ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「カルーア・ミルク」

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カルーア
フォレストシンガーズ

「カルーアミルク」

 思い出すと苛々するだけなのに、あんな奴、大嫌いなのに。
 未成年はお酒を飲んではいけないから、まして、あたしは女優で、週刊誌に写真を撮られたらスキャンダルになるから我慢している。十八歳未満はおうちに帰らなくちゃいけない時間だよ、大嫌いな奴の声が聞こえてきそうで。

 まだいいの。もうすこしは大丈夫。あたしはシンデレラじゃないから、魔法はとけてしまわない。真夜中になったって、十六歳の奈々は美少女のままだよ。

「ほんとぅ?」
「ほんとよ。信じないの?」
「そんなうまい偶然、あるのかな」
「あったのよ」

 近くの席で女性がふたり、お喋りをしている。夜中のカフェに女ふたりって、寂しいおばさんたちだ。それを言うならあたしは夜中のカフェでひとりぼっちだけど、女優としての仕事をすませた十六歳と、三十すぎに見える一般人のおばさんじゃ大違いだし。

「夏休みに団体旅行で、アキエはセブに行ったわけだ」
「そうそう。半分は研修みたいなものでね」
「旅行会社だもんね。研修で南の島だなんてうらやましい」
「それはいいけどね」

 喋る相手もいないので、あたしはひとりでおばさんたちの会話を聞いている。こんなところにひとりでいても誰にも気にしてもらえないのは、女優だとはいっても有名でもなく、「子役」だなどと不本意な呼び方をされる程度の人間だから。

「夜中にディナーショーみたいのがあったんだね」
「そうそう、いろんな楽器のバンドが出ていたの」
「その中にマリンバのバンドがあって……」
「何曲か演奏したあとで、日本人の歌手がゲストで参加したのよ」
「フォレストシンガーズの乾隆也……アキエ、大ファンなんだよね」
「そうよぉ。もう興奮しちゃって、乾さーん!! って叫んじゃって、同じテーブルのみんなに笑われちゃったわよ」

 フォレストシンガーズの乾さん、あたしの耳はその単語にぴくっと反応した。

「そんな偶然。あり得ない」
「あったんだからしようがないじゃない。ナツミが信じてくれなかったって、ほんとなんだからほんとなのよ」
「ほんとかなぁ」

 疑り深いナツミさんに、すこしだけ声を低めたアキエさんは言った。

「そのあとでね……次の日、会社は別なんだけど、知り合いではあった男に告白されちゃったんだ。仕事中には凛々しくてデキル女って感じのアキエさんが、南の島にいると見違える。セクシーだなって。前から気になってはいたんだけど、つきあってもらえませんかって」
「またまた、できすぎだよ」
「……これもほんとだもん」

 へぇぇ、と応じるナツミさんの声には、明らかに嫉妬の響きがあった。

「だけど、断っちゃった。乾さんの歌を生で聴いて、あのかっこいい姿を見たあとでは、あんな男はカスみたいなもんだよ」
「今日はエイプリルフールじゃないんだけどね」
「だから、嘘じゃないってば」
「話、盛ってない? ってか、逆にしてない?」
「逆って? あたしが告白してふられたとか? ちがうよ」

 ふーーん、と呟いてから、ナツミさんはまたまた言った。

「カスみたいな男に告白されてよかったね。カスみたいな男しか告白してくれないってことは、あんたもカスみたいな女ってことだね。類は友を呼ぶだとか、人づきあいは鏡だとか言うもんね」
「ナツミ、なんだってそう……ああ、そうか」
「なにが、ああ、そうか?」
「いいよ、もういい。ほんとはね、断ったけどちょっと後悔して、やっぱりあの彼とつきあってみようかな、ナツミはどう思う? って相談したかったのよ。だけど、友達のそういうのを妬むような女に相談したって意味ないわ。ナツミは友達じゃなかったってことかな。だって、そうよね。カスみたいな女の友達はカスなんだもんね」
「……どういう意味よ」
「そういう意味だよ」

 やだね、酔っ払いの三十女は。あたしもちょっとだけお酒を飲みたいな、と思っていたけど、こんなふうにはなりたくないからやめておこう。

 それよりも、あの中に割り込んでいきたい。夏休みの旅行先で偶然にも乾さんに会えたのがそんなに嬉しい? 嘘をついてるとまで言いたがるほどに妬ましい? あたしが思い出していたのは、苛々するほど大嫌いなのに、会いたいってなぜ? と思っていたのは、その乾さんだよ。おばさんたちにそう言ってやりたい。

「このごろ、食事に連れてってくれないよね」
「このところリハーサルだのなんだので、毎日遅くなるんだよ。夕食も適当に食って寝てしまうだけで、そんな時間に奈々を連れてはいけないだろ」
「いいもん。遅くてもいいもん」
「奈々はよくても俺はよくないんだ」
「行きたいよ」
「聞き分けのない子は……今度会ったときに続きを言うよ」
「言わなくていいっ!!」

 今度会ったら、聞き分けのない子は……って叱られるの? だけど、今度があるんだね。腹が立つのに嬉しくて、乾さんなんか大嫌い!! ばかりを繰り返す。ついさっきの電話で聞いた、乾さんの声ばかり思い出す。
 そんなあたしに較べて、つまらないことで口喧嘩をしているあんたたちって愚かだね、哀れだね、と嘲笑ってやりたい。乾さんに今のあたしの気持ちを知られたら、なんと言って叱られるんだろうか。

「はい、どうぞ」
「は?」
「いえ、ミルクは落ち着きますから……」

 おばさんたちの席に、白い飲み物が運ばれていった。険悪になっているふたりを落ち着かせようとしたんだろうか。店の中で取っ組み合いでもはじめられたら困るから? 割り込まれたおばさんたちはバツ悪そうに顔を見合わせ、グラスを取り上げた。

「……お酒だね」
「ああ、カルーアミルクよ」
「……おいしい。甘い」
「……そっかぁ、アキエ、よかったね。男に告白されたって話よりも、乾さんの歌を生で聴いたってほうがうらやましいよ」
「……うん」

 白いカクテルごしに、おばさんふたりが微笑み合う。気持ちわるっ、と思うよりも、あたしにもあのふたりがうらやましく感じられた。
 ああやって言いたいことを言い合って、カルーアミルクひとつで仲直りできる友達は、女優にはできっこない気がする。みんなライバルだもの。

 そんな話も聞いてほしくて、アキエさんの話もしてあげたくて、また乾さんに会いたくてたまらなくなってきた。

END








 
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