別小説

ガラスの靴36

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「ガラスの靴」

     36・夫婦

 晩婚ゆえの少子化を防ぐために、ウェディング業界の活性化をはかりたいのだそうだ。そのために大々的にプロモーションを行う。そのためには音楽も必要だ。ぜひ、桃源郷にお願いしますとのことだった。

「あたしらの音楽が結婚業界を活性化させるか?」
「普段、俺らがやってる音楽ってのは、結婚しようとは正反対だけどな」
「そういう曲をやってる桃源郷が作ったプロポーズの歌ってのが斬新なんじゃねえの?」
「あの桃源郷でさえも結婚したがる、うちで結婚式を挙げたがるってか」

「アンヌは結婚してるし、吉丸とマルヤはバツイチだし」
「ゴーとタクヤはあれだし……」
「あれってなんだよ、あれって?」

 我々、桃源郷には五人のメンバーがいて、各々ふざけたステージネームを名乗っている。あたしの新垣アンヌは本名だが、「・」がついている。あとの四人は本名をもじって、姓と名が同じだったり、轟だったら「ごう」とも読むからと「ゴー」だったり、タクマでタクヤだったりと、遊び心しかない名前だ。

 ヴォーカル 新垣・アンヌ
 ドラム 吉丸・ヨシマル
 ギター 丸谷・マルヤ
 ギター 宅間・タクヤ
 ベース 轟・ゴー

 名前はいいのだが、こうして五人で相談していても、まともなのはあたしだけだとつくづく思う。

 吉丸は一度は結婚したものの、男と不倫して離婚して、不倫相手と事実婚同棲して、その相手を息子の継母にしている。その上、あろうことかまたもや浮気して、それぞれに父親のちがう子どもを持つ未婚の母の子の、三人目の父親になっちまった。

 マルヤも一度は結婚したのだが、まったく家に帰らなくて、女房に愛想をつかされて離婚された。俺、結婚には向いてなかったね、とほざくので、だったら最初から結婚するな、と怒ってやった。

 タクヤとゴーは、女よりもギャンブルが好きだとか、ギターのほうが好きだとか、馬が好きだとか、母ちゃんさえいればいいんだとか、セックスは大嫌いだとか、女なんか大嫌いだとか、風俗があればそれでいいとか、アンヌや吉丸やマルヤみたいになりたくないとか、本気なのか嘘なのかも不明な言葉を吐き散らしている。

 たしかに、マルヤや吉丸のもと妻は不幸だったのだから、ゴーもタクヤも結婚なんかしなくていい。馬鹿な男は一生、音楽を恋人にしてたわむれていればいいのだ。

「アンヌがまとも?」
「専業主夫と結婚してる女ってまともか?」
「笙って奴はまともなのか」

 などとうちの男どもは言うが、あたしはまっとうだ。専業主夫の夫とひとり息子をまともに働いて養って、まあまあいい暮らしをさせてやっていて、浮気もしないあたしのどこがまともじゃないって?

 それもまあいいとして、なんだって桃源郷に結婚プロジェクトの曲を作らせようとなったのかは謎だが、おいしい仕事なのだから引き受けた。
 一大プロジェクトのCM第一弾は、総合ウェディングプロデュース集団、「イシュタル」を宣伝する。イシュタルとはメソポタミアの愛の女神の名前だそうだ。

 音楽関係の責任者として紹介されたのが、榛原由里。女は大嫌いだとほざいているくせに、彼女を見たうちの男どもの目の色が変わった。

「ユリちゃん、いくつ?」
「二十五歳です」
「その年齢で責任者なんだ。大卒だったらまだ社歴は短いんでしょ」
「大学院卒ですけど、アメリカで飛び級をして進学しましたので、二十歳でうちの会社に入ったんですよ。それでもまだ主任ですから、ひよこですけどね」

 大学卒なのは吉丸のみで、他は全員、高卒、高校中退、大学中退、中学校で登校拒否、というのが桃源郷のメンバーである。誰がどれとは言わないが、大学中退、専門学校卒のあたしはうちでは高学歴のほうなのだ。
 そんなあたしたちから見れば、帰国子女で飛び級進学大学院卒なんてのは世界がちがいすぎるのだが、そこはロッカー。身分の差は見ないふりして、女嫌いのふりもかなぐり捨てて、仕事の話もそこそこに、男どもは由里に質問を続けた。

「彼氏、いるの?」
「いるんだろうけど、まだ二十五だもんね。これからだもんね。結婚なんてのは先の話でしょ」
「今どき、二十代は子どもみたいなものだもんな」
「すみません。私、既婚です」

 へ? と口をぽかんと開けて、男どもは全員が間抜け面になった。
 それでようやくまともに打ち合わせができるようになったので、あたしとしては由里が既婚なのはありがたかった。ロッカーなんて人種は気に入った女が結婚していても気にしない場合も多いが、由里はあたしたちの業界の女とはちがいすぎる。さすがのアホ男どもも毒気を抜かれた体になって、あとは真面目に仕事の話をしていた。

 仕事の話は一度では終わらない。世間さまからはみ出したロッカーたちが、思い思いのぶっ飛んだ格好をして、一流企業の会議室に何度も集まる。広告代理店も大手だから、あたしたちが平素は触れ合わない人種とも話をする。音楽の話ならばあたしたちのほうが得意だから、表面上はエリートたちがロッカーを立ててくれていた。

 そうしているうちには由里とも親しくなる。プライベートな話もするようになる。うちのメンバーどもは危険なので近づけないように防御していたから、自然、あたしが由里と一番親しくなった。

「そっかぁ、亭主はだいぶ年上なんだね」
「ええ。日本に帰国して一年だけ通った、大学院で知り合ったんです」

 すると、大学教授か? 由里は彼女の夫について詳しくは語ろうとしないので、誘ってみた。

「うちには専業主夫がいるんだよ。見たくない?」
「そんな、珍獣みたいに……でも、笙さんって美少年なんでしょ。お会いしたいかな」
「美少年っていうには薹が立ってきたし、このごろ贅肉がついてきたからダイエットさせてるんだけど、若いから汚くはないよ。料理もまあまあ上手だから、うまいものを作らせるよ。遊びにくる?」
「ええ、よろしかったら」

 約束が整って、由里が夫を連れて我が家に遊びにきた。
 我が家の専業主夫は朝から張り切っていて、綺麗で頭のいいお姉さんが遊びにくるんだよ、と息子にも言っていた。綺麗なお姉さん、ママ、ママが一番、息子の胡弓はそう言い、そりゃそうだ、と笙も同意はしていた。

「いらっしゃーい。あれ? お父さん?」
「いえ、夫です」
「はじめまして。榛原守と申します」
「ええ? ええ? 旦那さんなの?」

 こら、笙、考えなしに口にするな、とあたしは笙を叱ったが、無理もない。由里のうしろでかしこまっている男は、髪も薄くて貧相な身体つきをした、五十代にしか見えないおっさんだった。

「えらい年上なんだね」
「いえ、十五歳だけですよ」
「十五歳ってのはけっこうえらい年の差だけど、じゃあ、守さんってまだ四十?」
「ええ。老けて見られるんですよね」

 喋っているのは由里ばかりで、守は苦笑いしているだけ。昼間なので胡弓も一緒に食卓を囲むと、由里は如才なく笙の手料理を褒めてくれた。ね、おいしいね、と話を振られても、守は微笑んでうんうん、と答える程度だ。

「守さんって大学の先生?」
「いいえ。私とは教室で一緒だったんですけど、結局は学者になるのは断念して、普通にサラリーマンになったんですよ。工場勤務の会社員です」
「四十近くまで大学院にいて?」
「まあそうなりますけどね」
「じゃあ、給料安くない? 由里さんのほうが高給取り?」
「ええ、まあ、そうですね」

 根掘り葉掘り、笙が由里に質問する。笙の場合は主夫の好奇心だから、うちの男どもとは質問の傾向がちがう。あたしも興味なくはなかったので、笙には好きにさせておいた。

「家計費ってどうしてるの?」
「適当に」
「由里さんのほうが多く出してるんでしょ? 由里さんって仕事は忙しいんでしょ」
「暇ではありませんね」
「だったら、守さんは主夫になればいいのに」

 主夫仲間がほしいのか、笙は単純にそう言っているらしいが、守は苦笑いするばかり。由里は困惑顔で、まあ、それはねぇ、まあねぇ、などともごもご言っていた。

「あれって絶対わけありだよね」
「どんなわけがあるってんだ?」

 結局、笙がうるさかったせいか、ランチがすむと由里と守は帰っていってしまった。あたしは胡弓を昼寝させ、笙が食卓の片づけをすませると、笙はしたり顔で言った。

「だって、あの結婚って由里さんにはなんのメリットもないじゃん」
「うーん、そうかな」
「守さんのほうは大ラッキーでしょ。若くて美人で高給取りの女性と結婚して、ひとも羨むってのは守さんみたいな男のことじゃない? あれほどの嫁はまずいないよ。あ、アンヌは別だからね。僕は守さんと変わってあげるって言われても、アンヌのほうがいいからね」

 そんなの当然だろ、と言い捨てると、笙はてへへと笑った。

「あれは由里さん、なにか弱みを握られてるんだよ。犯罪の匂いもするね」
「……いやだったら別れりゃいいだけの話だけどな」
「そうはできない重大な原因があるとか? だって、あのおっさん、なにかいいとこある?」

 いくら考えても、そんなものはなかった。
 ちびで貧弱な身体つき。笙と身長も体重も同じくらいではなかろうか。笙は若いからまだしも見られるが、中年がああではみすぼらしいったらありゃしない。
 守も大学院卒なのだから頭はいいのかもしれないが、そんな片鱗も見えないし、工場勤務で収入も乏しい。いいとこなんかひとつもないとしかあたしにも思えなかった。

「若くて綺麗な女のひとが、あんなおっさんと結婚してお金だって自分がたくさん出してるんでしょ。つきあってたころも割り勘だったって言ってたよ」
「若くて綺麗なあたしは、おまえを養ってるけどな」
「僕だって綺麗だし、こうしておいしいものを作ってるし、胡弓をいい子に育ててるでしょ」
「自分で言うな」

 とはいうものの、笙は事実、主夫としては役立っている。笙がいなければあたしは、ロッカーをやって胡弓を育てて、家事もやってと八面六臂の活躍をしなくてはならないのだから、専業主夫を厭わない笙と結婚したのは正解だったのだ。

「なんでだろうなぁ」
「うーん、なんだろうなぁ」

 ふたりして、どうして由里は守と結婚したのか、まちがえて結婚してしまったにしても、どうして離婚しないのか? と下世話な推理をしても答えが出ない。
 なので、その次に会ったときに由里に単刀直入に尋ねてみた。

「私がどうして守さんと結婚したのか? 簡単ですよ」
「……簡単なのか」
「はい」

 その答えは、愛しているから、だった。

「心配ないからね
 きみの勇気が誰かに届く明日はきっとある

 どんなに困難でくじけそうでも
 信じることさ」

 ……必ず最後に愛は勝つ、あたしの頭の中では、ノーテンキな歌のフレーズが響いていた。

つづく






 
 
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