫の僕は綺麗でいなくちゃアンヌに捨てられてしまうからと話しているからだろう。普通、男はね……でも、笙は普通じゃないんだものね、と母は肩を落とす。

 嘆かわしい、と言いたがる父も、だいぶ諦めてきているようだ。

 ベッドのようなものに横たわり、優しいお姉さんにマッサージをしてもらう。僕には脂肪はあまりないけれど、ダイエット効果のある薬品で腹部をもみ出してもらったりもする。フェイシャルコースもお願いして、新垣さまはお肌が綺麗、うらやましいわ、と言われたりもした。

 そうしているのはいい気持ちだったのだが、やはり多少は運動も必要らしい。引き締めるためにちょっとしたダンスをしましょうと誘われて、エステに併設しているスタジオへと連れられていった。

 筋肉質で強そうな先生と、力のなさそうな女性の生徒たちが四人。僕も含めての五人が先生の指導でダンスレッスンをする。男性向きのトレーニングよりは楽しくて、これだったら続けられるかな、と思っているうちには、仲間の四人の女性とも親しくなっていった。

「ヨシミちゃん、新婚生活はどう?」
「専業主婦だよね。家事は完璧にやってるの?」
「得意料理ってなに?」

 そのうちのひとり、ヨシミさんは最近結婚したらしい。ウェディングコースがよかったからとこのエステに通っているのだそうだ。

「ええ? 家事なんかしてないよ」
「してないって言ったって、ちょっとはするんでしょ。掃除は?」
「洗濯なんかは?」
「いくらなんでも料理はするでしょ」

 他の三人はヨシミさんよりはベテランの主婦だ。このコースは若い女性、しかも主婦限定らしい。僕は女性ではないが若いし、主夫でもあるのでここに混ぜられているのだった。

「料理なんかしないの。だって、うちの旦那さまは食べることに興味ないんだもん」
「にしたって、食べるんでしょうが。なに食べてるの?」
「朝は食べない。昼は会社で食べてる。夜も外食がほとんどかな。家で食べるのはおつまみくらいだよ」
「おつまみは作らないの?」
「ナッツとかチーズとかだもの。買ってくるの」
「ヨシミちゃんはなにを食べてるの?」
「テキトー」

 根掘り葉掘り、主婦たちはヨシミさんとその夫の食生活について質問する。今どきの金持ち主婦にはヨシミさんみたいのもよくいる。僕だってアンヌがいない夜には胡弓の好きなふりかけごはんだけだったりするのだから、人のことは言えないが、アンヌは僕の料理が好きなので、彼女がいれば作る。もっとも、アンヌは仕事柄留守がちなので、胡弓とふたりの夕食のほうが多い。

「主婦が家事をしないなんて……ねぇ?」
「存在意義ないよね」
「ヨシミちゃんの旦那って、なんのために結婚したの?」
「あたしが綺麗だからよ」

 けろりと応じるヨシミさんに、主婦たちが失笑する。言われてみればヨシミさんはこの中ではいちばん若くて綺麗だ。エステになんか来なくてもよさそうなくらいにスリムで背が高く、長い脚が美しい。

「若くて綺麗なんて、今だけよ」
「じきに消えてなくなるようなものには価値がないんじゃない?」
「ヨシミちゃんがおばさんになったら、なにで旦那をつなぎ止めておくつもり?」
「やっぱり男は胃袋をつかまなくちゃ」
「そうそう。私だって料理だけは真剣にやってるわよ」
「私も」

 私も、私も、と同意し合ってから、ひとりの主婦が僕に話を振った。

「新垣さんだって主夫なんだから、料理はちゃんとしてるでしょ? 新垣さんは特に、しっかり家事をしないと奥さんに捨てられそうだもんね」
「シュフはやっぱり家事よね」
「家事をこなしてこそだよね」

 うんうんとうなずき合う主婦たちを、ヨシミさんは微妙な表情で見ている。そんなんだと捨てられるよ、料理教室に通えば? と意地悪そうに言う主婦たちを見て、僕は考えた。

 この女性たちも金持ちの主婦なのだろうが、専業主婦は家事を求められる。アンヌはうるさくはないが、稼ぎのいい夫、奥さんに優雅な主婦をさせている男は、模範的主婦を求めるのかもしれない。
 でないと捨てられる、と言っているのは、自分のことなのだろう。
 そうして苦労しているつもりの主婦たちは、ヨシミさんみたいな女が許せない。あんただけ楽してなによっ、そんなんだと主婦失格よっ!! てなものなのだろう。

 その考えを口にしてもいいのだが、僕だって主夫なのだから処世術ってやつも知っている。ここで正直に言えば、みなさんに嫌われてしまうとはわかっていた。

「若くて綺麗でなくなったヨシミさんが、旦那さんをつなぎとめておくもの……」
「おいしい食事じゃないの?」
「それよりも、結婚生活にいちばん大切なのは……愛でしょ」

 あ、愛?
 訊き返して顔を見合わせてから、主婦たちはぷぷぷっと吹いた。

 どうして笑うの? 主婦が夫を、主夫が妻を愛するのがいちばん大事なのは当然じゃないか。そのためにあなたたちだって、エステに通ってるんじゃないの? 夫のために綺麗でいたいのも愛のあらわれじゃないの? 
 そんなことを言ったら、新垣さんって青いわね、とますます笑われるのだろうか。

「そうよね。愛があれば、家事なんかしなくてもいいのよ。あたしは旦那さまを愛してるもの」

 唯一、ヨシミさんだけはそう応じたが、他の主婦たちは変わらず、失笑、冷笑、しらーっ、としか言えない雰囲気に包まれている。シュフの行為はすべて、愛に裏打ちされているのではないのか?!

つづく







 
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~ Comment ~

NoTitle

まあ、主夫というのはあれです。
自分で働いて生きることをよりも他人に選ばれることを努力に向けることなので、自分を磨くことは大切です。
それぐらいの努力はしないと主夫はできんという話ですね。

LandMさんへ2

こちらもありがとうございます。

主婦はまだ一般的ですが、「主夫」となるとあまりいませんよね。
私の直接の知り合いにはいないなぁ。
まったく働いていない主婦も、私の友達には思いつく限りではいませんが。

現実の主夫に一度、インタビューしてみたいものだと思っております。

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