ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「Shaken, not stirred」

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フォレストシンガーズ


「Shaken, not stirred」


1・章

 バーのカウンター、木村章の隣にすわった男がくわえ煙草で言った。

「Vodka Martini, Shaken, not stirred」
「ウォッカマティーニ? そこんところは聞き取れたけど、乾さん、あとはなんて言ったんですか?」
「ウォッカでドライマティーニを。ステアではなくシェイクでってオーダーしたんだよ」
「……気障」
「このくらいは常識だよ、章くん」

 現実世界で俺の隣にすわっている、現実の乾隆也がむせている。彼はマティーニではなく缶のゆずハイボールを缶から直接飲んでいて、俺のマンションで一緒にテレビを見ていたのだった。

「乾さんだったらこれくらい、言いますよね」
「この俺……俺っていうか、ドラマの中の乾隆也は二十三だろ。おまえがうちに入って間もないころ……」
「そうですね。俺に酒をおごってやるって言って、大人の男の酒の飲み方を教えてやるって言って、この店に連れてきたんだ」
「知ってるけど……いや、このシーンは本物の乾隆也ではなくて、俺を演じている石川くんのイメージで描かれてるんだろ」
「乾さんだって近いですよ」
「近くないっての」

 ドラマ「歌の森」は若き日のフォレストシンガーズをモデルにした群像劇だ。主役は乾隆也と本橋真次郎、山田美江子。三人を軸に、大学生だったフォレストシンガーズがプロのシンガーズになるあたりまでの人間模様が描かれていく。

 大学を中退している俺、木村章だけは別枠で描かれていたのだが、今回、章がフォレストシンガーズに入り、乾さんにバーに連れてこられるというシーンがテレビの中で繰り広げられていた。

 脚本はみずき霧笛。幸生と特に親しい中年男だ。俺はみずきさんを見て、作家に身長はいらないだろ、俺にくれ、と不可能なことを考えたり、ネタ探しに協力したりしている程度だが、もの書きの中では親しいほうだといえる。

 みずきさんは乾さんとも親しいから、このシーン、乾さんだったら言いそうだと思ったのか。乾さんにちょこっと意地悪をしているのか。太った中年男のみずきさんは、もてる乾さんを羨んでいるようだから。

 ここはまったくのフィクションであり、こんなことはなかったのだが、近い出来事だったらあった。ドラマの中では章が乾さんに説教されている。俺はなつかしいような腹立たしいような気分で画面を見つめ、乾さんはただひたすら、恥ずかしがっていた。


2・幸生

 ショーン・コネリー時代の「007」に於けるジェームス・ボンドのオーダーの仕方だと、先回の「歌の森」での乾隆也の台詞を、本物の乾さんが解説してくれた。

「おまえもドラマ、見てたのか。俺はあんなこと、言いそうか?」
「言いそう」
「あのあとの章への説教も?」
「あれはほんとに言ってたじゃありませんか」
「あのまんまじゃなかっただろ」
「ほとんどあのまんまですよ」

 若いころの章ときたら、遅刻しただの弱音を吐いただの、女の子に暴力をふるっただの、ファンの方をないがしろにしただの、次々次々と乾さんに叱られる原因を作っていた。

「本橋、章が来たら殴れ」
「殴る、のか?」
 
 なんてやりとりを、うちの年長者たちがやっていたこともある。シゲさんは心配そうな顔をし、俺は本橋さんと乾さんに叱られてふてくされたり、泣きそうになっている章のアフターフォローをしてやった。

「飲めよ。飲んで酔って忘れろ。ただし、寝てしまわないように。今夜はシゲさんはいないんだから、おまえが酔い潰れても俺では背負って帰れないよ。ほらほら、飲めって」

 へこみまくってどよよよよん、としている章に酒を飲ませてやった記憶だって、何度も何度もある。あのときやあのときにはなにを飲んだのか。ドライマティーニみたいなかっこいいものじゃなくて、安いウィスキーの水割りだったか。

 本当には言わなかったにしても、あの台詞、乾さんにはお似合いだよ。章はそんな乾さんが大嫌いで、それでいてちょっとは好きで、俺はそんな乾さんが大好きで、それでいてちょっとは嫌いだった。そんな日々も遠く、遠くなっていく。

 遠い日を思い出すと、鼻先をふっと、安ウィスキーの香りがかすめた気がした。
 

3・繁之

「昨日、恭子はあの乾さんをかっこいいって言ってただろ」
「ああ、ドラマの乾さん? かっこよかったよ」

 昨日は休日だったから、子どもたちが寝たあとで、恭子とふたりで深夜ドラマの「歌の森」をリアルタイムで見た。普段は録画しておくのだが、昨日の放映分には本庄繁之は出てこないようだから、恭子と見ても照れることもないだろうと思ったのもあった。

 ここまでの美男子が俺を演じるとは、やめてほしい、と乾さんはむしろいやがっている、乾隆也役は石川諭。たしかに、彼は相当に端正な顔立ちをしていて、じわじわっと人気も出てきているらしい。CMに出ているのを見た恭子が、あ、乾さんっ!! と叫んだこともあった。

 が、性格のほうはもうひとつ、との噂もちらほら。そんなところは乾さんに似合いだね、と章が言っていたが、聞き捨てならないな。乾さんのどこが性格悪いんだ?

 それはまあ別件として、昨夜のドラマだ。
 大幅に脚色はされているが、こんなこと、ほんとにあったなぁ、というシーンもふんだんに出てくる。
 デジャ・ヴとでもいうのか。学生時代のシゲが出てくると、俺は正視に耐えない心持ちになりつつも、ああ、こんなこともあった、このときは俺はなにを考えていたのか、なんて、懐旧にふけってしまう。

 なので、シゲのいないシーンのほうが見ていて気が楽だ。
 乾さんが登場すると恭子が、かっこいい、素敵、さすが、などと連発するので、多少むしゃくしゃしたりもするものの、本気で嫉妬しているわけではない。

「あれ、乾さんも恥ずかしかったんだってよ」
「そうなの? 乾さんって意外に照れ屋さんなんだね」

 仕事に出かけて帰宅して、家族で食事をして、今夜も子どもたちがベッドに入ると、俺は恭子にスタジオでの乾さんの話をした。

「もう一回見ようかな」
「うんうん、そうしよう」

 本人が恥ずかしがっても、俺はここまで気障じゃないよ、と言おうとも、乾さんには似合いの台詞だ。「Vodka Martini, Shaken, not stirred」。俺もいっぺん言ってみたい……いや、俺が言ったらお笑いだから、絶対に言ってみたくない。


4・隆也

 
 深夜ドラマなのだから視聴率はさして見込めないものの、フォレストシンガーズの関係者はけっこう皆見ている。「歌の森」で、乾隆也が言った気障な台詞が、内輪では流行しかけていた。

「あれねぇ、どうもほんとのことだと思ってるひとが多いのよ」
「誰がほんとだと思ってるって?」
「相川シンヤくんや鈴木瑛斗くんも、乾さんだったら言いそうだよね、って言ってたよ」

 困ったね、と口では言うが、ミエちゃんも面白がっている。
 別段実害はないのだから、若造だった俺がバーでジェイムズ・ポンドの真似をして酒をオーダーしていたと広まってもいいようなものだが、やはり恥ずかしい。自意識過剰なのだろうか。

 シンヤも瑛斗もアイドルだ。瑛斗はジェイムズ・ポンドを知らなかったようだが、シンヤは雑学知識も豊富なようで、ミュージシャンのたまり場である酒場で会ったときにも話しかけてきた。

「乾さん、あれ、聞きたいな」
「あれって?」
「ステアじゃなくてシェイクでってやつ」
「あれは俺が言ったんじゃないって」
「……彼が言ったんですよね。おーい、石川くん、石川くん、飲みにいこうぜ」

 偶然なのか、シンヤが連れてきていたのか、ドラマで乾隆也を演じている石川諭が店内にいた。デビュー前には凡庸な女の子だったのが、歌手なり女優なりになって人気者になってくると、輝きはじめる場合がある。男であっても同様らしく、石川くんははじめて会ったときよりも格段に進化していた。

 進化でいいのか、かっこよくなったというのか、外見に限っての話で、中身はよくは知らない。先入観だったらあるが、そればかり気にしていてはいけない。中身も変わったかもしれないではないか。

「相川シンヤくんだよね。キミ、未成年じゃないの?」
「二十歳はすぎてるよ。石川くんも成人式はすんだんだろ」
「すんだよ。へぇ、シンヤくんって乾さんとは親しいの?」
「俺はずーっとフォレストシンガーズのファンだから、ドラマも見てるよ」
「ありがとう」

 なんとなくシンヤが石川くんに反感を抱いているように見えるのは、シンヤのほうが人気者になってからのキャリアが長いからか。新人のくせに生意気、とでも?
 大学の演劇部出身だという石川諭は、出身校もフォレストシンガーズよりも格段に有名な学校だ。聞くところによると彼は学歴偏重主義らしく、学歴のない者を見下げる傾向にあるらしい。俺たちにはあからさまには言わないが、内心では思っているのかもしれない。

 二十一歳のシンガーなのだから、シンヤは大学には行っていないはず。彼には逆に学歴コンプレックスがあるようで、それゆえに石川くんをナナメ目線で見るのか。我々フォレストシンガーズは中途半端な大学卒か中退の集団だから、どっちでもいいのだが。

 えらく余裕の態度で、石川くんがシンヤをあしらっている。舌打ちでもしそうに険悪になっているシンヤにくすっと笑いかけてから、彼が言った。

「乾さんが行きつけの店に連れていってくれるんですって? 行ってもいいかな」
「お供しますって言えよ」
「僕は乾さんの従者じゃないよ」
「……うん、行こうか」

 お供します、とまで言われたくないので、ひとりで怒っているシンヤになだめるように笑ってみせた。
 その店から出て、シンヤと石川くんとの三人でタクシーに乗る。いつだったか、ラヴラヴボーイズのポンを連れていったバーだ。ラヴラヴボーイズは解散し、ポンはアクション俳優になるべく修行中。アイドル業界も短い間にさま変わりした。

「やれよ」
「……やってもいいよ」

 カウンターに並んですわると、シンヤにつつかれた石川くんがバーテンに告げた。

「Vodka Martini, Shaken, not stirred」
「……かしこまりました」

 整った横顔はあくまでクールで、石川くんはまったく悪びれる様子もない。シンヤはちぇっと小声で呟き、俺はどうにもこうにも腰のすわりが悪くて、もぞもぞしそうになるのを耐えているしかなかった。


5・真次郎

 ほんのガキだった高校時代に親しくしていて、俺が卒業して遠ざかってしまった野島春一。
 アマチュアフォレストシンガーズの仲間だった時期もあり、結婚して歌はやめるからと言って脱退し、行方不明になってしまった小笠原英彦。

 長く疎遠になっていたヒデが、俺が結婚したころに戻ってきた。ヒデが野島を俺に引き合わせてくれた。ヒデと野島は同い年で、同じ神戸に住んでいる。我々も仕事でたびたび関西に行くので、今夜はヒデが常連になっている「Drunken sea gull」で三人、カウンターに並んでいた。

 他にはお客はいない。マスターが得意のギターを弾いてくれて、恰好のB.G.Mになっていた。

「こう見えてマスターはカクテルもうまく作るんや。ハルさんはカクテル、好きか?」
「俺のガラではないなぁ。ヒデさんは飲む?」
「俺がカクテルを所望したら、唐辛子入りのカクテルを作りよるからな、このおっさんは」

 じゃあ、本橋さんは? ヒデと野島が俺に顔を向け、マスターも顎をしゃくる。言ってみろ、と促されているので、ちょっと考えてから言ってみた。

「ドライマティーニを。Shaken, not stirred」

 後半だけ英語で言ってみると、ヒデが横でぷっと吹き出した。
 続いて野島も笑う。いつも無愛想なマスターまでが吹き出す。神戸の港にあるバーの中、三人の男の笑い声が低く響いていた。

END






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~ Comment ~

NoTitle

バーのカウンターで語らい合うのは最近しなくなったな。。。
一人で飲むぐらいですかね。カウンターで飲むのは。
寂しくなったのか、はたまたみんなで飲むときはテーブルで飲みますしね。
たまにはカウンターの感じもいいですね。
うん。昔を思い出します。
>^_^<

LandMさんへ2

あちらもこちらも、コメントありがとうございます。
最近はLandMさんの定期便ですよね。毎週楽しみにしております。

私は外で飲むこと自体が少なくなりました。家でも月に一、二回くらい。すぐに寝てしまいますので、家のほうが気楽なのです。
外でもバーなんかには長らく行ってません。
なつかしいなぁ。しみじみ。

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