ショートストーリィ(しりとり小説)

111「喫煙騒動」

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しりとり小説111


「喫煙騒動」

 昭和の時代には成人男性が喫煙するのは、しごく当然だった。私が子どものころには父も祖父も煙草を吸っていて、近所の煙草屋さんへ姉か私がお使いに行かされるのも、誰もなんの疑問も持たずに行われていた。

 女性が煙草を吸うのは嫌う男性が多かったが、私もいたずら程度には吸ってみたこともある。姉が喫煙者になっていたので、彼女のをもらったのだ。

「こんなものにお金を使うなんて馬鹿らしいね。喉が変になっちゃった」
「だけど、煙草って精神を落ち着けるためにはいいんだよ。お金を使うったってひと箱百円ほどなんだもの、あんたの好きなチョコレートなんかより安いんだもの」
「チョコレートはおいしいもん」
「煙草だっておいしいもん」

 はじめて煙草を吸った十八のあの日、いつまでも喉のいがらっぽさがなくならず、私には煙草は合わないんだ、二度と吸わないでおこうと決めた。
 が、高校を卒業して就職した職場でだって、大人の男性は当たり前に喫煙していた。分煙だなどとの考え方もなく、デスクで平然と煙草を吸う男性がたくさんいる。職場では最下っ端の女子社員が迷惑そうなそぶりを見せるわけにもいかず、我慢するしかなかったものだ。

 時が流れていくうちに、世論はどんどん嫌煙ムードになっていった。煙草は身体によくないとの説が浸透し、JTは大打撃を受けただろう。職場や飲食店や駅も分煙から禁煙になっていき、私としては気持ちよくてたまらなかった。

「姉さんったら、まだ煙草を吸ってるの? 時代遅れよ。それにさ、昔は姉さん、煙草なんて安いもんだって言ってたけど、今は高いでしょ? いい歳の女が煙草吸ってるポーズなんてみっともないだけだし、いい加減にやめたら? 健康のためにもやめるべきよ」
「ほっといて。私は自分の稼ぎで煙草を買ってんだから、専業主婦のあんたに言われたくないわよ」
「専業主婦は関係ないでしょ。私は姉さんに養ってもらってるんじゃないんだからね」

 独身で働き続けている姉のマンションに遊びにいくと、彼女はこれみよがしに私の前で喫煙する。私はわざとらしく咳き込んで窓を開け放つ。いや、わざとらしくではなく、私は煙草は大嫌いなのだ。

「そんな頑固な性格だから、嫁のもらい手もなかったんだよね。ああ、もう、せめて私の前ではやめて」
「私は結婚できなかったんじゃなくて、したくなかったからしなかっただけ。あんたみたいに太ってだらけた主婦なんかになりたくなかっただけよ」
「なれなかったくせに……」

 喧嘩をしてでも煙草をやめさせたかったのだが、姉は聞く耳を持たない。しかし、夫は私の説得で禁煙に成功していたし、娘も息子も煙草なんてかっこ悪いと言ってはなっから手を出そうともしなかったので、満足はしていた。家族には煙草は吸わせないのだから、これからはボランティアとして他人に禁煙させるようにがんばろう。だんだんとその成果も出てきていた。

「T大学生物学研究室の発表によると、煙草の葉から未知の成分が発見された。
 現在のところ、詳細は不明であるが、近く公式発表される予定である」

 平成の時代になってから三十数年、新聞に小さな記事が出たときには、特に反響もなかったようだ。私も特に気に留めてはいなかったのだが、一ヶ月ほどしたある夜、子どもたちが独立して夫とふたりきりになった夕食の時間にテレビを見ていたら、ニュースでやっていた。

「煙草には食欲を抑える成分があるというのは、昔から言われていましたね」
「そうですね。禁煙すると太る、口さみしいときに一服すると一時的には空腹がまぎれる、ということはあるようです。禁煙すると太るのは健康になって食が進むようになるから、ですから、多少は太るのを防げても不健康になっては元も子もないってことだったんですよね」

 ニュースキャスターと学者がテレビの中で会話していた。

「が、今回発表された未知の成分は……」
「そうなんです。煙草ってものには単独でもたしかにダイエット効果がある。そこにこの薬品をプラスすると、ダイエットに絶大な効果が得られるのです」
「煙草とこの薬品でないと、その効果はないのですか」
「残念ながら、煙草の成分とこの薬品の薬効がプラスされないと、効果はゼロです」
「その薬品とは?」

 某有名薬品メーカーが開発したその薬品は、「DFC」。Diet fast-acting medicine It adds to a cigarette とやらの略だそうだ。ふむふむとうなずいた夫が言った。

「つまり、煙草に加えるとダイエットに即効性がある薬品って意味だな。母さんも使うといいよ」
「煙草を吸わないといけないんでしょ、いやよ」
「女性に人気が出そうだね」
「そうはいっても煙草よ。人気なんか出ないでしょ」

 ダイエット効果だけならばここまでではなかったかもしれないが、そこに加えて某メーカーが新薬を発表した。煙草にはたしかに害があるのだが、この薬をブレンドすると害が薄れて煙草の薬効成分のみが顕著になるらしい。忌み嫌われていた副流煙とやらが、むしろ他人の身体にも好影響を与えるようになるのだそうな。
 
 てのひら返しは日本マスコミの常套ではあるが、まさかこんなことは起こりえないと思っていた。

 なのに、ひと箱三千円になっていた煙草の価格は三十分の一になり、消滅しかけていたJTが復活して大々的にCMを打つ。マスコミが煽る。健康のために煙草を吸いましょう!! とけしかける。日本人は流行に敏感なのだから、我が家もその波をモロにかぶった。

「この間、娘が連れてってくれたのよ。最近流行りの煙草バー」
「ああ、そういうの、できてるね。私も行ってみたけど、煙草ってのはああやっていろんな銘柄を吸うものじゃないわよ。私みたいにお気に入り一筋ってのが正しいんだから」

 むろん姉は、我が世の天下みたいな顔をして煙草をふかしていた。

「私は喉が弱いから、煙草はどうなったって駄目なの。なのに娘も息子も、煙草を吸うのは人のためにもなるんだからって吸うようになって、主人も復煙してるのよね」

 喫煙、禁煙、嫌煙、昔からそんな言葉はあるが、「復煙」。喫煙を復活するという意味だ。「煙活」は私のような煙草嫌いで、他人のためにならない人間に煙草を吸わせるようにする活動なのだそうだ。世間には私のような煙草駄目人間はたくさんいるだろうに、最近はみんな表に出てこなくなっていた。

「だから娘が、私をそんなバーに連れていったの。だけど、私はやっぱり煙草は嫌い。嫌いなものは嫌いだし、周りで煙草を吸われると咳き込んでしまうのよ。そしたら他のテーブルのお客だとか、店の従業員だとかに非難のまなざしで見られたわ。そう、ちょうど……」

「嫌煙運動が盛んだったころに、外で煙草を吸った私が他人に見られたような目で、だよね」
「そうなのね、きっと」
「私の気持ちがわかったでしょ? それにしても日本って極端だね」
「そうかもね」

 ため息をつく私を見て、煙草の煙のむこうで姉が笑っている。

 ほんの二、三年前までの、煙草を吸う者は人にあらず、みたいな風潮が百八十度転回して、非喫煙者は人にあらず、といったふうになってきた。人々に禁煙するように説いていた私は正義の味方の座から引きずり降ろされ、姉が鼻高々になっている。こんなにも生きにくい世の中になるのならば、煙草なんて嗜好品なのだから、吸っても吸わなくてもどうってこともないじゃない、だった昭和の時代のほうがましだったような。

次は「う」です。

主人公について

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
今回の主人公は「煙草」ですね。こんなことになったら面白いのにな、という、嫌煙ムードに首をかしげている人間の妄想でした。私は今は煙草は吸いませんけど、私の小説を読んで下さっている方はお気づきだろうと思います。はい、その通りです。








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~ Comment ~

NoTitle

あかねさんも愛煙家だったのですね。今は禁煙中かな?
このお話は、近未来の……ある意味SFでもありますね。ほんとうにそんな薬が出来たら、どうなるんだろう。
時代とともに、たばこって本当に扱いが左右された嗜好品ですよね。
私は小学生の頃イタズラで吸って以来、吸ったことはないんですが、実家が煙草も売っている小売店だったので、小学生の頃から煙草を売っていました。(お店番で)。
家族の男どもはみんな愛煙家だし^^。家の中結構煙いです。

今の世の中、愛煙家にとっては肩身の狭い世の中ですね。
私は別に横で吸われても平気なのですが・・・。
昨今の健康ブームのおかげで、ずいぶん扱いが変わってきました。
JT,存続難しそう^^;

limeさんへ

いつもありがとうございます。

煙草ってものは昔から、身体にはよくなかったんですよね。
なのに今になって急に、ものすごーく悪者にされているのが納得いかないのです。

うちの父も子どもたちの前で当然のこととして煙草を吸っていましたし、祖父なんかは半分ほど吸った煙草をしまい込んで、それにまた火をつけて吸うという無茶をしてましたが、かなり長生きしましたし。

なのに極悪な存在にされたおかげで、経済的に禁煙するしかなくなった私は、煙草は好きです。
まあ、もう今さら吸いませんけどね。

このストーリィのようになったら、吸うかもしれませんが(笑)

limeさんは煙草屋さんのお嬢さんなんですか?
友人にもひとり、煙草を輸入する仕事をしている人がいましたが、どうしてるんでしょ?

JTも苦肉の策の説得力のまったくないCMをやってますが、なくなってしまうのも時間の問題でしょうね。気の毒に。

別の友人で相当な煙草嫌いがいまして、彼女と話していてこのストーリィみたいなことを思いつきました。
その話をしたら、あり得ない!! って彼女は怒ってましたが。

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