ショートストーリィ(しりとり小説)

112「運のつき」

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しりとり小説112

「運のつき」

 できることなら両方ともがいいなぁ、などとほざいている近田の顔を見つめて、僕は呆れていた。
 若いころからもてたことなんかない僕は、三十代になってももちろんもてない。仕方がないので親戚のおばさんの紹介で、もてない女性と結婚した。妻も僕も初の交際相手と結婚したのだった。

 もてない同士なのだから、浮気の心配はしなくてよくていいかもしれない。世間には妻や夫をないがしろにすると浮気されると言う人がいるが、浮気なんてものは僕らみたいなもてない男女にはできないのだと声を大にして言いたい。

 長身、苦み走ったいい男、性格はややちゃらいような気もするが、好意的に受け取れば社交的で陽気で人当たりがいいともいえる。同期入社なので親しくなった近田は、僕とは正反対の男だ。僕がもてないのとは正反対に、彼はもてる。同じ会社の同期とはいえ、彼は積極的な性格で営業マンとしても優れているので、出世にも年収にも差がついた。

 さっさと彼女を作ってさっさと結婚する、もてる男もいるが、結婚だけは近田よりも僕のほうが早かった。近田は恋人と呼ぶほどでもないような女性と浅く広く交際をしていて、あるとき、そんな彼女のひとりに質問されたことがあった。

「彼のケータイメール、見ちゃったのよ」
「それはよくないな」
「よくないのはわかってるけど、気になったんだもの」

 ケータイメールの送信ホルダのひとつに、「愛」と名付けたものがあったのだという。愛とは女性の名前なのか、彼女はどうしても気になって、近田がホテルでシャワーを浴びている隙に覗き見した。

「愛ちゃん、お誕生日おめでとう、愛してるよ、ってメールだったの。同じ文面のメールが一年に一回、同じ日に必ず送られていたのよ。ケータイなんて二年に一度くらいは変えるものなのに、何年も前のメールも全部保存してあった。そしてね、返事はひとつもなかったの」
「それってどういうこと?」
「モトカノなんじゃないのかな。別れた彼女にずーっと誕生日のお祝いメールを送ってるのよ。返事がなくても毎年、送ってるの」
「うーん……どうなんだろ」

 あいつってそんなに執念深かったのか。僕も彼女と一緒に悩み、はたと思い当った。

「そのメール、送信されていた?」
「送信されてたかどうか? そんなの調べてみてないけど、どうして?」
「チャンスがあったら、送信されているメールなのかどうか確認して。されてなかったとしたら、僕には仮説があるんだ」

 了解してくれた彼女は、次にホテルに行ったときに「愛」メールを確認した。

「横内さんの仮説って当たってるんじゃない? どれもこれも書くだけ書いて、送信されてなかったよ」
「そっか。愛ちゃんってのはね……聞いたことがあるんだ。近田が高校生のときにつきあっていた女の子だよ。彼女は大学に入学する前に亡くなったんだそうだ」
「死んでしまったモトカノに……?」

 そのような、ロマンティックなんだか執念深いんだかわからないようなことをする奴だった近田は、最近は愛ちゃんについては吹っ切ったらしく、僕に打ち明けてくれた。

「電算室の年上の女性と、総務の年下の女の子、両方からアプローチされてるんだよ」
「年上と年下?」
「年上は四十代、彼女は年齢ゆえの遠慮があるのか、あからさまではないな。年下のほうは二十代で、かなり露骨に、近田さんが好き、彼女にして、アピールをしてくる。年下のほうが美人なんだけどね」
「今は近田って彼女はいないのか?」
「今はいないから、どっちかとつきあってみようかな」

 間もなく判明したのは、電算室のほうは桜井さん、女性の同僚に聞いたところによると、四十四歳だそうだ。総務部の年下の女性は綾部さん、彼女は二十四歳。近田は三十四歳だから、ちょうど真ん中の年齢になる。
 
 短大を卒業して銀行に入行したものの、転職してきて一年目の綾瀬さんは、社内の上層部のほうにコネがあるらしい。すらっと背の高い美人で、総務部という仕事柄か愛嬌もある。お高く止まっているようなこともないので、男子にも女子にも受けはいいようだ。

 一方の桜井さんも転職組だ。わが社は新卒も採用するが、中途入社もけっこう採る。三年ほど前に入社した桜井さんはなかなかの一流大学卒で、頭も切れるらしい。それだけにつんとした感じで、頬がこけていてやや老けて見える上に美人でもない。

 ごく尋常に考えれば、選ぶのは綾部さんだろう。うちの会社は規律がきびしいほうでもなく、社内恋愛結婚がわりあいに盛んなので、あちこちでこそこそと、近田をめぐる三角関係のようなものについての噂が飛びかっていた。

「どっちかを選んで結婚するんだろ。どっちもいいなんて言ってないで、決めろよ」
「うーん、悩ましいな」
「普通はあっちだろ」
「あっち、ねぇ」

 無責任な立場の僕は、傍観者として、友人として意見はしていたが、決めるのは近田本人だ。僕だって近田の恋愛話にばかり気を取られていられるほどに暇ではなく、そうこうしているうちに日が流れていった。

「……横内さん」
「ああ、綾瀬さん、えーっと……」
「私の話、聞いてくれますか」
「あ、ああ、いいよ」

 相談したい、とは言われなくてもわかる。近田のことだろう。
 それだけで僕に声をかけたのは知っているが、こんなに若くてぴちぴちした美人とふたりっきりで退勤後に居酒屋に行くなんて、妻に対して罪の意識を感じてしまう。だけど、たまにはいいんだ。同い年の妻は家事と仕事に疲れていて、所帯やつれして見えるほどだから、たまにはこんな若い美人と飲んだってバチも当たるまい。

 会社からはいくらか離れた静かな店で、綾瀬さんと向き合った。元気なさげな彼女は、若さがいくぶん翳って見えてひどく魅力的だった。

「おばさんに負けちゃいましたよ」
「は?」
「はっきり言われたんです。近田さんは桜井さんと結婚するんだって」
「え、ええ、ええ?」
「できちゃったのかと思ったけど、そうでもないらしいですよ」

 本人からは僕はまだ聞いていないが、先に桜井さんに、続いて綾瀬さんに近田が告げたのだそうだ。
 本命の桜井さんには、結婚しようと。
 そして綾瀬さんには、ありがとう、ごめんね、俺は桜井さんと結婚するんだ、と。

「あり得なくないですか」
「……う、うん、そうかなぁ」
「私だって社内の噂も聞いてたし、近田さんもなんだかのらくらしてるしで、ライバルがいるのは知ってましたよ。だけど、相手があのおばさんなんだもの。私が勝つに決まってるって思ってた」
「う、うん、そうかも」

 日本酒を冷でぐいと飲んで、綾瀬さんは言った。

「そう聞いてショックで、社内の親しい女の子にも話しました。あのおばさんのことも知ってる女の子は、ええ、ほんと? 弱みを握られたりしてるんじゃない? そっちを選ぶって、近田さんって変態? マザコンなんじゃないの? とか言ってました」
「ああ、ねぇ」
「だけど、お局さんクラスの女性は言うんですよ」

 若くて可愛いだけじゃ値打はないってことね。そんなもの、いずれは消えてしまうんだから。桜井さんは若くもないし美人でもないけど、いい大学を出てて稼ぎもよくて、人間的にもあなたよりもはるかに上なのよ。

 近田さんって思ったよりもいい男じゃない? 若さだの見る目だのにばかり惑わされずに、本質的な女性の魅力がわかってるのね。私が男だったとしたら、そりゃああなたよりも桜井さんを選ぶよ。彼女は小娘とはちがって、人間として深くて大きい女性だもの。

 日本の男ってたいていは幼稚なのよね。若けりゃいいって奴ばっかり。精神的に成熟した男性は、女性を内面で選ぶのよ。桜井さんってそれほど魅力的なんだね。私は近田さんも桜井さんも見直したわ。

 女は年じゃない、見た目じゃない、それを近田さんが立証してくれたのね。素敵、素晴らしいわ。かっこいいわぁ。私も近田さんみたいな男を見つけよう。

 勝ち誇ったように言われて、綾瀬さんはがっくりするしかなかったのと嘆いた。

「男性から見てもそう思います?」
「いや、まあ、桜井さんには近田にしか見えない魅力があったのかな、とはね」

 正直に言わせてもらえば、おまえって変わってるね、なんでそうなるの? なのだが、そうは言えない。近田のご両親は賛成するのだろうか、とか、十年後は大丈夫か? だとか、懸念も起きる。
 もしかして、この決断は近田にとっては運のつき……なのか、あるいは、中年女性に受けがよくなっていい作用をするのか、僕にはわからないのだが。

 いずれにせよ、凡人である僕は、十も年上の女性よりは、同い年の妻のほうがいいかなぁ、近田、もったいないことしたよな、と綾瀬さんの可愛い悔し涙を見て、しみじみしてしまったのだった。

次は「き」です。

主人公について

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
金子将一や服部一葉のストーリィに出てはくるのですが、おそらくどなたの記憶にも残っていないであろう、フォレストシンガーズの通りすがり、横内くんが語り手でした。




 


 
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~ Comment ~

NoTitle

女の戦い…怖いですね(^_^;)
若い子は若い子で怖いですが、年齢上の人は上の人で怖いです。
こういう戦いには出来ることなら関わりたくないですが…どうしても勃発しますよね…。

相手が誰を選ぶのかって傍から見てたら分からないですよね。
私の友達もめちゃくちゃ美人で可愛い子たちが「え…なんで」みたいな男の人と結婚して…性格で選んだのかと思っても、俺様だったり束縛ばっかしてたりと…
この子なら他にもいい人いただろうにって思うことがよくあって。
でもその子にとったらその人が良かったんでしょうね…二人の間のことは傍から見ては分からないものです。

恭子さんとチャンドラのお話書いてくれるんですか!!???ありがとうございますううううう!!めっちゃ嬉しいです!!楽しみにしてます!!ヽ(=´▽`=)ノ今からドキドキです!!♪

たおるさんへ

コメントありがとうございます。

私、けっこう年下男と年上女のカップルを書いてますよね。普通じゃないからこそ書くっていうのもありまして、決して願望ではありません。

年下となんか結婚したら引け目に感じるし、年下に魅力は感じないし。
って、言い訳みたいですね。

今回も両方の女を否定というよりも、他人のことでとやかく言ってる周りの女たちを書きたかったわけですので、両方怖い、と言って下さるということは、わかっていただけたんだと嬉しかったです。

ああ、なんかまた言い訳してる。
(^-^;アセ。

チャンドラさん、書いていいですか?
チャンドラさんって何人でしたっけ? 長身ナイスバディ、ちょっときつそうな美人ですよね。
あののほほんのふたりを見て、パートナーである女性たちがなにをどうするか、という視点で書いてみたいと思っています。
書けるかな、書けたらいいな。

NoTitle

こういう事って、現実にもきっとあるんでしょうね。
でもどうせモテる男なら、こんなアピールしてくる女性よりも、自分がとことん惚れられる相手にすればいいのに。
近田さん、ちょっと安っぽい男に思えちゃいます。
・・・って、私も結局、傍観してあれこれ言うギャラリーに成り下がってますね^^

私も年下と結婚するのはちょっと嫌かも。どちらかというと、甘えたい方なので。
でも、年上だからって甘えられるわけじゃないんですよね。男って、本当に中身は幼くて・・・^^;

さてはこの近田さん、年上に甘やかしてもらいたいタイプなのかもね^^

limeさんへ

コメントありがとうございます。

自分にはなんの関係もないのに、恋愛沙汰となると妙に興奮する人間……恋愛沙汰とも限りませんが、他人のことでなんでそうキーキーしてるの? という人がけっこういるので、そういうのを書きたくて書いてみました。

そのせいで、近田はなにを考えてこうしたのか、が意識から抜け落ちている。
彼にとっては自分のことですから、うるさい外野をあっけに取らせるため……だったりは、しませんよね?
そんなことをしたら後悔しますものね。

なーんて、考えはじめるとまた続編を書きたくなってきます。

年上だから甘えられるわけでもないってのはほんとですね。年下でも甘えられる相手って、男性にも女性にもいるのかもしれません。
甘えるって……という意味も、考えると堂々巡りしますが。

NoTitle

・・・。
・・・・・。
・・・・・・。
愛って思ったより面倒臭いんだよな。。。
存外に、愛を育むのは男は難しいものなのだと思います。
いや、存外ではなくて、普通に。

LandMさんへ2

いつもありがとうございます。

なにかしらをはぐくむって、なんであってもむずかしいものですよね。女でもそうかもしれません。

オタクの岡田斗司夫氏の著書に「男は結局、愛なんてものは持ってないんだ」みたいなことを書いてあって、私には意味不明だったのですが、LandMさんだったら彼の言いたいこと、おわかりになりますか?

あかねさんへ!!♪

こんにちは!
すっかり春めいてきましたが、本道は風の冷たさが、身にしみて体感しにくいですね^~汗)
小説は読めなくてすみませんが、作家の苦労が共有できますねー。!頑張ってください。!!

NoTitle

・・・。
・・・・・私に岡田斗司夫氏の著書を聞くこと自体に悪意を感じるのですが。。。まあ、それはともかくとして。

仮に愛を「妻(恋人)や子供との関係性を深めるもの」と定義しましょう。
だけど、男っていうのは本能的に精子をばら撒きたいという衝動に駆られます。それを俗に性欲というのですが。女は気持ちでセックスをするものと聞きますが、男性は違います。極論から言ってしまえば、子孫をばら撒きたいから、性欲を昇華させたいから、自分の欲望でセックスをします。そこに先ほど定義した愛というものは存在しない。あるのは子孫を残したい本能と性欲と言う名の快楽だけです。
岡田斗司夫氏が言いたいのは多分、そんなことだと思います。

いや、だけど、男でも誠実で妻や恋人だけを愛してくれる人もいるじゃん、って言いたい方もいると思いますが。そりゃあ、社会的、道義的、倫理的なものが作用して、あるいは、自分が年とっても面倒みてくれる人が欲しいみたいな打算的なものが働いて、「愛」をしているフリをしているだけなんだってばさ。
・・・というのが、言いたいことなんじゃないですか。
多分。

女性に方には微妙に分からなかったかもですね。
だと、すれば申し訳ありません。

質問返しが長くなったじぇ。。。

荒野鷹虎さんへ

コメントありがとうございます。

大阪はかなりあたたかくなって、ここ数日は春です。
桜もちらほら咲いてきました。
私は春は嫌いなんですけど、花がいっぱし咲くのだけはいいですね。

北国のほうは月曜日あたりからまた雪だとか?
気候の変化が激しいようですから、お身体に気をつけて下さいね。

LandMさんへ

ご回答ありがとうございます。

えーと、私はLandMさんと岡田さんのご関係をまったく知りませんので、悪意と言われましても見当もつかないのですが?
はい、悪意はひとつもありません。ただ、岡田さんの著書を思い出しただけです。

私はSF大会で、岡田さんの実物を見たことはありますけどね。

LandMさんのご回答は理屈としてはわかります。
でもやはり、根本的な部分でわからないのは私が女だからなのでしょうね。
性的な部分では男と女ってやっぱりちがうんですよね。

NoTitle

またまた久し振りにやってきました。
よくあることだけどなかなか興味深くよみました。
この決断が近田さんの「運のつき」かどうかはこれからの
結婚生活が決めてくれるでしょう。

danさんへ

コメントありがとうございます。

結婚生活って終わるときにこそ、このひとと結婚してよかったなぁ、なのか、もうこりごり、二度とまっぴら、なのかがわかるのかもしれませんね。

近田さんの奥さんもdanさんがご夫君を愛したように、彼を愛してくれたらいいのですが、さあ、どうなるでしょう?
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