ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「あ」

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フォレストシンガーズ

「あさきゆめみし」

 夢見し……ではなく、「夢見じ」が正しいのだそうで、夢を見たのではなく、夢も見ずに、である。そんな講釈をしてくれたのは祖母で、幼かった俺は浅い夢の中を漂っているかのごとく、ぽーっと聞いていた。

 イロハがるたなんてものに親しみ、百人一首を暗記し、意味もわからなかったのが徐々に解釈できるようになってきた年ごろになって、俺ははじめてひとり旅をした。
 高校生までは故郷の金沢にいて、祖母がうるさいのでひとり旅もめったとさせてもらえなかったが、大学生になって東京で暮らすようになってからは、金を節約して時々はひとりで旅に出た。

 貧乏学生から貧乏フリーターを経て貧乏シンガーになって、常についてきていた「貧乏」の枕詞が最近はようやく消えつつあるだろうか。金持ちになったわけでもないが、貧乏ってほどでもなくなって三十歳になり、フォレストシンガーズもちょっとだけは売れつつある。

 近頃はプライベートな旅をしている余裕もなくなりつつあるのだが、たまにはひとり、国内旅行。そのうちには俺がひとりで歩いていたら、あ、フォレストシンガーズの乾さんだっ!! とファンの方に見つけられて取り囲まれ、サイン、握手、写真、と大騒ぎ……なんてことになったらいいな。

 そこまでの有名人にはとうていほど遠いから、ひとりで電車にだって乗れる。はじめてのひとり旅を想い出して、京都へとやってきた。

 一般的な古典文学は祖母の影響で高校生までにざっとは読んだが、源氏物語は手におえない気がして敬遠していた。祖母も言っていた。

「光源氏っていうのは、マザコンのプレイボーイだよ。源氏を取り巻く女たちを深く読めばいろいろ見えてくるんだけど、隆也にはまだ無理でしょ。もうすこし大人になったら読んでみれば?」

 だから、源氏物語には少女漫画でちらっと触れただけだ。
 絢爛豪華できらびやかな日本宮廷物語。庶民は疫病や飢饉で野垂れ死にもしていた世の中なのに、貴族ってのはいい気なもんだな、と、中学生や高校生の俺の意識は主にそちらに向いていた。

 大学では古典文学を専攻していたものの、専門は古歌だったので源氏物語については通り一遍の知識しかない。が、むろん源氏物語の登場人物たちも短歌を詠む。

「もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに 年もわが世も今日や尽きぬる」 光源氏
 五十二歳で遠からぬ死を意識した主人公の歌だ。

 中学生の終わりごろ、はじめてひとりで訪れた京都。それまでにだって祖母に遊びに連れていってもらったことはあるのだが、旅行というほどではなかった。父母は俺の育児にはほとんど関与していなかったので、家族旅行の経験もない。団体行動は嫌いだから、学校の遠足も義務感で行ったにすぎなくて。

 心から旅行を満喫した初の経験が、あの京都だった。

 人里離れた静かな場所に行きたくて、図書館でたくさんの本を調べたっけ。ひとりになりたかった。ひとりでひたすらに考え事をしたかった。
 その場所に、二倍の年齢になった俺が再びたたずむ。

 光源氏もここに来たんだよな。彼は架空の人物だけど、紫式部だったらほんとに来たんだろうな。あの時代……千年も前の京都には黄昏どきともなると魔物が跳梁跋扈して、人々を惑わせた。日本語も現代とはちがっていて、タイムトラベルしたとしても言葉は通じない。

 紫式部は実は男だとか、複数の人物が書いたのだとか、シェイクスピアにも似た伝説があるが、定説通りに才女の書いた物語だと考えておこう。

 観光客は来ない寺の境内をひとり歩きながら、つれづれに考える。
 たまに源氏物語がドラマや映画になるが、膨大な予算がかかるのだそうだ。俺も出てみたいな。俺はなんの役がやりたいかな。歌人がいいな。ドラマの主題歌も作らせてもらって、歌人の役でちょこっと出演する。いいな、憧れだな。

 ワンマンライヴの経験も乏しく、ヒット曲もないフォレストシンガーズの乾隆也に、映画やドラマのお呼びはかからないか、夢物語だな。俺はドラマじゃなくて、歌を作って歌うほうを考えなくちゃ。

 いつか、万葉集や百人一首の短歌をモチーフにした歌を書きたいとあたためている。源氏物語もいいなぁ。恋歌はふんだんにあるのだから、この土地で練ろうか。ICレコーダーを持ってきていたので、木陰のベンチにすわって心に浮かんだメロディを吹き込んだ。

「晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ
 同じ心にながめせずとも」

 末摘花が詠んだこの歌、おのれの容貌を恥じていた哀れな女。美女ではない彼女が美男に恋をしたってのは切なかっただろうなぁ。そんな主題をメロディにこめたつもりだったのだが。

「……だせっ」
「は?」

 いつからそこにいた? ポケットに手を突っ込んだ痩せた少年が立っていた。

「だせっ、って、俺の今の……?」
「そう。センスないよな」
「いや、まだ試作段階だから」
「それって言いわけでしょ。才能のある人間の作った曲ってのは、試作だってなんだって素晴らしさのかけらぐらいは感じるんだよ。あんたのそのメロディ、駄作だな」
「……恐れ入りました」

 ガキが一人前にほざいてんじゃねえよ、と凄んでやってもいいのだが、我ながら出来はもうひとつだな、もっと練らなくちゃ、と思っていたので図星でもあった。

「きみも作曲するの?」
「そんなだせえこと、しないよ」
「……きみは京都の子じゃないね?」
「うん、ひとり旅……」

 中学生ぐらいだろうか。どこかで見た覚えのある少年だ。

「俺は大人になったらなにをしたいのかなぁ……ううん、あんたには関係ないから」
「ま、たしかに」
「ばあちゃんが……」
「きみもばあちゃん? ばあちゃんにはお互い、苦労するね」
「それもあんたには関係ないだろ。邪魔すんなよ。せっかくひとりになりたかったのに」

 そっちが寄ってきてよけいなことを言ったんだろ、と怒るのも大人げないので、さよならとも言わずに向けた背が遠ざかっていくのを見送っていた。
 そうしているとうつらうつらしてくる。浅き夢……浅き夢の中には今の少年の年頃に、ひとり旅でここを訪れた俺が出てくる。少年の背中に、過去の俺が重なって見える気がする。

 あの少年はあの日の俺……いや、あの日の俺に似た少年……どっちだっていいさ。歌ってのは恋をテーマにばかりしなくてもいいんだから、過去の自分を描いてみようか。過去の俺に似ているのはまちがいなく、それでいてちょっと粗暴そうにも見えた彼が与えてくれたヒントを、浅い夢の中でころがしてみた。

TAKAYA/30歳/END
 




 


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浅き夢を見た余韻のような、不思議なお話ですね。
実際には夢でも幻でもなく、ちょっと生意気な子供と触れ合っただけなのかもしれないけれど。
乾君の周りにはいつも不思議な雰囲気が漂っていて、タイムスリップしてもおかしくないな^^
源氏物語は、ブログをやっているといろんな人が話題に上げていて、今なおその人気を思い知らされます。
本当に、すごいベストセラー作家ですよね。
恋愛ものを読まない私は、未だに噂やレビューでしか知らないんだけど。
今現在の作家さんの本の中で、1000年後も読み続けられる作品があるのかな・・・と想像してみても、ちょっとピンとくるものがありません。
もしかしたら1000年後もやっぱり、源氏物語は読書家たちに、愛読されているのかもしれませんね。
・・・って、1000年後には、本というものが存在しているのかも想像できませんが。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
少年時代の隆也でしたら、年上の男性に「ださっ」とは言いませんね。そんなことを言ったらおばあちゃんに怒られる~ですので、ここはやはり現実として。
でも、ちょっとファンタジックに考えたがるのは彼の癖なのです。

シゲは想像力がなく、真次郎はリアリスト、章は怖がりですので、この三人はファンタジーみたいなのは苦手。
幸生は好きですけど、もっと変な方向へ想像します。

それでこういうストーリィの主役は隆也になってしまうのですね。

源氏物語、私は田辺聖子さんの書かれたダイジェストと、大和和紀さんのまんが、あれもたしか「あさきゆめみし」だったような……くらいしか読んでないんですけど、ほんとに永遠のベストセラーですよね。

1000年後……本どころか人間もいるのかどうか……ではありません? 人間はいても日本人というものはいなくなっていて、それでも紫式部は地球人に知られているのでしょうか。
つきつめるとそんな小説も書けそうですね。
ロマンだなぁ。
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