別小説

ガラスの靴38

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「ガラスの靴」

     38・理由


 ゆらゆらと人々の影が揺れているようなのは、すこし酔ってきたせいか。アンヌはどこ? と見回すと、ふたりの女性とひとりの男性とアンヌの四人がいるのが見えた。

 日ごろは平凡な主夫の僕。「主婦」だったら平凡で「主夫」だと驚かれたりもするが、シュフの日常には性別は無関係だ。そんな僕をアンヌは時々パーティに連れてきてくれる。そのくせ、交友関係の広いアンヌは僕をほったらかしにする。今夜も音楽業界人のパーティで、僕はアンヌにほったらかされていた。

 そうなると知り合いを探してすり寄っていくしかないのだが、今夜は知っている顔が見つからない。やむなくお酒を飲んでいたので酔いつつあった僕は、ふらつき加減の足取りでアンヌたちのところに寄っていった。

「杉内ってバツイチだったんだ」
「いやぁ、お恥ずかしい。そうなんですよ」
「で、麗羅のほうが今ツマなんだね」
「そうです。琴音が元ツマ」

 モトカノ、イマカノ、ともいうのだから、モトツマ、イマツマ、でいいのだろう。杉内という名の男性は、アンヌから噂は聞いたことがある、バブルの残党だろう。先日会った新津義孝くんと同じ広告代理店勤務だそうだが、杉内さんのほうが年を食っている分、バブルのひきずりぶりも激しいらしい。

 華やかでグラマーなのがイマツマ、レイラ。モトツマ、コトネはおとなしげで地味な感じで、名が体をあらわしている。僕の先入観では異性の趣味は一貫しているものだと思っていたが、杉内さんはずいぶんとちがったタイプと二度、結婚したようだ。

「こんなところで琴音と会うとは思わなくて……元気だった?」
「ええ、まあね」
「琴音さんって話にはちらっと聞いてたわ。お会いしてみたかったのよ。よろしくね」
「は……ええ」

 別れた夫のイマツマによろしくと言われるとは、意表をついていたのか、琴音さんはいささかびっくりの顔をして、それでも麗羅さんと握手した。

「おーい、アンヌ、ちょっとちょっと……」
「おー、行くよ」

 音楽業界のパーティなので、アンヌのバンドの連中も来ている。誰かに呼ばれたアンヌは僕を紹介もしてくれずに行ってしまい、僕は杉内さんとふたりの女性の会話を聞いていた。

「琴音さんと離婚した理由って聞いてなかったな。どうして別れたの?」
「ああ。僕は別れたくはなかったんだけど……」
「まだ言ってる。しようがなかったんじゃないの」
「別れたくなかったの?」

 麗羅さんの眉がぴくっとし、琴音さんのほうは慈愛を感じるような微笑みを浮かべる。杉内さんはため息をひとつこぼした。

「僕の母親のせいなんだよね。あのころの僕はマザコンだったよ」
「お母さん、一年前に……」
「亡くなられたとは聞いたけど、私はもう他人だから……今さらですけどご冥福をお祈りします」
「ありがとう、琴音」
「私はお母さんが亡くなってから杉内と結婚したんだけど、どういうこと?」

 そばに立っている僕にも説明してくれるつもりらしく、杉内さんは言った。

「僕の母は息子命だったんだよ。僕はひとりっ子で、小さいときからそうやって育てられたから、それほどおかしいとも思ってなかったんだね。父は忙しくて母にも僕にもかまっている暇もなかった。だから母と僕は仲良しの密着親子だったんだ」

 幼稚園から受験をして名門私立に入学したから、周囲にもそんな親子が大勢いた。そのせいで普通だと思ってたんだな、と杉内さんは苦笑した。

 うちのお母さんはどうだったかな。僕もひとりっ子、ひとり息子だったけど、お父さんは別にそんなに多忙でもなかったから、子どものころは三人で出かけたりもした。僕は両親ともに好きではあったが、それほどに仲良しでもなかった。

 どこがいちばんちがっていたのかといえば、杉内さんはママの期待に応えられる優等生だったってこと。かたや僕は勉強もスポーツも大嫌いな無気力少年だったってことか。
 ともあれ、杉内さんはそうやって名門私立幼稚園から大学まで進み、景気のいい時代だったからスムーズに広告代理店に就職した。一度も挫折することもない息子の人生を、ママは優しく誇らしく見守ってくれていたのだそうだ。

「で、琴音と結婚したんだよ。琴音は取引先の社員で、なんの難点もない女性だった。母も結婚すると話したときには賛成してくれたよ。父にも多少は時間ができたから、これからは夫婦で楽しくやっていくわ、って言いながら、寂しそうな顔をしていたのは覚えてるよ」

 アンヌが僕のうちに来て、できちゃったから結婚したい、笙に主夫をさせると言ったときの、父の愕然とした顔を僕も思い出した。母も驚きはしたのだろうが、母のほうがずーっと立ち直りは早かった。

「だけど、本音では賛成できなかったみたいだ。琴音が気に入らないのではなくて、誰が相手でも気に入らなかったんだろうと今になれば思うよ。母は可愛い息子をいつまでもそばに置いておきたかった。しかし、いい年の息子がずっと独身だというのも困る。世間体も悪い。だから許したけど、やっぱり琴音が気に入らない。というよりも、僕の妻たる女が気に入らなかったんだね」

 その点、うちの両親はアンヌが嫁というよりも、僕のほうがヨメみたいなので、そういう感情は少ないのかもしれない。母よりは父が気に入らないらしいのは、僕の立場であってアンヌそのひとではないはずだ。

「僕がいる場所では、琴音とも睦まじくしていた。その実、陰ではイヤミを言ったりねちねち意地悪をしたりしていたらしいんだな。僕はそんなことにはひとかけらも気づかなかった。あまつさえ、それに耐えかねた琴音が打ち明けてくれたときにも……」
「もういいじゃない、昔のことなんだもの」

 遮ろうとした琴音さんに寂しげな笑みを向けて、杉内さんは続けた。

「きみは僕の母親の悪口を言うのか。そんなふうにしか受け取れないきみの性根がまがってるんだ。琴音がそんな女だなんて知らなかったよ。僕はきみの本性を見間違ってたね。そう言ったよね」
「……そうね」
「母のほうをこそ見間違えてたのに、僕は自分の愚かさに気づかなかった。そんなことから琴音と僕の仲はぎくしゃくして、母に愚痴をこぼしたりもしたよ。母は琴音をかばう発言をしたから、ほら見ろ、やはり琴音がひねくれてるんだ、まがってるんだ、ってね」

 麗羅さんの表情がどんどん翳っていく。それに気づいているのかいないのか、杉内さんはさらに言った。

「僕の気持ちも荒んでいって、ついに離婚になったんだよな。後悔しているよ」
「そうは言っても、あなたにはもう新しい奥さんがいるのよ」
「そうだね。言っても仕方ないよね」
「お母さんを最期まで大切にしていたんでしょ」
「本当のことに気づいたのは、母が亡くなって、父からいろいろ聞いたからだよ。父ももっと早く言ってくれたらよかったのに、あれで父も母を持て余していたんだね」

 見つめ合う元夫と元妻、夫婦ってすれちがうとこうなるんだなぁ、僕も反面教師にしなくちゃ、と思っていたら、どんっという音がした。麗羅さんが足を踏み鳴らす音だった。

「ああ、そうなの、そしたら離婚してあげるから、もう一度やり直せばいいじゃないの」
「麗羅、なにも僕はそんな……」
「落ち着いて、麗羅さん。もうこわれてしまったんだから、やり直すなんてことはあり得ないのよ。杉内さんの妻はあなたなんだから」
「そうだよ、麗羅。落ち着いて」

 やってらんないわよっ、と憤怒の表情で吐き捨て、足音も荒く麗羅さんは立ち去ってしまった。
 再び見つめ合う元妻と元夫。どうしてだろう。僕の胸がときめきはじめる。

 他人の不幸は蜜の味、だなんて、嘘だよ。僕はそこまで性格が悪くない。主夫だからって、スキャンダルやゴシップが好物ってわけでもない。ただ、ドラマを見ているような興味があるだけだ。僕の毎日は平穏すぎるから、だからって僕の日常に波風が立つのは歓迎できないから、他人のドラマにわくわくしてしまうだけ。それだけだ。

つづく








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壊れたら作り直せばいい。
同じ形に戻すのは不可能ですが、
違う形でのものを作ることができる。
インドのシヴァ神の考え方にも似てますかね。。。

仕事の関係もあり、最近は土曜日のみのコメントです。
(*^-^*)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。
お忙しいところ、読んでいただけてとーっても嬉しいです。

こわれたものを同じ形に戻すのはむずかしいけれど、ちがった形に作り直すことができる。
シヴァ神って破壊の神でしたよね。
ふーむ、こわれたものはどんな形に作り直されるのか?……ふむふむ。

このストーリィの場合は……まあ、恋愛ってもしかしたら、ひとつ成就するとその陰でひとり、落ち込んでいたりするものなのかもしれませんね。

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