ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/三月「沈丁花の香はほのか」

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沈丁花

花物語2015

三月「沈丁花の香はほのか」

 気に入らないと言えるような年齢ではないと、母の春待にだってわかっている。昭和初期生まれのハマが娘さんと呼ばれていた時代なら、三十歳を過ぎた未婚女性には子持ちとの再婚の口しかなかったものだ。

 四十歳をすぎた長女の春菜が、結婚すると言う。めでたいことではないか。勝手に決めて、いきなりなんなのよ、先に私に紹介するべきでしょっ、と怒る筋でもない。電話で報告してきた娘の春菜に、ハマは尋ねた。

「むこうのご両親にはご挨拶にいったの?」
「行かないの」
「どうして? そんなの礼儀知らずでしょ」
「わかってるけど、反対されるに決まってるから。彼がなんだかんだとごまかしてくれてるのよ。籍を入れちゃったらこっちのもんじゃん」
「あんたね、これから結婚しようといういい年の女が……」

 こっちのもんじゃん、というような口のきき方はやめなさい、と説教しようとしたハマは、もっと大切なことに気づいた。

「反対って?」
「うん、まあね。反対したい気持ちはわかるんだ。わかるから会ったりもしないで、挨拶なんかにも行かないで、結婚式もなしでさっさと籍を入れるつもり。彼もそのつもりだよ」
「うちにも連れてこないの?」
「反対するんだったら行かないよ」
「なんだってそう反対反対って……私はあんたを、婚約者のご両親に反対されるような人間に育てたつもりはないわよ」

 私立ではあるが世間の人が誰でも知っているような大学を出て、中堅どころの企業で総合職に就いている娘。ひとり暮らしだから家事もひと通りはできる。忙しさにかまけて料理や掃除をさぼることはあるようだが、たまさか訪ねる娘のマンションはそこそこは片づいている。いつか娘がふるまってくれた手料理もなかなか美味だった。

 ただひとつ、年齢の問題はあるのだろうが、春菜が結婚しようと思っている男性ならば、彼だっていい年だろうに……それでも相手の親は若い女を求めるのか。そんな勝手な!! と怒りかけたハマは、彼について詳しく聞いていないのに気づいた。

「私たちはお互いの合意のもと、このひとと結婚しようって決めたのよ。日本の法律では成人していたら親の許しはなくていいんだよ。お母さんが反対するつもりだったら、連れていかないから」
「彼、なんて名前?」
「ほのかっていうの」
「女みたいな……名前なんかどうでもいいわ。どんな仕事をしてる男性?」
「サラリーマンだよ」

 関連会社で働く普通のサラリーマンなのならば、問題はないだろう。彼の仕事についての説明を聞いてから、ハマは質問した。

「彼、いくつ?」
「さあ、いくつだったかな」
「……連れてきなさい。反対しないから連れてきて」

 悪い予感がして、それ以上訊くのはやめた。会えば年齢はわかるだろう。ハマが結婚するのではないのだから、およそのところがわかればいい。

 そして、今日、娘が婚約者を伴ってハマの家を訪問してきた。
 ……こりゃあ彼の親には反対されるわ、ハマの第一印象はそれだった。

「こんにちは、ほのかです。お母さんの家の庭には花がいっぱいなんだよってハルちゃんが言ってたんだけど、ほんとですね」
「え、ええ、今はまだあまり花は咲いてないけど、これから春になればあれこれ咲きますよ」
「僕は花になんか興味ないけど、ごちそうしてくれるんでしょ? 今日のごはんはなんですか」
「まだ寒いから、お鍋にしようかと」
「あ、僕、キムチ鍋がいいな」
「……私はキムチは苦手で……」
「なんで? おいしいよ。キムチ買ってこようか。鍋にどかっとキムチを入れたら、それでキムチ鍋になるよ。そうしようよ」

 横から苦笑いの春菜が言った。

「キムチ鍋ってお母さんには刺激が強すぎるんじゃない?」
「ああ、そっか。年寄りには辛すぎるかもね。脳卒中でも起こしたら大変だもんな」
「そうそう」

 無邪気といおうか傍若無人といおうか、四十すぎまで待ったのならば、もうちょっともうちょっとな男はいなかったのか。いや、いなかったのだろう。

 案外若い世代も保守的なようで、婚活とやらが流行しているのはハマだって知っている。婚活の場では条件が最優先で、男は収入、女は若さが最重要なのだとも新聞で読んだ。ハマにも納得できる条件ではあるから、春菜はもう結婚は無理なのかしらね、と思っていたものだ。

 長男のほうは職場恋愛で、総合職の仕事人間同士で結婚した。子どもを持つことにはまったく興味がないようで、さりげなく長男に訊いてみたら、妻には言うなと怖い顔で釘をさされたので、それきり話題にしない。話題にしたくてもめったと会うこともない。

 なのだから、孫は諦めている。娘は結婚も諦めていたのだが、こんな男とでも結婚するのはいいことなのか。

「ここまで待ったのに、つまらない男となんか結婚したくないよ。最高の男をつかまえてみせるから」

 三十代のころには、春菜はそう言って笑っていた。四十歳近くなると言わなくなった娘は、それでも息子よりは母親にかまってくれる。独身のままでいてくれたほうが、なにかと役に立つかもね、とハマも考えるようになっていたところだ。

 それがこんな、どう見ても三十にもなっていないような、口のききようも知らない男。このふたりは、女が収入、男が若さで上に立つカップルか。そういうのもいいのかもしれない。時代は変わったのだなぁ、としか言いようもなかった。

「お、猫。この猫も年寄り?」
「そうなのよ。ちょっと前に迷い込んできたのを、お母さんが家に入れるようになったの」
「年寄り同士で仲良くしてるんだったらいいね。なんて名前?」
「スノウ」
「白いから? お母さん、英語を知ってるんだ」
「スノウくらい知ってるんじゃない?」

 年寄り年寄りって、そうも連発しなくてもいいだろうに。気を悪くしながらも、ハマは台所でちゃんこ鍋の支度をしていた。鍋料理はひとりでは侘しいから、三人で囲めるのは嬉しくなくもなかった。

「お母さん、手伝いましょうか」
「いいんですよ。えーっと、それより……」

 いいんですよ、と言っても、ほのかはハマの隣に立って、先に煮立たせている鍋の灰汁を取ってくれていた。

「あの、ほのかさんはずいぶんと年下よね」
「ああ、僕、ハルちゃんよか十年下です」
「三十すぎてるの?」
「すぎてるよ。頭悪いから若く見えるんですよね」
「ああ、そう」

 二十代ではなかったので、すこしだけ安堵した。

「だけど、春菜じゃ子どもはできないんじゃない?」
「僕が子どもみたいなものだから、いらないからいいんだ」
「……ご両親には事後承諾だって聞きましたけど……」
「それでいいんじゃない? 僕は三男だし、できの悪い息子で期待もされてないから。ああ、お母さん、これを入れていい?」
「それは鍋をむこうに運んでからね」
「うまそう。早く食べたいな。もう運んでいいでしょ」
「え、ええ」

 娘は顔も出さないのは、ふたりきりにさせてハマに質問させようという魂胆か。なにを訊いてもほのかはけろりとして、ほのかってこう書くんだよ、歩く、乃、風、いい名前でしょ、などと笑っていた。

 もしもこの子が息子で、春菜と結婚すると言って連れてきたら、私も反対するだろうなとハマは思う。親とは身勝手なものだ。立場が逆でもハマとしても反対したいのだが、これを逃せば娘は一生独身かも……そう思うと、気持ちが揺らめくのだった。

「スノウ、おまえも食うか?」
「うにゃあ」
「ほのか、猫に食べさせたら駄目」
「……年寄り猫でも可愛いな。ハルちゃん、僕らも結婚したら猫を飼おうよ」
「誰が面倒見るの?」
「僕が見るってば。家事は主に僕がやるんでしょ」
「まあ、そうなるよね」

 三人で鍋をつつきつつ、ほのかと春菜は賑やかにお喋りしていた。スノウもお喋り猫なので、時おり合の手を入れる。おまえ、頭いいね、とほのかが笑いころげ、文字通り畳にころがったりもして、お行儀悪い!! と春菜に怒られている。まるで春菜の弟のようだ。

 こんな男と……と言いたかったハマの気持ちが、だんだんほぐれてくる。男と女というものも時代につれて変わったのだ。春菜が息子で、十も年下の可愛いお嫁さん候補を連れてきたのだと考えれば、特に難もない。そう考えることにした。

「ごちそうさまぁ。おいしかった。お母さん、これからよろしくね」
「はい。今度はキムチ鍋にも挑戦してみようかしら」
「そう? だったら僕のアパートに遊びにきてよ。キムチ鍋作るから。ハルちゃん、いいでしょ」
「そうだね。仲良くなってくれたみたいでよかった」
「うん。仲良しだよね、おばあちゃん?」
「私はおばあちゃんじゃなくてお母さんですよ」
「そうだよ。ほのかったら、失礼ねっ!!」

 うわっ、ごめんっ、と叫んで、ほのかが大げさに頭を下げた。春の香りを含んだ風が、ほのかの豊かな髪を揺らす。見回してみると、沈丁花の花群れの中にスノウがいて、ま、よかったんじゃないの? とでも言いたげな分別くさい顔つきをしていた。

END







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~ Comment ~

NoTitle

最初から笑いをこらえてふっふっ私ハマさんになり切って
いました。
うんうんそうそう。えっそうじゃないでしょう。
若いあかねさんが、ここまでいい年の未婚の娘をもつ親の気持ちがなんで分かるのだろう。と少し不思議です。
私も娘がこんな男性連れてきたら、即座に絶対noです。
でもよく考えてみるとハマさんとおんなじこと思うよね。

沈丁花の花の中にさりげなくスノーとほのかのかみにからむ春風を置いて花物語の最後を心地よくさせる技、見事です。

danさんへ

いつも「花物語」をお読み下さってありがとうございます。

えと、えとえと、私、若くありませんので(^-^;

ハマっていうのは、一昨年の「ノースポール」の主人公です。花物語も三年目ともなりますと、主人公のネタ切れを起こしていまして、今年は時々過去のキャラを出してます。

独身のひとつ年下のいとこに、私の友達を紹介しようか? と言ったことがあるのですよ。友人は乗り気だったのですが、いとこの母親、私の母の妹が言いました。

「うーん、年上の嫁はいやや」

たったひとつの年の差なのに……あっそ、って感じでしたね。
母親ってそんなに息子が年上の女性と結婚するのっていやなのかなぁ、それも人によるのかもしれませんが、十も年上だと反対しそうですね。

このほのかがいかにもアホっぽくて頼りなさそうだから、女性のほうの親も反対しそうですよねぇ。

ラストの一幕、見事だなんて言っていただいて嬉しいです。
(/ω\)(^o^)
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