ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「て」

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フォレストシンガーズ

「天高く」

 窓の外は高速道路。地理的には微妙にちがっていても、変わり映えのしない日本の道路だ。
 ライヴツアーの移動はバスか車が多い。新幹線だったら使うが、フォレストシンガーズもそこそこは有名になってきたので、在来線や地下鉄には乗れない。俺ひとりだったらたまには乗らなくもないのだが、仕事のためには利用しなくなった。

「……眠くない?」
「うん、俺は大丈夫。木村さんは疲れてるでしょ。もっと寝れば?」
「もう寝るのも飽きたよ。イくんの邪魔にならなかったら話さない?」
「木村さんと話ができるのは嬉しいな」

 運転手にあまり話しかけると怒られたりもするのだが、今日は俺だけが単独行動になって、バスではなく乗用車での移動だ。フォレストシンガーズ専属運転手のイくん、イ・サチョン。漢字では伊・四川と書くのだと教えてくれた彼とは、ロック好きが共通していて親しくなった。

 話す相手もいなくて俺は退屈だ。すこし居眠りはしたのだが、いくら木村章がネボスケだって、四時間も五時間も眠りっぱなしではいられない。イくんが退屈して居眠りをしたら大変だと理屈をつけて、話をすることにした。

 在日韓国人のイくんは、人材派遣会社に登録して運転手業をやっている。最近はフォレストシンガーズの仕事ができるのがいちばん嬉しいと、まんざらお世辞でもなく言っていた。二十代半ば、趣味はロック。そこが俺と同じなのである。

 彼の持っていたデジタルウォークマンに目を止めて、どんな曲を聴いてるの? と俺が話しかけたのがきっかけで親しくなった。フォレストシンガーズも聴きますけど、俺はロックが好きで……とイくんが応えたので、お、同士!! となったのだった。

「イくんは英米ロックが好きなんだよね」
「そうです。わりと古いのが好きだって、前にも話しましたよね」
「うんうん。俺も古いのは好きだよ」

 ここも彼とは気が合う。俺たちがふたりで話すのならば、ロック話になるのは当然だ。

「木村さんはレッドツェッペリンでしょ」
「イくんはコールドプレイだったよね。俺から見たらコールドプレイは新しいほうだけどな」
「新しくはないでしょ。彼らがデビューしたのって2000年ですよ」
「ツェッペリンは1968年だよ」
「俺、生まれてないな」
「俺も生まれてないよ」

 1955年がロック元年だとの説がある。プレスリーやチャック・ベリー、ビル・ヘイリーというソロシンガーがロックの祖と呼ばれている。

 それからもうすこしして、ビートルズやローリングストーンズが誕生する。俺はストーンズのほうがずっとずぅっと好きだけど、ビートルズの名前を知らないひとは、日本の大人にはいないのではないだろうか。ツェッペリンとなると知らないひともよくいるだろうが。

 そしてそして、無数のロックバンドが生まれては解散した。
 日本でも海外でも、二十世紀半ばから現在に至るまで、どれほどのバンドがデビューして売れただろう。デビューもできずに消えていった俺たちのバンド、ジギーを思うといまだに切ないが、デビューしても売れないままに解散した、うちの事務所のジャパンダックスなんて奴らもいたっけ。

 ビッグネームになり、三十年も四十年も続けているバンドもいる。マニアックに細々と活動している、知るひとぞ知るバンドもいる。むろん、毎年毎年、新しいバンドが出てくる。

 新しいバンドに興味がないわけではないが、俺は昔のロックが好きだ。俺よりは七つ、八つ若いイくんも同様のようだが、彼はコールドプレイのファンというだけあって、おしゃれ系ロック好きでもあるようだ。

「うちのバンドは解散したんですよ」
「そうなんだ。寂しいね」
「寂しいけど、しようがないですよね」
「新しいバンドを結成するの?」
「さあねぇ。どうだろ」

 音楽では食えなくてバイトをしている。イくんもそんな人種だ。そんな中からスターになる者もいれば、諦めて去っていく者もいる。俺も歌を捨てていたら……意味もなく、たら、れば、を考えてしまうこともあった。

「結婚しようって迫られてるんですよ」
「イくん、彼女がいるんだね」
「いるんですけどね、俺はまだ結婚なんかしたくないんだ」
「若いもんな」

 彼女がいるというのはうらやましい。イくんは背が高くて筋肉質で、本橋さんを若返らせて甘いマスクにしたようなルックスをしているのだから、もてるに決まっている。経済力も将来性もなくても、音楽をやっている男はある種の女にはもてる。

 そんな奴ら、俺の仲間にもいーっぱいいたな。俺も含めて。
 結婚を迫られてリタイアしたといえば、彼はロックではないけれど、ヒデさんだってそうだ。俺もいっときは、ロックを捨ててスーと結婚しようかと血迷っていた。

「妊娠させないようにしろよ」
「それは絶対死守します」
「でもさ、男にはわからないこともあるからな」

 その経験も俺にはある。妊娠したかも、えーっ?! 堕胎するからお金をちょうだい、今、金ないよ、そしたら貸しね。
 あのころの彼女とそんなやりとりをして、彼女は俺に借用書を書かせた。その後、彼女が借金の取り立てに来て、乾さんが立て替えてくれたものだからばれて、叱られた……またひとつ、苦い思い出がよみがえってきた。

 数年前にも、もしかしたら俺の子を妊娠して堕胎したのかもしれないという女がいた。真相は不明なまま、彼女は消えてしまった。

 悪い奴だよな、おまえは。
 誰に言われるまでもなく、俺もそう思う。木村章は悪い奴さ。だけども、もてる男にはありがちだろ。しようがないじゃん、とかっこつけてばかりはいられない年齢になった。

「木村さんにもありそう」
「追及すんなって」

 くすっと笑うイくんは、お喋りしていても快調に運転している。色づきはじめた樹々が、窓の外を飛んでいく。

「俺にはコネもなんにもないから、デビューなんて諦めてますけどね」
「コネはなくてもデビューできることもあるよ。我々にだってコネなんかなかったもんな」
「だけど、あのバンドもこのバンドも……」

 あのバンドのヴォーカルは某お笑いタレントの息子で、あのバンドのリーダーは歌手夫婦の息子で、あっちのバンドのギターは大物ロックスターの息子で、あのガールズバンドのドラムは俳優と女子アナ夫婦の娘で。

 コネというものは世に出るための強力無比な武器になる。政治家だって芸能人だって、身内のコネは最強だ。

「なんだかね、それを思うとへこみますよ」
「まあな、気持ちはわかるよ」
「俺はこういう仕事をしていて、オフィス・ヤマザキの社長さんとも話をして、ロックをやってるって言いましたよ。木村と同じなんだな、って反応はしてくれてたけど、それだけだ」
「きみらの音は聴いたかもしれないな」

 ビジュアル系ロックバンド、燦劇をそうやって発掘してきた社長なのだから、彼のアンテナがキャッチしたアマチュアの歌や曲はまずは聴いてみているはずだ。

「聴いてくれてもつまらなかったんでしょ」
「……う、いや、俺にはわからないけど……」

 社長に訊いてみてやろうか、とは言えなかった。

「いっそ結婚しちゃおうかな。ヤンキーって結婚早いでしょ。俺だって不良みたいなものなんだから、俺に惚れてる女がいるうちに結婚して親父になって、ロックは趣味で……そんな生き方もアリかなって思うんですよ」
「アリだろうけどさ……」

 止める権利は俺にはない。なんだか寂しいな、とは思うが、そんなのはプロになれた俺の身勝手な言いぐさだろう。

「木村さん、歌って下さいよ」
「俺の若書きの歌、歌おうか」

 ただ若くてなにひとつ持っていなかったころ、書き飛ばしたジギーのオリジナルソングを歌った。
 イくんのこれから、なんていう話をしていると暗くなるから、そこからはロックの話だけして、時々俺が歌った。イくんは口ギターなんかをやって、楽しんでいる様子だった。

「ちょっと休憩しようか。コーヒー買ってくるよ」
「ああ、あそこがいいですね」

 サービスエリアに車を止めて空を見上げる。秋空は真っ青に澄んで、とてもとても高く感じられる。天高く馬肥ゆる秋には、若者はもの想う。もっと悩めよ、イくん。悩んで悩んで結論を出すしかない。自分のことは自分で決めるしかないんだよ。

 なーんて、俺も説教くさい中年になりつつあるなぁ。

END




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~ Comment ~

NoTitle

・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・。
ヒューーーー。
そ、そろそろ身を固めた方がいいのかなあ?
わ、私・・・は。( 一一)

んん!!
ま、私も好きで生きてますからね。
もうしばらく独身貴族で生きようかな。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

LandMさんはおいくつでしょうね?
コメント下さる文面からすれば、三十代以下?
それだったら急いで結婚しなくても……。

まーね、ただね、いつかは結婚したいのならば、男性でもあまり年を取ると不利なのかな、というのもありますが。
なんて、えらく現実的な話題になりました。
独身貴族、謳歌して下さいね。


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